RIETI政策対談

第5回「ワーク・ライフ・バランス社会実現には何が必要か」(1)

RIETI政策対談では、政策担当者とRIETIフェローが、日本が取り組むべき重要政策についての現状の検証や今後の課題に対し、深く掘り下げた議論を展開していきます。

雇用の機会均等法が施行されて20年、男女共同参画基本法が制定されて8年が経過しているが、わが国の男女共同参画が進んでいるとはいえない状況だ。昨今、男女共同参画にはワーク・ライフ・バランスの達成が必要であるという認識が強まってきており、昨年末には「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」や「仕事と生活の調和推進行動指針」が策定された。第5回政策対談では、内閣府男女共同参画局長の板東久美子氏とRIETIでワーク・ライフ・バランスの研究を行っている山口一男客員研究員/シカゴ大学社会学教授に、さまざまなライフスタイルを選択していけるような社会の推進には何が必要なのか等について論じていただいた。

客員研究員 シカゴ大学社会学教授 山口一男内閣府男女共同参画局長 板東久美子

(このインタビューは2007年12月20日に行ったものです)

対談のポイント

  1. ワーク・ライフ・バランスはなぜ必要なのか。
    • 男女共同参画の推進と少子化対策については共通の取り組むべき課題がある。
      柔軟な働き方ができるような、さまざまなライフスタイルを選択していけるような社会・組織のあり方が今後の我が国には必要である。それが「ワーク・ライフ・バランスの推進」に集約されている。
  2. ワーク・ライフ・バランスの推進には何が必要か。
    • あらゆる人々を対象とし、働く場や社会の構造改革を考える必要がある。たとえば男女共同参画の推進のネックになっているのは、働き方の問題が非常に大きい。働き方の問題には、その根底にある意識の問題やワーク・ライフ・バランスを支えていくいろいろなシステムやサービスの問題も含まれている。さらにこれは、女性の働き方の問題としてだけではなく、男性の働き方のあり方にも注目をしていく必要がある。また、さまざまな世代や立場の人々の間の支援や相互作用、バランスも含めて考えていかなければならない。このように、ワーク・ライフ・バランスの推進には、いろいろな観点からの課題の抽出が必要で、総合行政として取り組んでいく必要がある。
  3. ワーク・ライフ・バランス実現に向けての政府の役割とは?
    • 一般社会においてワーク・ライフ・バランスという言葉自体定着しておらず、テーマの重要性も浸透していない。まずは呼びかけを含め、気運を熟成し、流れを作ることが大事。
      「行動指針」に目標を掲げているが、目標の達成状況を見るとともに、その具体的な目標をフォローする必要がある。また、男女共同参画会議の専門調査会の方で作成作業を進めてきているワーク・ライフ・バランス社会の「実現度指標」の活用による検証等も含めて推進状況の検証をしていき、次の改善につなげていくといった、少しずつ螺旋を描きながら上昇していくサイクルを動かす必要がある。
    • さらに、格差の問題や困難を抱えている人たちの経済的自立の問題とも関連してくる為、制度改善や自立支援施策の推進が必要である。
      また、医療分野の医師不足等、特定の分野が抱えている、具体的な課題の抽出を進めていく必要がある。
  4. ワーク・ライフ・バランスと子供の教育の関わり、生涯学習についてはどう考えるか?
    • 非常に重要な問題である。今は家庭や地域における教育の役割機能が低下している。本来家庭での役割まで学校に期待され、学校にも影響を及ぼしている。親が子供の教育にかかわっていける時間を確保することや、家庭の機能強化は重要である。
      生涯学習については、今の時代、雇用者が今までの職場での経験を延長していくだけでは解決できない問題や知識の獲得の必要性が増えている。企業は自己啓発、自己投資、あるいは自分のキャリアを伸ばしていくための生涯学習の機会を雇用者に与えるべき。大学も社会人の自己啓発・学習ニーズに応えていくべきである。

ワークライフバランスはなぜ必要か

山口:
板東さんは内閣府の男女共同参画局長という公的なお立場をお持ちで、そういった役割を通じて、今まで男女共同参画社会の実現に向けてご尽力なさってきているわけですが、今日の対談では、そういったお立場もございましょうが、板東さん個人のビジョンやお考えをお聞かせいただくということで、よろしくお願いします。

まず最初にお聞きしたいのは、最近ワーク・ライフ・バランスという言葉が非常に注目を集め始めましたが、男女共同参画局がいち早くこの問題に着目して、専門調査会などを通じ、内容的にいろいろ精査してきた事が非常に大きな影響を持ったと思うのです。それで、始めになぜ男女共同参画局、そして板東さんがこの問題を非常に重要だとお考えになったのかということを、まずお聞きかせください。

坂東:
私が男女共同参画局に来たのは平成18年7月ですが、この問題についてはそれ以前から男女共同参画局が問題提起をしています。山口先生からも評価をしていただいております、「少子化と男女共同参画に関する専門調査会」が男女共同参画会議の下に3年前にできて、その中で、男女共同参画の推進、特に女性が働くことと、子どもの出生にはどういう関係があるのか、女性の就業率と出生率の両方に影響を与える社会的要因は何かということについて分析が行われました。その中で浮かびあがってきたのが、やはり男女共同参画の推進と少子化対策については共通の取り組むべき課題があり、その核心の部分が、働き方の問題であるということです。柔軟な働き方ができるような、あるいは、さまざまなライフスタイルを選択していけるような社会・組織のあり方が必要であるという結論が導き出され、それが「ワーク・ライフ・バランスの推進」に集約された形で、平成18年5月に提言が行われました。

男女共同参画局に来た時に、私は今まで男女共同参画局や男女共同参画会議がやってきた事柄を一通りレビューしましたが、その中で、このワーク・ライフ・バランスの推進の問題が、男女共同参画推進のために実際は一番課題となることでありながら、今まであまり手がつけられておらず、現状としてあまり進んでいないテーマなのではないかと感じ、私自身これからの大変重要な政策課題として注目させていただきました。

やはり男女共同参画の推進のネックになっているのは、働き方の問題が非常に大きい。それから、その根底にあるような意識の問題とか、ワーク・ライフ・バランスを支えていくいろいろなシステムやサービスの問題、そういうことを含めて、総合的にワーク・ライフ・バランスの推進を考えていく必要があるのではないかと感じました。

また、これは、女性の問題としてだけではなく、男性のあり方にも注目をしていく必要がある。それこそ山口先生が指摘していただいているように、まさに男性のワーク・ライフ・バランスという問題が、女性のワーク・ライフ・バランスにも非常に大きな影響を与えるわけです。

さらに、この問題は、子育て期の男女だけの問題ではなくて、非常に広がりがある。さまざまな世代や立場の人々の間の支援や相互作用、バランスも含めて考えていかなければならない。たとえ少子化対策の問題からアプローチしたとしても、現在子育て中の男女のワーク・ライフ・バランスとして考えただけでは解決できず、あらゆる人々を対象とした働く場や社会の構造改革としてとらえていかないと大きな前進は望めないのです。

つまりこの問題は、考えれば考えるほど広がりをもったテーマではないかということで、ぜひもう少し突っ込んで、どういった視点から、どういった広がりを持ってこの問題を考えていくべきか、それから何がワーク・ライフ・バランスの推進に具体的にネックとなっているのか。われわれが政策として何を考えていかなければいけないのか、あるいはいろいろなプレーヤーがいるので、それぞれのプレーヤーが何をなすべきなのかといったことを深く検討していかなければこのワーク・ライフ・バランスの問題というのは進んでいかないのではないかと考えました。それで、ワーク・ライフ・バランスに関する専門調査会を男女共同参画会議に19年2月に設けさせていただいて、この問題を専門にやることとしました。

それから内閣府の中で、経済財政諮問会議は、労働市場改革の観点、これからの経済の人口減少や競争が激しくなる中での、経済が活力を持っていくために何が必要かという観点からも、やはり働き方の問題を提起しようということで、平成19年当初から検討しはじめておりました。また、少子化対策ということで、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議の中でも、やはり子育てに関する環境づくり、子育ての支援の観点から、この問題に注目していました。あるいは教育再生とか、イノベーション創出とか、いろいろな観点からのアプローチがなされつつありました。内閣府だけでもそういうさまざまな動きがあるぐらいですから、これはぜひ、全体を大きくまとめて、他の省庁も含めて非常に大きな流れを作っていくべきじゃないかと考えました。

これはもう、総合行政として考えていくべきテーマだということで、いろいろなところに「少し連携をしてやりましょう」という話をさせていただき、それもある意味ではきっかけとなっていい形で取り組みの気運が膨らんできたのかなと思っております。

山口:
共通関心も高まってきていて、これからが非常に楽しみな状況ですね。

まず最初にお聞きしたいのは、最近ワーク・ライフ・バランスという言葉が非常に注目を集め始めましたが、男女共同参画局がいち早くこの問題に着目して、専門調査会などを通じ、内容的にいろいろ精査してきた事が非常に大きな影響を持ったと思うのです。それで、始めになぜ男女共同参画局、そして板東さんがこの問題を非常に重要だとお考えになったのかということを、まずお聞きかせください。

坂東:
今、長々と申し上げましたが、男女共同参画の観点から一言で言うと、男女共同参画ということがなかなか進まない、その中の非常にネックになっていることの、最も大きな事柄がワーク・ライフ・バランスが実現していないということではないかということです。

よく女性の活躍の推進のためには、意識の問題とか、あるいは女性登用促進のためにポジティブアクションを取ることという話になるのですが、目標を掲げても、意識を変えようとしても、現実に動いていく環境を考えないと進まない。やはりこの働き方の問題、あるいはワーク・ライフ・バランスをサポートしていくシステムの問題を変えない限り、女性の活躍のためのプランは進まないと思います。

(原則・試作計画の枠組みができた中で)ワーク・ライフ・バランスの実現に果たす政府の役割とは?

山口:
私もその点は同じように感じます。わが国で結婚・出産をすると、7割ぐらいの女性が職場を辞めています。必ずしも辞めることを望んでいる人たちばかりではないことが重要です。それで職場において就業、業務をフルタイムで続けて育児もするということが、非常に困難であるという状況をまず大きく改善しなければならないと思います。

またそれには男性の働き方も関係していて、男性が実際家事・育児に参加できないような、残業時間が非常に多いという問題があります。そういう男性の働き方の現状があるから、そのことも重なってますます女性が継続就業できなくなっている。そういった雇用や職場環境の問題が一番大きいと思います。

直接的な両立支援があっても、つまり保育所が充実したり育児休業を取れるようになったりしても、育児休業を取った後で職場に戻ってくると、これまでと同じような働き方を要求する職場環境であれば、家庭や育児とは両立しません。ですから、短時間勤務、フレックスタイム勤務、在宅勤務など働き方を柔軟にできるようにしていかないと、女性の高い離職率の現状は変わらないと思います。

アメリカでは最初は女性の人材活用を図るために家庭に優しい職場環境やワーク・ライフ・バランスの考えを導入してきましたが、今では女性や有配偶者だけに限らない、一般的な人材活用についての、雇用側の新しい価値観になっています。

今回新たにワーク・ライフ・バランス憲章、行動指針も出来、数値目標のようなものが出来たことは非常に良いことですし、これが新しいブレイク・スルーといいますか、雇用制度改革の突破口になるように、私は期待しているのですけれども、板東さんがおっしゃいましたように、政府や民間企業はもちろん、地域やコミュニティ等、そこに関係する人たちがたくさんいて、その中にもいろいろな障害があります。

ワーク・ライフ・バランスについて、たとえば働き方の柔軟性を高めるという以前に過剰な超過勤務の現状があったり、男性中心に働くことを前提とした女性の人材活用があったりといった、現在の雇用のあり方の問題があります。まずそういったものから変えていかなければならないという現状があるわけです。

それからエンゼルプランや男女共同参画社会基本法もそうなのですが日本経済新聞論説委員の岩田三代さんは「仏をつくって魂入らず」という表現をしています。「仏」というか、原則としての法とか施策計画とか、基盤の整備はできたし、それは非常にいいものであるけれども、その一方で魂が入らないというか、なかなかその原則が実現できて来ていない。それこそ、雇用機会均等法以来20年以上たちますけれども、男女の賃金格差などほとんど減少してこなかった経緯もあるし、GEM(ジェンダー・エンパワーメント)指数も非常に低い状態のままにある。それで具体的に、魂を入れるというか、今後ワーク・ライフ・バランスについて、原則と施策計画の枠組みができた中でそれを実現するには何が一番、政府の役割として重要とお考えでしょうか?

坂東:
まず、われわれは一生懸命ワーク・ライフ・バランスは重要だと議論をしていますが、一緒に議論をしていただいている官民の方々はそう思っていても、一般の国民から見ると、このテーマの重要性とか、言葉自体がまだ定着していない。ですから、これが何を目指していて、そして、どういう社会を実現しようとしているのか。それから、それぞれのプレーヤーが何を考えていく必要があるのか。これを広く呼びかけることも含めて、先頭を切って気運を醸成していく、流れをつくっていくというのが、やはり政府の仕事なのではないかと思います。

それから、今回の行動指針にも目標を掲げていますが、その具体的な目標をどうフォローしていくのかという話がありますし、また、男女共同参画会議の専門調査会の方で作成作業を進めてきているワーク・ライフ・バランス社会の「実現度指標」の活用による検証ということがあります。目標の達成状況を見るとともに、今、社会全体としてのワーク・ライフ・バランスの実現度がどうなっているのかという指標を通じて取り組みをフォローしていく。そういうことも含めて推進状況の検証をしていき、次の改善につなげていくといった、少しずつ螺旋を描きながら上昇していくサイクルを動かす必要があると思います。

さらに、先生のお話にあったように、一方で正規・非正規といった格差の問題とか、困難を抱えている人たちの経済的自立の問題とか、そういったことともワーク・ライフ・バランスの実現に非常に関連していますので、制度改善や自立支援施策の推進が必要です。

また、いろいろなところに一般的に呼びかけるのも重要ですが、それと同時にやはり特定の分野が抱えている、具体的な課題の抽出を進めていくべきではないかと考えています。

今回の憲章では、一般的な企業の話が中心になっていますが、ワーク・ライフ・バランスの問題が今一番深刻になっているのは、たとえば医療の分野です。医療の問題としては、もともと医師の数が少ないのではないかという議論があったり、あるいは地域と都市、あるいは分野によって偏在しているのではないかという問題がありますが、そのような中で、医師はハードワークで、柔軟性に乏しいし、支援環境も十分でなく、女性医師が子育てをしながら仕事を続けるのが非常に難しい。それがさらに人手不足につながり環境がさらに悪くなるという悪循環に陥り、地域医療も、特に産科医療や小児科医療等の女性医師が多い分野が、今、特に人材不足に陥っています。

ですから具体的な分野として、非常に深刻な状況があり、ワーク・ライフ・バランスの推進という観点から、その課題を抽出しなければいけない分野というものが、いくつかあるのではないか。そういうところをターゲットに置いた取り組みも、政府の方でもいろいろな問題提起をして、支援をしていく必要はないかと考えています。

このような取り組みの例として、今、動き出しているテーマとしては、研究者の問題があります。女性研究者の支援は、男女共同参画基本計画(第2次)、あるいは第3期の科学技術基本計画の中に、初めてきちんと盛り込まれて、採用の数値目標も掲げられていますし、女性研究者が活躍していくためのネックとして、研究と家庭との両立の問題があると指摘されています。1つには大学内の保育所整備など両立しやすい環境を整えるという問題もありますし、たとえば研究者の募集の年齢制限といったようなさまざまなシステムが、多様なライフスタイル・サイクルに制度が合っていないのではという問題もあります。

山口:
そうですね。

板東:
こういう職の選考対象となるのは何歳まで、というような年齢の壁があったり、任期付きポストが増え、任期自体は中立的な制度であっても実際、出産・子育てといったものが任期に暗に絡み合っているというようなことがある。合理的でないしばりをなくしたり、事情に即応できるように弾力化していくという制度の見直しが行われつつあります。科学技術分野では、文部科学省が予算を付け、具体的に20の大学・研究機関が女性研究者支援に取り組むというモデル事業も進めており、働き方・勤務環境の問題や、保育などの支援環境の問題等について、それぞれ、かなりユニークな取り組みを進めています。その中で、ワーク・ライフ・バランスの考え方というものをとり入れながらやっています。

こういったことが、ほかの分野でも考えられないかと思うのです。先程挙げた医療分野以外でも、たとえば農林水産業においても、ワーク・ライフ・バランスの問題はある、とわたしは思っています。

これからは、幅広く一般的に推進するというのと同時に、それぞれの分野とか、それぞれの地域とか、それぞれの機関の実情・特性に応じたワーク・ライフ・バランスの課題を抽出していき、それを施策に展開していく、取り組みに展開していくという、このような具体的な展開の段階に行くことをプッシュしていく必要があるのではないかと考えております。

山口:
私もそれは非常に大事だと思います。現在のアメリカと比べると、やはり日本は制度的な硬直性があります。年齢の制約というのは1つの例なのですが、個人の可能性や業績とは無関係に誰がどういう職につけるかに大きな制約が置かれている。

それからもう1つは、ライフスタイルのいろいろな選択に対して、ある種の選択をするとペナルティがあるという制約があります。たとえばいったん離職して、再就職しようというときに、以前の職業キャリアを継続できる仕事に就きにくいとか、正規雇用では就職できないとか、そういった問題があります。

専門職キャリアであっても、あるときは育児に専念する時もあるだろうし、あるいは短時間勤務にしたいということもあると思うのですが、わが国では、短時間正社員という雇用形態はまだ1%にも満たないのです。ですから、短時間勤務で働こうとすると、ほとんど非正規で働くという選択しかない状態です。

板東:
そうですね。実際それを選択すると、もうそこで何か道が決まってしまう。

山口:
そうなんです。結局たとえば育児との両立上短時間勤務を選択すると、事実上非正規という雇用形態になるし、そうすると賃金は下がるし、安定性がなくなるし、再度正規雇用に戻ろうとしてもなかなか戻れません。

板東:
そうですね。本当に、日本はいろいろな制度が、特に運用の問題になるのかも知れませんが、非常にall or nothingだし、あるところである選択をしたら、もうそこから先が複線的ではありません。

山口:
そうなんですね。人生の選択に関して自由が少なく、硬直した制度の枠組み外の選択をすると、ペナルティが多すぎる。だから、個人がなかなか自分の自由に選択して、自分を活かすということができにくい仕組みになっている。亜細亜大学の権丈英子先生も人々がライフ・ステージに応じて働くことに重点を置く時期を設けたり、家庭や他の活動に重点を置く時期を設けたり、重点を変えることが可能で、それによって労働市場において大きなペナルティを受けなくてもよい社会の実現が重要と強調されているのですが、そういうことが未だわが国ではほとんど出来ない状態です。まずそこを変えていく必要があると思います。

板東:
おっしゃるように、人生のいろいろな時期で重点が変えられることは重要ですね。また、人によってもその重点の置き方や仕事上の成長のサイクルが違うので、多様性が重要です。わたし自身も2人子育てをしながら仕事を続けてきましたが、ある時期は確かにペースダウンするのですが、他の時期にはかなりスピードアップしたこともある。やはり、人間の成長の仕方とか、仕事との関わり方、力の発揮のされ方というのは、そう一律ではなくて、ある時には蓄えの時期だったり、ある時期には爆発的に力を発揮したり、伸びたりということで、それは人によって違うと思うのです。

一般的な企業や役所でもそれは同じではないかと思います。だから、一律の目盛りだけで計るということはできないし、また、人の育て方も同じだと思います。

これからの人材管理、マネージメントというのは、もう少しそういった複雑な事柄を念頭に置いた形で行われないと、本当に多様な人材を生かしきれない、そして、高付加価値の新しい製品やサービスを産み出すことができない、変化に弱いといった限界に達してしまうのではないかと感じています。

山口:
そうですね。非正規雇用が男性にも拡大された結果、より顕在化しましたけれども、もともといわゆるパートの女性についても人件費節約のみの観点で、多様な人材の活用の観点から非正規雇用者を見る視点が企業に欠けていたという歴史があります。

板東:
だから、わが国は、たとえば高学歴女性の働いている割合が外国に比べて非常に低い。いったんキャリアを中断したり、少しペースダウンすると、もうそこから先の選択肢がなくなってしまう。パート職で自分の能力を活かせるものがあまりないとなると、もうそこで、all or nothingで終わってしまうんです。

山口:
私の分析結果によると、実際に専業主婦をやっている人で、専業主婦でいたいという人は本当に少ない。数パーセントしかいない。

板東:
そうですね。男女共同参画局でやった調査でも、子どもが中学校ぐらいになると、9割以上の方が、何らかの形で働きたいと希望している。ただその希望する働き方のスタイルというのが、人によってかなりまちまちで、「在宅でやりたい」という方がいたり、短時間勤務であったり、または、「残業のないフルタイムの仕事」をやりたいと考えている。それがほとんどそういった希望に応じられるような選択肢がないということで、現実には希望ほどにはそんなに働いていないという状況になってしまいますし、再就職のほとんどが現実にはパート・アルバイトという形になる。

わたしは日本の男女共同参画の状況をいわせていただくときに、女性は能力が非常に高いのに、それを社会が活かしきれていない、大変もったいない、いびつな社会の在り方になってしまっているということを言っていますが、わが国がこれから社会、経済の在り方を考えていく上で、この点には、もっとシビアな危機感を持たないといけない状態ではないかと思っているのです。

山口:
これはもう、100%賛成です。

板東:
それから、国がやっていくこと、政府がやっていくことという中では、やはり頑張っているところを少しバックアップとか、積極的に評価していくことも必要だと思います。

中にはなかなか取り組みが進まない分野があって、たとえば中小企業などではなかなか進みにくいといわれる。しかし、逆に、中小企業にとってこそ、この問題は非常に切実で、大企業には人が行くけれども、中小企業はなかなか人を獲得するのが難しい時代になってきている中で、ワーク・ライフ・バランスの問題に取り組まなければ、ますます優秀な人材を獲得することが難しくなるし、また、獲得した人材が定着して活躍してもらえない状況になる。

中小企業は、ある意味では機動的に弾力的に対応し得る、むしろそういうメリットもあると思います。制度を一律に入れるというのではなくても、個々に応じて対応しているというところがあるので、中小企業での取り組みを支援する事が必要ではないかと思います。イギリスではワーク・ライフ・バランスに取り組むためのコンサルティングを提供していますけれども、まさにそういったように取り組む場合のメリットを明らかにしたり、効果的な取り組み方を普及していく事が大事なのではないかと思います。

山口:
そうですね。大企業は大企業、中小企業は中小企業なりのワーク・ライフ・バランスというか、人材活用の進め方のノウハウみたいなものを、それぞれ発展・普及させていく必要がありそうです。

坂東:
今先生がおっしゃったように、人材の育成の仕方が、仕事をどう進めていくかということとともに、非常に重要だと思います。やはり人材活用方策とセットにしていく必要があるのかなと思います。

山口:
そうですね。特に大企業の場合は、これまで正社員中心にしか人材活用を考えていなかったけれども、長期雇用を前提としていない人たちの人材の活用というのは、正規雇用になるチャンスを増やすというのとは別に考えていく必要があるというふうに思います。

非正規雇用者であっても、いい仕事をすればそれなりにチャンスがあり適正な報酬があって、仕事の質の向上へのインセンティブがあるという制度が必要です。アメリカではそういう制度が広くあると思います。しかしわが国では。そういった制度は未だ少なく、雇用形態が二極化してしまって、正規と非正規では待遇も機会も全然違うといういびつな構造があり、また非正規雇用者には女性の方が多いわけですから、男女の賃金や機会の格差も生み出しています。

坂東:
そうですね。片一方は「働けど働けど」みたいな状態であったり、あるいは、もっと働きたいのにそういう機会が与えられない。非正規の場合はそういう問題も出ています。正規のほうは、責任等が正規社員に偏ってくる形になって、長時間労働とか、ハードワークにつながっていく。それぞれに問題が起きてしまっている。それをもう少し、共通の基盤の中で補完する方法、たとえば公正な処遇の在り方とか、転換可能性、流動性等を考えていかなければならないのだろうと思います。

それから、世代間格差もあると思います。たとえば今は子育て期にある若い世代に長時間労働が集中しています。そのハードワークを少し世代間でならすとか、あるいは高齢者活用を広げて、短時間勤務を希望される方々を含めて入っていただくということによって、少し負担をならしていくといったことも必要になってくるんだろうと思います。

山口:
子育てに関して、地域やコミュニティの役割というのもあると思います。わが国でもワーク・ライフ・バランスの現状や出生率と女性の就業率の関係とかにコミュニティや地域の間にかなりの違いが見られることを男女共同参画局の報告書も明らかにしていますが、ワーク・ライフ・バランスの取り組みでは、そういった地域性も考慮した場合、どういった取り組みが可能でしょうか?

坂東:
私は個人的な経験として、少子化・高齢化スピードが日本で一番速い、人口減少の先鞭(せんべん)を切っている秋田県に2年3カ月居たことがあります。都市とは産業も違いますし、地域の在り方も違う。政策は東京あたりで議論されることが多いですが、わたしは常に秋田県のような地方の状況というのも念頭に置きながら考えるようにしています。地方では通勤時間や世代間のサポートの状況はいいのですが、男女の固定的な役割分担とか、固定観念とかはやはり十分強いので、女性のワーク・ライフ・バランスを見ると、たとえば、農業をやっておられる方の場合ですと、ご夫婦ともに田畑に出て働いて、それで帰ってきたら、だんなさんは休養しておられるときに、奥さんはそれから家事をやり、子育てや介護をやるなど、目一杯いろいろなことをやっておられる。外からの支援サービスを利用しにくいなど、女性に負担がかかっている状況にあります。

そういった問題も含めて、やはり地域においてワーク・ライフ・バランスを推進する上での問題というのはそれぞれ違うし、環境も違うと思いますね。今回の憲章の中でも強調してありますけれども、やはり自治体とか地域に応じたワーク・ライフ・バランスの目標なり、力点、政策展開なりがあって良いと思います。

都会のほうで言えば、継続就業のところに、まさに問題が生じていると思いますね。地方は、女性の労働力率が割合高く、何らかの形で仕事をするのが当たり前な感覚というものがむしろ地方のほうがあるけれど、都会の場合ですと、長時間勤務のような非常に厳しい働き方、勤務環境だったり、通勤時間が長かったり、あるいは子育ての支援環境が十分でないということで、ある段階でぷつりと退いてしまうようなケースが多い。

山口:
そうですね。都心の女性の離職率が特に大きいというのは、本当に都市の社会環境、雇用環境がもちろん一番大きいですけれども、その状況の影響も大きいと思います。

坂東:
そうですね。子育て支援環境が地方とは全然違います。

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2007年12月20日掲載