RCTとはランダム化比較試験(randomized controlled trial)の略称で、実験による研究手法の1つだ。医学研究ではゴールドスタンダートと呼ばれるほど高い価値が与えられており、最近ブームになっているEBPM(エビデンスに基づく政策形成)においても、政策の効果を最も正確に評価できる手法として尊重されている。
RCTは一見すると難しい印象を受けるが、統計学者や経済学者が行う高度な数学を駆使した分析手法と異なって、そのコンセプトはシンプルで、小中学校の理科で習う話とあまり変わらない。小中学校で習う対照実験では、調べたい1つの条件を変える以外には条件を揃えることが必要だと教わる。たとえば、大豆がどういう条件の下で芽を出すかを調べるときに、光が必要か、温度はどの程度か、水分が必要か、酸素が必要か、など、考えられるいろいろな条件がある。こういう場合、実験を行うにあたって、2つのグループを作って、光を当てるか当てないかだけ条件を変えて、後は条件を同じにして、2つのグループのいずれもが芽を出すかどうかを検証する。
これと同じことを人間が行うさまざまな活動についても行おうというのがRCTである。たとえば、何を行えば高齢者が要介護状態になるのを防げるかを知りたいとする。筋トレ、太極拳、ウォーキング、タンパク質の大量摂取、積極的なコミュニケーションなど、候補はいくつも出てくるだろう。RCTではそのうちの1つの条件だけを変えて、何らかの取り組みを行うグループと行わないグループに分けて数年後に要介護状態になる人の割合が違うかどうかを比べる。たとえば、健康な高齢者を数百人集めて、太極拳を行ってもらうグループと行わないグループに分けて、数年かけて2つのグループの間で要介護状態になる割合に違いが出るかどうかを検証する。
このときの2つのグループの作り方がRCTにおける重要なポイントになる。本人の希望に応じて太極拳を行う人と行わない人に分けると、太極拳を行ったか否か以外の違いが2つのグループの間に生じてしまう。たとえば、健康志向の強い人が太極拳を行うことを選ぶ傾向があるとすると、太極拳を行っているか否かだけでなく、ふだんの運動への取り組みや食事の仕方など太極拳以外の違いが要介護状態になるか否かに反映されてしまうかもしれない。こうなると、条件を1つだけ変えるという対照実験の前提が崩れる。そこで、RCTでは、2つのグループを作るにあたって、ランダム化という手続きが行われる。ランダム化という一見難しそうな言葉は、名前ほど難しくなく、グループ分けを偶然に任せるというだけのことだ。たとえば、1人1人についてサイコロをふって、偶数がでれば太極拳を行うグループに入れ、奇数がでれば太極拳を行わないグループに入ってもらう。偶然によって決まったグループ分けを後になって崩さなければランダム化は成功している。
現実のRCTではいくつかの手順が必要になる。たとえば、医療関係のRCTだと、CONSORTと呼ばれるガイドラインを遵守すること、大学などの研究機関の倫理審査委員会で事前の承認を得ること、行う研究を事前にweb上で登録すること、参加者のインフォームドコンセントをとることなどが必要になる。また、複雑な分析手法は必要ないものの、研究に参加してもらう人の人数(サンプルサイズと呼ばれる)を決めたり、実験が終わった後のデータの分析は統計学に詳しい人に行ってもらう方が望ましい。とはいえ、RCTの一連の流れのほとんどは難しい数学を必要としない。統計学者などの専門家の手を借りる部分はあるとしても、実際には十分な数の参加者の確保や適切な行程管理といった研究者以外の人々の方が得意そうな部分がRCTの成否を決める。