2021年4月22日、菅総理(当時)は、2030年の温室効果ガス削減の目標として、2013年度比46%削減を表明した。これは、2013年度比26%削減とした6年前の目標を大幅に引き上げるものである。
コロナ禍で傷む日本経済は、こうした野心的な目標に対応できるのだろうか。経済産業省で二度にわたり地球温暖化対策の国際交渉に臨んだ経験を持ち、エネルギー環境政策のエキスパートである有馬純東京大学公共政策大学院教授、RIETIコンサルティングフェローに、冷徹な国際社会の姿を聞いた。
(聞き手:RIETIハイライト編集部)
――有馬先生は、経済産業省で気候変動の国際交渉を二度経験されていますが、どのようなものだったのでしょうか。
私が地球温暖化問題に最初に関わったのは2000年のはじめで、1997年の京都議定書の詳細なルールの交渉でした。
京都議定書では日本の目標値は−6%となりましたが、これは極めて厳しい目標で、できるのはせいぜい1990年比で−0.5%ぐらい。ところがEUが1990年比−15%と言ってきて、米国は当時のゴア副大統領が「京都会議を成功させるために議長国日本はもっと野心的な数字を出さなければだめだ」と言ってきて、結局日本−6%、米国−7%、EUは当初の−15%を引っ込めて−8%となったんです。
ところが、米国はブッシュ政権が京都議定書からの離脱を決めてしまう。EUの8%減は、東西ドイツの統合とか、英国の石炭から天然ガスへの転換でほぼ達成できてしまう。京都議定書の目標達成ができなくて困るのは日本だけで、その後の交渉では本当に苦労しました。
そして最終的には、日本だけが海外からCO2クレジットを買わざるを得なくなり、1兆円を超える国富が海外に流れました。これは日本の外交的な敗北です。この苦い経験から、米国や中国のようなCO2排出大国を、次の枠組みでは絶対に逃がしてはいけない、そして、日本の目標は、きちんとしたコスト計算をして、他の国と比べて日本だけが突出して高い負担をしないようにする必要があると学んだのです。
私が二度目に温暖化交渉に関与したのは2008年から2011年です。当時は、まさに京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)が終わる、2013年以降をどうするかの交渉でした。そこで、麻生総理の下で半年以上かけて議論し、2005年比15%減という目標を作ったわけです。
ところが、政権交代で民主党政権になり、その議論がひっくり返されて、25%削減という目標を国際公約にしてしまったのです。鳩山総理は、日本が野心的な目標を出せば各国も目標レベルを引き上げると期待したのですが、引き上げた国は1つもなく日本の独り相撲で終わってしまいました。
25%削減を実現するため、政府のエネルギー基本計画では、原子力発電のシェアを2020年までに50%にした計画を作らざるを得なくなってしまった。実現可能性を検証しないで目標設定すると、無理な計画を作らざるを得なくなります。これは、日本の“オウンゴール”でした。
私は交渉官として関与していて、わずか3カ月ぐらいの間に、二度異なる目標を表明させられたわけですが、目標には「すべての国が参加する」「衡平で実効性のある枠組みとする」という前提条件をつけました。つまり、米国も中国も参加しなければだめで、公平に、日本だけでなく他の国もちゃんと引き上げてくださいねと。ですが、私が国連でそれを表明すると、途上国の反応は「日本の25%削減目標は素晴らしいが、前提条件はやめて無条件でこの目標を出すべきだ」というものでした。
温暖化交渉全体を通じて言えることは、これは決して「地球環境を守るために各国が力を合わせましょう」という美しいものではなくて、各国は完全に国益で動いているということです。温室効果ガスの削減は、地球レベルでの「外部不経済の内部化」であり、そのコストを各国の間でどう負担するかというゲームです。自国が削減しても他国が削減しても地球レベルではまったく同じですから、当然フリーライダー(タダ乗り)が生じる。自国が削減するインセンティブはなく、他人に汗をかかせたほうがいいのです。
――2050年カーボンニュートラル(CN)、2030年の温室効果ガス46%削減目標は、どのように見ておられますか。
2020年秋に菅総理が表明した2050年CNは、国際的なトレンドに乗ったものです。これは国際的なお祭り、「踊らにゃ損」の阿波踊りであり、その流れに乗らざるを得なかったところはあったと思います。EUはすでに2050年CNを表明していましたし、中国も2060年CN目標を出していました。
ところが、2021年の4月に出た目標は2030年に46%減という、当初の予定であった26%減からさらに20%上乗せするものでした。これは、実現可能性を無視したトップダウンの目標であり、私はこの46%減については懐疑的です。
ただし、当時日本が置かれていた状況を考えると、日本の同盟国である米バイデン政権が温暖化防止を強く求めていて、ケリー気候問題担当大統領特使からは、日本は50%削減ぐらいを目標にすべきだというプレッシャーもあったわけです。ですので、誰が総理であっても、46%的な数字を出さざるを得なかったという気はします。
でも、現実的に46%削減することは非常に難しい。まず日本は国土面積が狭くて、ソーラーパネルを敷き詰めるにしても限界がある。風力発電も、適地は北部に限られていて、洋上風力も浮体式になるのでコストが高い。さらに、日本の洋上風力は、冬はいいが夏になると風がない。原発を再稼働させるのは現実的ですが、新設はとても2030年には間に合わないから原子力にも頼れない。
――なかなか解がないですね。
46%削減を、必ず実現しなければならない「必達目標」にしてしまうと、ただでさえ高い電力料金がさらに上がってしまう。これは日本の産業の国際競争力を弱めることになり、経済や雇用に悪影響を与えます。これに対し、欧米諸国は、できるかどうか分からないがまず野心的な目標を掲げて、できなかったらそれは仕方ない、というアプローチです。
京都議定書は法的な拘束力があって、目標を達成しないとある種の罰則的な措置がかかるので、日本は海外からクレジットを買わざるを得なかった。一方、今回のパリ協定は達成できなくても罰則はないので、目標達成に向けた努力をしていれば日本は制裁を受けることはないはずです。ノーリグレットの形で、二枚腰でやっていくことが大事なんです。
そして、その際に重要なのは、周りの状況をよく見ることです。温暖化問題は独立して存在しているわけではなく、経済や地政学・安全保障とも極めて深くリンクしています。
例えば、今の温暖化をめぐる状況は、中国にとって非常に有利になっています。中国は自国のグリーン産業を育ててきて、ソーラーパネルもバッテリーも風車も中国が着々と力をつけてきていますし、佐川急便が配送用の車を中国製の電気自動車にしたことから分かるように、電気自動車の世界では中国が覇権を握るようになるかもしれません。しかも、そうした電気自動車のモーターやバッテリーには、中国のシェアの高いレアメタルが必要で、中国への依存度が高まります。
――地球温暖化対策を国内で進めれば進めるほど、日本が中国に依存するようになるわけですね。
膨大な補助金を使って中国製のパネルを日本中に敷き詰めることが果たして国際貢献なのかということです。
また、中国は、外交の世界では「欧米先進国は自分たちの責任を果たさずに、途上国に対する負担を増やすようなことばかり言っている」と囁くでしょう。アジアには、まだ石炭や石油が必要な国はたくさんあります。そうした国に経済成長するな、国民に便利な暮らしを諦めろ、とは言えません。そうなるとCCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)が必要になってきます。こうした技術の開発を日本が先頭に立って進め、米国と一緒に東南アジアで実証プロジェクトを動かすなどしないと、途上国は離れていってしまうでしょう。アジアや途上国のために、日本が率先してイノベーションによる技術開発に投資をすることは望ましいといえます。
――日本の役割は、いかに現実的な解決策、アジアを助けアジアを自滅させないための技術やフレームワークを提示できるかにあることが分かりました。そして、国内措置については、オウンゴールにならないよう、2030年の目標は堅持しつつ今から対策を考える必要があるということですね。
パリ協定については、ここ1〜3年ぐらいは見せ札(みせふだ)の時代だと思います。みんなが良いことを言う。でも、2030年目標の各国の進捗が見えてきて、熱気が薄れることに備えておくべきです。2030年、2050年のCNといっても、中国やインドの状況は非常に厳しいものがあります。
国内措置については、第一に、2030年に向け、最も費用対効果の高い温室効果ガス削減策である原発再稼働を加速させることです。加えて安全性の高い新型炉による既存原発のリプレースもスコープに入れるべきでしょう。2030年目標は待ったなしであり、使えるオプションは全て使うべきです。エネルギーセキュリティー、経済効率性双方の観点から、国産技術である原子力を活用しないことは不合理だと思います。
第二に、2030年まで、そしてそれ以降も、日本のエネルギーコストと温暖化対策コスト、米国、EU、中国等の主要貿易パートナーのエネルギーコストと温暖化対策コストを定期的に比較・レビューし、これらのコストが国際的なバランスを欠いた場合、目標水準や達成方法の見直しを含むフレキシビリティーを確保しておくことです。
第三に、産業部門と家庭部門のコスト負担を真剣に考えることです。ドイツでは、エネルギー多消費産業は、雇用確保のための減免措置を受けており、その分のコストを家庭部門が負担しています。これは政治的に不人気な政策ですが、産業競争力、雇用を維持しようとすれば、避けて通るわけにはいかないと思います。