第25回

FTAにより経済統合が本格化する東アジア

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

近年東アジアは経済統合を強く推進しています。2005年はそのペースが加速しており、4月13日には日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国との自由貿易協定(FTA)を核とする経済連携協定の交渉が始まりました。また日本とインドネシアは経済連携協定の締結に向けた交渉の早期開始に合意しています。去る4月11日、FTA、外国直接投資(FDI)や貿易等、グローバリゼーションに関する諸問題についての研究を行っている浦田ファカルティフェローに東アジアにおけるFTA締結の広がりの要因、多国間ベースの貿易自由化への影響および課題についてお話を伺いました。

RIETI編集部:
現在取り組んでいる研究についてお聞かせ下さい。

浦田:
RIETIでは「日本企業の国際化」というテーマの研究プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトは3人の研究者と協力して進めていますが、うち2人はRIETIのファカルティフェローです。日本企業が海外でどのような行動をとっているか、さらにその海外事業活動が各企業の国内本社にどのような影響を与えているかについて定量分析を行っています。これがRIETIにおける主な研究テーマです。

外国直接投資(FDI)や貿易等、グローバリゼーションにおける諸問題についても研究しています。たとえば外国からの投資や貿易を途上国の側から見てみるということをやっています。外国投資の誘致は、途上国が自国の経済成長を支えるうえで有益な手段ですが、問題はどうやって外国直接投資を誘致すればいいかということです。さらに、誘致に成功した場合でも、その直接投資を効果的かつ効率的に利用する必要があります。外国投資・貿易およびその経済発展への影響、東アジアにおける地域化(regionalization)の動き、自由貿易協定(FTA)、東アジア共同体(East Asian Community)等々を研究テーマとしています。

RIETI編集部:
日本政府はFTA締結にこれまで以上に熱心に取り組んでいるようですが、東アジアにおけるFTA締結への動きの推進力となっているものは何でしょうか。

浦田:
いくつかの要因があります。1つは、1990年代以降、FTA締結の動きが世界的に広がったことです。GATT/WTOに報告されたFTA件数の推移を見ると、1990年代に急増し、現在は162件になっていますが、その多くは東アジア以外の地域で締結されたものです。他地域でFTAが次々に締結されるなか、東アジア諸国は、当然、自分たちの輸出市場がどうなるのか危惧を抱くようになります。FTAは、加盟国を優遇し、非加盟国に相対的に不利な扱いをする差別的な貿易協定だからです。当時、多くの東アジア諸国がいずれのFTAにも加盟していませんでした。東アジア諸国としては当然、東アジア地域のみならずその他の地域においても市場アクセスを維持、拡大したいと考え、FTAを輸出市場の獲得、維持、拡大のための効果的な手段として捉えるようになりました。他地域でFTAが急速に広まるなか、東アジア諸国は、その動きによって自分たちが不利な扱いを受けると考えたのです。

2つめは、1つめの要因に関連しますが、多くの東アジア諸国が貿易・投資の自由化に大いに関心を持っているということです。貿易・投資の自由化が貿易の拡大をもたらし、自国経済の発展に寄与してきたことを認識しているからです。自由化は外国直接投資を拡大させ、そのことがまた、さらなる経済成長要因となったのです。そういうわけで、東アジア諸国は貿易と投資の自由化に大いに興味を持っていましたが、1990年代の終わり頃、WTOは期待したほど順調に、あるいは、効果的に機能していませんでした。そこで、東アジア諸国は貿易と投資の自由化を進める新たな手段を模索し始めます。FTAは、その結果見出された1つの効果的な代替手段だったのです。

3つめの要因として、東アジアで1990年代終盤に起きた最も重要な事件は金融危機だと思いますが、この金融危機の経験から、地域協力の重要性とともに貿易や投資の自由化の重要性が強調されるようになりました。自国の経済が傾き始めると、当然、外国市場に経済成長の活路を見出そうという動きが出てきます。しかし、先程お話したように、WTOはあまりうまく機能していない、それでも、東アジア諸国は貿易拡大を押し進めたいという状況がありました。こうした状況の下、東アジア諸国は、貿易拡大の手段として、また、金融危機の再来を防ぐために必要な地域内協力を強化する手段として、FTAを選んだのです。

4つめの要因は、日本をはじめ多くの国々が国内の規制緩和や政策改革を押し進めようとしていることです。こうした国内の諸改革を推進する上で、FTAはきわめて有効な外圧となり得ます。

最後に、東アジア諸国間、とりわけ日中間における政治的な対立・競争関係という要因があります。中国とASEANがFTA締結に向けた交渉開始に合意した翌日、日本はASEANとのFTA、より正確には経済連携協定(EPA)の締結を提言しました。ASEAN諸国間においても競争があります。タイとシンガポールはFTA締結に積極的に取り組んでいますが、これは、域外国とFTAを締結することによって、ASEAN全体の通商政策における主導権を握ることができるからです。ASEAN内における各国の主導権争いがあると思います。東アジアにおける競争という強い要因の存在が域内各国をFTA締結に駆り立てているのです。以上が東アジアにおけるFTA締結の動きを説明する重要な要因です。

RIETI編集部:
FTAの広がりによってWTOの無差別原則が崩され、さらなる貿易自由化に向けた多国間の取り組みに対する政治的支援を弱めているという指摘があります。これについてはどのような見解をお持ちでしょうか。

浦田:
部分的に正しいと思いますが、WTOにおける多国間ベースの貿易自由化とFTAによる二国間レベルまたは地域レベルの貿易自由化は互いに排他的なものではなく、むしろ補完的で、より広範な貿易自由化につながる可能性があります。たとえば、日本とメキシコの二国間自由貿易協定において、日本はメキシコ政府の要請に応じて農産品貿易の部分的自由化に踏み切りました。WTOの交渉の場で、日本は農産品市場の開放についてきわめて及び腰です。部分的とはいえ、二国間協定で農産品市場を開放しようという意欲を日本政府が示したというささやかな変化、私としてはこれを前進と考えていますが、この変化がWTOの場におけるさらなる自由化につながる可能性があります。

多くのFTAは「WTOプラス」と称される分野を含んでいます。従来のFTAは関税および非関税障壁を撤廃する協定でしたが、最近締結されているFTAには、多くの場合、貿易・投資の円滑化に関する取り決めが盛り込まれています。円滑化分野には、現行のWTOルールではカバーされていない税関手続きの改善、外国直接投資に対する承認プロセスの迅速化などが含まれます。また、フィリピン人看護士・介護士の受け入れという労働流動化も、WTOプラスの措置を盛り込んだFTAの締結によって、現行のWTOルールで求められる以上の自由化を押し進められることを示す具体例です。その意味において、FTAとWTOは互いに代替的というより補完的な関係にあります。FTAの広がりによって、政策立案者が多国間ベースの貿易交渉や自由化の重要性を再認識するという皮肉な結果になるかもしれません。FTAに関する現行のWTOルールは不十分なものですが、これを改善しなければならないという意識を政策立案者が持ち始めているのです。

1つの大きな問題として、原産地規則に関するものがあります。原産地規則の定義は各FTAによってまちまちで、その結果、「スパゲティボウル」現象が生じています。互いに矛盾するルールの存在が貿易システムを複雑化させ、取引コストを押し上げており、ついには貿易を先細りさせるということにもなりかねません。問題は明らかです。FTAの原産地規則を一貫性あるものにしなければなりません。

大まかにいえば、FTAとWTOルールが協調するようにしなければならないということです。さもなければ、両大戦間に起きたこと、つまり、多くの国々が自らの市場を守るためにそれぞれの植民地だけを優遇するという動きの再来を招きかねません。このような植民地に対する差別的優遇策がいわゆるブロック経済体制へとつながり、その結果、第二次世界大戦が勃発しました。FTAがさらなる貿易自由化をもたらすよう、改善していく必要があります。やる気にさえなればやり方はいろいろあります。肝心なのは、政策立案者が確固とした決意を表明することです。

RIETI編集部:
東アジア諸国・地域における協力関係が強化されると、米国、EU、その他の地域からの影響は弱まるでのしょうか。

浦田:
FTAが存在するか否かに関わらず、東アジアにおける米国その他の域外諸国・地域の重要性が低くなりつつあることは、統計からも明らかです。割合で見てみると、中国の重要性が高まる一方で、米国とEUの重要性が低下しています。東アジアにおけるFTAがさらに増えると、米国やEUの相対的な重要性がさらに低くなると思われます。しかし、重要なのは、貿易における相対的シェアではなく貿易の絶対的な水準です。たとえば東アジア対米国、東アジア対EUの貿易の絶対的な水準は、額面でも数量でも低下していません。絶対的水準で見る限り、貿易は伸び続けているのです。そして、貿易が伸び続けている限り、好ましいこととして受け入れられるべきです。

また、東アジアにとって米国、EU、その他の域外諸国・地域との貿易は重要です。米国とEUは、東アジアで生産された最終製品の二大重要市場です。今日まで、東アジア諸国は互いに生産する最終製品の良き買い手ではありませんでした。東アジアで生産される最終製品の多くは、域外で最終的に消費されているのです。その意味において、これらの域外諸国・地域と強いつながりを持つことが必要です。また、東アジアにおけるFTA締結によって、域外諸国・地域に対する障壁が高まるということはありません。FTA締結の要件として、非加盟国に対する関税および非関税障壁については、現状維持もしくは低くしなければならないということになっています。この要件が満たされる限り、もちろん満たされるだろうと私は思っていますが、東アジア諸国との関係における米国やEUの相対的な地位の低下について懸念する必要はありません。

日本を除き、東アジアは開発途上地域です。日本でさえ、技術や先端的な製品、機械等は米国やEUに依存しているケースも少なくありません。したがって、生産性や技術の向上のためにこれらの諸国・地域と良好な関係を保つことが重要で、東アジアの政策立案者はそのことを理解しています。ですから、私は、東アジアの米国・EUとの貿易関係についてはきわめて楽観的です。貿易の絶対的水準は低下せず、特にハイテク分野の貿易は伸びていくと考えています。

RIETI編集部:
今後30年間で、東アジアの経済統合がどの程度進むとお考えでしょうか。さらなる経済的、政治的協力をもたらすEUのような制度がアジアでも構築されるでしょうか。

浦田:
率直に言って、30年間でこの地域がEUのようになるとは思いません。日本の国民所得は東アジアで最も高く、カンボジア、ラオス、ミャンマーといった国々における国民1人あたり所得は日本の100分の1程度です。EU諸国間の国民所得の格差は、せいぜい10分の1かそれ以下です。域内諸国の所得レベルがある程度平準化しない限り、EUのような制度は構築できません。そして今後30年間で所得レベルの平準化が起こるとは思えません。

いずれはEU型の機構を構築するという長期的な目標を持つことは重要ですが、具体的にいつまでと特定することはできません。50年かかるかも知れませんが、そういう目標を念頭においておくことは大事だと思います。ただ、現実的には、30年間にそういう機構・制度を構築するのは難しいと思います。おそらくEUよりはるかに緩やかな機構になるでしょう。アジア自由貿易地域、つまり、関税・非関税障壁の削減・撤廃のみならず域内の投資や労働力移動の自由化、協力プログラムを含む包括的なFTAは構築できるだろうと思います。しかし、EU型の協定を締結するためには、共通の経済政策、最終的には共通通貨を持つことが必要で、アジアはまだその段階に到達していません。まず、きわめて低いレベルの協力から始めるべきです。その上で、徐々に高いレベルをめざすという漸進的なプロセスを踏むことになるでしょう。しかし、政策立案者が何らかの将来ビジョンを持つことはいいことです。日中、日韓関係における最近の残念な出来事を考えると、なおさらそう思います。

RIETI編集部:
日中、日韓関係における難しい問題は、日本がFTA締結に取り組む上で障害となるでしょうか。

浦田:
現時点で日本がFTA交渉を行っているのは韓国だけで、中国との交渉はまだ行われていませんが、今回の緊張がこうした交渉や二国間関係全般に悪影響を及ぼすことは間違いないと思います。この時機に緊張が高まったのは、タイミングとして、きわめて残念です。

RIETI編集部:
先生は新しいタイプのFTAによってアジア地域内の先進国および中進国から途上国への経済援助を行うことが必要とおっしゃっていますが、日本としては、ODAプログラムとFTAをどのように調和させていけばいいのでしょうか。

浦田:
先ほど言ったように、新たなFTAあるいはEPAは、貿易と投資を推進するものでなければなりません。もちろん貧困削減や人道的支援は、それ自体重要なものとしてFTAの枠外においても取り組まれるべきですが、ODAプログラムに貿易や投資を推進する要素があるとすれば、それはFTAに盛り込まれるべきです。そうすることによって、経済援助とFTAは、より整合的で効率的なものになると思います。

援助、貿易、投資の関係についていえば、経済産業省およびその前身である通商産業省は、長年にわたり、この3分野の政策を融和させようと努力してきました。経済援助はインフラ整備や人材開発の助けとなります。経済支援によって被援助国におけるインフラや人材の質が向上すれば、外国からの直接投資がさらに拡大します。貿易自由化とともに、貿易メカニズムや輸出促進のノウハウを教える等、人材育成というかたちで援助を行うことも可能です。輸出促進のための能力開発を行うということです。直接投資や貿易と絡めて経済援助を実施すれば、単独で援助を行うよりもはるかに大きな成果をもたらすことができます。援助国が貿易、投資、経済援助という3分野の政策の調和を図ることは、被援助国にとってきわめて重要です。これを行う1つの効果的な手段がFTAなのです。その意味において、貿易・投資促進のための経済援助はFTAの枠組みの中で考案されるべきなのです。これができれば、経済援助はより効率的なものとなると思います。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年5月18日

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2005年5月18日掲載

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