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日本のために解明しなければならない各省庁の枠を超えた横断的な問題に政策提言を~アジア、世界にむけた研究プラットフォーム作りに向けて~

吉冨 勝
所長・CRO

平成16年4月1日より経済産業研究所長に就任した吉冨勝に、今後の研究課題や政策提言のあり方等、研究体制の構想についてインタビューを行った。

RIETI編集部:
吉冨所長がRIETI全体の主要政策研究課題として設定した、6つの柱からなるMajor Common Themesについて、この6つのテーマを選んだ理由をお聞かせ下さい。

吉冨:
吉冨勝所長・CRO 日常の議論と情報から、日本の新しい国づくりにとって最も重要な問題をやや体系的にまとめてみました。

第一の柱である「日本経済の停滞の10年間」の総決算は、他に体系的に研究しているところがどこにもないので、みんな知りたいと目を輝かせるでしょう。

第二の柱は「New Global Imbalances(新たな世界的不均衡)」です。これまではアメリカの対外赤字の裏側には日本の黒字があるという話でしたが、現在ではアメリカの赤字の裏には日本の黒字だけでなく、中国やその他アジアの黒字が存在します。この新たな展開を踏まえ、アジア諸国の通貨調整なども含めて新しい世界的な不均衡問題を研究します。

第三の柱の「財政問題」は横断的に研究したいですね。財政赤字や巨額な政府の債務残高の問題にとどまらず、年金、医療、介護など社会保障問題も含めて総合的に日本の財政における問題点を明らかにするつもりです。Economics of Ageing(高齢化の経済学)の確立を目指したいものです。これまでの日本や他の先進国の失敗の経験も活かしてちゃんとした処方箋を書くことができれば素晴らしいと思います。

第四の柱である「金融市場構造の将来のあり方」については、まず、銀行危機の包括的分析を行うことが必要です。その上で今後、金融システムの再構築を考える際に重要なsecuritization(証券化)、コーポレートガバナンスの問題、公的金融機関のあり方等を研究します。

第五の柱である「新しいイノベーション・システム」については、現在進行中のデジタル革命がマニファクチャリング・アーキテクチャやビジネスモデルの面でどんな新しい要素を持っているのか。そしてこの現象をグローバリゼーションという文脈の中で捉えると、どういう意味を持つのか考えていく必要があります。また、日本の特許がどの程度学術論文で引用されているかに関する非常に詳細な新しい統計に基づいて、基礎研究(Research)と新商品開発(Development)の間の関係を主要な技術分野別に明らかにします。

最後の第六の柱はデータ収集の充実、とりわけマイクロデータの充実。それからモデル操作の向上、とりわけ貿易、年金、エネルギー、環境の分野です。RIETIの研究に必要なインフラ基盤の強化と考えてよいでしょう。

現在進行中の5年間の中期計画のうち残り2年間ありますが、この中である程度の解答を出していこうと考えています。そうした中でも、第二の柱であるNew Global Imbalancesについては6月17・18日に国際的な政策シンポジウム「新たな世界的不均衡とアジアの経済統合」を開催することになっていますが、その過程でRIETIの研究もかなり固まっていくと思っています。すべての課題に2年で解答を出すことは無理でしょうが、重点をしぼりこむ考えでいます。

RIETI編集部:
Major Common Themesと従来のクラスター(注)との関係について教えてください。

吉冨所長:
Major Common Themesは必ずしもクラスターと重なるものではありません。前所長の青木先生にクラスターの生い立ちを聞いたところ、あるクラスターの下にいくつかの個人のプロジェクトが有機的につながっているのではなく、その反対でした。つまり最初に各フェローのプロジェクトがまず立ち上がり、事後的にクラスターができたとのことでした。また、クラスターに属している個々のプロジェクトを有機的につなげ、クラスターとして何か政策提言なり研究成果が統合(synthesize)できるのですかと質問すると、それはかなり難しいようでした。私はそうしたクラスターを何とか活かしつつ、有機的に統合可能な政策の観点からまとめた結果がこの6つの主要課題になったということです。日本にとって必要な政策課題は何かという考えが先にあり、フェローのプロジェクトをその中に位置付けるという考え方です。

RIETI編集部:
RIETIの政策研究の特色をどのように打ち出していかれるお考えでしょうか?

吉冨:
吉冨勝所長・CRO 横断的な経済政策の立案に寄与することです。それは一方でひとつの政策課題についてミクロ経済学からマクロ経済学まで幅広い視点にたって横断的に分析するということでもあり、他方では省庁の垣根を越えて横断的なアプローチをするということでもあります。例示として第三の柱である財政問題では、膨大な日本政府の債務残高の継続可能性とその限界を考えるという超マクロ経済学的な論点から、介護の問題のようなミクロ経済学的な論点までを取り込んだ、財政問題を包括的に解決するための指針を考えます。このような研究は今の日本には存在しません。横断的な分析のフレームワークを用いて、さまざまな問題に対する解決策を見出すことができれば、先駆的な研究になります。そういった研究を推進していくことで、RIETIが日本のintellectual headquarter(知的本部)になれるのではないかと考えています。

たとえば年金問題。高齢化が進むと、現役世代が生み出すGDPは減っていくのに、高齢者が受け取る年金、つまり消費は増えていく。加えて、高齢者の医療、介護のコスト、つまりこの面からの消費がどんどん増える。その消費を賄うため、現役世代が働き生みだすGDPのより大きな部分が税金や社会保障掛金でとりあげられるようになると、現役世代の働くインセンティブは下がり、GDPそのものが減る。となると、高齢者の消費も支えられなくなり、現役世代と高齢者世代の共倒れになってしまいます。そういう事態を避けるためには、ただ年金問題だけを考えるのではなく、医療や介護も含めた全体の高齢化コストとそれが現役世代の労働インセンティブやGDPに与える影響について見ていく必要があります。今日の日本の財政や年金の議論にはそういった統合的なアプローチが欠けています。年金議論について言えば、若者対高齢者という対立構造や「世代間の不公平感」に焦点があたりすぎ、実質的な議論ができない状況になっています。まず、理想的な年金の形を考えた上で、その理想に近づけるにはどうしたらいいのかを検討するべきです。そうした中でのみ、国民負担率(税金と社会保障掛金の合計を国民所得で割った債)という概念の問題点、とりわけ年金の場合、個々の国民からみて「年金の掛金=年金の給付」とみなせる仕組みを作れば、掛金と税金を合計することの間違いも明らかになります。

こういった日本のために解いておかなければならない問題こそ、RIETIのような研究所が取り組むべき課題です。高齢化の先進国、ゼロ金利の先進国、世界最大の財政赤字と公債残高の先進国である日本は経済学的に見ると宝の山ですから、やりがいがありますね(笑)。

RIETI編集部:
政策提言のあり方についてはどのようにお考えですか? 誰にアプローチし、どのように普及させるべきでしょうか。

吉冨所長:
国内にむけて、世界にむけての日本の研究プラットフォームを作ることが大事です。アジアに行きますと、日本のどのシンクタンクにアクセスすれば正確で政策志向型の情報を得られるのかが分らずに困っている人がたくさんいます。財務省や内閣府の研究所にくらべ、経済産業省は名の如く「Ministry of Economy,Trade and Industry」ですから、RIETIはマクロ経済も、産業論も、イノベーションも、企業論も、貿易論もすべて論じる自由があるのです。これまでは相対的に「E」が欠落していたので、そこを補う必要があります。また通商政策は論じても貿易論やその実証を研究している人は経済産業省の中に意外と少ない。また日本の経験に基づいた研究を、中国をはじめ東アジアの人々に発信することや同じ分野の共同政策研究に取り組むことも必要です。さきほどの高齢化の話でいうと、中国は一子政策をとっているので、日本のように高齢化が進んでいきます。しかし、日本の場合は所得水準が高くなってからの高齢化問題ですが、中国は日本のような所得水準に達する遙か以前に高齢化してしまう。そうなると1人分の老人の面倒を2人が働いて負担する際に、現役世代のあまり高くない所得を高齢者のために削るという、大変難しい社会問題に直面します。そういった事態に陥らない為にも日本の経験をアジアの国々に示すことは日本の責務であるとともに素晴らしいことだと考えます。

取材・文/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2004年6月8日
脚注

2004年6月8日掲載

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