本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。
シリーズ第8回目は、著書『サービス産業の生産性分析―ミクロデータによる実証』が第57回日経・経済図書文化賞を受賞した森川 正之理事・副所長を迎えて、サービス産業の実証研究の成果と課題について聞きました。
中島 厚志 (理事長):
森川さん、著書『サービス産業の生産性分析―ミクロデータによる実証』の第57回日経・経済図書文化賞受賞おめでとうございます。
森川 正之 (理事・副所長):
ありがとうございます。
中島:
今日は、『サービス産業の生産性分析―ミクロデータによる実証』執筆の背景を含めて、どのような問題意識を持って分析されたのか、今後、このテーマの研究をどのように発展させる考えなのかなどについてうかがいます。
まず、今回の研究は、どのような視点から行われたのでしょうか。
森川:
私は、研究にはモチベーションが一番大事だと思っています。その意味で、この研究には非常に明確なモチベーションがありました。私は経済産業省の中でもマクロ経済や産業構造全体を展望するといった仕事の経験が多く、産業構造課の課長と課長補佐を2年ずつ務めました。経済産業省(旧通商産業省)はどうしてもモノづくりを重視する傾向があるのですが、日本経済全体にとって、サービス産業を活性化させることが大事だとずっと感じておりました。
もう1つのきっかけは、牛尾治朗さんが中心になってサービス産業生産性協議会を立ち上げた際、牛尾会長のお手伝いを1年ほどしていたとき、国内・海外ともサービス産業に関する研究が非常に少ないと痛感したことです。それならば自分でできることをやってみようと考え、RIETIの非常勤上席研究員を兼務していたので、個々の論文の形で何本か発表しました。それがもともとのモチベーションと研究のきっかけでした。
サービス産業に関するデータと分析の方法
中島:
一口にサービスといってもいろいろなものがありますが、どのような切り口で見れば良いのでしょうか。あるいは、サービスの生産性といっても、実際にお客が来てサービスを消費するということを客観的に測るには、どのような単位を用いればいいのでしょうか。サービス産業についてのデータをうまく抽出し、分析する視点を教えてください。
森川:
第三次産業は経済の7割を超えており、狭義のサービス業だけで見ても付加価値シェアは20%を超えていて製造業よりも大きいわけです。集計レベルでは第三次産業や狭義のサービス業というくくりで分析しますが、特に生産性の研究では企業や事業所のミクロデータを使うことが大変重要になってきています。しかし、サービス産業は製造業と比べて使えるデータが制約されています。私が主に使ったのは「企業活動基本調査」と「特定サービス産業実態調査」です。一部ですが「賃金構造基本調査」など他のデータも使っています。
「企業活動基本調査」の場合、卸売業、小売業はもともと入っていますし、狭義のサービス業の中でも娯楽系のサービスや情報サービス業をはじめとする対事業者サービスのカバレッジがかなり広がっていたので、企業データとしてはこれをまず使いました。しかも、「企業活動基本調査」はパネルデータが簡単に作れるのが利点でした。ただ、「企業活動基本調査」でカバーしているのは経済産業省が所管するサービス業種がほとんどで、医療・福祉や教育など、比較的重要なところがカバーできていないという限界もあります。
もう1つは、「特定サービス産業実態調査」を使って事業者レベルの分析をしました。これは、映画館、ボウリング場、ゴルフ練習場、フィットネスクラブなど、経済産業省が所管する業種をカバーするデータです。「企業活動基本調査」ではできない分析ができるので、こちらも大いに活用しました。
中島:
今のお話を伺うと、データがかなり限定されていて、業種によっても差異があり、客観的、かつ学術的に見ても高い水準のものに仕上げるのは相当大変だったと思うのですが、具体的にどのように煮詰めていったのですか。
森川:
確かに生産性の分析となると、できれば労働生産性ではなくTFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)を測りたいわけです。「企業活動基本調査」を使った企業レベルのTFPの計測は、私よりも前に深尾京司先生のグループの研究者たちが幾つも行ってきているので、一応確立した方法があります。
一方、「特定サービス産業実態調査」の方は、ほとんど誰も使っていなかったので、分析方法は私のオリジナルです。こちらには「企業活動基本調査」のように詳細な財務情報はないので、最初は少し戸惑いましたが、実はそこに若干のイノベーションがあります。
TFPを測るときには、アウトプットと、インプットの中の労働と資本が必要です。アウトプットとしては、売上高のデータがあります。しかし、インプットが問題で、労働投入量は労働者数が分かるのですが、資本ストック額のデータがないのです。それでどうしようかと考えたところ、たとえばゴルフ場であればホール数、映画館だと座席数、ボウリング場だとレーン数が、資本ストックの非常に良い指標だと気付きました。金額ベースの資本ストックは、価格の実質化や減価償却をどう扱うかなどさまざまな技術的問題がありますが、物的な資本ストックはそういう議論の余地がないという意味で非常に良いデータです。もちろん、細かいことをいえば、同じホールでも立派なゴルフ場の1ホールと安いゴルフ場の1ホールは質が違うといった議論はあるのですが、そこは取りあえず置いておきます。
アウトプットの方も、何ゲームプレイした、何人入場したといった物的なデータがありますので、その2つを組み合わせてTFPを測りました。
このようにサービス産業の生産性を全て物的なデータを使って分析したという意味では、おそらく世界的にも非常に珍しいものです。最近になって、生産性を物的に測った場合(TFPQ)と金額で測った場合(TFPR)とでどう違うかといった研究が海外でも出始めているのですが、少なくとも非常に先駆的な試みだったことは間違いありません。
中島:
暗中模索でいろいろな数字を取り上げて、大変苦労して研究されたということですね。1つの学術的な貢献として、サービス業はモノではなく、まさにサービスを売るのだけれども、モノの基盤があってこそサービスも売れるということを明らかにしたということでしょうか。
森川:
モノの基盤というか、要するに資本は必要なわけです。小売業でも店舗という資本があります。資本と労働を組み合わせてアウトプットを出すという点では、製造業と本質は同じです。製造業とサービス産業が唯一明らかに違うのは、在庫の有無です。つまり、典型的なサービス産業では生産と消費が同時に行われており、そこに着目して分析したところが学術的には新しく、一定の貢献をしたところです。
同時性というのは、1つは空間的・場所的に同時だということと、もう1つは時間的に同時だということで、この2点に着目した論文を幾つか書きました。従来、あまりそういった研究は行われていませんでした。
サービスの生産性向上のための方策
中島:
少し脱線してしまうのですが、生産性を上げるとき、製造業では売り上げが大きく伸びることが見込めるときには事前に生産して在庫を持ちます。在庫を持てないサービス業では、生産性を上げるのは結構難しいような気がしますが。
森川:
需要が変動するわけですから、そもそもそれを均すのが1つの方法です。時間的に需要を均すために、時間や曜日によって価格を変えたりします。典型的なのが航空サービスで、航空会社はITを使ってお客さんがあまり見込めない時期や時間帯は安く売って稼働率を上げています。
一方、地理的な同時性を克服するのは相当難しいです。都市の構造や人口の地理的な分布が非常に大きな要因だからです。政策的には国土計画・都市計画や、最近議論されている地方創生も強く関わっています。
中島:
サービス産業の時間的な同時性は自社の企業努力で均すことができる。かたや地理的な同時性については、むしろ政策にウエイトがある。含意としてはそういうところですね。
森川:
時間的な同時性を克服するための方策の1つが需要を平準化することだといいましたが、もう1つ、変動する需要に合わせてインプットを調整するという方法がありえます。たとえば床屋であれば、設備を時間的に変動させることはできません。唯一変動させることができるのは労働投入です。製造業に比べてサービスセクターは労働のシェアが大きいですから、労働投入量をどれだけ柔軟に調整できるかが重要になります。これはもちろん企業の自助努力もあるのですが、非正規雇用(派遣、パートタイムなど)や労働時間に関連する制度が、企業が行い得ることの外延を規定するという意味で大きく影響します。
地方創生とサービス産業の生産性
中島:
サービス産業生産性協議会に関わったことが、研究のモチベーションにもなったという話がありました。今、地方創生が大きな政策課題になっていますが、地方には製造業ばかりが立地しているわけではありませんから、地方の経済活動をもっと盛んにするには、やはりサービス産業は1つの大きなポイントだと思います。今回の研究、あるいはその問題意識を、地方創生策の中にどのように盛り込んでいけるか、あるいはどのような視点から見ると良いと思いますか。
森川:
地方創生が議論され、また、産業競争力会議でもサービス産業の生産性をいかに上げるかが議論されています。アベノミクスの3本目の矢を実質化するにはサービスセクターの生産性が大事だということが、徐々に浸透してきています。地方創生は必ずしもサービスセクターだけの議論ではないのですが、非常に強く関係しています。私の分析のインプリケーションは非常にシンプルで、人口が減っていく中では「選択と集中」で、なるべくコンパクトな街を作っていくことが大事だというものです。
2年前にOECDがコンパクトシティのレポートをまとめた際、この本のベースになった私の論文を1ページにわたって引用してくれました。OECDもコンパクトシティを考えるときには、サービス産業の生産性という視点が大事だということを意識していたのではないかと思います。実際にコンパクトシティを推進する法律(都市再生特別措置法改正)も今年成立しましたし、その方向に徐々に進むと思っています。しかし、地方創生の議論において、東京に来る人口を逆流させて、あらゆる地域を振興しようという発想があるようにも見えます。地方創生論の契機となった日本創成会議のレポートには、「選択と集中」、地域拠点都市を中核にするといったことが書いてあるのですが、必ずしもそうなっていかない危険性もあるように思います。人口が減っていく中で、ある程度の集積をいかに維持していくかということが、サービスセクターの分析から出てくる重要なインプリケーションだと考えています。
中島:
確かに近年、日本の製造業の雇用や産出額は大して増えていません。一方で、少子高齢化の進行に伴って医療・福祉サービスに従事する人口は増えていますが、残念ながら平均賃金で見ると相対的に製造業は高く医療・福祉は低いです。その中で産業構造が変化し、労働力のシフトがどんどん続いていくと、日本全体で見ると賃金は上がらないどころか、下がることもあるかもしれません。今のお話は、たとえば医療・福祉サービスについても、コンパクトシティのようなものも利用して生産性を上げていけばよいという示唆につながるのでしょうか。
森川:
それはストレートにつながります。都市賃金プレミアムは、日本だけでなくどの国にもあり、それは製造業にもあるのですが、サービス産業で相対的に大きいことをこの本の中でも示しています。賃金を上げるためには、生産性が上がることが必要で、サービス産業の労働者の生産性を上げるためには、ある程度の集積が必要です。そう考えると、コンパクトシティのような集積を図る政策が、結果的に賃金も上げていくことになると思います。
最近の政策現場における賃金引き上げの議論では、労働生産性に着目して、生産性を上げるために設備投資を促すべきだという意見がありますが、それは間違いです。設備投資を促すと、投資によって資本装備率が上がるので労働生産性は上がりますが、そのリターンは基本的には資本の出し手が取るので、労働者の賃金が上がる保証はありません。労働者の賃金を上げるためには、TFPの部分を上げていく、あるいは労働者の質そのものを上げていかなければいけないと考えます。
今後の研究課題
中島:
今回、研究の成果が日経・経済図書文化賞受賞という形で1つ結実したわけですが、この先、どのような分野にご関心があるのか、あるいは今後の研究の方向性について、思いを聞かせてください。
森川:
サービス産業の生産性研究を進める上での今後の課題の中で重要なのが、統計の制約という問題です。既存統計の範囲でできることはやったつもりですが、たとえば「企業活動基本調査」は従業員50人以下の企業をカバーしていません。一般にイメージされる中小零細なサービス企業は50人よりもずっと小さいのですが、分析ではカバーできていません。2回目、3回目の「経済センサス」が使えるようになると、もう少し詳しく分析できるかもしれません。
それから、物価統計がサービスの質の向上を必ずしも十分に反映できていないという問題があります。これは日本だけでなく海外でも同様で、医療サービスで典型的に指摘される点ですが、技術的に難しく、また、相当なリソースが要るので、一朝一夕には解決できないと考えています。
また、今回は市場サービスが主な研究対象だったので、規制の強い医療や介護、教育といったサービス業種の生産性分析は、今後の課題になっています。
さらに、サービス産業の貿易、直接投資やサービスオフショアリングは、当然、サービス産業の生産性と関係があるはずですが、まだ分析できていないので、取り組む余地があります。ただ、これは私よりも、国際経済学を専門とする人が取り組むべき課題だろうと考えています。
中島:
確かに、モノの統計については随分と完備しているし、その分析も進んでいますけれども、サービスについてはまだまだですね。
世界経済がグローバル化すると同時に、モノの貿易・経済からサービス経済化しているのに統計で十分捕捉されておらず、さらにそれをベースにした分析が追いついていない気がします。時代が先行しているということですから、急いでやらなければいけません。そうした研究に広がりが出てくると、日本経済をどう活性化していけばよいかについてもっと具体的な話ができるかもしれません。
森川:
たとえば、「企業活動基本調査」には、モノについてはどこの国にどれだけ輸出、あるいは輸入しているかという数字があり、国際経済学を専門にしている人が「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」のデータを使って、企業の海外展開と生産性の関係を盛んに分析しています。しかし、サービス輸出のデータは限られています。ただ、そうは言っても、少しできることがあるのではないかという気もしており、今後、考えてみたいと思います。
それから、最近はグローバルバリューチェーンの関係で、付加価値貿易の分析が盛んになっています。付加価値貿易の枠組みを使った分析を通じて分かってきた非常に重要なことの1つは、サービス貿易ではないけれども、モノの中にサービスがインプットされていて、それが貿易されている。だから、モノの国際競争力であるかのように見えて、実は国内の中間投入サービスの生産性が、モノの国際競争力にも影響しているということです。ようやくデータベースができてきているので、そのような分析も行う余地があります。
私自身が今、足元で取り組もうとしているのは、サービス産業の景気循環的な側面についての分析です。しばらく前、サービス統計の充実が重要だということで、総務省の「サービス産業動向調査」と経産省の「特定サービス産業動態統計調査」が拡充され、ある程度分析に使える期間のデータが取れるようになってきたので、そのデータを使った動態分析を始めているところです。
中島:
最後に、森川さんご自身は、経済産業省でさまざまなポジションを経験している一方で、RIETIでも所長と共に研究を束ねる立場にいますが、政策実務と研究の橋渡しについては、どういうところにポイントがありますか。
森川:
研究のポイントということではありませんが、このような本を出版して賞を頂いたということの持つ意味ですが、たとえば経済産業省の政策実務者からすると、私はかなり身近な人間だと思います。そういう人がこういう本を出して一定の評価を得たということで、研究というものを身近に感じてくれるきっかけになれば良いと思います。
もう1つ、RIETIでマネジメントに携わる立場としては、大学の先生方にいかに政策的インプリケーションを書いていただくか、具体的な政策に関心を持ってもらうかということが大きな課題です。私のような実務者が学術的にも一定の評価を頂いたということで、実は政策現場に研究の良いヒントがあるのだということに研究者が気付く小さなきっかけになるならば、そのこと自体が1つの橋渡しになるのではないかと期待しています。
中島:
大いに学術的貢献をされ、賞を受けられてサービス産業をどのように見ていくかということについての知見も世に広められたわけですが、今後は是非それを政策に反映させていっていただければと思います。今日はどうもありがとうございました。
森川:
どうもありがとうございました。
2014年12月12日掲載