第42回──国際シンポジウム「知的財産と東アジア・ルネッサンス」直前企画

東アジアにおける知的財産保護のあり方を探る

若杉 隆平
研究主幹・ファカルティフェロー/京都大学経済研究所教授

世界経済の発展、とりわけ近年、貿易拡大や経済発展の著しい東アジアにとって、新しい技術の発明と普及が欠かせないものとなっています。新規の技術を知的財産としてどのように保護するかは新しい技術の発明と普及に大きな影響を与え、その結果は経済発展に大きな影響をもたらします。1月28日に京都大学と共同で開催する国際シンポジウムでは、知的財産保護の現状、制度の設計と運用上の課題、制度によって影響を受ける国際企業の対応、国際的調和のあり方などについて、学術上、政策上、実務上の視点から検討します。本コーナーでは、シンポジウム開催直前企画として、若杉隆平研究主幹・ファカルティフェロー/京都大学経済研究所教授に知的財産の保護に関する課題や本シンポジウムの見どころについて伺いました。

RIETI編集部:
知的財産権の保護については国際的な枠組みの中で論じられることが多いようですが、今回のシンポジウムではなぜ東アジアに焦点があてられているのでしょうか。

若杉:
東アジアは、今日の世界経済の成長の拠点となっています。その成長を支えている要因は、先進国からのさまざまな技術・資本の導入による経済発展、自らが生み出すイノベーションによる新しい産業の発展、生産性の上昇です。知的財産権の保護が国際的に重要だということは周知の事実ですが、特に東アジアの国々においては、成長を支えているのがイノベーションであることから、知的財産の取り扱いが経済発展との関係で切っても切り離せない問題として存在しています。こうしたことが東アジアに焦点を当てることが重要となっている理由です。東アジアにおける経済成長には、人的資源の供給、社会資本などのインフラ整備の課題と並んで、イノベーションを生む基盤としての知的財産をどうのように取り扱うかが重要になっています。

RIETI編集部:
知的財産権の保護に関して国際社会が現在直面している最も大きな課題は何でしょうか。

若杉:
知的財産は天から降ってくるものではなく、それを生み出すには資源が必要であり、コストを伴いますから、知的財産を創造しようとする側では、その成果を保護してもらいたいという気持ちが非常に強くなるのは当然のこととしてあり得るわけです。他方で、生み出された知的財産を使う側にとっては、これには先進国だけでなく、途上国も含まれますが、使用される知的財産の権利が強く保護されると、それを使うためのコストが非常に高くなる、あるいは、コストが高すぎて事実上使えないこともあり、使用上の差し障りが出てきます。したがって、どういうレベルで知的財産を保護するべきかについて、創造する側と活用する側の両方の立場から解決策を求めなければならないということが国際的に大きな課題になっています。

WTO (GATT) のウルグアイ・ラウンドにおいてTRIPs (Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)が結ばれて国際的ルールの基礎が出来上がったのですが、権利保護の運用に関してまだまだ課題が残されているのが現状です。そのため、国際間で知的財産の保護に関する交渉や紛争処理が少なからず存在することも確かです。

RIETI編集部:
若杉先生は最近のご著書『現代の国際貿易-ミクロデータ分析-』の中でも「知的財産権の保護と貿易・現地生産」について実証分析をされていますね。知的財産権の強化が国際貿易にもたらす影響について教えてください。

若杉:
知的財産権の保護と貿易の関係は、市場がどのような特徴を有しているかによって異なり、複雑です。知的財産の保護が強化されると、今まで模倣が可能であった、その下で財が国際的に生産され、取引されていたことが、排除されることになるわけです。その結果、知的財産を所有している人たちによる市場独占が生じるという問題が出てきます。この「独占力の行使」は、財の輸出入に影響を与えます。市場が独占的になると、短期的には外国からの輸入や市場での生産が減少するかもしれません。

しかしながら、知的財産の権利が正しく保護されていることがルール、共通の基準として広く認識されると、透明性の高い貿易取引が行われ、却って、その市場での財の供給が拡大するということもあり得るわけです。供給者は、外国企業であるかもしれないし、積極的にイノベーションに取り組む国内企業であるかもしれない。

このように、知的財産権の保護が国際貿易や生産に対してプラスに効く場合とマイナスに効く場合があり、それは市場の状況によって違ってくるといえます。知的財産の保護が生み出す貿易面での効果がどちらであるかは理論的には一概に言えないので、実証面での分析が数多く行われています。その中には、知的財産権の保護の強化が貿易や生産を活発にするという結果を示した分析が少なからずあることは注目に値します。この問題はこれからも議論しなければならない1つの大きな課題になっています。

RIETI編集部:
東アジアでの域内貿易が近年急激に拡大する一方、域内の所得や制度の違いは依然として大きいという現状の下で、どのように国際的調和を進めていくべきでしょうか。また、日本政府の対応としてどのようなことが期待されているとお考えですか。

若杉:
東アジアは一様ではありません。多様な国の間でどのように知的財産の保護の課題に取り組むべきかは、シンポジウムで大いに議論になる重要な課題ですので、現時点で私が見解を述べるのは少し早すぎるのですが、国々の間で所得や制度の違いを前提とした上でも国際的なハーモナイゼーションを模索する動向に注目したいと思います。東アジアの共通の特徴としては、経済が急速な発展過程にあり、その中で自らが生み出す知的財産を保護しながら、自分たちも成長していこうという企業がたくさん生まれつつあるという現象がみられるように思います。そのような企業が東アジア各国にたくさん生まれ始めているのであれば、知的財産の権利の保護に関して国際的な調和を求めていくという声が、それらの国々から出てくるわけです。

一方、知的財産の保護制度を整備したり、知的財産の創造を強化していくにはそれなりの知識と資源が必要です。先進国である日本には、そういう制度面での手助けや、知的財産を生み出す技術革新そのものをサポートするような経済的な協力が期待されていると思います。この点についてシンポジウムで皆様からいろいろな見識が披露されるのではないかと期待しています。

RIETI編集部:
最後に、シンポジウムの見どころについてお聞かせください。

若杉:
今回は国際シンポジウムという形で、外国から著名な研究者が参加されるのが1つの特徴だと思います。コロラド大学ボールダー校のKeith Maskus教授は知的財産と国際経済に関する世界的な研究の第一人者です。理論面、実証研究面からこの問題に関する方向付けが行われると思います。

中国国務院発展研究中心 (DRC) 企業研究所の陳小洪所長は、知的財産の問題に取り組み始めている中国の現状について分析を進めている研究責任者で、産業の実態分析では多くの業績を上げてこられた方です。中国の現状が紹介されると思います。また、これまでの各国政府との間の制度面でのフレームワークを交渉してきた日本政府から、経済産業省の鈴木英夫審議官が参加されます。さらに、知的財産を実際に生み出し、利用するのは企業ですから、企業の立場からの取り組みは非常に重要です。日本を代表する国際企業・キヤノンから田中専務取締役が参加されます。藤田所長は空間経済学の世界的権威であり、この立場から東アジアにおける成長と知的財産に関して報告されます。そして、サステイナビリティ研究の日本の中心的研究者である佐和隆光京都大学特任教授がメンバー全員をコーディネートされます。このように、研究者、実務家、政策責任者の多様な方々から国際的な視野に立って研究成果や知見が披露されるシンポジウムは、これまで以上に非常に贅沢なシンポジウムになると思います。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2008年1月16日

2008年1月16日掲載

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