RIETI政策対談

第5回「ワーク・ライフ・バランス社会実現には何が必要か」(2)

RIETI政策対談では、政策担当者とRIETIフェローが、日本が取り組むべき重要政策についての現状の検証や今後の課題に対し、深く掘り下げた議論を展開していきます。

雇用の機会均等法が施行されて20年、男女共同参画基本法が制定されて8年が経過しているが、わが国の男女共同参画が進んでいるとはいえない状況だ。昨今、男女共同参画にはワーク・ライフ・バランスの達成が必要であるという認識が強まってきており、昨年末には「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」や「仕事と生活の調和推進行動指針」が策定された。第5回政策対談では、内閣府男女共同参画局長の板東久美子氏とRIETIでワーク・ライフ・バランスの研究を行っている山口一男客員研究員/シカゴ大学社会学教授に、さまざまなライフスタイルを選択していけるような社会の推進には何が必要なのか等について論じていただいた。

客員研究員 シカゴ大学社会学教授 山口一男内閣府男女共同参画局長 板東久美子

(このインタビューは2007年12月20日に行ったものです)

ワーク・ライフ・バランスと教育問題

山口:
では次に、ワーク・ライフ・バランスと教育の関係についてお聞きします。関係といいましても2点あって、1つは、就学児童のお子さんを持っている家庭の親のワーク・ライフ・バランスにかかわる問題です。それからもう1つは、本人、成人の人たちの生涯教育という問題と、ワーク・ライフ・バランスがどうかかわるかという問題があると思います。それらについて、お考えをお聞きしたいのですが。

坂東:
まず、前者の問題というのは、非常に重要な問題です。今は、やはり学校、家庭、地域と見たときにも、家庭、地域が本来果たしていた役割というのが十分に果たされていない、いわば機能低下しています。それは、親たちが子どもたちに、そもそも関われるような時間が十分ではないとか、地域にも、かつてあった人間関係というのが減ってきている、あるいは、実際に働いている人たちが地域に関わるということも、なかなかできなくなってきているということもある。地方によっては、人も減り過疎化してきているし、また新しい住民に入れ替わっている地域というのもある。ですから、家庭、地域の機能低下の問題というのは非常に大きいです。

特に家庭の機能低下の問題が深刻で、それが学校のほうにも影響している。家庭でやりきれないことが学校に持ち込まれている、学校に期待されているということです。たとえば子どもたちの安全確保とか、子どもたちの基本的なしつけ、生活習慣を身に付けさせるとか、いろいろな体験をさせるとか、いろいろなルール、倫理観といった基本的なことを身に付けさせる、そういうようなことが全て学校に求められていますが、かつてであれば、当然、家庭で子どもたちにいろいろな生活体験をさせたり、人間としての基本的な基礎を植え付けさせる、地域もそういうことをバックアップしているという状況だったと思うのです。それが十分でないということによって、学校自体がいろいろなものを抱え込みすぎていて、学校が本来、授業を充実させて知的な能力を伸ばしていくというような部分でさえも、なかなか先生が十分な時間や精力を割けないというような状況が出てきています。悪循環に陥っているのだと思うのです。

やはり、親として子供の教育にかかわっていけるような時間を確保できることや、家庭の機能の強化が、教育全体の機能強化や子どもたちに人間としての土台をつくっていく上で重要になる。

山口:
そうですね。アメリカの学校などは、いろいろ地域差がありますけれども、親たちが学校支援と深くかかわっています。その結果子どもたちが、学校の先生と自分の親以外の大人と触れる機会を与えるという面もあり、一方親も自分の子供以外の子供のことを知ったり心にかけるようになる。一方現在日本の学校は閉塞的というイメージがあります。またベネッセの研究で、児童の自分自身のイメージについて、自分が親切であるとか、正直であるとか、勤勉であるとか、肯定的に評価できる児童の割合が欧米よりはるかに低く10%前後というのがあるのですが、こういったことも子供たちが、大人たちの目に映っている自分のイメージが肯定的でなく、それは学校教育を通じて親たちが子供たちにポジティブにかかわるという機会が少なく、自分たちの役割の一部までむしろ学校に押し付けていることとも関係しているように思います。

ワーク・ライフ・バランスの達成には、親が、そういったコミュニティ、特に学校に対して支援者としてかかわれる状況の実現も意図されています。親が、子供の教育に関して学校とポジティブに関わることは非常に重要なのではないかと思います。クレームをしたりとか、学校に文句をいう親は増えているけれども、逆に学校教育を支援する親たちというのは、少なくなっている。これでは学校も親との関係に萎縮してしまうし問題です。

坂東:
学校に期待するものとか、まかせてしまうものは増えていますが、学校に支援をするとか、ほかの子どもたちの成長も含めて、親たちが見守っていく、あるいはかかわっていくというところが非常に少なくなっている。これは、学校教育のほうも、社会教育のほうもそうだと思いますけれども、それを変えていこうというためには、先生がおっしゃるように、ワーク・ライフ・バランスの推進ということが、もう本当に欠かせないものではないかと思います。

たとえば、最近「おやじの会」などという地域の組織ができつつあり、これは、自分の子どもだけではなくて、地域の子どもたちの育成に、もっと父親がかかわっていこうというもので、全国的なネットワークとして「おやじ日本」というのが、できたりしています。

今は退官されましたが、東京都の副知事にもなられていた、元警察官僚であった竹花豊さんが、子どもたちの健全育成に、父親がもっとかかわることが必要だろうということで、そういう運動を推進されたのです。

親たちがそういうふうに子どもの教育にかかわっていく、そのときに、自分の子どもだけではなく、地域の子どもも含めて関わっていこうということであると、さらに一層、それができるような働き方の問題がものすごく切実な問題として意識されてくる。それから、やはり学校のPTAの会合などが、働く親たちが関わっていけるような時間帯に開かれるとか、活動のやり方を考えるというところまで、まだまだいっていない状況がある。

山口:
そうですね。日本のワーク・ライフ・バランスの障害には一般的に時間帯の選択に関する鈍感性に問題があると思います。時間的柔軟性とよくいいますけれど、柔軟性には、みんなが集まれる時間とか、時間帯の選び方というのが、非常に重要です。しかしたとえば日本の企業では、6時以降などの残業時間や、さらにはその後の飲食の場で、重要な会議や意思決定をするというようなことがよくある。するとどうしても、子育てをして残業ができない人や、夕食を家族と共に過ごしたい人・過ごさねばならない人、は参加できないことになり意思決定から排除されることになる。アメリカの企業の場合はだいたい昼を中心とした時間帯に、重要な会議を行って、それ以外の時間帯には重要な決定をしないというルールがあると思います。多様なライフ・スタイルを持つ人材を生かすにはそういった時間帯の選び方の配慮が重要です。そうでないと特に家庭の役割との両立がより難しい女性が重要な意思決定から排除され、男女の社会活動の機会の不平等を生むことになります。

坂東:
そうですね。それから、後者のほうの生涯学習ということからいくと、日本でも生涯学習の機会が少しずつ開かれつつあった十数年前に、アメリカ社会の高等教育と生涯学習との関連で1回調査をさせていただいたことがあるのです。そのときにびっくりしたのは、アメリカの場合は、本当に夜間とか、週末とか、夏休みとか、そういうところに高等教育のさまざまな機会が提供されていて、大学院でも、夜だけ、週末だけ、夏休みだけの学習できちんと修了できます。

その中には、時間的にやりくりできるというだけではなくて、場所のほうでも、ディスタンス・エデュケーション(Distance Education)というように、当時はネットが一般に普及する前だったのですが、通信衛星とか、有線テレビとか、ビデオとかいろいろなメディアを通じて、家庭でも学習できるような環境が整えられていました。そういった遠隔学習で修士号さえ取れるような大学があるということを知り、目からウロコだったのです。

それとともに、企業に社員が学習するために早く帰してもらえる制度が企業にあったり、経済的にもサポートしてくれたり、また学位を取ったことを評価する。生涯学習社会の在り方というのを、非常に勉強させていただいた。

翻って考えると、わが国は、大学が、まだまだそういうプログラムを開いていなかったということもあるのですが、働き方のところとか、勤務時間のところがネックになるわけです。その後、夜間の大学院が少しずつできてきているのですが、やはり皆さんは相当苦労しながら継続しておられる。やはり、もっともっと企業のほうでも、サポートしていって、社員のレベルアップを支援することが必要だと思います。

その後、高等教育を担当した部署にいたときには、できる限り、社会人の学習機会を柔軟な形でできるように制度改正させていただきました。高等教育企画課長をやっていたときに、当時、ロースクールを日本に導入する取り組みをきっかけにして、高度な専門的職業人育成を行う専門職大学院制度を作りました。この中には、社会人が働きながら勉強できるビジネススクールなどもあります。高度な、レベルアップのための学習機会が開かれており、そして、それに対応できる働き方や社会的なサポートがあるという事が、これからのわが国の経済、社会の高度化のためにも、必要なのではないかと思います。

ですから、専門調査会の報告や実現度指標の中で、ワーク・ライフ・バランスが視野におくさまざまな活動領域の中には、自己啓発・学習というのを挙げさせていただきました。

山口:
そうですね。我が国では、人材育成はいったん学校を出ると、企業内で育成するものだという前提があったのです。ですから、企業内で投資して、それを回収する。アメリカのやり方を見ると、大体は自己啓発、自己投資を中心に動くわけです。企業内での人材投資というのは、むしろ少なくて、もちろん企業内訓練をやること自体は重要ですが、今の時代それだけでは追いつかないところがあります。IT関係とか情報処理技術もどんどん新しくなりますし、雇用者が今までの職場での経験をただ延長していくのでは解決できない問題や知識の獲得の必要性も、増えています。

ですから、アメリカの場合には雇用者が夜学や遠隔授業などで情報処理学の授業を取ったり、経営学の授業を取ったりというようなことをして、ある程度自分の専門の幅を増やしていく。また必要に応じたときに自分を再教育する。またそのような再教育で学位や資格を取ると、企業が給与を上げたり、昇進させたりといったインセンティブシステムもあります。そういった意味では、学習が活かされる機会というのがあるわけですが、日本の場合には生涯学習が、これは悪いというわけではないのですが、文化的なものというか、教養的なものでありすぎて、自己啓発、自己投資、あるいは自分の職業キャリアを伸ばしていくための生涯学習というのが、あまり普及していない。

それは、やはり企業の人材活用の在り方が非常に偏狭で、企業内投資しか考えていなかったからです。そういった意味での企業が、人材をどのように活用するのかについて、雇用者が自己投資によって、自己啓発をして伸びていくことを高く評価しチャンスも与えるというインセンティブ・システムの重要性を認識すべきだと思うんです。

板東:
そうですね。企業、役所も、研修でそういう学習機会を設けるというのはもちろんあるのですが、やはり、自発的に、多少の大変さを覚悟で学ぶほうがはるかに熱心で、モチベーションが高い。

やはり1人1人が何を必要だと考え、何を伸ばしていくかというのは、かなり違うと思うので、もちろん企業内研修も重要だと思うのですが、大学も自己啓発・学習ニーズに応えるようなことをやらなければいけないということだと思います。

山口:
それでは最後の質問になりますが、板東さんは雑誌『共同参画21』において、いろいろな有識者の方と対談なされていますが、特にワーク・ライフ・バランスに関して、印象的なエピソードがあったらお話しいただきたいのですが。

板東:
必ずしも『共同参画21』に載っていることだけではないのですけれども、11月号に載っている株式会社カミテ代表上手康弘さんの話をたびたびお聞きして、非常に印象的でした。上手さんにはワーク・ライフ・バランスの専門調査会に入っていただいたり、山口先生にも講演をしていただいた男女共同参画週間の全国会議のときのパネリストとして来ていただいたりしたのですが、人をどう活かしていくかということに対して、非常にはっきりした考え方、先見の明を持った方だと思ったのです。

(株)カミテは秋田県小坂町ある従業員30名程の中小企業です。主要業務はプレス加工、金型設計製作等で社員の平均年齢は男女合わせて34~5歳です。上手さんが作り上げた制度は「ファミリーフレンドリー施策」というもので、育児休暇制度、育児短時間制度、介護休業制度、介護短時間制度そして特別有給休暇制度として、妊婦特別有給休暇、配偶者特別有給、看護休暇等があります。企業内託児所も持っています。詳細は説明しませんが、人を活かす発想から生まれた制度です。人がやめないというだけでなく、高い意欲を持って働くことのできるような勤務環境づくりを目指しています。成果として、不良品率もかなり低くなったということです。

上手さんは、ワーク・ライフ・バランスに取り組む方法の1つとして、たとえば、誰かが、育児休暇を取る、介護休暇を取ると、そのときに、その人が持っていた仕事を、単純にほかの人に割り振るのではない、その仕事を細かく分析をするのだと言っています。

分析をして、ある部分はこの人に任せる、ある部分はあの人にと割り振るが、中には、この部分は実はあまり要らないのではないかという部分があり、それはこの機会にスリム化しよう、見直しをしよう、合理化しようというふうにして、細かく業務を分析して、見直しを行う。だから人が休むというのは、業務の見直し、改善を行うチャンスなんだと捉えています。人が休むたびに合理化していく、仕事のやり方が改善されていくというお話をされていました。これは本当に、非常に重要な点だと思います。

ともすれば、1人休むとか、誰かが勤務時間を短くするというと、その部分を誰かが分担しなければいけない、あるいは、外から要員を確保しなければいけないというような厄介な事柄なんだと受け止められがちなのですが、実は人が1人休むときに、たとえば、代わりにやった人が育つという話もよくいわれますし、それから、上手さんが指摘されたように、全体の業務自体が見直しされるきっかけになる。

そういう意味では、コストやデメリットとしてとらえるのではなくて、それをチャンスにして、プラスのところを伸ばしていく、そういうポジティブなとらえ方というのを、上手さんに教えていただいたなと思っているのです。だから日本の中小企業は頑張れるというふうに思っているのです。

私も秋田県に赴任したので、上手さんのところがどういう地域にあるか分かっているのですが、秋田県で中心部から最も遠い方、十和田湖に近いところです。そういうところで、男女半々、30名の企業でこれだけの取り組みができる。トップの考え方が、時代を先取りしているというか、非常に大きなビジョンに立っていればこれだけのことができるというのは、いろいろな企業にとっての励ましになるのではないかというふうに考えています。

山口一男VFと板東久美子局長

山口:
上手さんのお話は、多能工を育成して、人々の仕事の互換性を計るともに柔軟性やお互いの支えあいも高めるというやり方で、非常に感心いたしました。小企業では人材は少数のそこにしかいない人々を生かし、またその人たちがお互いに支え合い、柔軟性も保てる形でかつ生産性を維持できる働き方のノウハウの普及が大切なのだと改めて思いました。また管理職の人たちの考えの柔軟性が、非常に重要だということを示唆していると思います。何か普段と違うことが起こったときに、それをポジティブに考えることができるかどうか。人が休むときに、別の若手を育てるチャンスだと考えたり、仕事の見直しのチャンスと考えたりできるというのは、これはやはり非常に柔軟な精神のあり方で、知的柔軟性といいますか、これからの社会では、仕組みが柔軟になってきますから、考え方も柔軟になってこないと、有能な管理職にはなれないということを意味しているように思います。

板東:
私の個人的な経験からも、2人目の出産の時に、係長として担当していた著作権改正法案の提出が急遽決まったのですが、私が産休で休んだら休んだで、課の他の係の人も含めて、担当チームが結成され、若手がめざましい活躍をしました。後にそのチームに参加した人からは貴重な経験ができたと本心から言われたこともあり、このようにプラスに考えることもできるのではないかというのを、非常に感じました。ワーク・ライフ・バランスの推進についていろいろな成功している事例を見ていくと、我々が体験してきたことが経営戦略として整理され、意識的に展開しておられることと感じまして、意を強くしているところです。

今、男女共同参画局の方でいろいろな企業の事例を調査し、コスト・メリットを分析しようと取り組み始めています。これをちゃんと分析し、こういう取り組み、こういう工夫があったからうまくいっているとか、あるいは、こういうコストがかかっているけれども、それを上回るこういうメリットがあるのだといった情報を企業に対して具体的に提供していけるようなものをつくりたいと思っています。

山口:
PDCAサイクルというか、企画をして(Plan)、やってみて(Do)、それがうまくいっているかどうかチェックして(Check)、うまくいっていなかったら対処する(Act)、このサイクルが、これから具体化するのが非常に重要になってきますね。

板東:
そうですね。個人的な体験からも、今まで、いろいろな仕事をする中でこうあるべきではないか、あるいはこう変わってほしいというふうに思っていたことがこのワーク・ライフ・バランスの問題の中で1つになって流れているということです。

山口:
そうですね。大きな流れができそうですから、これはやはり、この流れを持続させ発展させるということが大事だと思います。

板東:
本当に一過性のものにならないような推進力をつけていかないといけないなと思っています。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』3月末刊行予定

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取材・構成/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2007年12月20日

2007年12月20日掲載