はじめに
中国政府は世界貿易機関 (WTO)の基準を満たすために思い切った経済改革と近代化を進め、2001年12月にWTOへの加盟を果たした。WTO加盟の合意に基づいて経済開放が求められた結果、中国経済は、他の発展途上にある大国の中では最も開放されたものとなり、WTO加盟の要請に合致するよう妥当な進展を遂げた (Branstetter and Lardy 2008)。中国はWTO加盟によって最恵国待遇を受けられるようになり、中国の輸出企業は海外市場への参入が容易になった。また、WTO加盟に際し、中国政府は国有企業改革など、市場の規制緩和を義務付けられた。WTOへの加盟は2000年代の中国の輸出企業に顕著な影響をもたらしたと考えられる。
WTO加盟が中国の生産性向上にもたらした影響に関する研究は多数みられる。たとえばBrandt et al. 2012は、WTO加盟後、中国経済の生産性は向上したが、その大部分は政府の分権化改革による新規参入企業と撤退企業の影響であると指摘している。また、Yu and Jin 2014は中間財輸入が企業の生産性に寄与したと述べている。しかし、WTO加盟が外資企業、国内民営企業、国有企業の輸出に異なる影響をもたらしたことに関する先行研究はほとんど見られない。
所有形態で異なる輸出性向
中国の電気機器、情報通信機器、コンピュータ、その他のエレクトロニクス機器産業に属する企業に関する企業レベルデータから我々が計測した結果は、企業の国際化の態様が所有形態の違いによって異なることを示した(詳細はWakasugi and Zhang 2015を参照)。WTO加盟後 (2002-2007年) は、加盟前 (1998-2001年)と比較して、国内民営企業と外資企業による国内市場への参入が急増したが、国有企業は2024社から476社へと大幅に減少した。その結果、企業全体に占める国内民営企業の割合が54%から63%、外資企業は30%から33%へと上昇したが、その一方で国有企業は16%からわずか4%へと急落した。企業は生産性が向上するにつれ、国内市場に参入し、輸出市場に展開するという標準的理論に基づくと、国有企業の数が減少すれば輸出企業の割合の上昇が予想されるが、実際にはWTO加盟後も国営企業に占める輸出企業の割合は約20%で推移しており、他方、国内民営企業ではその割合が9%から22%に、外資企業では68%から72%にそれぞれ上昇している(図1)。WTO加盟後の中国企業については、生産性と輸出に関する標準的な予想を単純にあてはめることはできない。
WTO加盟後の生産性の上昇
生産性と輸出の関係を研究するため、我々はまずLevinsohn and Petrin 2003 の手法に従い、1998-2007年の企業の全要素生産性(TFP)を測定した。図2は1998-2007年の生産性の伸びを企業の所有形態別に示したものである。WTO加盟後の年間TFP成長率を加盟前の年間成長率と比較した場合、国営企業の0.70に対し、国内民営企業は0.30、外資企業は0.36にとどまっている。Brandt et al. 2012 やElliott and Zhou 2013 は、WTO加盟後の国有企業の高いTFP成長率の上昇を示した(注1)。しかし、先行研究においては、生産性の上昇が低いにもかかわらず国内民営企業と外資企業の輸出比率がWTO加盟後に上昇している一方で、生産性が大幅に向上したにもかかわらず国有企業の輸出比率は上昇していないという点については言及されていない。WTO加盟が所有形態の違いによって、企業の輸出決定に非対称な効果を与えたのはどうしてかという疑問が生じる。
民営企業と国有企業で異なるWTO加盟の影響
理論・実証研究は、生産性が高くなるにつれて企業は輸出する傾向が高くなることを示している(Bernard 1999、Melitz 2003、Helpman et.al 2004)。しかし、中国の統計データを見ると、WTO加盟後については、中国企業の輸出に、標準的な国際化の態様を単純にあてはめることはできないようである。我々はWTO加盟が国内民営企業、国有企業、外資企業の輸出にそれぞれもたらした異なる影響について、データをもとに検証した。輸出確率の推計にはロジットモデルを使用する。資産負債比率、政府補助金、時間変化要因と地域特殊要因をコントロールした後、2001年以前のWTOダミーを0、2002年以降を1とし、外資企業を国内民営企業ダミーと国有企業ダミーの基準値に設定し、WTO加盟後、生産性と所有形態の違いが企業の輸出決定に与える影響を推計した。表1は、その結果を示す。国有企業とWTOの交差項の係数がマイナスなのに対して、TFPとWTOの交差項および国内民営企業とWTOの交差項の係数はプラスである点に注目したい。
説明変数(1年後) | 従属変数:輸出(輸出企業は1、それ以外は0) | |
---|---|---|
係数 | ロバスト標準誤差 | |
全要素生産性(TFP) | 0.207 | 0.023 |
TFP × WTOダミー | 0.118 | 0.024 |
国内民間企業ダミー | -5.514 | 0.074 |
国営企業ダミー | -4.412 | 0.106 |
国内民間企業ダミー × WTOダミー | 0.102 | 0.062 |
国営企業ダミー × WTOダミー | -0.700 | 0.112 |
(注)資産負債比率、政府補助金、省・特別都市ダミー、年ダミーは表示していない。 |
我々の推計結果から、生産性の高い企業は所有形態にかかわらず輸出性向が高く、WTO加盟後には生産性の違いが輸出性向を左右するという傾向が顕著となり、さらに、WTO加盟が輸出に与えた影響は国有企業にはマイナス、国内民営企業にはプラスという非対称な効果のあることが明らかとなった。
結論
WTO加盟後、中国の電気機器やエレクトロニクス企業の生産性の上昇にともなって輸出は大幅に増加した。生産性が高くなるにつれて企業の輸出傾向は高くなるという通説は中国企業にもあてはまる。しかし、所有形態の違いに着目すると、WTO加盟が企業の輸出に与える効果は一様ではなく、国有企業にとってはむしろマイナスであった。WTO加盟後、中国政府は国内市場の開放、海外市場へのアクセス促進、国有企業改革に方針転換した。WTO加盟がもたらした輸出決定への効果が国内民営企業と国有企業とでは非対称であることは、加盟以前に輸出促進のために国有企業のみに与えられていた優遇措置を取り除き、国内民営企業に与えられていた不利な条件を取り除くという政策転換の結果によるものと解釈される。
本稿は、2015年6月2日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。