第45回──RIETI政策シンポジウム「世界不況と国際経済~日本の対応」直前企画

今回の不況を国際経済面からどのように捉え、乗り越えて行くべきか

若杉 隆平
研究主幹・ファカルティフェロー

経済危機後の世界的な景気後退により、国際貿易は急減しています。とりわけ日本は他国に比べて大きく影響を受けており、現在の困難な諸問題を解決し、持続的な経済成長と貿易の発展を実現することが大きな課題となっています。RIETI政策シンポジウム「世界不況と国際経済~日本の対応」では、こうした世界の景気後退下における国際経済の劇的な変化にあって企業、産業、国、国際社会が直面する現状を分析した研究成果を報告するとともに、国際経済に関して解決すべき課題とあるべき方向を企業レベル、産業レベル、国レベルから議論します。本インタビューでは若杉隆平研究主幹・ファカルティフェロー/京都大学経済研究所教授に、金融危機の貿易、保護主義の懸念、シンポジウムの見どころなどについて伺いました。

RIETI編集部:
まず、今回のシンポジウムの問題意識についてお聞かせ下さい。

若杉:
今回の経済危機には3つの特徴があります。第1に、全世界の経済に波及したことです。これまでの経済危機の多くは地域や産業が限定されていましたが、今の状況は正に現在の世界経済がグローバルに密接にリンクしていることを象徴しています。第2に、影響が非常に深刻であることです。100年に1度といわれている世界危機ですが、経済を支えてきた先進国を中心に深刻な状況です。第3に、端を発した金融セクターにとどまらず、自動車産業などこれまで世界経済を牽引してきた基幹産業において深刻な影響が出ている点です。

現在、危機の克服に向けて各国でさまざまな財政・金融上の政策が実施されています。実は、こうした政策による支えのあと、経済の自立的回復が重要なのですが、それがどのようなメカニズムで実現されるのか見えていません。世界経済を構成するこれまでのパラダイムが、今回の経済危機を起点にして、大きくシフトすることが求められているかもしれません。

こうした状況をふまえて、今回のシンポジウムでは金融危機後の世界経済の停滞がなぜ生じたか、その背景、さらに経済停滞局面で何がおき、どんな変化が生まれているかに注目します。その変化に対して、企業、産業、国際社会、政府がどのように対応すべきか、主として国際経済の視点からミクロ、マクロの両面から検討を深めたいという狙いがあります。

RIETI編集部:
経済危機の要因の1つとして米国の需要に極端に依存する現在の世界経済構造が指摘されていますが、こうした構造の根本的な原因はどこにあるとお考えですか?

若杉:
2000年初頭のITバブルの崩壊をクリアした後、世界の需要は大きく伸びました。その中で、特に米国の需要が急激に拡大し、日本の企業あるいは産業が輸出する財、あるいは日本の企業や産業が海外で生産する財が、ブラックホールのような米国需要に吸い込まれました。しかし、米国発の金融が危機によりバブルがクラッシュし、それまで米国のブラックホールに集中的に財を供給してきた日本が大きな打撃を受けました。

RIETI編集部:
特に日本は米国市場頼み、外需依存が強いといわれていますが、今後はどうなるでしょう?

若杉:
今回の金融危機により、マクロ的には間違いなく米国への資金流入はペースダウンします。背景には、経常収支の赤字がサスティナブルではない状況があり、今後は米国需要への過度の依存は成り立たない局面にきています。その意味では、日本の産業・企業の市場に対する見方は変わっていくでしょう。

ただ、日本の経常収支は黒字ですが、貿易収支は必ずしも大幅な黒字を計上しているわけでありません。経常収支の黒字は、直接投資あるいは間接投資によって得られる収益の貢献が大きく、貿易面での黒字は以前ほど大きくありません。「外需依存が強い」とストレートにいえるのかどうかは再考の余地があります。これだけ世界経済がグローバル化した中で、企業は活動していますから国内需要だけで企業活動が完結するということは難しいでしょう。

RIETI編集部:
今回の危機で、日本経済および企業は、とりわけ大きな影響を受けているといわれています。若杉先生は輸出や直接投資といった日本企業の国際化の実態を多角的に分析されるとともに、欧米企業との比較を実施されていますが、そこで見えてきた日本企業の特徴を教えてください。

若杉:
日本の企業は欧州の企業と異なり、日本と米国と中国あるいは東アジアで、貿易のトライアングルを形成していることです。このトライアングルは米国市場を最終市場として、日本からの輸出あるいは現地生産が行われています。日本から米国への輸出はそれほど伸びていませんが、日本から中国への輸出は伸びていますし、中国から米国への輸出は非常に伸びています。

このように、日本の企業は、米国と中国・東アジアとの間に貿易のトライアングルを形成していますが、最終需要先は米国あるいはEUといった高所得国に集約されています。そして、その枠組みを活用しながら日本国内から輸出する財に関しては高付加価値化を進め、日本の企業は選択と集中を重ねてきたといえます。それに対して欧州の企業は比較的、需要先を多角化しており、日本企業と欧州企業は需要先の多様性において違いがあるといえるのではないでしょうか。

RIETI編集部:
保護貿易化への対抗が議論されています。現在はWTOが保護主義の監視を実施していますが、その取り組みへの評価、ドーハラウンドの役割をどうお考えですか?

若杉:
経済が停滞すると、どうしても保護主義化していきます。1930年代のスムート=ホーレー法を例に引くまでもなく、過去にも何度か経験してきたことです。たとえば、石油ショック後の80年代の世界経済の停滞期にも先進国を中心に保護主義化が進み、これを克服しようとしてウルグアイラウンドが始まりました。

今回の不況下でも、先進国はもちろん、途上国でも保護主義化の動きが現実にみられることから、保護主義の克服に向けた先進国、途上国による共同作業が重要なテーマになっています。自国産業を最優先するという考え方は理解できますが、保護主義化を進めることは、結果的には自国の首をしめることになるため、長期的な視野に立って考える必要があります。保護主義化について、具体的な問題点を整理し、WTOを中心に何を為すべきかを改めて検討すべきと考えます。現在停滞しているドーハ開発アジェンダを軌道に乗せることは、保護主義回避のポテンシャルを高めていくという点で非常に重要です。

さらに、北の先進国と南の途上国という構図ではあらわし切れない中所得国の台頭があります。つまり以前は途上国であった国の中で所得が伸びている中所得国の存在が大きくなってきています。これらの国々に自由貿易ルールをどのように共有してもらうのか、これもWTOの大きな課題となっています。

RIETI編集部:
FTAや地域貿易協定など、2国間交渉での貿易活性化の効果はいかがでしょうか。

若杉:
FTAや地域貿易協定など2国間での交渉は、これまでにかなり進展し、貿易の自由化に大きく貢献してきました。貿易が拡大する時期には、2国間での枠組み成立は貿易の自由化に大きな弾みになります。ただ、貿易縮小の歯止めになるかどうかという観点からみると、違った見方が出来ます。保護主義化していく局面では2国間の動きよりも、WTOにおけるルールをきちんと共有化していくことが効果的だと思います。今回の不況を克服する上で、国際貿易ルールを確認し、認識を新たにスタートすることが非常に重要ではないでしょうか。

RIETI編集部:
パネルディスカッションでは、特に今回の影響を強く受けたとされる産業界のリーダーをはじめ、学界、行政から有識者の登壇が予定されています。どのような議論が期待されますか?

若杉:
シンポジウムの先取りは早すぎると思いますが(笑)、今回のシンポジウムは単に研究報告だけでなく、それを踏まえて政策的な方向性を探るなど、色々な方向での議論が期待できると思います。

最近、米GM(ゼネラル・モーターズ)が法的整理段階に入ったことから象徴されるように、世界の基幹産業に関する大きな需要の変化が起きています。そうなると、世界の生産ネットワークのあり方に関しても十分に考える必要があります。こうした問題を考えるとき、国際企業の存在が非常に重要です。いま世界経済は多数の消費者の行動と、比較的少数の国際企業というプレイヤーがそれに対してどのように反応するかに目を凝らすことが必要です。

今回のシンポジウムには、日本の国際企業として代表的な企業からエグゼクティブの方々が登壇されます。そうした方々の意見を直接伺えることは大変貴重であり、興味深い、またとない機会です。マクロの経済運営から、国際貿易ルール、さらには国際企業のあり方まで議論がおよぶでしょう。

さらに、政策当局からは、マクロ面での政策、世界経済のルール作り、さらには各国が自国産業をサポートするためにとっている政策の評価および日本の位置づけなどについて伺えるのではないかと予想します。

RIETI編集部:
最後に、シンポジウム全体の見所を教えていただけますでしょうか。

若杉:
今回の政策シンポジウムはRIETIの研究をベースにしていますが、加えて、企業、産業、政策担当者が参加して各界からのメッセージを発信していただくことになると思います。これは比較的新しい試みだと思います。シンポジウムは、京都大学経済研究所および慶應義塾大学グローバルCOEプログラムからの研究面での協力を得て開催されますが、こうした幅広い視野からの議論は大学だけではなかなか対応できません。政策シンクタンクならではということになります。特にRIETIは国際経済に非常に深く関わる経済産業省のシンクタンクであり、そこでの政策担当者にも参加いただけるという長所があります。非常に幅広い視野と問題意識の下にアジェンダが設定されており、また、第一級の研究者、言論界、日本を代表する企業のエグゼクティブの方々、政策担当者にお集まりいただきますので、今回の不況を国際経済面からどのように捉え、乗り越えて行くべきかに関して、実りのある議論が展開されると思います。

取材・文/RIETI広報編集担当 麻生泰行 2009年7月13日

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2009年7月13日掲載

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