COP27の結果と評価

有馬 純
コンサルティングフェロー

野心的な結果を引き出したグラスゴー

第27回国連気候変動枠組み条約締約国会合(COP27)の結果を理解するには、2021年のCOP26で採択された「グラスゴー気候合意」の内容を振り返っておくことが有益である。議長国英国の外交努力もあり、グラスゴー気候合意では産業革命前からの地球の気温上昇を1.5℃に抑えるよう努力するという強い決意を表明した。1.5℃安定化のためには2050年頃のカーボンニュートラル達成が必要であり、30年には世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量を、10年に比べ45%削減しておかなければならないとしている。一方で各国が出したCO2削減目標を足し上げても30年にCO2は逆に14%ほど増えてしまうので、今後10年を「勝負の10年」と位置付け、削減に向けた行動をさらに加速させる作業計画を策定する。CO2削減目標を引き上げていない新興国を念頭に、22年末までにCO2削減目標を見直し、強化するよう促している。

議長国英国はCOP26では、2020年のコロナ禍で足踏みした脱炭素へのモメンタムを回復させたいという強い思いがあった。米国におけるバイデン政権誕生がそれを後押しし、上述のようにかなり野心的なメッセージを発信することに成功したといえる。しかし、これは今後にさまざまな火種を残す結果でもあった。2015年に採択されたパリ協定は、地球全体の温度目標を設定する一方で、各国が実情に応じて自主目標を設定するという、トップダウンとボトムアップの微妙なバランスの上に構築されたものであった。しかしグラスゴー気候合意では、地球全体の気温上昇を1.5℃に抑えることを至高の目標とした。これは2050年までに排出可能なCO2総量(炭素予算)にキャップをかけることと同等であり、限られた炭素予算をめぐる先進国と途上国の対立が激化することを意味する。こうした中、途上国は先進国に対して、50年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を前倒ししたり、途上国の脱炭素化への資金援助を拡大したりするよう求めていくことが容易に予想された。

シャルム・エル・シェイクでは途上国の勝利

2022年11月4日~20日にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27では、全体決定「シャルム・エル・シェイク実施計画」、2030年までの緩和野心と実施を向上するための「緩和作業計画」、ロス&ダメージ支援のための資金面の措置及び基金の設置を採択し、閉幕した。

一言でいえば、グラスゴーは緩和を重視する先進国の勝利であったのと対照的に、シャルム・エル・シェイクは資金を重視する途上国の勝利であった。もともと2024年までかけて基金設置について議論する予定だったところ、今回、COP27において基金の設置の合意を取り付けたことは途上国にとって大金星であろう。先進国はこれまでロス&ダメージに関する理解増進、データ・優良事例等の共有を目的としたワルシャワ国際メカニズム(2013年のCOP19で発足)、途上国によるロス&ダメージ対応への技術支援を目的としたサンチアゴ・ネットワーク(2019年のCOP25で発足)等で途上国の要求をかわしてきた。パリ協定採択時のCOP決定によって「ロス&ダメージは法的責任や補償の根拠とならない」とされたとはいえ、事実上、途上国は先進国の歴史的責任を追及している。2009年のCOP15で先進国は2020年までに年間1000億ドルの資金支援を達成することを約束したが、現時点でこの目標が達成できていない。そうした中、2025年までに1000億ドルを大幅に増額した新資金目標に合意する必要がある。これに加えて新たな資金メカニズムを作ることは先進国としてぜひ、避けたいところだった。

他方、欧米諸国は1.5℃目標との整合性に基づくレビューを含め、緩和作業計画を通じて中国、インド等の新興国の目標引き上げにつながるようなメカニズムを2030年まで回すことを志向していた。それに加え、2025年全球ピークアウト、排出削減対策を講じていない石炭火力のフェーズアウト、排出削減対策を講じていない全化石燃料火力のフェーズアウト等を全体決定に含めることを提案していた。合意された緩和作業計画をみると期間は2026年までとされ(延長の可否はその時点で決定)、「新たな目標設定を課するものではない」との点が明記された。新興国の主張により弱められた形である。2025年ピークアウト、石炭火力、化石燃料火力のフェーズアウトも全体決定には盛り込まれなかった。

このため、クロージングプレナリーでは多くの途上国が「歴史的COP」と称賛する一方、先進国からは不満の声が相次いだ。COP26でグラスゴー気候合意をまとめた英国のアロック・シャルマCOP26議長・内閣府担当国務大臣は「我々はグラスゴー気候合意を前に進めるためにここに来たのに、現実にはグラスゴーで合意された点を守るために戦わねばならなかった。2025年ピークアウト、石炭フェーズアウト、化石燃料フェーズアウトを提案したが、いずれも盛り込まれなかった」と無念さをにじませた。

今回、途上国に大きく傾斜した交渉結果となった背景としては、議長国エジプトが途上国(特にアフリカ)の利害を重視したことが大きい。先進国の中には「悪い合意ならばないほうが良い」という声もあったが、ロス&ダメージ基金を最後まで拒否してCOPを決裂させれば、先進国に非難が集中する恐れがあるし、ウクライナ戦争下において温暖化防止の実質的なモメンタム低下が懸念している中、COPを決裂させてはならないという考えもあったのだろう。

欧米気候外交への反撃

思い起こせば1.5℃、2050年カーボンニュートラルを強く打ち出したグラスゴー気候合意は先進国の「勝ち過ぎ」との感があった。2022年に入り、G20等の場で先進国がグラスゴー気候合意や1.5℃を共同声明に盛り込もうとするたびに中国、インド、サウジ等がことごとく反対に回ったのは、先進国が勝ち過ぎたグラスゴーへの巻き返しの意味もあったのだろう。

欧米諸国が温暖化のリスクを訴え、野心レベルの引き上げを主張してきたことがブーメランになっている側面もある。今回の会合では先進国に敵対的な有志途上国(LMDC)が「先進国は2050年ではなく、2030年カーボンニュートラルを達成すべきだ」と主張した。1.5℃安定化、2050年カーボンニュートラルを絶対視すれば、限られた炭素予算の配分をめぐってこのような議論が生ずることは十分予想されることだった。欧米の環境活動家やメディアは不確実性があるにもかかわらず、あらゆる異常気象を温暖化と結び付け、温暖化の危機をあおってきた。こうした議論が中国の目標引き上げにつながらず、「先進国の歴史的排出によって今、生じている温暖化被害を何とかせよ」という途上国のロス&ダメージ基金の主張の根拠に使われているのは皮肉でもある。

途上国の高揚感が失望に変わる可能性も

他方、ロス&ダメージ基金設立を勝ち取った途上国の高揚感も、長続きはしないだろう。先進国は現在の1000億ドルの目標すらいまだに達成できていない一方、気候資金(緩和・適応)のニーズは2030年までに5.8~5.9兆ドルにのぼる。しかもここにはロス&ダメージから回復するための資金ニーズは含まれておらず、ロス&ダメージの資金はnew and additional であることが求められている。どこからそんなお金を集めてくるのか。結局、「お財布」はできてもお金が十分入らないことになり、途上国が不満を爆発させる可能性も高い。

グラスゴーでは実現可能性のない1.5℃目標が打ち出され、シャルム・エル・シェイクでは際限なくエスカレートする途上国からの資金要求がもう1つ加わった。いずれもスローガン先行で現実からの乖離は広がるばかりであり、早晩、それが誰の目にも明らかになるだろう。COPプロセス自身の持続可能性が問われている。

2023年1月24日掲載

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