スペシャル─RIETI政策シンポジウム「日本の財政改革:国のかたちをどうかえるか」開催直前企画

シミュレーションで見る財政危機への処方箋

戒能 一成
研究員

景気対策減税による税収の大幅減、過去の大規模な公共投資のツケなどで日本の財政は破綻の危機に瀕している。RIETIでは2002年末に「財政改革プロジェクト」を立ち上げ、財政システムのあるべき姿、改革への具体的政策提言などについて分析、議論を行ってきた。明日3月11日から2日間にわたって国際連合大学(東京都渋谷区)で開催されるRIETI政策シンポジウム「日本の財政改革:国のかたちをどうかえるか」では、これまでの研究成果を発表するとともに、有識者の方々からコメントをいただき、活発な議論を行うことを予定している。本コーナーではシンポジウム開催直前企画として、シンポジウムの論点の見どころ、独自性についてシリーズで紹介していく。シリーズ最終回は、本プロジェクトに携わっているフェローの提言に基づき、さまざまな政策シナリオごとの政策効果が計算できるという独創的な「財政危機のシミュレーション」モデルを作成した戒能一成研究員にお話を伺った。

RIETI編集部:
まず、今回戒能さんが行っているシミュレーションがどのようなものであるのか、わかりやすく説明してください。

戒能:
今回、財政プロジェクトのために新しいモデルを1組作りました。無理に凝らず、わかりやすくするために、実質経済成長率や政策のシナリオを分けて、たとえば消費税を上げたら歳入がどう増えるかとか、歳出が5%減ったらどうなるかとか、シナリオごとに1回1回計算をし、結果を見れるという形の、簡単で「古風な」モデルをわざわざ作りました。
最初は凝ったものを作っていたのですが、財政のプロジェクトのみなさんからあまり凝ると原因と結果の関係が見えにくいという助言を頂き、決して高度なものではありませんが、大変わかりやすいものに仕上がっています。

RIETI編集部:
既存のモデルと違うところがあるとすれば、どのような点が新味なのでしょうか?

戒能:
オリジナリティは2つあります。1つは財政改革プロジェクトに参加されたフェローが論文の中などで指摘されていることを数字に直してある点です。たとえば角野さん瀧澤さんは霞ヶ関の人事構造に根ざした各省庁の官僚の行動パターンが予算を膨張させるということを描かれています。土居さん喜多見さんは、地方公共団体への国からの支出にどんな問題があるかということを描かれていますが、そういった構造を数式になおし、各フェローの提言を実行しないとどうなるか、あるいは実行できたとするとどうなるかということを具体的な数値で示しているのが私の仕事でした。ですから、私自身が勝手に構造式を書いているように見えるかも知れませんが、実はいろんなフェローの論文を読みながらそれを数字に直していったわけです。たった1本の簡単な数式が意味していることを多くのフェローが解釈、解説してくれているという点では、普通では絶対にできない贅沢な試算となっていると思います。

2つ目は政府を「国、都道府県、市町村、年金」と4分割して推計している点です。これまで「国、地方」、せいぜい「国、地方、年金」の3つまでで、地方の中を県と市町村に分けて相互の関係や構造を解いた人というのは不思議なことにいままでいらっしゃらなかったようです。

RIETI編集部:
フェローの提言を数値化するというのは、具体的にはどのように試算するのでしょうか?

戒能:
まず政府の行動方程式を作ります。たとえば90年代を通じて政府与党が「景気対策のために公共投資をするぞ」という意思決定をしたら、全省庁がこぞって公共投資にワっとむらがるという行動パターンがあったということを、角野さんと瀧澤さんの論文は定性的に記述しているのですが、この場合、国の中央官庁の歳出を11に分類して、それぞれの予算がどんな経済変数と一番相関が高かったかを順に解いていきます。たとえば「1990年代では、教育費から始まって商工関係費に至る殆どの経費で公共投資との相関がある」という結果が出ていますが、これはその定性的記述を実際に数量で実証したことを意味します。
あるいは土居さんや喜多見さんが述べられているように地方公共団体、たとえば都道府県の歳入・歳出は国からの交付金や補助金に大きく影響されるといわれているわけですが、実際にどれくらい国からの補助金が増えると歳入・歳出が増えるかというのも測ってみました。実際にお二人が指摘される通り、都道府県のさまざまな経費が国に大きく影響されているということが実証されています。

RIETI編集部:
その試算のベースとなる資料はどれくらいの範囲のものを使っているのでしょうか?

戒能:
国の一般会計、50近くある特別会計、47都道府県、47都道府県毎の市町村の合計について、主要な歳入・歳出項目を10~20項目ずつ過去12年分遡ったデータベースを作っておいて、方程式を1つずつ解いていく作業を行いました。結局今回の作業によって全部で200本の方程式ができましたが、一通り解くだけで2カ月くらいかかりました。

RIETI編集部:
政府を「国、都道府県、市町村、年金」4分割にするアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?

戒能:
普通のモデルだと、たとえば都道府県と市町村は「地方」という形で括られることが多いのですが、地方という意思決定主体はなく、県議会、市議会、あるいは県庁、市役所が国や経済の情勢に応じた歳出歳入を決めているわけです。今回の財政改革プロジェクトのモデルでは、予算を決めている意志決定主体は誰なのかということを考えて政府の中の構造を解いていかざるを得なかったので、当初から主体を4つに分ける必要があったわけです。ただ、あまりにも面倒なので、今までこれをやろうと思う人間がいなかったのでしょうか(笑)。

RIETI編集部:
国民がいま一番懸念していることだと思いますが、このままでいくと日本の財政破綻はいつ頃起こりうるのでしょうか?

戒能:
このまま放っておくと、2020年頃から民間に出回っているお金より国が国債で吸い上げるお金の方が大きくなってしまい、クラウディングアウトという言葉がありますが、政府の資金調達の大きさが、民間の資金調達を圧迫して追い出すという現象が起きます。どうなるかというと、2020年頃の企業が設備投資資金を集めたくても、国債と競合して高い金利を払ったり、あるいは市中で有利な条件を提示しなければお金を借りられもしないという状況に陥ってしまい、最悪の場合、経済が縮小均衡を起こしていきます。

景気の循環を考えると2010年頃まで国債の発行は増えつづける見通しであり、いま年間30兆円の国債を発行していますが、これが一時的に2~3倍に膨れ上がる可能性もモデルの中では描かれます。よくいわれますが、サラ金から借金をして、返済のために借金をすると「雪だるま式」に借金が増え、たちまち返せなくなりますが、経済成長率が低くて、税金の収入が減った状態でなお景気対策のために国債を増発すると、これとまったく同じことがおきてしまいます。経済成長率を長期にわたり読むことは難しいわけで、消費税などなんらかの増税をして財政を再建しておかないといけないことは明らかなわけですが、その一方でモデルの試算結果では単に増税しただけでは、税金を上げない状態より悪い状態になる可能性があるという結果が出ています。消費税が上がると一時的に景気が悪くなり、その時にまた政府が景気対策にお金を使ってしまうので、結局国債の発行高はあまり変わらないという一見矛盾したことが起こってしまいます。景気が悪くなると公共投資で大盤振舞いをするとか、あるいは霞ヶ関の省庁が張合って少ない予算をとりあうといった構造がなくならない限り、実質経済成長率が低くなれば増税をしなかった時と同じ財政状態に戻ってしまう危険が待ち受けているわけです。

それから特に悲惨な結果が出ているのが、公的年金制度です。消費税を上げると雇用者所得が相対的に減って物価が上がりますので、何もしないと積立金がすぐになくなるという結果になります。積立金がなくなりそうになれば、また保険料の値上げをするか給付金をカットするかのいずれかを何回も繰り返すことになります。厚生労働省や今の与党の改革案では、消費税を上げた際には、公的年金の基礎年金の部分に対する一般会計の負担率をいまの3分の1から2分の1にまで上げると言っているんですが、試算ではなお全く足りない場合があるという結果になっています。ですから、消費税だけ上げると年金に関しては破綻しやすくなるという副作用が現れるので、地方、年金、財政をトータルで見た場合、単に消費税を上げるというのはあまりいい選択ではありません。また、消費税率を上げる際には、各フェローも提言されていますが、官僚の行動パターンを変えたり、あるいは変えることを前提とした制度を組んだ後でないと、「ザルに水を流しこむだけ」の結果になるようです。

各フェローの提言を参考に財政均衡総合措置ケースといったものを作ってみたのですが、これでも「そう楽にはいかない」という結果になっています。国・都道府県・市町村・公的年金制度のいずれもが倒れないように、かつ将来のクラウディングアウトを防ぎながらやっていこうとすると、どうも消費税は25%くらい必要である計算になります。逆にそれだけの負担になるようなことを日本政府は国民に約束してしまっている、と考えた方がいいのかもしれません。当然歳出を削減できれば、消費税率を25%以下におさえることも可能ですが、その場合には何を優先してどこを削るかという厳しい判断が必要です。

RIETI編集部:
消費税25%というのは、世界の平均からいうとかなり高いですね。

戒能:
現在の日本で高齢化が進んでいくスピードは欧米の比ではありません。公的年金については高橋さんの論文に出ているのですが、800兆円という天文学的数字の積立金の不足があり、これを埋めながら制度を運営していくことを考えると、これぐらいの消費税を頂かないとそもそも制度の運営が不可能なんです。これまで本来必要な積立ての「先送り」を繰り返してきた結果こんなことになっているので、どこかで累積した負債を消さなければならないということだろうと思います。そのためには非常に強い政治意志も必要でしょうし、たくさんのフェローがおっしゃっているように、財政に関する政府と政治の関係、政府と国民との関係を見直さなければならないということが充分考えられます。

RIETI編集部:
それでは逆に、フェローの提言などが実行され、財政改革がうまくいったとして、いつ頃健全な状態に戻るのでしょうか?

戒能:
少なくとも20年くらいは厳しい時期が続きます。逆にまた先送りをすると、10年後に今後30年厳しい時期が続くとか20年後に今後50年間厳し時期が続くという絶望的な話になっていくので、将来世代のことを考えれば早く処理しておくことが非常に重要です。この問題の本質は赤字国債という借金や積立金の不足の「先送り」という行動そのものなので、放っておくとどんどん「雪だるま式」に増える恐ろしい性質があるのです。
国の税金と年金保険料の負担を足して、国民所得の何%になるかという国民負担率という数字がありますが、いま大体40%です。これに国債・地方債を足して、本当に国民がいくら払っていなければならないのかという潜在国民負担率を計算すると大体60%近い数字になっています。今はその格差を国債で先送りしている訳なので、国民所得のうちいまは40%が保険料や税金で徴収されているのですが、本当はあと20%くらい余計に払っていなければならない位のことを政府から移転してもらったり、サービスを受けたりしている状態と言えます。先程も言いましたが、最後には民間企業が本来使えるはずの国内の資金を国が使い切ってしまい、結果として国債を通じ「貯金を納税させられてしまう」というようなことが起こってきます。

RIETI編集部:
このような状況になるまで問題が先送りされてきた原因はどこにあるとお考えでしょうか?

戒能:
抜本的に制度を直せない政治側の問題もあるのですが、この問題を正しく解釈して説明する努力を怠ってきた専門家側にも私は責任があると感じています。年金不安を煽るような週刊誌の邪推記事を許してしまう土壌というのは、やはり説明不足というコミュニケーション・ギャップにあると思います。研究室の奥で美しい方程式を眺めているだけで、その帰結と限界をちゃんと世の中に説明する努力を怠っていた研究者にも問題があったのではないでしょうか。

今回のシンポジウムでは、試算の前提とした条件、使ったデータの出典、モデルの方程式群といった試算の全部を公開してシミュレーション結果を発表いたします。勿論なお間違っている部分や誤解をしている部分もあるでしょうが、少なくともどんな条件でこんな危機が起きるのかという点について、少しでもわかりやすく記述し、なぜそうなるのかという根拠を示すという点にはかなりの注意を払いました。政府の偉い人がすごいモデルを使って立派な計算をしたという、文字通りブラックボックスから出てきた結果だけを、前提もわからずに概要で示されるだけでは、誰も信じられないでしょう。試算の前提条件やモデルの方程式群を全部公開した上で議論をするのであれば、専門知識がなくても批判や評価ができるし、それをベースに議論を広げていくことも可能だろうと思います。あるいはこんな現象もあるよといったことを指摘していただければ、今後試算に入れたり修正したりしていくことも可能です。

今後の政府からの情報提供のあり方については「最終案とそれを納得させるための最小限の材料を与える」のではなく、「素案とそれを議論をするために必要な一通りの材料をセットで提供する」といった形に変わっていく必要があると思います。もちろんすでにそういった試みも行われていますが、政府の中にはいたづらに不安感をあおらないよう十分な配慮を行わなければ軽々に試算結果を政府原案として世の中に問えない性質の部署もあります。そういう場合にこそ、独立行政法人であるRIETIのような組織の存在意味があるのではないかと思います。

取材・文/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2004年3月10日

2004年3月10日掲載

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