日本型コーポレート・ガバナンスはどこへ向かうのか?:「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査から読み解く

最終回「アンケート結果のポイントと政策的インプリケーション」

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学商学学術院教授 / WIAS

この最終回は、「アンケート結果のポイントと政策的インプリケーション」と題して、これまで5回に渡って連載してきたコラムの要点を総括し、今後の制度改革に有益となるいくつかの政策的含意を提示する。

アンケート結果のポイント

以上のアンケート結果の要点は次の点に求められよう。

  • 日本企業は、これまでの従業員重視に加えて、株主重視の姿勢を強めている。しかし、配当か雇用の二者択一では、依然として、雇用重視を放棄していない。しかも、これらの点については、成熟企業・新興企業で差はない。この結果は、株主重視の姿勢の強化と従業員重視の姿勢が両立することを示唆する。
  • 日本企業は成熟企業・新興企業を問わず、現在の所有構造を変化させようとは考えていない。この点は、機関投資家保有比率の高い企業も、持合い比率の高い企業にも妥当する。1997年から進展した持合いの解消、機関投資家の増加という所有構造の変化はほぼ収束した。
  • 日本企業の敵対的買収に対する姿勢は、依然として否定的である。もっとも、この敵対的買収に対するネガティブな評価にもかかわらず,その対応として、日本企業の大部分は、持合いの強化や買収防衛策(ライツプラン)の導入に依存しておらず、高い株価の達成・維持という正攻法で対応しようとしている。この結果は、株式市場の環境が変化して(上昇局面に入って)リスクマネーの供給が増加すると、有効な買収防衛策は何かが再び論点となることを示唆する。
  • 4割以上の米国企業とアジア企業がアクティビストのターゲットになっていることと比べて、これまでの日本企業ではアクティビストからのコンタクトは著しく限られている。しかし、アクティビストが接触した限られたケースでは、その提案が企業経営に実質的な影響を与えている。この結果は、日本でもアクティビストファンドが経営の規律付けにおいて一定の役割を演じていることを含意する。
  • 企業では、株主代表訴訟に対し否定的な見解が多い。その主たる理由は、理由のない訴訟により役員や会社に負担がかかる点にあり、実際に訴訟で責任が認められることへの恐れによるもの(経営の萎縮や役員のなり手不足)ではない。代表訴訟が企業のリスク回避態度を強めるという見方は支持されないが、濫訴の可能性が企業の潜在的なコストを引き上げているのは事実である。
  • 所有構造の大きな変化にもかかわらず、その報酬制度へのインパクトは大きくない。日本企業の経営者報酬の決定にあたって最も重視されていたのは「自社の業績」であり、同業他社、あるいは他業種の同規模企業の経営者報酬を基準としていると答えた企業は極めて少ない。また、日本企業は、役員報酬に関して明文化された規定を持たず、報酬委員会も存在せず、外部のコンサルタントも用いていない。日本企業の役員報酬制度は、経営者のインセンティブメカニズムとして未だ低い評価しか与えられない。
  • 同様に、経営者選任へのインパクトも小さい。日本企業の経営者の決定に最も影響力があるのは、現経営者と元経営者であり、指名委員会が機能している事例は少ない。経営者の決定に対する株主の影響力も上昇しておらず、外部の意向が反映されることはほとんどない。
  • 企業の社外取締役に期待する機能、並びに、社外取締役が実際に果たした実際の貢献のうち最も大きいのは、法制面の適法性と会計面からの適合性のチェックであり、また、新規事業進出、海外進出、合併・買収などの案件への期待が大きい。逆に、社外取締役は、撤退、従業員削減、経営者の交代、取締役選任、報酬の決定、配当政策などの案件では期待が小さい。つまり、日本企業の社外取締役の導入の主な理由は経営に対する助言とコンプライアンスの確保であり、一般に社外取締役の役割と考えられている経営者に対するモニタリングとは異なることを示している。
  • 雇用システムに関して、賃金制度の大幅な変更や非正規雇用・有期雇用の大幅な拡大を予定している企業は少なく、終身雇用を前提としながら部分的に成果主義を導入している企業が成熟企業のみならず、新興企業でも多数派を占めており、日本企業の標準となりつつある。
  • 高い外国人(機関)投資家保有比率、並びに、株主重視の姿勢と高い従業員の関与度とは両立する。機関投資家は、規模・業績・海外売上高比率に注目して銘柄選択を進め、投資対象となった企業では従業員の関与度が高い傾向があった。機関投資家が日本企業に対して株主を十分に重視していないと不満を持つ背後には、こうした関係がシステマティックに存在するとみられる。

政策的インプリケーション

では、以上のアンケート結果はどのような政策的含意を持つのか。

●今後の企業統治の構想にあたっては、株主とステークホルダーの利害の適切なバランスを目的とすべきである。

適切な監視のメカニズムを欠けば、経営者のモラルハザードが発生することとなるが、経営者の裁量・自立性は、企業のイノベーションの源泉でもある。実際に、過去15年間で海外機関投資家の影響力は着実に上昇し、この点はアンケートにおける企業の株主重視の方向への意識の変化に表れている。しかし、他方で、日本企業の企業統治における従業員の地位は後退しておらず、しかも、この傾向は新興企業においても確認できる。従って、制度構築にあたっては、株主と従業員のいずれか一方を重視するのではなく、両者の利害の適切なバランスの実現を目的とするべきである。

●企業改革にあたっては、すべての上場企業に対する一律の規制よりも、企業の自由な選択に委ねるべきである。

日本企業の統治構造は多様化している。この点は、株式所有構造の分散の拡大にも表れており、また、社外取締役を積極的に導入している企業から、その必要性を認めない企業まで広く分布する企業の社外取締役に対する姿勢にも反映している。従って、株式持合い規制の一律の強化や社外取締役導入の強制は、一部の企業の問題は解決するにしても、その他の企業に副次的な問題をもたらす可能性がある。一律の法的規制は避け、ルールの明確化と「Comply or Explain」の原則に基づいた制度設計が望ましい。

●インサイダーの利害からもアウトサイダーの利害からも独立した機関の設置が重要である。

現行の取締役会構成はインサイダー優位であり、その機能はアドバイスにとどまり、モニタリングの主体としては機能していない。また、経営の意思決定に対する従業員の関与も強い。これが、企業が株主を重視していると意識しているにもかかわらず、機関投資家が企業の株主重視の姿勢に強い不満を持つ一因である。他方、企業は、社外取締役の必要性を必ずしも認めているわけではなく、社外監査役による監視で十分としている企業も多い。現在欠けているものは、上昇した株主の利益の保護と、依然強く重視されている従業員の利益とのバランスを図る、株主と従業員から独立した機関の設置である。その方向としては、新会社法の提案する監査・監督委員会の拡充が1つの現実的な可能性かもしれない。

●企業の長期的利益にコミットし、必要な場合には経営の矯正に関与できる(純収益の最大化を目的とする)株主の育成が不可欠である。

企業は、敵対的買収に一貫して批判的であるが、それの対処として、持合いの強化や買収防衛策の導入ではなく、企業価値の引き上げを重視している。このことは、長期の株式保有主体を期待していることを意味する。他方、機関投資家は企業の姿勢に不満を持っているものの、実態としては、経営に関与する意思・能力・手段を持っていない。したがって、企業の将来に長期にコミットし、必要な場合には経営の矯正に関与できる株主(ブロックホルダー)の創出が必要である。この長期保有主体には、従来の銀行・生命保険会社とは異なって、投資収益の最大化に関心を持ち、長期保有にコミットし、議決権の行使などを通じて経営に関与(承認)することが望まれる。

2013年7月29日

2013年7月29日掲載

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