政府は今こそ個人へ投資すべきである 〜 所得連動課税条件付き現金給付制度の提言(動画)

小林 慶一郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

コロナショックが長期化した場合には、1人10万円の現金給付では本当に生活に困っている人を救い切れない。今こそ政府は、個人への投資として、所得連動課税条件付き現金給付を行うべきである ー 日本の代表的なエコノミストである小林慶一郎RIETIファカルティフェローが、オーストラリアの学生支援制度を引用しつつ、政策提言を行います。
コロナショック後の世界の姿についても付言しています。

こちらのコラムも併せてご覧ください。

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プレゼンテーション資料 [PDF:147KB]


こんにちは、小林慶一郎です。

本日は、所得連動課税条件付きの現金給付の提案というお話をしたいと思います。

現金給付の話が新型コロナに関して盛り上がっているわけですけれども、2つ問題があると思います。

1つはまずスピードが遅いのではないかと思います。30万円の給付という案が出たり、一律に10万円の給付という案が出たり。少なくとも30万円の方は、いろいろな所得の条件などによって給付をされる人とされない人が分かれてしまうので、審査に時間がかかるとか条件が複雑だとかいう問題がある。スピード感がちょっと遅いというのが1つ目。

2つ目は10万円の現金給付は、スピーディにできると思いますが金額が少ないと思います。つまりこの問題は1カ月2カ月で終わることではなくて、これからひょっとしたら1年かそれ以上続くかもしれない。その1年間の生活を支えてあげるような、そういう現金給付じゃなきゃいけないとういふうに考えると、10万円の渡しきりというのではちょっと足りない。金額、そしてスピードも速く簡単に、という制度を考えるべきじゃないか、というのが今回の提案になっています。

やり方はどうするのかというと、まず自己申告して、生活に困っている人が役所に申し出れば、審査なしで、即時に毎月15万円ずつ1年間生活費を現金給付する。そうすると年間で180万円くらいになるわけですけど、そのお金をまず渡してあげる。そして、コロナの感染症危機が終わった後、例えば3年後ぐらいから、今後はその人が納める税金に上乗せして追加課税して、徐々に20年くらいの時間をかけてお金を回収していく。

そうすると何がいいかというと、3年後に所得が非常に高い所得にまで戻っている人にはちゃんと課税されるので、政府にお金を返してくれることになるわけですけれども、一方でコロナショックによって生活が非常に苦しくなってしまった人で3年後も所得があまり伸びない人たちは、課税が免除されるとかあるいは減額されるので、政府にお金を返さなくていい。要するに180万円をもらったら、そのまま、もらったままになって生活に使えるという、こういう制度になっているわけです。

この制度はもともとのモデルというか前例がありまして、オーストラリアで発明された所得連動型学生ローンという制度が基になっています。オーストラリアの所得連動型学生ローンというのは、今ニュージーランドとか、英国とか、いろいろな国で使われています。

どういう制度かというと、最初に大学に入った学生たちに政府が学生ローンとして学費を建て替えてあげる。卒業した後にうまく所得が高いところに就職できた人からは高い率で追加課税して、政府が学生ローンの分を回収する。一方、不運にも所得が低い状態になってしまった卒業生からは回収をしない、あるいは低い率で回収するので、それほど政府に返さなくていい。

これは、個人の生活におけるリスクを、政府がある程度担ってあげる、ある種の保険機能と言いますかリスク分担機能を果たす制度になっているわけです。ですから、事後的に所得に応じて所得の高い人からは回収するし所得の低い人からは回収しない。やり方は現金給付とローンのハイブリッドの制度になっていて、だから非常に柔軟で使い勝手がいいわけです。

オーストラリアの所得連動型学生ローンの返済率がここに書いてありますが、卒業した後の所得の状況に応じて返済率(返済負担率)が違っています。まず一番上に書いてあるのは、例えば4万6000ドル以下の所得の人、だいたい日本円で300万円か250万円とか、200万とか300万とかそのくらいの年収よりも所得が低い人は、学生ローンを借りていたとしても返済しなくていいと、返済率はゼロだと、そういうことになっているわけです。それよりも所得が上がってくる人たちに対しては最初返済率が1%で、さらに所得が上になってくると返済率は2%というふうに、だんだん返済の率が上がっていって、最後には10%の率で返済させている。要するに追加課税の課税率でなんですけれども、そうすると、所得の高い人からはたくさん回収することになるし所得が低い人からはお金は回収しない、というやり方になっているわけです。

HECSの返済率
所得(豪ドル) 返済率
$45,881以下 ゼロ
45,881-52,973 1%
52,974-56,151 2%
56,152-59,521 2.5%
134,573 以上 10%
(source: https://www.ato.gov.au/Rates/HELP,-TSL-and-SFSS-repayment-thresholds-and-rates/

このようなやり方をすることで、個人の背負っているリスクを分散できるという制度になっています。ですから、今回のコロナ危機で特定の職業とかあるいは特定の業界の人たちが困っている。その人たちのリスクを、政府が、あるいは国民全体で分散してあげようという救済の主旨から考えると、このような制度を作るのがいいのではないかと。

最後に、所得連動課税条件付きの現金給付について、そのメリットをまとめておきたいと思います。

第1に、事前の手続きがいらない、要するに事前にはお金が必要かどうかを自己申告だけで給付をするということなので、簡便な手続きでしかも迅速にお金を渡すことができるというメリットがあります。

そしてお金が本当に必要な人にしか行かないような制度になっているかということが大事なわけですけれども、それは事後的にチェックされるという制度です。要するに事後の返済が所得に連動するということによって、お金が必要なかった人からはちゃんと政府が回収するし、お金が必要だった人に対しては現金給付がそのまま渡したままの状態になるということで、給付が公正に、公正性が保たれるということです。

3つ目に、ある程度政府がお金を回収することができますので、財政の負担が少ない、あるいは国民負担が少ないということで納税者の納得も得られます。

そして4番目に、これは景気がいい時には税収が、回収率が上がるということになりますので、景気変動に対して自動安定化装置としても働くので、経済政策としても合理的だと、こういう4つのメリットがある、そういう制度になっているわけであります。

以上でこの所得連動型の現金給付のご説明を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

Q&A

Q:小林先生ありがとうございました。所得連動型ローン・現金給付に関しては、確かに今先生がおっしゃったようないくつかの素晴らしいメリットがあると思うのですが、ただ耳慣れないこの制度を緊急時に新たに導入するといったことに対して難しい点はあるでしょうか。

A:そうですね、やはりローンと給付のある種ハイブリッドの制度なので、日本では今までまったくなかった制度ということになります。そして、その現金給付は自治体がやるというのが日本のやり方で、税の方は主に国税当局の話になるので、国と自治体の間の連携も必要になってくる。そういう意味で、この制度を今すぐ導入するというのは難しいかもしれないですけれども、その簡略版というのは、今すぐできると思っており、例えば10万円なり30万円なりというのは今回1回払って、そのあと1年後の確定申告で追加で課税するというのは、1年間に限っての現金給付と回収というやり方は、普通の所得税の制度の中でやれるだろうと思うんですね。 ですので、確かに所得連動型現金給付というのを、今ご説明したようなやり方でやるのはちょっと時間がかかるかもしれないんですが、同じような考え方で迅速にお金を渡して、ただし公平性・必要性をちゃんと後で事後的にチェックするというやり方は、今の所得税の制度を使っても実行できるんじゃないかと思います。

Q:コロナショックの前と後では、世界経済・社会の在り方も大きく変わってくると思うのですが、そのあたりに関してはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

A:この感染症はおそらく2〜3年は続いて行き、そして2〜3年経った後も完全に撲滅できるわけではなく、季節性の病気として人間社会の中で定着してしまうだろうと私は考えています。そうなると、例えば今は普通にやっている人と人のコミュニケーションというのも距離を置かなくてはいけないとか、手の清潔をいつも保たなくてはいけないとか、そういう社会通念が若干変わってくるのではないかと。あるいは観光や外食に行くことが、心理的に今より難しい、ハードルの高い活動になってしまうのではないかと思います。

そうすると経済の中での産業構造も変わってくると思います。要するに観光業や飲食業というのは今よりも若干規模が縮んでしまうだろう。その一方でオンラインサービスや非接触型のサービスは需要が爆発的に伸びる可能性があると思います。ですので、今後経済構造が変わっていくというのが1つ。あともう1つ、こういう感染症の危機を乗り越えるプロセスの中で、今日の話の現金給付のように、社会でお互いに支え合うことの大切さを非常に強く実感される可能性が高いと思います。これは、戦争で社会が団結することによって格差が是正されたというピケティの理論がありますけれども、それと同じように感染症の危機を乗り越えることによって、社会の絆がより強まって、高所得者から低所得者へもっと分配をすべきじゃないかという世論の流れが生まれる可能性がある。そういう世論の流れが生まれれば、第二次世界大戦後に1960年代70年代くらいまで先進国で起きていたような平等化というか、格差の是正する方向に社会が動いていく可能性があるのではないか、そういうことを期待しています。

Q:産業構造や社会のあり様が変わる中で、政府、あるいは企業・社会が今打つ手はあるでしょうか。

A:今回の感染症の危機の中で、日本はデジタル化とかオンライン化が非常に立ち遅れている面があると思いますので、企業あるいは行政の手続きとか、そういった面でデジタル化・オンライン化というのを一層進めていく、企業の設備投資・デジタル化投資に対してはより強く助成するとか、そういう形で社会の一層のオンライン化を進めていく、これが感染症対策にもなるし、経済の新しい時代への構造改革にもなっていると思います。

あともう1つは、ある意味でリスク分担機能というか、保険機能というものがあると思います。要するに今回の感染症危機で、あまりにも大きなリスクが顕在化して、家計や企業が大きな損害を被っている。普通の経済の状態だったら、リスクに対処するのは株主の役割であって、株主がリスクマネーを供給してそのリスクマネーで色々なリスクに対応するというのがマーケットの経済ですけれども、今のこの感染症危機というのがあまりにも損害やリスクが大きすぎて、マーケットでは対処し切れない大きさになっている。だからこそ今この局面では、企業や家計の取り切れなかった大きなリスクを政府が分担して企業や家計を支える、そういう作業をする局面になっているのではないかと思います。

最後に一言でまとめると、この所得連動型現金給付というやり方は、政府から今困っている個人に対する投資なんです。要するに生活に困っている人、その人たちの生活費を政府が投資して支えてあげると、それが何年かして、その個人が成長して、あるいは所得が改善して、結果的に高い所得になった人からは政府は納税という形でたくさん回収する。そうならなかった人に対しては現金を給付したままになる、そういうやり方なので、これは個人の生活に対する政府からの出資というか投資をやっているんだと。そういうふうに理解すると大変分かりやすいのではないかと思います。

Q:まさに政府から個人に出資する。がんばれ、というエールなんですね。

A:そうですね。政府が個人に対する応援をしている、投資家として出資家として応援しているんだという制度だと考えると分かりやすいと思います。

2020年4月23日掲載

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