中島厚志のフェローに聞く

第16回「政策効果評価におけるEBPMの意義とは―統計データ利活用推進の必要性」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第16回目は橋本由紀研究員をお迎えし、外国人労働者をめぐる問題や、政策効果評価手法の1つであるEBPMについてお話を伺いました。

研究に取り組んだ経緯

中島厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
最初に橋本さんがこれまで行ってきた研究や関心を持っている分野について、お聞かせいただけますか。

橋本由紀研究員 写真橋本 由紀 (研究員):
労働者や雇用などに関心を持ち、研究をしてきました。専門は労働経済学です。その中でも特に日本における外国人労働者雇用の実態、日本人労働者との待遇格差、外国人労働者を雇用する企業の生産性などの観点から研究、分析をしてきました。この分野に関心を持ったのは、学部卒業後に就職し、配属された法務省入国管理局での経験がもとになっています。特に東京入国管理局で携わった外国人在留者の調査を通じて、外国人の日々の生活や仕事の実情などへの関心がわきました。やりがいのある仕事ではありましたが、外国人労働者の問題を学術的にアプローチしたいとの思いから東京大学大学院に入学し、研究を始めました。

中島:
ということは大学在学時から、労働経済学を学んできたわけではないのですね。

橋本:
大学時代には岡崎哲二教授(日本経済史、比較経済史)のゼミに所属していました。比較的自由に研究テーマを選ぶことができましたので、日本の土地政策に関して卒業論文にまとめました。

中島:
それは日本に存在した荘園制度とか、そういうことに関連するものなのですか。

橋本:
荘園制度よりもずっと後の時代、具体的にはバブル経済が崩壊して、なぜ地価が暴落したのかに関する検討です。この時にデータ分析の手法を岡崎先生から教えていただいたのですが、それが私には非常に面白く感じました。

中島:
日本で働く外国人労働者は年々増加していますよね。それをきちんとデータ解析すると、感覚的にぼんやりと感じていたものが形として見えてくる。そこに関心を持たれたということですね。

橋本:
まさにそこを明らかにしたいと思い学究分野に道を変更しました。ただ、外国人労働者の問題に関しては、特に研究に利用可能な統計データに制約があると感じています。例えば外国人労働者の賃金情報は、どの政府統計の調査項目にも含まれていません。

中島:
確かに国別および目的別の訪日データはありますけど、外国人労働者の賃金データというものは存在していないですね。

橋本:
経済学の研究では、外国人が自国民の水準にどれくらい近づいたかを探る指標として、賃金水準の差で計ることが多いのですが、そういったデータがないために日本では差の把握が一切できていないのです。また、企業がどういう外国人を雇用しているかのデータにも、研究者はアクセスできません。こうした制約の中でも、外国人労働者の雇用の実態や変化を明らかにできないかと試行錯誤を続けています。

ダイバーシティ効果はケース・バイ・ケース

中島:
また、外国人労働者の雇用にとどまらずに、さまざまな研究をされてきましたよね。

橋本:
日本的雇用の中心的な労働者(男性正規労働者)ではないという意味で、外国人の雇用と共通点があると考えているのですが、女性の雇用についても研究してきました。その1つとして、RIETIのファカルティフェローでもある大湾秀雄先生(早稲田大学教授)が行う企業人事データを活用したプロジェクトにも参加させていただきました。女性の昇進や賃金の決まり方の特徴を分析するなかで、労働者を需要し、処遇を決定する企業行動に興味を持つようになりました。

中島:
企業の方にも興味を持ったということですが、先ほど話された企業が外国人を雇用する効果に関しては、先行研究ではどういうことが明らかになりつつあるのですか。

橋本:
多様な人材を積極的に活用しダイバーシティを高めることが、企業にとってよい効果につながるとは必ずしも言い切れません。

中島:
外国人が日本人に混ざって仕事をするとか、同様に高齢者が若い人と一緒になって働くなど、多様な人材が集まれば集まるほど活力が生まれるというわけではないのですね。

橋本:
研究結果を見る限り、そのようです。高度なスキルが求められる分野では、ダイバーシティの高まりによって、補完関係が発揮されやすいのですが、高度なスキルを求められない仕事では、ダイバーシティ化に伴うコミュニケーションコストの増加などによって生産性が高まらないことが報告されています。

中島:
現実に目を向けると、今まさに日本は外国人労働者の受け入れを拡大しようとしています。データの検証を通じた実態の把握が難しいのですから、賛成にしても反対にしても議論の行方は大多数の国民がどう思うかに左右されるのではないでしょうか。そうなれば政策もその議論の流れに沿って組み立てざるを得なくなりませんか。

橋本:
こうした側面もないわけではないでしょう。しかし、ほとんど活用されずに眠ってしまった過去の蓄積された情報が、各省庁にそれなりにあるように思います。例えば、一回限りの調査のデータなどは、その後活用されることはあまりないのですが、その情報を他の統計データとマッチングすることで、外国人を雇用する企業の実態がある程度分かるはずです。

中島:
確かにそうですね。例えば、リーマンショック時に解雇された有期雇用の外国人の方々に、帰国支援事業で帰国してもらったことの意味合いをしっかりと検証しなくてはいけませんね。やはりデータを発掘し、きちんと実態を把握することが重要ということになるのですね。

橋本:
そのとおりです。

中島:
それと労働力不足を外国人で補うということは理解できても、働く社員を多様にすることで、そこからイノベーションにどう結びつけていくかは、また次元が違う話であり、別の視点が求められますよね。

橋本:
はい。人材の多様化を推し進めてイノベーションを引き出すためには、労働者数という「量」ではなく、多様な労働者の「質」の向上と補完性の発揮という視点から考えていく必要があると思います。

中島:
そのためにはまず外国人労働者がどんな力を発揮し、彼(女)らが働く部門がどうイノベーティブ、クリエイティブになったのかの分析をする必要があります。その辺は何か研究を進めてきたのですか。

橋本:
企業の生産性や売上高はデータで捉えられます。しかし、ダイバーシティの効果となると、個々の労働者の仕事やパフォーマンスを特定し、その総体が全体の生産性や業績にどう結びついて行ったかを検証しなければならないため、容易ではありません。

中島:
企業に求められるのはイノベーションであり、もっとクリエイティブにならなくてはいけないと指摘されていますが、今の話からするとまだまだ分からないことが多いということですか。

橋本:
ここ10年くらいの間に人事経済学分野の研究が活発に行われるようになりましたが、それも企業からの人事データの提供によって初めて研究ができるという制約があります。ですから分からないことは確かに多いといえます。

改めて浮かび上がる統計データの重要性

中島厚志理事長 写真中島:
その点、橋本さんも参加した大湾先生のプロジェクトは、個人情報の保護を徹底しながら進めた貴重な人事データを使った研究だったと言えるわけですね。そこから浮かび上がってきたトピックにはどういうものがありますか。

橋本由紀研究員 写真橋本:
一例を挙げると、職務経験の広さが昇進に及ぼす影響が男女では差異があることが明らかになりました。具体的には女性が転勤の経験をすると昇進の確率が上がります。仕事に対して責任を持って取り組みますよと、女性の方が男性よりも強くシグナリングをしているとの見方ができます。

中島:
ということは転勤もいとわないといった意欲的な女性を採用すると、企業にとっては優れた人材を獲得できたということになりますか。

橋本:
それは企業にとっては望ましい人材かもしれませんが、一方で官民を挙げて推進しているワーク・ライフ・バランス政策との整合性の観点では、評価が難しくなってきます。働き方や評価が誰にとって望ましいのかという議論になります。

中島:
先ほど人材とイノベーションの関係について少し触れましたが、こうした関係ではどういう分野に興味をお持ちですか。

橋本:
この数年、プラットフォームビジネスがもたらす雇用の変質に関心をもち、日米で共同研究を行っています。多くの国々ではここ7、8年の間に、ウーバー社に代表されるライドシェア(相乗り)ビジネスが爆発的に広がりました。ライドシェアのサービスは、ITのアルゴリズムが、乗客と運転手を瞬時に結び付けることで実現したものです。ウーバー社は日本への進出も試みましたが、うまくいきませんでした。イノベーションの効果は一様ではないこと、何がこうした効果の差異を生じさせるのかに関心があります。

中島:
どういう仮説が考えられるのですか。

橋本:
日本の規制の強さが主因と言われることも多いのですが、日米の労働市場の差異や政策決定過程の違いも、日本ではライドシェアが普及しなかった要因として重要なのではと考え、これに沿って検証を進めています。

中島:
労働市場が違うというのはどんなイメージですか。

橋本:
米国ではライドシェアドライバーがタクシードライバーに取って代わりました。米国のタクシードライバーは完全な歩合制で請負事業者という位置づけです。ですからライドシェアドライバーとの代替性が高いのです。これに対し、日本のタクシードライバーは、歩合制で典型的な正規雇用ではないにしても、一定の固定給や社会保険も備わっているなど雇用がある程度保障されています。このため会社にある程度コミットしているドライバーが多いのです。先ごろ日本のタクシードライバーを対象に大規模なアンケート調査を行いましたが、ライドシェアドライバーをやってみたいという声はほとんど聞かれませんでした。

重要性を増すEBPMへの取り組み

中島:
なるほど。次に現在の研究に話題を移したいと思います。今はどういう研究が中心になっているのですか。

橋本:
EBPM担当の研究員ということで、経済産業省がこれまでに実施した政策の効果を評価したり、事後評価が可能となるような政策設計の相談に応じたりしています。

中島:
EBPMを一般にも分かりやすく説明するとしたら、どう言ったらいいのでしょう。

橋本:
EBPMはエビデンス・ベースド・ポリシー・メーキングの略です。ポリシーメーキング、つまり政策を評価する仕組みを事前に設計するというのが本来的な意味です。とはいえ、先進的な英国などの事例をみても、政策評価の仕組みを事前に設計するのはなかなか難しいのが実情です。

中島:
それは政策効果がでるように事前に設計するということですか、それとも事後的に政策効果を測定できるように、事前にそういう枠組みを組み込んだ政策立案をするということですか。

橋本:
後者の方です。

中島:
ということは、はっきりした形で政策の成果を出せるように考えていく必要があるということでもあるのですか。

橋本:
政策においては、どのような過程を経て最終的なアウトカム(効果)につながるかという因果関係が重視されるようになってきています。政策の効果をEBPMを通じて明確にし、評価の仕組みを事前に設計したうえで事後に定量的にきちんと評価できるようにする必要があるということです。

中島:
先ほど外国人労働者の所得とか業務内容とか詳細な統計データが得られにくいという話が出ましたが、そうした関係の政策立案をする場合、データは何で補うのですか。データの代わりとなる何か指針とか基本的な考え方とかがあるのですか。

橋本:
賃金をはじめ外国人労働者に関するデータを得ることが難しいのは確かです。そこで、各省庁が発行してきた外国人に関する調査報告書などの情報を、企業や地域データと接合することで、丹念に雇用や生活の実態を調べるところから始める必要があると考えます。各種のアンケート結果をメタ分析することで見えるものもあります。ただ、アンケートを活用する場合、その情報が果たして代表的な回答と呼べるかといった問題が常につきまといます。これも課題の1つです。

中島:
確かにそうですね。アンケートの精度といったことにも留意して検証しなければならないというわけですね。これまでの話をうかがうと、持ち前の探求心が研究活動の原動力になっているように思えます。

橋本:
気になることがあれば、少し脇道に逸れても深堀ってみたいという性格だと思います。

中島:
どんどん探求していくと、単に自身の関心を満たすだけでなく、その先にある課題を浮き彫りにし、核心部分も明確にするのでしょうね。そこで聞きたいのですが、これからはどんな研究に挑むつもりですか。

橋本:
短期的には経済産業省のいくつかの政策を題材にEBPMに取り組みます。RIETIの研究員になる以前は、大学の研究者としてなぜ統計データへのアクセスがこうも難しいのだろうと常々感じていました。しかし、経済産業省の職員と話をするなかで、統計データが細かな契約や省令などに組み込まれていること、それらの規定を1つ1つクリアにしない限り統計データにアクセスできないことを知りました。

中島:
そうした特有の仕組み自体も研究対象になってきませんか。

橋本:
研究者は制作現場の複雑な事情についてはあまり分かっておらず、政策を立案する側は研究者の関心や必要とするものがよく分からないのだと思います。双方の意識に大きな乖離があったのかなとRIETIに来て感じています。

中島:
研究の最前線ではビッグデータの活用が大きな威力を発揮すると言われています。ビッグデータへのアクセスが容易でないとしたら、色んなデータを組み合わせて成果を上げて行くことも1つの手かもしれません。そう考えると統計データを集めやすくする、データへのアクセスが容易になるような改善策を講じて行くことも大事になりますね。

橋本:
そうした問題意識は関係者の間でかなり広く共有されるようになってきています。

中島:
いずれにしてもEBPMの役割が大きくなるのは間違いありませんね。

橋本:
その通りだと思います。

中島:
政策効果を高めるためには、どういう環境整備や規制などが必要なのかを示す必要もあるのでしょうね。

橋本:
それは大事な点です。加えて、政策の効果に至るプロセスに目を向けることも重要です。

中島:
そう、プロセスも大切ですね。そこまで踏み込むことでEBPMが成果を上げ、効果的な政策につながって行くということですね。これからの橋本さんの活躍に大いに期待しています。

橋本:
有り難うございます。

中島・橋本2ショット写真
2018年11月16日開催

2019年2月4日掲載