第11回

日本が良い社会になるための処方箋とは?

DORE, Ronald
客員研究員

瀧澤弘和
研究員

瀧澤:
DORE先生は日本の経済システムは現在、どのように変わってきているとお考えですか?

DORE:
私は経済学者ではなく、社会学者として物事をみています。また、私は旧式な社会民主主義者(social democrat)で、今様の新自由主義的傾向を見てあまり喜んでいませんし、自分の研究の対象として、主として両イデオロギーが衝突するようなテーマを選んでいます。年を取って、益々書くものは論争的になってきましたが、評価はどうであれ、事実判断や分析はまだなるべく学門的客観性を目指しています。最近はもっぱらコーポレートガバナンスに興味をもっていて、RIETIでの研究テーマは最近の商法改正、その他の出来事の結果、実態はどう変わっていくのかということです。RIETIウェブサイトで「コーポレートガバナンスのグローバル化:外部及び内部統制メカニズム」を書きましたが、それは主として原則論で、実態が見たいです。

瀧澤:
商法改正についてですが、法律が変わっても実態は変わらないとお考えですか?

DORE:
1つは委員会等設置会社制度を選ぶ大企業の実態がどれほど変わるのかという問題があります。あまり変わらないかもしれません。たとえば日立製作所は新しい制度を選択していますが、実際に社外取締役に選ばれた人達は長い間、何かしら日立との関係がある人だったりします。法律自体も社外独立性を規定していないので融通がききます。しかし日本のコーポレートガバナンスの過去10年間におけるより重要で実質的な変化は、これまでの従業員主権から株主主権に変わった色々な側面です。経営者が常に株価を気にして、投資家への広報活動(investor relations 、IR)を重要視するようになりました。これまで日本では経営に専念し、あまり株価を気にせずに経営してきた企業も、米英のように株価の下落を避ける事を優先的に考えるようになりました。

瀧澤:
IRの重要性が増したことに世界経済のグローバル化は関係していますか?

DORE:
資本自由化の影響だと思います。米国の機関投資家が日本にかなり投資しています。米国の家計は投資信託に投資していますし、機関投資家も世界中で投資しています。しかしながらこれは必然的なグローバル化ではなく、むしろ政治的な選択の結果だと思います。たとえば世界が30年代のような不況に直面すれば、貿易障壁が当時のように出来なくても、資本自由化への障壁が生まれることは十分考えられます。

瀧澤:
DORE先生はグローバル化を引き起こしつつある「金融化(financialization)」に批判的なお立場のようですが。

DORE:
そうです。たとえば401K導入に表されているように、これまで大抵の家計は、銀行に預金すれば貯蓄方法を考えずにすみました。しかし今は世界経済のequitization(株式化)の影響を大きく受け、一般の家計もある意味でギャンブルに参加しないと将来の年金を保証されないという事態に直面しています。生活の質(the quality of life) の観点で大きな問題だと思います。

瀧澤:
各家計が将来に対して不安を覚え、終身雇用も崩壊し、1つの企業へのコミットも難しくなってきました。現在、日本はアングロ・サクソン型に向かっていますが、イギリスでは社会は安定的に維持されているようですね。

DORE:
まさに日本は「不安定列島」です。もともとイギリスは日本ほど安定的ではありませんがイギリスの社会民主派にとって医療制度と教育制度は良いといえます。イギリスの大分岐点は70年代で、産業民主主義への動きが盛り上がりを見せました。労働党政権の下で大陸ヨーロッパのスウェーデン、オランダのような共同決定制度が創設される寸前のところまでいきましたが、結局うまくいかず、所有権の絶対性を枢軸とする経済制度がとられることになりました。どうしてかというと、労働組合は100年以上の、反資本主義の歴史をもち、しかも組織がまだ強かった。労組の代表が経営に参加することになると労働者のために働くことができなくなる、と最終的に参画を拒否しました。敵対的な労使関係制度が続きましたが、その後サッチャー政権以降労組は弱体化し、事態は大きく変わりました。

瀧澤:
DORE先生は戦後直後からこれまで60年近く日本をみてこられました。"City Life in Japan"というご本も執筆されました。高度成長時代の日本と比較して、日本社会および日本人のどのような点がかわってきたと思われますか。

DORE:
日本はなんといっても裕福になりました。とはいえ、当時の若い人と今の若い人で倫理観、世界観はそれほど大きく変わっていないと思います。それよりも大きく変化したのは政治です。たとえば20年前は鉄道も郵便サービスも郵便貯金も国の管理が当然という考え方でしたが、今は自民党も民主党もこぞって民営化を標榜しています。教育においては、20年前までは機会をより均等にすることが色々な教育改革の動機だったんですが、結果的に、皮肉にも裕福な家庭の私立進学の比重が大きくなったし、もう教育機会均等についての関心自体が薄くなった。

瀧澤:
先生は「良い社会」という概念を提起していますね。その内容を教えて下さい。

DORE:
1つは競争と協調のバランスが大切です。がむしゃらな競争より、適当に競争しながら、公共財の場合はもちろん、共通な利益を見出す場合、妥協して協力もできるというような社会。そして、なるべく投機的というか、渋沢栄一のいうところの虚業よりも生産的な実業を重んじる社会。安定的で予測可能な社会が良いと思います。

瀧澤:
現在の日本は「良い社会」とまったく反対方向に向かっているように思えますが、処方箋はありますか。

DORE:
まずデフレから抜け出す政策をとることが必要です。良い社会の1つの要素は貧富の差が小さい社会です。デフレによって成長率が抑圧されるばかりでなく、定収入の人が儲かる分だけ、失業者や歩合で生活する人達は損をし、貧富の差を拡大させます。財政赤字は国債発行で埋めなければならないというのが鉄則として考えられてきたのですが、今のように長引くデフレから抜け出して、インフレ期待を作るには、その鉄則も破らなければならないかも知れない。財政赤字でデフレに対抗する場合、将来成長の道に戻ってから、税負担を大きくするような支出でもいいです。たとえば、基礎年金の100%を国庫負担にすることは大賛成。日本の税負担率はGNPの約35%です。ヨーロッパでは大体40%、スウェーデンでは50%を越えていますが、成長率も高い。基礎年金を国庫負担にすれば国民も安心できます。今の日本でいうセーフティネットとは貧乏になったときの生活保護的な保障のようですが、そうではなくて一律に平等な権利としてセーフティネットを配備すれば、将来に対する不安が多少緩和され、消費性向を高める効果もあるでしょう。

取材・文/RIETIウェブ編集部 熊谷晶子 2003年5月29日

2003年5月29日掲載

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