第14回

公的資金投入行への業務改善命令をどうみるか─ 収益至上主義の盲点 ─

鶴 光太郎
上席研究員

金融庁は、7月28日に金融審議会における3つのワーキング・グループに関する報告(公的資金制度、自己資本比率、信託)を公表し、8月1日には、公的資金を投入した銀行(公的資本増強行)のうち15行に対し、業務改善命令を出した。「経営健全化計画」で示された収益目標を大きく下回った銀行に抜本的な収益改善策の提出とそのフォローアップ(8月29日までに提出、3カ月毎に達成状況の報告を義務付け)を要求するものである。本稿では、こうした施策についてとりあえずの評価を行うこととする。

このタイミングで、業務改善命令という行政処分を公的資本増強行に対して発動するというのは、銀行の決算を精査し、そのフォローアップを行う時期であることを考慮しても、やや唐突な印象を受ける。通常国会が終了し、解散・総選挙に向けて、与党の政治家が浮き足立っている時を狙って一連の政策方針を明らかにすることは、なるべく政治的な摩擦をさけたいという金融庁の意図も透けてみえる。しかし、以下でみるように、金融庁は、業務改善命令を出すに当たって、これまで慎重かつしたたかにいくつかの布石を打ってきている。

公的資金による資本増強行については、「経営健全化計画」の収益目標と実績とが相当程度乖離するなどの場合(具体的には、業務純益/自己資本(ROE)または当期利益の実績が計画ベースの数値よりも3割以上低下した場合)、いくつかの段階を経て、抜本的な収益等の改善計画の提出を求め、その計画を実行する業務改善命令の発動を検討することになっていた(いわゆる「3割ルール」、注参照)。それが、昨年の「金融再生プログラム」では、業務改善計画等の未達においては、「その原因と程度に応じて必要性を判断し、行政処分を行うとともに、改善がなされない場合は、責任の明確化を含め厳正に対応する」とその対応を厳格化させ、「3割ルール」に基づく業務改善命令という、「抜かずの伝家の宝刀」を抜く準備を既に開始していたのである。

さらに、4月には、「金融再生プログラム」の具体化を図るため、「3割ルール」が当てはまる場合、「原因と程度を厳しく精査し必要性を判断した上で、業務改善命令などにより厳正に対応する」と更に踏み込んだ対応を示すとともに、業務改善命令の翌年度も「3割ルール」が当てはまる場合、経営責任者の退任、大幅な経費削減(給与体系見直し、役職員数の削減等)、などの経営責任の明確化を行うとした。さらに、このような措置を行っても、翌年度に「3割ルール」が当てはまる場合には、優先株の普通株への転換権を行使する(実質的国有化)というように、「3割ルール」に基づいたガバナンスの段階的強化を明示していたところである。

このため、今回、業務改善命令を受けた15行は、今期(2004年3月期)には、赤字決算を避けることが至上命題となる。赤字決算になれば、繰り延べ税金資産の資本への算入も当然厳しくなり、それを契機に、りそなのように、実質国有化が行われる可能性も否定できない。その意味で、これらの銀行は収益改善に向けて待ったなしの状況である。

報道によれば、銀行側は「赤字決算は不良債権の処理と予想外の株価下落によるもの」と行政処分に反発したが、金融庁側は、「不良債権の処理は考慮しても、銀行は資産運用をするのが仕事だから収益が改善しない要因として株安を考慮するのはおかしい」と「3割ルール」の適用を押し通したといわれている。確かに、これまでは、金融当局は、不良債権の処理を進めるため、「3割ルール」を適用せず、銀行の赤字決算を容認していた部分がある。また、90年代、赤字決算はタブーであり、不良債権処理を進めにくかった銀行側も、一旦、当局から不良債権処理の為というお墨付きをもらえれば、主要行各行とも赤字決算を行うという、抜き差し難い「横並び主義」があったことは否めない。その中で、「不良債権の処理を行っておれば、赤字決算でも許される」という甘え、モラル・ハザードが生まれてきたのである。その意味で、金融庁が「横並び主義」を積極的に利用しながら、銀行の甘えを断ち切るため、これらの銀行を一網打尽にして経営改善を強制することは、銀行へのガバナンス強化に大いに資すると期待される。今回の業務改善命令までの一連の動きを含め、金融当局は、「金融再生プログラム」以降、資産査定の厳格化、自己資本の充実、ガバナンスの強化という3方向から、主要行を知らず知らずのうちに、「リング」の「コーナー」に確実に追い込んでいるとの印象を受ける。それが、銀行側からすれば、事ある毎に、「突然のルール変更である」との「反発」を生む背景となっている。

しかし、銀行の経営状況を抜本的に改善するために、ガバナンス強化だけで足りるであろうか。ガバナンス強化は、必要条件であるが、十分条件では必ずしもない。なぜなら、抜本的な収益改善は、新たなビジネス・モデルをいかに構築するかにかかっており、現時点では、個々の銀行がその「青写真」を持っているとはいいがたい状況であるからだ。
もちろん、「収益力の高いビジネスプラン」を策定するように銀行に働きかける金融当局自身も「青写真」を持ち合わせているわけではない。それは、個々の銀行が「横並び主義」から完全に脱却して、自らの特性やアイデアを生かしながら考え抜き、見出していかなればならないものなのである。

したがって、銀行自身が高い収益力を期待できるモデル、プランを持たない状態で、当局がやみくもに収益改善を求めれば、以下のような副作用も大きいと考えられる。たとえば、貸出も収益率の高さのみを考慮すれば、よりリスクの高い借り手を選択せざるを得ず、銀行の資産リスクは高まる。また、収益が一番重視されれば、不良債権処理への取り組みも進まない。さらに、銀行のバランス・シートは通常の企業ほど透明ではないので、ある「数値目標」を達成するために会計操作を行うことはそれほど難しいことではない。したがって、赤字決算を回避するという目標はともかく、公的資金制度のワーキンググループの報告書でも強調されている「数値目標の設定とその達成についての結果責任」という枠組みは、銀行の現状を考えた場合、必ずしもトータルでみたパフォーマンスを改善することにはつながらない可能性がある。

今回の公的資本増強行に対しての行政処分は、金融行政が明らかに「裁量主義」から「ルール主義」、「結果重視主義」へ転換したことを示すものである。そうした金融行政の転換の必要性は理解できたとしても、その政策意図が銀行や国民に対して正しく伝わっているかどうか、金融庁と銀行業界の対話のあり方や金融行政の透明性を再考する必要がありそうだ。銀行の命運を決める政策は政治的な影響を受けやすい。検討中の施策が銀行側に不利となることが事前に分かれば、銀行は与党の政治家に積極的にアプローチして、そうした政策を事前につぶそうと考えるだろう。こうした状況の下、金融庁の最近の政策手法をみると、金融審議会でも議事録が開示されないワーキンググループで政策の方向性が議論される場合が多く、報告書が公表されるまではどのような議論が行われているかわからない。また、報告書が公表されても、今回の3つのワーキンググループの報告のように、意見の取りまとめが行われず「経過報告」であったり、枠組みの方向性は示しても両論併記になっているなど、その政策意図はあいまいにみえる。にもかかわらず、今回の行政処分では、その考え方の根底で、公的資金制度ワーキンググループの報告書で強調されている「数値目標」、「結果責任」の考え方が先取りされる形で色濃く反映されていることも事実だ。

以上、今回の公的資本増強行に対する行政処分は金融行政の「ルール主義」への最終的な転換を意味し、銀行へのガバナンス強化に大いに資すると考えられる。しかし、金融当局は、銀行への規律を強めることはできたとしても、「収益力の高いビジネスプラン」を銀行に直接示すことはできない。それは、個々の銀行が自らの努力で見出していかなければならないものだ。したがって、抜本的な収益改善への有効なビジネスモデルが個々の銀行で明確に確立されていないまま、金融機関に収益改善という単一目標を与えたり、更にそれを先鋭化させた「数値目標」にコミットさせることは、金融機関としての他の目標(リスク管理、不良債権処理等)が疎かになるという副作用もあることを忘れてはならない。また、金融行政の政策決定プロセスは政治的干渉を受けやすいという状況にあるが、当局の政策意図の整合性、継続性が銀行業界のみならず一般国民にも理解されるように、政策の透明性への一層の配慮が必要である。

2003年8月11日
脚注

「資本増強行に対するフォローアップに係る行政上の措置について」(1999年9月、金融再生委員会)および「資本増強行に対するフォローアップに係る行政上の措置についての考え方の明確化」(2001年6月、金融庁)(ここでは、不良債権の処理への配慮が明確化された)

2003年8月11日掲載

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