スペシャル

RIETIのユニークな存在価値を活かし、独創的な研究を

藤田 昌久
所長・CRO

平成19年5月1日より経済産業研究所長に就任した藤田昌久に、RIETIの研究活動の強みや特徴、適切な政策研究活動のあり方等についてインタビューを行った。

RIETI編集部:
藤田所長はディスカッサントとしてRIETI政策シンポジウムに参加なさるなど、以前からRIETIの研究活動を第三者の立場からご覧になっていたと思うのですが、RIETIに対してどのような印象を持たれていたでしょうか?

藤田所長:
RIETIは日本の経済学の世界的に活躍されている研究者がたくさん集まっていて、なかなか恐れ多いというか、若い人にはちょっと近寄りにくいような印象がありました。私はRIETIの前身の通産研究所時代に2年ほど研究員として研究させてもらっていましたが、実際の発表の場もかなり厳しい雰囲気で行われていました。小宮先生(通産研究所所長)がいらして、ディスカッサントが2人ぐらいついて、研究に対する意見を述べ、それに対して答えるというような感じでしたが、レベルの高い研究所だと感じていました。それは今も続いていると思いますし、RIETIはなかなか日本には他にない組織だと思っています。RIETIになってからも時々政策シンポジウムにコメンテータやディスカッサントとして出させてもらっていましたが、通産研究所時代の小宮所長、青木所長、吉冨所長とそれぞれの先生方の個性が研究に現れていたと思います。青木所長は独自の独創的な研究をたくさんやられていた印象がありますね。吉冨所長は全体をがっちりと固めて、オーガナイズなさっていた印象を持っています。

RIETI編集部:
所長になられてからの印象はいかがですか? また、藤田所長はアジア経済研究所等、さまざまな研究所でのご経験がおありですが、他機関と比べたRIETIの研究活動の特徴、強みや弱みがあったらお聞かせ下さい。

藤田所長:
藤田昌久所長 RIETIに来てからもレベルが高い研究所であるという印象は変わりません。RIETIの特徴はアカデミックであり且つ政策研究であるということを両立させるべく活動している点です。それから日本が直面する経済社会的問題を非常に幅広く研究対象にしている点も挙げられるでしょう。中長期的な視点で政策に結びつく研究であり、アカデミックな研究としての質も維持しながら幅広く研究している研究所は恐らく日本でもRIETIだけなのではないかと思います。

他の研究機関との比較ですが、1つはファカルティフェローが中心だということがいえます。たとえば私が在籍していたアジア経済研究所には常勤の研究者が170人居ました。それに比べるとRIETIは常勤の研究者というのは十数人です。良い悪いは別にして常勤の研究者が非常に少ないというのも特色だと思います。私個人としては、もう少し常勤の研究者が増えた方が研究所としての持続性が出てきていいと思いますが、ただ、そうすると「官は小さくする」という政府の大方針に逆行しますし、現実的に難しいので、与えられた制約をプラスに捉えて研究していくしかないでしょう。官を小さくするという政府の基本方針自体は間違っていないと思っています。取り組まなければならない研究課題は非常に多いわけで、もしもRIETI内部ですべての研究をするとすれば研究員が100人でも足らない状態です。ですから、研究課題に応じて、一番いい学者にRIETIに来ていただいて研究をやってもらうという今のシステムは悪くないと思います。

それから、実証研究というのはデータが勝負です。しかし情報というのは守秘義務がありますからそう簡単には公開できません。たとえば個別の企業に関するいろいろなデータ、各家庭に関する個別のデータ等を持っているのは政府関係です。RIETIを介せばそこにアクセスしやすいというのがあります。特に国際比較を行う時、たとえば今問題になっているサービス産業の生産性の国際比較をやる場合、ここには共通の測定方法、共通のデータが要るわけですが、そういったことを行うのは個人の学者では無理です。研究のための共通のインフラ、それも国際スタンダードに沿った形の研究インフラというのも、RIETIだからこそ構築して行くことができるというのは大きな強みでしょう。たとえば、RIETIはJIPデータベースを作っています。こういった仕事には膨大な費用がかかるわけですが、これもRIETIだからこそ出来る研究だと思います。そういう意味では、非常にユニークな存在価値がRIETIにはあると思います。

また、政策研究を行うRIETIの強みとして、政策立案者、政策実行者の近いところにいるという立地条件というのもあると思います。やはり、これまでの先生方やスタッフの方々の努力でRIETIの研究がきちんと評価されていますので、ここに来て研究をやりたいという人が多く、来ていただく先生方のレベルが高いといういい循環を生んでいるのだと思います。ところで、RIETIのロゴマークは何だと思いますか?

RIETI編集部:
公・学・官が連携し合い、シナジー効果を発揮する知のネットワークを表現しています。

藤田所長:
そのとおりです。実は、これは私は最初ツタの葉っぱかと思っていたのですが(笑)、いわゆる「三人寄れば文殊の知恵」そのものなんですよ。いろんな違った知識、違った視点を持っている人が集まって、シナジーを生む。ただ、私が言いたいのは、「三人寄れば文殊の知恵」というのはこれは正しいのですが、同じメンバーが長くいると、これはただの知恵になってくる。それでは新しいことは何も生まれない。というのは、共有知識がどんどん肥大化するからです。だから、難しいのはバランスを保つことなのだと思います。人の流動性にはいい面もたくさんありますから、たとえばファカルティフェローの先生は1年~2年の契約で関わってもらいますが、雇用の制約にしばられることなく、その研究テーマに合った最適の人選が出来る。これは普通の研究所ではできないことです。普通は一生同じ研究員が在籍しているわけです。RIETIでは雇用の制約にしばられず、いつもフレッシュな人材の組み合わせで、研究が出来ます。余談になりますが、アメリカでは「A rolling stone gathers no moss」ということわざがあります。訳は「転がる石はコケが生えない」というものですが、これには全く違った2通りの解釈があるんですよ。よく言われているのは、日本的解釈では動き回っていてはコケが生えてこないという解釈。ところがアメリカ的解釈では「動かなければコケむしてしまいますよ」というもの。私は両方正しいと思うのですが、組織として重要なのは、この2つをどうやってバランスさせていくか。RIETIには独自のコケ=独自の蓄積があるかどうか。私はもう少しその部分を強くしていかなくてはならないと思っています。

それから、今はどちらかと言えば日本の学者のみが中心となって、日本の政策研究を行っていますが、もっと海外の研究者との交流を深めて新しい視点を入れていけるといいと思います。個々の研究プロジェクトには外国人研究者に入ってもらってはいますが、もっと活発に交流したらいいと思います。

RIETI編集部:
今後、目まぐるしい経済・社会状況の変化に対応する適切な政策研究活動を行うために、何が必要でしょうか? アカデミックな研究と実際の政策の現場とのシナジー効果を出すというのはなかなか難しい部分だと思うのですが。

藤田所長:
RIETIの政策研究領域「少子高齢化社会における経済活力の維持」「国際競争力を維持するためのイノベーションシステム」「経済のグローバル化、アジアにおける経済関係緊密化と我が国の国際戦略」は我々が政府から与えられた課題で、全体としてはこういう大きな方向性をとらえながら、しかし学者というのは、基本的には自分の興味のある、オリジナリティのある研究がやりたいわけです。彼らは知的生産に興味があるわけで、必ずしもそれが国の政策に役立たなきゃいけないとは思っていないわけです。そういった学者の希望と全体的な方向性、実際の政策に役立たせる調整をRIETI側がしていかなくてはならないと思います。具体的には、たとえばRIETIのフェローになっていただく先生方というのは、経済学者の中でも研究対象がなんらかの形で政策に関連する研究をやっている先生を選んでいます。

また、プロジェクトを立ち上げるときに、先生方にブレインストーミングの場でこういう研究をやりたいと発表してもらい、それからRIETI側や政策関係者の方にもいろいろ意見を出してもらい、研究方向を合意のもとに確定します。その後も途中段階で意見を交換し、最後のまとめの前にもう1回議論してもらって、それをまた直してもらうという形での調整は行っています。けれど基本的には、我々が了解した範囲の中、研究員の方々には自由に独創的な研究を行って欲しいと思っています。まだまだ努力して改善していかなければいけない部分もありますが、一連のこういった流れはうまく機能していると思います。

RIETI編集部:
RIETIの政策研究成果について、実際どのように政策にリーチさせるべきであるとお考えでしょうか?

藤田所長:
これはネットを使うとか、さまざまな形での工夫はしています。実際DPなどは学界の方々にかなり読まれていると思います
政策にリーチするという意味では、我々は経済産業省の人との交流が密接ですから、先程申し上げたようなブレインストーミングの時でも、必ず経済産業省の関係者数人に来てもらっていますし、そういう形で研究のプロセスに入ってもらい、RIETIの研究成果を経済産業省の人に知ってもらい、活用してもらっています。あとは通商白書等の白書ですね。大きなところでは東アジアのネットワーク、サービス産業の競争力、これらの部分で直接RIETIの研究成果を活用しています。あとはたとえば伊藤隆敏先生などが諮問会議に入っています。伊藤先生は必ずしもRIETIの代表というわけではないですが、ファカルティフェローとしてRIETIで研究を行っていただいており、その研究を政策の議論に使ってもらっています。そういった形でRIETIに関連する先生方が政策や政府そのものに近いところで活躍なさっています。時の政府そのものに深く入るということは両面がありますが、我々は政策立案そのものじゃない、一歩手前のところまでのインプットを出していくスタンスでいくべきだと思います。

RIETIはこれまでも中立性を保ったアカデミックなスタンスを保っています。政策というのは主観的な視点のもとにある側面だけ埋めてもらったら大変困るわけです。たとえばRIETIでは格差の問題でもきちっとした統計でデータの分析を行っています。

それから政策シンポジウムを年最低6回開催していますし、BBLも好評です。
BBLは必ずしもRIETIの研究活動とは関係ないテーマも幅広くカバーする事業ですが、RIETIがいろんな専門家のプラットホームとなり、知の交流を行う役割を担うことが大事だと思っています。企業の方や一般の人でも役に立つ中立性を保った形での研究活動を行い、また、その成果が利用されていくべきだと思っています。

取材・文/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2007年8月23日

2007年8月23日掲載