これからの制度設計

岸本 吉生
経済産業省中小企業庁国際調整官 / 中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー

どんなビジネスであれ、いままでにない事業には、これまでにはないリスクがある。エジソンが電力会社を始めたころには、停電はもちろん、漏電による火災があったし、事故や不注意による感電死があった。筆者が執筆に参加した書籍『ネクスト・ブロックチェーン』(日本経済新聞出版社より刊行予定)がブロックチェーン技術を取り上げた狙いは、分散台帳技術を用いて、今まで資産価値があっても取引コストが引き合わなかった個人データや産業データを、安全かつ効率的に産業化することができると考えたからであり、仮想通貨の議論にとどまるものではない。そうしたビジネスに伴うリスクから人々をいかに守るかを考えてみたい。

最先端の知識を持つ投資家の役割

農家の品種別生育データ、生活習慣病予備軍の健康データ、都市の道路渋滞データなど、個人のプライバシーや事業者の営業秘密を守りながら、社会全体に有益な情報として利用すれば、農産物の出荷時の廃棄量が減少し、中高年の皆さんが、生活習慣を見直したり、通行量測定センサーがない観光地の道路の渋滞予測ができたりするようになる。すでに述べたとおり、仮想通貨は広い意味での「証券」の一種であり、他にも、デジタル資産、サービスの利用権といったさまざまな契約が分散台帳技術を用いたアプリケーション(DAPPs)により可能になる。分散台帳技術が、マイクロペイメントの普及と相まって、社会的に意義のある産業として成長を遂げることになるだろう。

パーソナル・コンピュータのヒューレット・パッカードや、アップル、グーグルといったインターネット社会の成功者を数多く生んだ地域は、米国サンフランシスコ南部のシリコンバレーと言われる地域。この地域にはベンチャー・キャピタリストという投資家が集中し、ここ数年、金融ビジネスにインターネット技術を活用するフィンテックに活発な投資が行われた。米国、英国、アイルランドを中心に多数のスタートアップが競い合い、生き残ったプロジェクトはわずかだった。この過程で数多くの投資家が参画しましたが、成功者となったのは、フィンテックの先端知識をもつ一握りの投資家だけだった。こうした投資家は、金融の知識に加え、アルゴリズムの開発の最前線の状況をよく知る人たちだった。ブロックチェーンに関しても、ビジネスモデルの判断力に加え、アルゴリズムの開発の最前線の状況をよく知る投資家がすぐれたサービスを市場に提供する可能性が高い。

責任主体のないアルゴリズムの安全をどのように守るか

ブロックチェーン技術にはこれまでの投資対象とは異なる特長がある。それは、複数の個人が協力してアルゴリズムを開発し、その内容をオープンにし、かつ、運用には携わらない可能性があることである。つまり、アルゴリズムを使う事業の運営主体が株式会社のような責任ある主体ではないかもしれないのである。

仮想通貨のアルゴリズムに期待されること

仮想通貨、すなわちペイメントトークンの信頼性は、価値尺度機能、交換機能、価値保蔵機能の三つの機能を併せ持っているかどうかにかかっており、これは事実判断の問題になり、仮想通貨を運営するアルゴリズムが三つの機能を担保しているかどうかが重要となる。通貨当局および中央銀行は、通貨価値を安定させるためにどのような条件でどのような運営をするかについて多くの蓄積があり、平時にこれと同等の運営をすることは、アルゴリズムをベースに成し遂げられる可能性がある。各国の財政規律が異なるために、中央銀行の運営の自由度に違いがあるのと比べて、仮想通貨にはそうした制約がないという利点がある。世界の多くの国の通貨と比べて、仮想通貨のほうが高い信頼を得ることは十分考えられる。

その一方、マクロ経済は常に変化し、大きなショックに見舞われることもあり、通貨の番人である中央銀行は、有事における危機対応をしている。リーマン・ショックの時には、金融・証券市場のプレーヤーがアルゴリズムの通りの取引を続けたために、かえって相場が大きく変動した。価値尺度機能、価値保蔵機能を兼ね備えたアルゴリズムとはどのようなものか、経済学の研究者とコンピュータ・サイエンスの研究者による共同作業により、多くの人々の信頼に応える共通認識が生まれることが期待される。

ピア・レビューによる安全の確保

ブロックチェーン技術は、データを特定の誰かに委ねることなく、分散して処理できるところに長所があり、アプリケーションの安全性や品質の責任を特定の誰かに負わせる規制がなくてすむ仕組みを構築できれば、その本領が発揮される。

ブロックチェーンでは、アルゴリズムを考案した人物が、ビジネスの運営責任を負わないことを想定しなければならない。アプリケーションの安全性と品質を絶えず検証し、リスクがあるならあると、必要な修正をしたならしたと、情報発信をする第三者が必要となるのである。この分野は技術の進歩が速いため、アルゴリズムの専門知識を持つ者同士のピア・レビューがふさわしいのではないだろうか。特に、個人データの保護と営業秘密の保持がされていることの認証は、ブロックチェーン・ビジネスが健全に発展する基礎であり、ピア・レビューの仕組みが絶えず働く仕組みがとりわけ重要である。

日本の製造産業を育てたインフラの1つに、日本工業標準制度(JIS)がある。この制度には強制規格と任意規格があり、ある時期から政府の関与を必要とする強制規格から、民間の自主性に委ねる任意規格への移行が大胆に進められた。安全性と品質を民間の専門家が不断に見直すメカニズムは、イノベーションを阻害しない上に、信頼に足ると判断されたからであるこの経験をブロックチェーンにも活かしたい。

利用者が多いアプリケーションであれば、その運営に必要なコストとして、品質の審査を含めて、相互に、あるいは第三者によるさまざまなピア・レビューを行う仕組みをつくり、複数の仕組みがピア・レビューの水準を競い合うことになれば、最新の技術動向と専門知識に基づく安全の確保が期待できる。

ブロックチェーン技術を利用したサービスを考案した事業者が、そうした制度を共同して設立し、自らのビジネスの安全性と品質を守ることにより、分散台帳技術の本質を損なうことなく、この分野のイノベーションを活発化することが望ましい。

国境を越える取引の安全

ブロックチェーン技術は国境を越えて自由にデータをやりとりするところに大きな利点がある。個人や企業のデータを取引するという性格上、投資契約はもとより、利用者約款についても、さまざまな観点から、各国の法規制に照らした事前の検証が必要となる。オープンソースで作成されたアプリケーションの場合、運営主体が特定できないことも想定され、契約や約款に誰が責任を負うのかという問題も生じる。スマートコントラクトに代表される、サービスを提供する契約や約款に関しては、各国の法規制の専門家がその内容を検証し、問題がないことを判定する仕組みが必要ではないか。各国に一つないし複数の主体があり、どの国の法制度に適合しているかを国際的に情報発信する国際的なネットネットワークができれば利便性も高まる。そうした場は、ISO(国際標準化機構)のように、官民の専門家が集まる非政府組織にすることが望ましい。

2019年9月6日掲載

この著者の記事

  • これからの制度設計

    2019年9月 6日[ネクスト・ブロックチェーン:ブロックチェーンのつくる未来]