高齢化、女性の労働参加とマクロ経済

北尾 早霧
上席研究員

急速にそして大規模な高齢化に直面する日本では、労働力の急激な減少が予想される。北尾早霧上席研究員はこれまでも、労働力の変化がマクロ経済や財政にどのような影響を与えるかについて研究し、女性がどのように働き、どのような仕事に就き、生産性を上げられるかどうかが、財政状況改善のカギとなるということを示してきた。現在取り組まれているプロジェクトでは、女性の働き方に焦点をあて、財政政策の役割についての分析に取り組まれている。今回のインタビューでは現在取り組んでいる新しい研究プロジェクトの内容やポリシーインプリケーションについて伺った。また、これまでのアカデミア・政策現場でのご経験やRIETIでの共同研究、コロナ禍によって生まれた研究やその反響、さらに今後取り組みたい研究テーマなどについても伺った。(RIETI編集部)

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――1)以前に、マクロ経済モデルを使って政策効果を分析することが趣味といえるほど楽しいと書いていらっしゃいました。ミクロデータや理論に基づいたマクロ経済モデルを利用して租税や社会保障制度について研究されていらっしゃいますが、これまでの研究内容もライフサイクル、あるいは教育水準や世代間格差などの切り口でより現実に近い分析を次々に打ち出されていらっしゃいいます。マクロ経済モデルを使った分析の面白さはどこにあるのでしょうか。

一見深いつながりがないように思われる経済現象であっても、様々な経済主体の行動や市場での取引を通じて影響し合っています。例えば、所得税が上がると、国内総生産はどう変化するでしょう。税収が増えるという直接的な効果だけでなく、手取り所得が下がることで就業意欲や労働時間にも影響するでしょう。十分な労働者が確保できなくなった企業は、賃金を上げて雇用を確保するか、あるいは省力化のための投資に踏み切るかもしれません。後者が進めば機械に代替されるような仕事の需要も賃金は減る一方、オートメーションの技術開発やメンテナンスができる人の需要が高まり、職種による賃金のばらつきが広がるかもしれません。また、そうしたニーズに応えられるようなスキルの習得を目指し、専門教育の需要も高まりそうです。これらの影響がどうGDPに反映されるのか、シンプルな答えはなさそうです。

こうした連鎖を直観に基づいてあれこれ考えるだけでも楽しいのですが、それでは仕事にならないので、次のステップに行くためのツールがモデル分析となります。様々な経済主体の行動変化や、経済変数の相互作用を組み入れ、経済全体を見渡して総合的に分析ができるのがマクロ経済モデルの強みです。ミクロデータで観察される家計や企業の行動パターンと整合的かどうか、実証研究で明らかにされたメカニズムとの齟齬はないかなど、様々なチェックを通じてモデルをより頑健なものにしていくのも楽しいプロセスです。

その結果として政策議論に役立つ説得力のある分析ができるとさらに嬉しいですね。もちろん楽しいだけでなく、分析に必要なデータが入手できず説得力のないモデルが出来上がってお蔵入りすることもあれば、直観は単なる妄想だったことが分かってモデル構築から出直すこともあります。

――2)アカデミアと米国での政策現場両方のご経験がある北尾先生ですが、日本での現状はどのようにご覧になっていらっしゃいますか?

有効な政策を実施するには、精緻なデータ分析を基に現状の問題をしっかり理解しつつ、様々な角度から政策の評価を行う必要があります。データの扱いや多面的な分析、経済モデルを使った政策分析を生業とする研究者の知見を政策現場で活用するメリットは大きいでしょう。

RIETIのように研究者と政策担当者が直接にかかわるコミュニケーションの場は非常に貴重で、創設から20年の間に政策と研究の架け橋が強固なものとなっているのは素晴らしいことです。また、東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)のように大学に設置された研究機関も研究者と政策現場をつなぐ窓口として重要な役割を果たすようになっています。ディスカッション・ペーパーの刊行やセミナーによって研究成果を研究者側から提供するだけでなく、中央官庁や地方自治体の政策担当者との協働や現場からのフィードバックを通じて研究者や大学院生は大きな刺激とインスピレーションを得ることができます。

研究者の多くは経済が直面する課題の解決に貢献したいと願っています。博士号を取得した研究者の層の厚みが違うので日米の単純な比較検討は難しいですが、研究者が色々なルートで政策担当者と接してコミュニケーションできる機会が増えると良いと思います。

――3)現在、取り組んでいらっしゃる研究について教えていただきますでしょうか。

日本は非常に急速で大規模な高齢化に直面していますが、同時に労働力も急速に減少することが予想されています。既にRIETIのディスカッション・ペーパー、またジャーナル論文として発表した東京大学の御子柴みなも氏との共同研究 "Females, the Elderly, and Also Males: Demographic Aging and Macroeconomy in Japan"(RIETI DP 19-E-039、女性と高齢者(と男性):日本における高齢化とマクロ経済)では、労働力人口の変化がマクロ経済や財政にどのような影響を与えるかを理解するため、労働者数や労働参加率だけでなく、雇用の詳細、つまり個人の雇用形態、女性や高齢者の賃金に注目し、定量的なマクロ経済モデルを構築しました。このモデルには家計・企業・政府間の相互作用、また、男女間での平均余命や雇用形態の異質性を考慮したうえで、今後数十年間に起こると予測される人口動態の変化をシミュレーションしました。こうした変化がマクロ経済や財政に与える影響を定量化するとともに、女性や高齢者の労働供給が変化した場合に、結果に影響があるのかを分析しました。

労働力人口や雇用形態・賃金が一定だと仮定したベースラインで、高齢化の影響をシミュレーションし、さらに労働市場に関する複数のシナリオも検討しました。第1のシナリオでは、女性の労働参加率が上昇すると仮定し、第2のシナリオでは、それに加えて雇用形態の分布も変化し、男性の分布に近づくと仮定します。第3のシナリオでは、参加率と雇用形態分布に加えて、生産性や賃金も男性に近づくと仮定します。第1のシナリオでは、2030年までに経済全体の投入量は6%、2045年までに8%増加する結果となりました。このことによる財政への影響を軽減し得る消費税で考えた場合、2030年時点で1.1%、2045年時点では1.5%となります。少なからぬ変化ではありますが、高齢化や財政状況の懸念を払拭するほどの変化にはなりません。しかし、雇用形態の変化や女性の生産性の変化が起きると仮定すると、効果は大きく変わってきます。非正規ではなく正規の労働に就く女性が増えれば、労働投入量はさらに増加し、財政負担はより大きな割合で減少します。さらに、賃金や生産性の向上が伴うならば、財政負担はさらに軽減します。この結果が示唆しているのは、参加率の上昇だけでは不十分で、女性がどのように働き、どのような仕事に就き、どう生産性を上げられるかに着目することが非常に重要だということです。

ここからは、現在取り組んでいるプロジェクトなのですが、なぜ女性は現在のような働き方をしているのかということを財政政策の役割に焦点を当てて分析する研究に取り組んでいます。女性と男性はほぼ同等の教育を受けており、また女性は健康で長生きです。それなのに、本来働けるほどに女性は働いていません。女性がどのようにして働き方を選択するのか、またその理由をより詳細に調べるために、パネルデータ(消費生活に関するパネル調査:JPSC)を用いてライフサイクルを通じた女性の就業行動を調査しました。データ分析の結果、次のようなことがわかりました。独身女性の労働者のほとんどが正規労働者として働き、その割合は40代後半くらいまではあまり減少しませんが、既婚で正規労働者として働く女性の割合は非常に小さい。また、働いていない人の割合は約70%まで上昇した後、減少していきます。つまり、多くの女性が、一度正規の仕事を辞めるとほとんどの場合、非正規の仕事に就いているのです。

もちろん、独身から既婚へ、あるいは既婚から独身へと変化する人もいますが、女性が結婚したときに経験する変化は、労働力人口や雇用分布が時系列でどのように変化するかを説明する上で、非常に重要です。この変化を説明する要因はいろいろと考えられますが、現在行っているプロジェクトでは、財政政策の役割を理解したいと考えています。

既婚女性が思うように働けていない背景には様々な「壁」があります。いわゆる103万円の壁(これ以下の所得だと配偶者控除があり、所得税非課税)、130万円の壁(これ以下の所得だと夫の職場の社会保険の被保険者として社会保険料が全額免除)、150万円の壁(これ以下の所得の場合、配偶者が配偶者特別控除を受けられる)です。

このプロジェクトでは、こうした政策が女性の労働市場への参入する際の行動にどう影響するかを理解したいと考えています。ここまでの分析の結果では、以上の「壁」が多くの既婚女性の就労を非常に妨げていることが示唆されました。

壁を取り除くことで、多くの女性が非正規の仕事や「働いていない」状態から、正規の仕事に移行することになると考えられます。その結果、女性はライフサイクルを通じてより多くのスキルを蓄積し、高い収入を得ることができ、同時に税・社会保険料の支払いを通じて財政への貢献度も高まるでしょう。以上が現時点での結果で、近いうちに論文として発表したいと思っています。

この研究の政策的な意味合いとして強調したいのは、望ましい政策の組み合わせは時間とともに変化する可能性があるということです。ある経済状況下では非常に望ましく適切な一連の政策が、異なる経済環境下では全く異なるものになる可能性があり、それが成長を妨げることになる可能性もあります。経済の生産性を高めることが急務であり、そのためには、現状ではあまり機能していない可能性のある政策、特に仕事や成長のインセンティブを妨げている可能性のある規制を再検討する必要があると思います。

――4)この1年は上席研究員として、それ以前は客員研究員・ファカルティフェローとしてRIETIでご研究をされてきましたが、特に印象に残った共同研究などはありますでしょうか。また、新型コロナと労働市場などの研究も行われていましたが、過去2年弱のコロナ禍によって、新しい研究アプローチなど、変化はありましたでしょうか。

博士課程取得後はしばらく米国で働いていたこともあり米国の政策に関する研究が中心でした。RIETIに客員研究員として招いていただき、最初のディスカッション・ペーパーを刊行させていただいたのは、日本の政策研究を進める足掛かりの一つとなりました。

コロナ危機が起きた直後、経済学研究はコロナ一色となりました。通常RIETIでディスカッション・ペーパーを出す際には、報告会・フィードバックを反映させた改訂・書類一式取り揃えという一連の作業に時間がかかります。コロナ危機の際は緊急性に鑑み、マネジメントの判断によって1-2週間程度で刊行が可能なFast track DPの制度が作られました。私もこの制度を利用して、東京大学の菊池信之介さん、御子柴みなもさんと共同で執筆した論文を2本、東京大学の川口大司さん、国際通貨基金の能勢学さんとの共著を1本刊行させていただきました。菊池さん、御子柴さんとの論文では、ミクロデータを使ってコロナ危機による労働市場への影響を分析しました。RIETIのサイトを通じて研究を知った方々から問い合わせを受けたり、分析結果が通商白書において引用されたりするなどアカデミアを超えた幅広い層からの手応えが大きかったことが印象に残っています。

金融危機など過去の経済危機の後には関連した研究が増えるのは自然なことですが、コロナ危機の際にはかなり早い段階からコロナ専門の経済ジャーナルが作られたり、日本経済学会においても特設サイトが設けられたりするなど過去に例を見ない速さで研究が蓄積されました。経済的被害の大きさが尋常ではなかったこともありますが、政府統計だけでなく労働市場や消費などに関する様々な民間データやGPSを利用した統計などが入手可能となり分析に活かすことができるようになったことも背景にあるかと思います。マクロ経済分野においてもミクロデータを使う分析が増えていますが、コロナ危機はその流れを加速化させています。

――5)少子高齢化やそれに伴う財政支出増大、労働力減少など、日本は今後大きな経済的な問題に直面し、財政健全化はまったなしの状況です。今後、取り組まれていきたいとお考えのテーマはありますか?

少子高齢化や社会保障・財政の課題については引き続き見ていきたいと考えています。先にも言及した、川口さん、能勢さんとの共同研究では、コロナ危機による企業業績や労働時間への影響が、在宅勤務の実施によってどのように緩和されたか分析しています。コロナ危機直後は緊急事態宣言や感染防止のため在宅勤務を実施せざるを得ないケースも多かったものの、コロナ危機発生から約2年経過した今、これから在宅勤務が定着するのかしないのか、どういった企業や労働者が在宅勤務の継続によって恩恵を受けるのか、また生産性や所得分布にどのような影響を与えるのかは未知数です。今後、企業サーベイやミクロデータを使って理解を深めたいと考えているトピックの一つです。

また、欧米諸国に比べて、日本は行政データへのアクセスが容易ではないといわれています。しかし、関係省庁の担当者や多数の研究者の尽力によって、これまではアクセスが限られていたデータについて研究目的の利用が可能になる動きも見られます。格差問題解決のための再分配政策や、社会保障政策の研究も、こうした行政データを利用できることによって、分析が飛躍的に発展します。どのようなデータがどのくらいのコストで入手可能か注視しつつ、利用できるデータには積極的にアクセスし、精緻な分析を通じて政策議論に活かしていきたいと考えています。

2022年1月12日掲載

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