第4回:~フェローに聞くワイド版~金融再生プログラムの評価と課題~10月30日発表の総合デフレ策に関して

不良債権処理を遅延させる無税償却の拡大

高橋 洋一
コンサルティングフェロー

要約

去る11月29日に「金融再生プログラム」(10月末公表)に時間軸を導入し、盛り込まれている項目それぞれについて、検討・実施のタイミングを明記した「作業工程表」が発表された。いくつかの異なった項目から成り立つ政策パッケージ、包括的改革を実施する場合、それぞれをどのような順序、タイミングで実施するかで、全体の効果が異なってくることがあるため、政策の時間軸を考慮に入れることは重要である。

「償却」には引当と直接償却の二つの意味がある

はじめに、「償却」という言葉が紛らわしいことを強調しておきたい。不良債権処理の一般的な流れとして、まず損失の見込額を貸倒引当金として負債計上する引当(カネの処理)が行われ、最終的には担保処分などによって損失額が確定し貸出債権を資産側から引き落とす直接償却(モノの処理)が行われる。
英語では、この両者は別の言葉で峻別されている。引当については、P/L上費用となる引当金繰入はprovision、B/S上の引当金残高はallowance、reserveといい、直接償却については、charge off、write offと呼ばれる。
ところが、日本語では、引当のうち一部の貸出金(具体的には、III、IV分類の貸出金)に対する引当を間接償却といい、直接償却と合わせて、一般的に償却といわれている。米国人との会話において、償却はしばしばcharge off、write offと訳されるので、間接償却をindirect charge offと直訳すると、何をいっているのかわからなくなる。P/L上ならprovision、B/S上ならallowanceと訳さなければならない。逆に、charge off、write offを償却と訳すと不正確になる。というのは、多くの日本人は償却を間接償却つまり引当の意味に理解しており、直接償却でないと誤解するからだ。

米国では無税間接償却はない

さて、今回のデフレ対策の議論の中で、金融界等から「米国は無税償却がしやすい」、「米国では、銀行が融資を回収不能と判断すれば税務当局から原則として損金扱いが認められる」という意見が出た。税効果会計の議論から出ているので、ここでの無税償却は「無税間接償却」つまり「引当金繰入について税務上損金算入すべき」を意味している。ちなみに、先般の金融再生プログラムでは、「引当金に関する新たな無税償却制度の導入 破綻懸念先以下の債務者に関しては、金融庁の監督と検査の下での自己査定の結果を以って無税対象と認定する制度の導入を要望する」とされている。
米国金融機関の実情は、私の知る限り、企業会計上費用となっている引当金繰入を税務上損金(有税)とはせずに、直接償却の段階で損金認定(無税)している(下部図参考)。要するに、「無税間接償却」は原則としてなく、「無税直接償却」になる。というのは、カネの処理の段階では、損失が見込額であるために確定数字による税額計算が必要である税務会計では損金経理できず、モノの処理の段階で損金額が確定するので税務上損金経理するからだ。

有税間接償却(引当)は、直接償却を促進する

こうした有税引当・無税直接償却の米国の取り扱いは、貸し手(金融機関)にモノの処理を促すような税のインセンティブを与えていると思われる。もっとも税のインセンティブといっても特別の扱いではない。貸し手にとっても、カネの処理の段階で企業会計上費用としたものを、モノの処理の段階で税務上損金として認定しているだけだ。
もし、金融界の要望通りに、カネの処理の段階で税務上も損金認定したらどうなるだろうか。税のインセンティブを早々と使い果たしてしまって、最後のモノの処理の段階で「やる気」を失ってしまうだろう。実は、日本では、米国に比べて、カネの処理の段階での税務上損金算入は広く認められている。この点が、日本で、不良債権の最終処理=モノの処理が順調に進まない一因ではないだろうか。
このように、無税間接償却のようにカネの処理の段階で税のインセンティブを与えることは、かえって不良債権の最終処理=モノの処理を遅らせる結果になるだろう。ところが、カネの処理をやらないことにはモノの処理には進めないので、日本の不良債権の現状を考えると、とりあえずカネの処理を促進する目的で、カネの処理の段階で税のインセンティブを与えることは考えられないだろうか。
答えは否であり、その必要はない。というのは、最近、不良債権に対する引当金をきちんと積まない引当不足は違法であるとの司法判断が出たからだ。

引当をしないと、粉飾決算として犯罪になる

破綻した日本長期信用銀行(現・新生銀行)の粉飾決算事件で東京地裁は9月10日、旧経営陣に対して粉飾決算・商法違反の有罪判決を下した。この判決は、経営者が適切な引当金を積まないことを経営判断の問題ではなく違法行為であると断罪している。
しかも、判決は、引当金を当期に一括して計上されなければならないとしている。つまり、会計的な意味での不良債権は各期ごとに解消され、期末には機械的に存在しないはずである。こうした処理をしている以上、不良債権は毎期徐々に処理され摩擦的な問題はあるが、大きな問題にはなりえない。ところが、これまで不良債権問題が解決されなかったというのは、引当不足の状態が継続していることを意味している。
この10年間、金融界の幹部は「不良資産処理に懸命に取り組んでいる」、「○年以内に不良資産処理を終了する予定」とか公言してきたが、これは、この判決に照らせば、きわめて問題があるといえる。

法令による機械的な引当と税インセンティブによる直接償却

不良債権に対するカネの処理は、この判決が示すように機械的であり、そこには例外も超法規的扱いもない。企業会計上の不良資産処理について、計画を立てて取り組むというのは、粉飾決算ともいわれかねないのだ。ちなみに、金融界では、この9月期にも大量の不良債権処理が行われたはずであるが、それらはすべて最近6カ月間で発生した新規の不良債権であったはずである。こう断言できる銀行経営者は一体何人いるだろうか。
いずれにしても、不良債権についてカネの処理の段階では、特別のインセンティブは必要でなく、法令規に則り淡々と進めなければ、法律違反で処罰されるというペナルティで十分である(逆にいえば、カネの処理を行わないインセンティブは大きい)。そして、最終処理=モノの処理では、税のインセンティブ(これも課税のタイミングのずれという特別なものでない)を与えて、関係者間の交渉にゆだねればよい。
不良債権処理には、ハードランディングとソフトランディングの二つの方法があるという。しかし、このような考え方に従う限り、この論争は不毛であり、不良債権処理はハードでもソフトでもなく法令規に則り淡々と進め、最後にインセンティブを使うほかないのだ。

2002年11月14日

2002年11月14日掲載

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