日本型コーポレート・ガバナンスはどこへ向かうのか?:「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査から読み解く

第5回「アウト・オブ・ザ・ピクチャー:従業員は軽視されるようになったのか」

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学商学学術院教授 / WIAS

小川 亮
リサーチアシスタント / 早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程

第5回は、「アウト・オブ・ザ・ピクチャー:従業員は軽視されるようになったのか」と題して、経営陣の決定事項が団体交渉・労使協議の場でどのように扱われるのかを報告し、さらに、前回調査と比較することで従業員軽視の真実を明らかにする。

雇用システムの変化と「従業員軽視」への批判

1990年代末から2000年代、日本の雇用システムは大きく変化したといわれる。第1に、早期退職の勧奨と新規学卒者の採用圧縮によって正規従業員は削減され、その欠員は非正規従業員で補充されたため、平均勤続年数が短期化した。第2に、管理職に限定されていた成果主義賃金が一般従業員に拡大されたため、賃金と勤続年数の相関が低下した。第3に、労働組合の組織率の低下と労働組合を組織していない新興企業の増加が、従業員の経営参加や労使間の情報共有の程度の低下をもたらし、従業員参加型の雇用慣行が衰退した。

しかし、これらの大規模な改革はある種の批判を招くようになった。日本企業が市場志向に傾斜したことで、従業員の雇用や賃金を犠牲にして、株主への過度の配当や経営者への過大な報酬が支払われるようになったという批判が一部のマスメディアによって展開された。実際に、財務省の法人企業統計調査を用いて、1997年度と2010年度の大企業(資本金10億円以上)の付加価値額、従業員給与・賞与、配当金を比較すれば、付加価値額が87.7兆円から88.6兆円とほぼ変化がないのに対して、従業員給与・賞与は43.9兆円から41.8兆円へと低下する一方、配当金は3.0兆円から7.4兆円へと倍増している。また、宮本(2008)によれば(労働政策・研究機構が2005年に実施した従業員アンケート調査を用いている)、過去3年間の経営に対する従業員の評価に関する、「従業員の意向を反映した経営が行われている」、「従業員は大切にされている」という質問項目に対して、"低下した"を選択した従業員はそれぞれ3割を超えている。

そこで本稿では、本調査の「経営陣の意思決定事項が団体交渉・労使協議の場でどのように扱われているのか」という質問項目の回答結果を用いて、「株主重視、従業員軽視」の実態を検証する。

雇用・人事方針の変化

まず、本調査の回答企業の従業員の状況や雇用・人事方針について確認しておく。回答企業の総従業員数に占める非正規従業員の割合については、30%未満の企業が78.3%(324社、うち10%以下の企業は207社)、50%以上の企業は13.0%(54社)である(問6-1)。この点に関して、第1に、1部・2部企業と新興企業の間にほとんど差はなく、新興企業で非正規従業員への依存度が高いという見方は支持されない。第2に、前回調査の結果(30%未満の企業が79.5%、50%以上の企業が14.6%)と比較しても、非正規従業員比率に変化はない。非正規雇用の利用についてはほぼ上限に達したとみてよい。

総正規従業員の平均年齢は予想される通り上昇した(問6-2)。最大数は、40 歳以上45歳未満の企業の42.4%(177社)であり、35 歳以上40歳未満の企業の36.9%(154社)を上回る。前回調査では、35 歳以上40歳未満の企業が最大数(48.8%)を占めていたから、企業の従業員の高齢化が一段と進展していることがわかる。

つぎに、労働組合が存在する企業は53.6%(224社)、労働組合以外に労使協議の仕組みが存在する企業は53.3%(220社、うち労働組合が存在する企業は166社)であり、労働組合の組織率の平均は76.2%である(問6-3、問6-4)。もっとも、1部・2部企業で組合が存在する企業は71.3%、労使協議制が存在する企業は65.4%であり、前回調査の、それぞれ、69.3%、65.3%と変わらない。それに対して、新興企業のうち、組合の存在する企業は19.6%、労使協議制が存在する企業は29.8%であり、大きな差がある。

また、雇用・人事方針が終身雇用を前提としている企業の割合は88.5%(371社、どちらかといえば前提としている172社を含む)であり、賃金体系に成果主義を導入している企業の割合は89.3%(374社、部分的に導入している300社を含む)である(問6-6、問6-7)。図1には、上記の組み合わせを図示しているが、一見して明らかな点は、終身雇用を前提としながら部分的に成果主義を導入している企業が突出していることである(269社、64.2%)。従来の日本型企業の特徴である終身雇用と年功賃金を維持している企業がごく少数であることも確認できる(39社、9.3%)。また、質問内容が若干異なるため詳細な比較は困難であるが、過去調査の回答結果では、終身雇用と年功賃金を維持している企業の割合は、2002年調査では10.8%、1999年調査では19.9%である一方、これとは正反対の終身雇用を廃止して成果主義を全面的に採用している企業の割合は、2002年調査では11.2%、1999年では6.1.%であった。今回調査を1部・2部企業に限定した場合、終身雇用と年功賃金を維持している企業の割合と終身雇用を廃止して成果主義を全面的に採用している企業の割合は、それぞれ、9.4%、2.2%であるから、この期間の雇用制度と賃金体系に関しては、成果主義の導入を拡大させつつ、伝統的な日本型企業の特徴からの極端な乖離を修正する方向で調整が行われたと推測することができる。

図1:長期雇用と成果主義の組み合わせ
図1:長期雇用と成果主義の組み合わせ
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さらに、人事に関する企業の方針を前回調査と比べても全体的に変化は小さい(問6-8)。(3)抜擢人事の導入や(7)年俸制の導入を具体化・検討していると回答する企業は減少傾向にある。(4)複線型人事制度の実施、(9)中途採用の実施も横ばいであり、必要な企業では導入を終えたとみることができる。また、(10)人材派遣の受け入れ、(11)退職金・企業年金制度の変更はむしろ低下傾向にある。(6)雇用の流動化、(8)EVAに連動した給与体系の導入は、一貫して低水準にあり、雇用システムの改革もほぼ峠を越えたと見ることができる。

従業員の関与度:労使協議事項

本調査では、「下記の意思決定項目は団体交渉または労使協議の場でどのように扱われていますか」という質問に対して、それぞれ、"扱われない"、"説明事項"、"合意が必要"の3つの選択肢から回答するという質問項目を設けている。具体的な「以下の意思決定項目」とは、(1)製品の生産計画や販売計画、(2)M&Aや事業部門の売却、(3)収益指標の決定、(4)経営者へのストックオプション付与、(5)従業員持ち株制度に関わる決定、(6)取締役会メンバーの変更、(7)一定規模以上の設備投資、(8)資金調達方法の変更、(9)新技術の導入や開発、(10)雇用調整の10項目である。

表1には、上記の各項目に対する今回調査と前回調査の回答結果がまとめられている。最右列は、"扱われない"に0点、"説明事項"に1点、"合意が必要"に2点を付し、その平均得点を示したものである。これをみると、(4)経営者へのストックオプション付与以外のすべての項目で、成熟企業(1部・2部企業)の平均得点は新興企業のそれを上回っており、従業員の関与に関しては、成熟企業と新興企業に明確な差がある。ただし、(10)雇用調整に関しては、成熟企業(1.46)と新興企業(0.98)の両者で最高点であり、雇用の重要性を確認できる。次に、この平均得点を、成熟企業に限って、今回調査と前回調査で比較すると、2002年と2012年の間に相対的な平均得点の高さ(優先順位)に大きな差はなく((4)と(6)が入れ替わるのみ)、(10)雇用調整についてはその他の項目に比べてはるかに重要性が高く、(8)資金調達方法の変更については依然として重要性が低い。一方で、ほぼすべての項目において今回調査の平均得点は前回調査のそれを下回ることも確認できる。特に変化がみられるのは、(2)M&Aや事業部門の売却についてと(5)従業員持ち株制度に関わる決定についてで、"合意が必要"、"説明事項"と回答する企業の割合もそれぞれ10%程度低下し、"扱われない"と回答する企業が大幅に増加している。

表1:従業員の関与度
表1:従業員の関与度
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関与度の決定要因

もっとも、経営の意思決定項目に対する従業員の関与は、企業が上場している市場のみでなく、企業が属している産業、労働組合や労使協議の有無や、さらに、株式市場からの圧力の強弱によっても大きく異なると予想される。そこで、これらを分割して平均得点を比較した結果が、表2である。製造業に属する企業と非製造業に属する企業を比較した場合、前者がほぼ全項目において上回る。また、労働組合の有無で分類した場合にも、明確な差が確認できる。この傾向は、特に(2)M&Aや事業部門の売却と(10)雇用調整で顕著である。

同様に、表2には、外国人投資家持株比率の高低によって2つのグループ(1.0%未満、10.0%以上)に分類した場合の結果が示されている。「株主重視、従業員軽視」、つまり、株主重視と従業員重視が代替的関係にあるという主張に従えば、外国人投資家持株比率が高まるほど、各項目の平均得点は低くなると予測される。しかし、結果は正反対であり、10項目中6項目において、外国人投資家持株比率が高まるほど、有意に平均得点が高くなっている。逆の関係、つまり、外国人投資家持株比率が高まるほど、平均得点が低くなっている項目もあるものの、統計的には非有意であり、外国人投資家保有比率の上昇と従業員の高い関与度は、代替的な関係にはなく、両立しているとみることができる。

表2:従業員の関与度と外国人投資家保有比率
表2:従業員の関与度と外国人投資家保有比率
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さらに、上記で確認された、外国人投資家保有比率の上昇と従業員の高い関与度が両立しているという見方の妥当性を、回帰分析(順序ロジット・モデル:被説明変数は"扱われない"に0、"説明事項"に1、"合意が必要"に2を与えている)によってその他の要因(企業規模、企業業績、財務比率など)をコントロールしたうえで検証した。表掲はしていないが、労働組合の有無や労使協議の有無は統計的に十分に有意であり、労働組合が存在する企業や労使協議の仕組みが存在する企業では、経営陣の意思決定事項に従業員の意思が反映されることが確認できる。また、一部の項目については、規模の大きい企業((1)・(2)・(3))、業績が良い企業((7)・(8)・(9))、製造業に属する企業((1)・(4)・(9))ほど、関与度が高いという関係が確認できる。一方、外国人投資家持株比率の係数がマイナスになるのは、(2)M&Aや事業部門の売却のみである。ここでの結果は、総じて、外国人投資家保有比率と従業員の関与度の間には、企業規模、企業業績、労働組合・労使協議の有無に還元できない固有の関係はないことを示している。

以上、本調査の回答結果から読み解く限り、株主重視は、従業員軽視と並行して進展しているのではなく、「株主重視」と「従業員重視」は両立していると考えることが現実的である。確かに上場企業のなかで比重を高める新興企業は、労働組合や労使協議の仕組みが存在しない企業が多く、経営への従業員の関与度は、成熟企業に比べれば低い。しかし、依然として、成熟企業では、経営陣の意思決定事項に従業員の意思が反映される程度はほとんど低下していない。この10年間、外国人投資家はこれら成熟企業の保有比率を高めたが、その銘柄選択にあたって従業員の関与度の低い企業を選好した、あるいは、保有比率の上昇の結果、従業員の関与度が下がったという事態は想定できない。むしろ、企業規模、企業業績、海外売上高比率に注目して外国人投資家が保有を増加させた企業では、組合の組織率が高く、従業員関与度が高い傾向があった。日本企業が株主を十分に重視していないと不満を持つ1つの理由は、当事者には意識されていないものの、実際にはこうした関係がシステマティックに存在するためと解釈することができる。

他方、前述の通り、新興企業の大半(77.6%)は長期雇用を前提としているものの、経営陣の意思決定事項に従業員の意思を反映させる程度は低い。Morikawa (2010) は、労働組合が企業の生産性に対して正の効果を持つことを明らかにしており、今後、従業員の企業特殊的な技能形成の促進、モチベーションの維持のために、経営陣の意思決定事項に従業員の意思を反映させる仕組みを構築することが競争力の向上のための1つの選択肢となろう。

2013年7月17日
文献
  1. Morikawa, M., 2010, "Labor unions and productivity: An empirical analysis using Japanese firm-level data," Labor Economics, Vol.17, pp.1030-1037.
  2. 宮本光晴(2008)「日本の従業員はなぜ株主重視のコーポレート・ガバナンスを支持するのか」宮島英昭編 『企業統治分析のフロンティア』 日本評論社 84-112頁.

2013年7月17日掲載

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