COP26の評価と課題

有馬 純
コンサルティングフェロー

「成功裏に」終わったCOP26

11月13日、COP26はグラスゴー気候協定(Glasgow Climate Pact)を採択し、「成功裏に」閉幕した。カッコ書きで「成功裏に」と書いたのはその評価がさまざまであるからだ。例えば環境活動家グレタ・トゥーンベリは「COP26は失敗だ。2週間にわたってこれまでと同様のたわごとを繰り返しているだけだ」(注1)とこき下ろしている。しかし議長国英国のジョンソン首相がCOP26の期待される成果として掲げていたのは①21世紀半ばまでに全球カーボンニュートラルを確保し、1.5℃を射程に入れること、②適応の強化、③資金の動員、④パリ協定のルールブックの交渉終了であり、これらについては完全ではないにせよ、成果が得られたと言ってよい。筆者は複雑な気持ちで「COP26は事前の予想を上回る成功であった」と考える。

上記の期待される成果の中で英国が最も重視していたのが1.5℃安定化を目指すべき目標に据えることであった。パリ協定では「産業革命以降の温度上昇を2度を十分下回るレベルに安定化させ、1.5℃に抑えるよう努力する、そのために21世紀後半にカーボンニュートラルを目指す」と規定されている。幅のある温度目標の中で最も厳しい1.5℃目標を固めれば2050年全球カーボンニュートラル、2030年の全球排出量45%減、石炭火力のフェーズアウト、内燃自動車の販売終了等を目指す根拠になる。

このため英国はまず、自国が議長国を務めるG7コーンウオールサミットで1.5℃目標、2050年カーボンニュートラル、排出削減対策を講じていない石炭火力からの脱却、海外における石炭火力への公的融資の停止等の方針を首脳声明に盛り込んだ。英国の次なる戦略はG20議長国イタリアと連携し、同様のメッセージをG20首脳声明に反映させることであったが、これには中国、インド、サウジアラビア、ロシア等から強い抵抗を受けた。1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルはパリ協定の事実上の再交渉であるという理由である。国内エネルギーミックスからの石炭排除については、石炭依存の高い中国、インドが強く反発し、石炭排除が石油、天然ガス等の化石燃料全般に及ぶことを懸念するサウジアラビア、ロシアも同調した。この結果、G20サミットではパリ協定の温度目標を再確認するにとどまり、国内石炭火力のフェーズアウトも入らなかった。だからバイデン大統領もジョンソン首相もG20の結果に失望を隠さなかった。

こうした経緯から、筆者はCOP26ではG20を超える合意はできないだろうと予想していた。しかしCOP26で採択されたグラスゴー気候協定においては、①1.5℃に抑制するよう努力することを決意する、②1.5℃に温度上昇を抑制するためには2030年に全球排出量を2010年比45%削減、21世紀半ばにネットゼロにすることが必要、③そのため2020年代を「勝負の10年」とし、この期間に野心レベルをスケールアップするための作業計画をCOP27で採択する、④締約国に対し、必要に応じ、パリ協定の温度目標に整合的な形で2022年末までに自国の目標(NDC:Nationally Determined Contribution)を見直し、強化することを求める、等が盛り込まれた。G20のラインを明らかに超えている。予想されたように中国、インド、サウジアラビア等は1.5℃を特出しすることに否定的な反応であった。G20はG7と新興国のせめぎ合いの場であるが、COPにおいては主要経済国のみならず、温暖化の被害を受けやすい脆弱な島嶼国、低開発国の発言力が大きく、議場内外での環境NGOの影響力もある。中国、インド等の新興国は1.5℃目標による経済成長への影響を、資源国は化石燃料輸出への影響を懸念するが、島嶼国、低開発国は温度目標のハードルが上がることにより適応やロス&ダメージに関する支援拡大を期待できる。議長案に対するストックテークプレナリーの場では1.5℃を強く支持するコメントに議場から大きな拍手が湧く等、巨大な同調圧力が形成されていった。英国はそうした議場内世論をテコに1.5℃目標を前面に押し出すことに成功したのである。

また合意文書には「削減対策の取られていない石炭火力のフェーズダウン、非効率な化石燃料補助金のフェーズアウトの加速に努める」との文言も盛り込まれた。G20においては9月の国連総会で中国が海外における新規の石炭火力建設を行わないと表明したため、G7と同様、海外の石炭火力新設への公的融資の停止というメッセージが盛り込まれていたが、今回の合意内容は国内の石炭火力にも及ぶものだ。当初案は「石炭のフェーズアウト」と電力以外も包含するものであったが、1.5℃目標と同様、中国、インド、サウジアラビア、南アフリカ等から強い反対があり、「削減対策の取られていない石炭火力のフェーズアウト」という表現に改められた。しかし最終段階に至ってもインド、中国、南アフリカ等はそれでも納得せず、インドは「貧しい人に対する安価で安定的な電力は国の最優先課題である」と主張し、「フェーズアウト」を「フェーズダウン」とし、「各国の国情に沿った貧しく脆弱な人々への支援を行い、公正な移行への支援の必要性を認識しつつ」という配慮事項も追加された。これに対してEU、島嶼国等は一斉に反発したが、全体の合意パッケージを通すという観点で不承不承これを受け入れた。それでも特定のエネルギー源を狙い撃ちする表現はパリ協定およびその関連決定では初めてのことである。

このように1.5℃目標を大きく前面に打ち出し、それに沿った野心引き上げの作業計画策定が盛り込まれたこと、トーンダウンされたとはいえ、石炭火力フェーズダウンが盛り込まれたことでグラスゴー気候協定は「歴史的合意」と環境関係者から高く評価されている。

今後重くのしかかる1.5℃目標の「ツケ」

筆者はG20でいったん押し込まれながら、COPの場でG20を超える合意を作り上げた英国の外交力に舌を巻くものであるが、素直に喜ぶことはできないでいる。1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルが大きく打ち出されたことにより、地球全体の温度目標を定めるトップダウンの性格と、各国が国情に応じて目標を設定するボトムアップの性格が微妙なバランスをとっていたパリ協定の性格を大きく変えることになると思われるからである。2050年全球カーボンニュートラルを目指すということで2050年までの限られた炭素予算をめぐる先進国、途上国の激しい争奪戦が生ずることになろう。すでにインドは先進国が2050年全球カーボンニュートラルを強くプッシュする以上、先進国は2050年よりももっと早いタイミングでカーボンニュートラルを達成し、途上国に「炭素スペース」を与えるべきだ、途上国にカーボンニュートラル目標やNDCの引き上げを要求するならば毎年の支援額を1兆ドルにすべきだと主張している。欧米が2℃目標への道筋ですら大幅に外れている中で、1.5℃という「大言壮語」を押し通したツケは今後10年間、カーボンニュートラル目標前倒し、目標引き上げ、途上国支援の大幅上積みという形で先進国に返ってくるだろう。

COP発の規範は果たして世界にプラスか

合意文書ではパリ協定の温度目標に沿った形でNDCを強化し2022年末までに提出することが求められているが、中国、インドが目標を改訂する可能性は低い。2060年、2070年のカーボンニュートラル目標をかかげる両国は「21世紀後半のカーボンニュートラル」というパリ協定の規定を尊重していると主張するに違いない。むしろ心配なのは緑の党が連立政権に入るドイツが議長を務める2022年のG7で「中国、インドの行動を促すため、G7諸国でカーボンニュートラル目標の前倒し、2030年目標の上積みを行うべきだ」と言い出しかねないことだ。その結果、中国製の太陽光パネル、風車、蓄電池の市場はさらに拡大し、中国が漁夫の利を得ることになる。

石炭火力のフェーズダウンも、今後、年限を区切ってフェーズアウトという議論が再燃する、さらにその対象が化石燃料全体に話が広がる可能性も十分にある。問題はそうした議論が現実のエネルギー情勢とまったく乖離していることだ。欧州発で日本にも影響が及んできているエネルギー危機の大きな原因は経済回復によるエネルギー需要増に供給が追い付いていないからであり、その背景には石油、ガスの上流投資の停滞がある。他方、COPの世界では化石燃料セクターへの公的融資の停止に関する有志国宣言に米国、EU諸国が名前を連ねている。そうなれば上流投資はますます滞り、エネルギー需給逼迫が今後も生ずる可能性が高まる。世界的なガス需要の高まりも石炭を排除する欧州発の環境原理主義の影響が大きい。そうかと思うと国内石油生産を抑制している米国がOPECに増産を要請したり、風が吹かずに電力不足に陥った英国は古い石炭火力を動かしている等、脱化石燃料という掛け声とは裏腹の動きも生じている。すなわち、国民への低廉で安定的なエネルギー供給という最も根源的な要請の前には気候変動アジェンダは道を譲らねばならないということだ。そういう現実的な議論が排除されるCOP発の規範が世界に広まることが、果たして世界にとってプラスなのか、よくよく考える必要があると思う。

脚注
  1. ^ COP26「明白な失敗」 グレタさん、開催地で演説: 日本経済新聞 (nikkei.com)
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN05DGK0V01C21A1000000/

2021年11月18日掲載

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