コラム

社外取締役の義務化を考える:企業特性に応じた導入を

宮島 英昭
ファカルティフェロー / 早稲田大学 / WIAS

小川 亮
リサーチアシスタント

日本の企業統治において社外取締役の選任は最も重要な改革課題の1つである。1997年にソニーが執行役員制度の導入と並行して、社外取締役を選任して以来、社外取締役の導入促進が大きな論議を呼んできた。2002年の商法改正以来、委員会設置会社への移行は低調にとどまったものの、執行役員制度の普及による取締役会規模の縮小と並行して、社外取締役の選任は着実に増加した。

表1には、2005年度末と2010年度末時点の東証1部上場企業の取締役会構成が整理されている(データ出所:日経NEEDS-Cges)。2011年3月末時点で、東証1部上場企業1445社(非金融事業法人)のうち、独立社外取締役(会社法定義の社外取締役から銀行出身者と15%以上の株式を保有する法人出身者を除いて算出)を1人以上選任する企業は683社(構成比47.3%)、そのうち1人のみの企業がほぼ半数の350社を占め、2人の企業は212社(同14.7%)、3人以上の企業が121社(同8.3%)である。また、独立社外取締役比率(独立社外取締役/取締役)の平均は9.6%であり、2000年代に入って取締役会の規模は安定していたから、独立社外取締役比率の分布はほぼ人数の分布に対応している。2006年3月末時点で独立社外取締役を選任している企業が499社(構成比33.7%)、独立社外取締役比率の平均が6.6%であることを鑑みれば、社外取締役の選任の進展は明確である。

表1:独立社外取締役の分布
表1:独立社外取締役の分布

もっとも、この社外取役比率の水準は諸外国に比べれば著しく低い。社外取締役比率は米国では70%に達し、英国では50%、韓国でも30%を超える。こうした企業の自由な選択による社外取締役の選任の進展と国際的に見て依然低い社外取締役比率を背景に、会社法改正案の中心論点の1つとして、改めてこの社外取締役の選任義務化が提案されている。この点の当否を冷静に議論するためには、法的な論議と並行して、日本の上場企業における取締役会構成の決定要因と社外取締役の導入効果を正確に理解することが不可欠であろう。このコラムでは、「企業統治分析のフロンティア」プロジェクトの一環として試みた最近の分析成果を報告し、議論の素材を提供したい(なお、基礎となった分析は、RIETI-PDP「日本企業の取締役会構成の変化をいかに理解するか?:取締役会構成の決定要因と社外取締役の導入効果」として公刊された)。

****

社外取締役の選任義務化をめぐる議論の背後には、社外取締役に期待される機能と、それに基づく日本企業の現状についての暗黙の評価がある。

義務化の推進を支える認識は、単純化すれば以下のようになろう。上場企業では、常に経営者が株主の利害を十分に実現しないという利益相反問題が深刻化する可能性がある。社外取締役は内部昇進の取締役と異なる知識とインセンティブ(誘因)を持つため、その経営監視機能によって企業価値を引き上げることができる。しかし、現在の日本企業の社外取締役比率はいかにも低い。この低調な社外取締役の選任は、事実上取締役の選任権を持つ経営者が監視を嫌って社外取締役を選任しないためである。たとえば、昨年、不祥事で注目された大王製紙には一人の社外取締役もいなかった。この経営者の私的利害を重視した見方から、義務化が必要と主張されることとなる。

しかし、この見方に対する有力な反論も存在する。1つは、義務化無用論であり、社外取締役の経営監視機能そのものに懐疑的な見方である(Romano [2005])。経営者は、法規制の範囲内で自らに友好的な社外取締役を選任することができる。近年、社外取締役は増加しているが、それは主として、社外取締役に選好を持つ機関投資家の増加に対応したもので、実質的効果を持つものでない。たとえば、米国のエンロン、あるいは、イタリアのパルマラットと並ぶ歴史的な大規模不祥事として記憶されるオリンパスでは、粉飾決算の処理に関連する買収を決定した時点(2006年)では3人の社外取締役が選任されていたが、有効な経営監視機能を果たさなかった。この見方に立てば、法規制によって社外取締役を義務付けても、経営者に友好的な社外取締役が選任されるだけで、実質的な効果はほとんど期待できない。

いま1つの有力な反論は、義務化有害論とも言うべきもので、企業はその企業価値を最大化するように取締役会構成を選択するという見方に支えられている(Raheja [2005])。この見方によれば、社外取締役は経営監視機能とともに経営政策への助言機能を持つ。社外取締役がこの2つの機能を発揮することで企業価値を引き上げるか否かは、助言を必要とする事業の複雑性、監視を必要とする企業の直面する利益相反問題の深刻度、助言・監視に必要な情報獲得の困難さに依存する。企業は、こうした事業特性に従って合理的な取締役会構成を選択し、よって、社外取締役の選任や高い社外取締役比率が、常に企業価値を引き上げるわけではない。実際、監査役設置会社のままに複数の独立社外取締役を選任した帝人や資生堂など、日本でも社外取締役の選任が緩慢ながらも確実に増加する一方、トヨタやキヤノンなどは、社外監査役制度を充実させながら、企業の意思決定には「現場の知識」が必要であるとして、敢えて社外取締役を選任していない。もし、近年の日本企業がすべて同様の行動をとっているのであれば、社外取締役の選任義務化は企業の選択の余地を奪うこととなり、かえってコストが大きい可能性がある。

では、日本企業の取締役会の構成は上記の3つの見方によって、いかに、どの程度理解できるのだろうか。

****

われわれは、2005年から2010年の東証1部上場企業を対象に、Coles et al. (2008)、Linck et al. (2008)らの開発した標準的なモデルに従い、取締役会構成の決定要因と社外取締役の導入効果を分析した。推計結果は表2に要約されている。

第1に、平均的に、日本企業の取締役会の構成は、第3の見方とある程度まで整合的に、多角化、グループ化、持株会社化の進展といった事業の複雑性、買収防衛策の乱用防止といった経営監視の必要性や経営者の交渉力で決定される。このように、近年の日本企業が事業特性に応じて取締役会構成を選択する傾向が強まっていることは注目に値するものの、米国や英国と比べればその程度は依然劣っている。しかも、同時に注目すべきは、社外取締役による情報獲得の困難な企業ほど、むしろ社外取締役の選任が進展していることである。本来、企業特殊な知識の重要度が高い、外部者にとって情報獲得の困難な企業では、社外取締役を選任することの合理性は低いから、この結果は、取締役会構成の選択には何らかのバイアスが含まれている可能性を示唆する。

第2に、近年の日本企業の所有構造は、従来の法人・銀行を中心としたインサイダー優位の構造から、内外の機関投資家を中心としたアウトサイダー優位の構造に劇的に変化し、しかも、上場企業間の分散が大きいことに特徴がある。そこで、所有構造の差を導入して分析すると、機関投資家保有比率の高い企業群(上位から25%以上)では、社外取締役比率が高く(平均11.5%)、しかも、事業の複雑性や経営監視の必要性などの要因が取締役会構成の決定に作用する傾向が強い。また、業績が相対的に悪化した際に社外取締役を選任する確率が高く、経営者の在職年数が長いと社外取締役を選任する確率が低くなる。つまり、資本市場の強い圧力に直面する企業群では、事業構造の特性や経営者の経営能力に対応して合理的な取締役会構成を選択している程度が高い。

これに対して、機関投資家保有比率の低い企業群(下位から25%以下)では、社外取締役比率が低く(平均6.6%)、しかも、事業の複雑性や経営監視の必要度などの要因が取締役構成の決定に作用する傾向が弱い。また、この企業群では、業績と社外取締役の選任の関係性が弱く、経営者の持株比率が高い企業で社外取締役の選任が遅れている。この意味で、資本市場からの圧力が弱い企業群では、社外取締役比率は過小である可能性が高く、経営者の私的利害を強調する義務化推進論者の見方は確実に当てはまる。

表2:取締役会構成の決定要因の推計結果
表2:取締役会構成の決定要因の推計結果

第3に、社外取締役のパフォーマンス効果については、社外取締役の選任や社外取締役比率の上昇は、平均的にはパフォーマンスの向上に寄与していない。これは、一見、社外取締役が実質的な効果を持たないという見方や企業が取締役会構成を最適に選択するという見方と整合的である。しかし、実証結果によれば、社外取締役の選任が合理的な企業における選任のポジティブな効果が、社外取締役の選任が非合理的な企業における過度の選任によるネガティブな効果によって相殺された結果であった。そこで、Duchin et al. (2010)と同様に、情報獲得コストの高低を考慮して推計を試みると、情報獲得コストの低い企業群において、社外取締役の選任や社外取締役比率の上昇が正のパフォーマンス効果を持つことが明確に確認できるのに対して、情報獲得コストの高い企業群では、社外取締役は正のパフォーマンス効果を持たないか、場合によっては負のパフォーマンス効果を持つ。

この結果は、直感的には図の通り理解できる。ここで横軸は、情報獲得コスト、縦軸は企業価値であり、取締役会の構成が企業価値の上昇につながるか否かは情報コストに依存する。推計結果によれば、現在の日本企業では、情報獲得コストが高い企業群(たとえば、図Ch)で内部者からなる取締役会が望ましいにもかかわらず、社外取締役が過度に選任され、その結果、パフォーマンスが低下するという事態と、情報獲得コストが低い企業群(図Cl)で社外取締役の選任が望ましいにもかかわらず、社外取締役が選任されておらず、パフォーマンスが低下するという事態が並存している。

図:情報獲得コストと企業価値
図:情報獲得コストと企業価値

以上の実証結果は、事業の複雑性、利益相反の程度、情報獲得の困難さを捉える変数の選択や精度に依存しているため、ある程度の幅をもって考えることが必要である。

また、有効な企業統治の焦点である業績悪化時の経営者交代の促進については、社外取締役の実質的効果は十分に確認できていない。このことは、最大でも3人程度の現在の日本企業の社外取締役の比重では、助言や広い意味での経営の規律付け(努力水準の維持・引き上げ)の効果はあっても、経営者の交代には十分な影響力をもっていないと解釈できる。

****

では、以上の結果から引き出される含意は何か。第1に、社外取締役の導入促進措置は不可欠である。一面で、企業特性から見て、情報獲得コストの低い企業群のうちには、社外取締役の選任が企業価値を引き上げる可能性が高いにもかかわらず、経営者の私的利害のために社外取締役の選任が遅れる企業が存在し、こうした企業は資本市場からの圧力の弱い企業で多い。ここでは、市場に委ねておくだけではこの劣位の均衡からの脱出は不可能であり、外部から社外取締役の選任を促進させる何らかの措置が不可欠である。齋藤(2011)や内田 (2012)も異なったサンプルであるが、ほぼ同様の結論を得ており、実証分析は社外取締役を促進する制度措置を支持していることを強調しておきたい。

しかし、第2に、近年の日本企業がある程度までその企業特性に従って取締役会構成を選択し、また、社外取締役の導入効果が企業特性や所有構造によって異なるという実証結果は、すべての企業に一律に社外取締役の選任を課する義務化が、ベネフィトばかりでなく、コストを伴うことを意味する。特に、情報獲得コストの高い企業群では、義務化が企業価値にネガティブな効果を持つ可能性が高い。従って、制度設計としては、すべての企業に対する義務化よりも企業に選択の余地を残すことが望ましい。

今回の会社法改正の中間試案に即して言えば、義務化案はなお慎重な検討を続け、試案の提案する監査・監督委員会設置会社制度を推進することが期待される。ただ、この新制度の選択を促進するために、補完的な措置を取る必要がある。改革の目的が上場企業の少数株主保護にあるとすれば、東証の上場規則に社外取締役を望ましい制度と位置づけ、それを採用しない場合には企業側が説明責任を負うという英国の「Comply or Explain 原則」が考慮に値する。また、一部の市場関係者が提案するように、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの公的年金が、運用委託の基準に規定する方法もある。「社外取締役を選任する企業」であることをパッシブ運用のインデックス構成銘柄の要件とすれば、ほぼ同様の効果が期待できる。

監査・監督委員会設置会社制度の推進は、実行面でも現実的である。仮に、社外取締役を一律に義務付けた場合、控えめに見ても東証1部企業で800社、その他の上場企業で1100社、合計2,000社近い企業において新たに社外取締役を選任する必要があり、適切な候補者を一挙に確保するのは容易ではない。しかし、監査・監督委員会設置会社の選択を可能にすれば、現行監査役会の社外監査役2名を取締役に選任し、監査・監督委員会設置会社に組織変更することが取締役改革の出発点となる。もちろん、監査役として選任された候補者が戦略的意思決定への助言と監視を期待される取締役に適任かという問題が残されているから、徐々に適切な人材を選任する必要がある。長期的には、人材の育成、経営者市場の形成など、社外取締役制度を支える制度の整備が重要な課題となるであろう。

2012年8月3日
文献
  • Coles, J., Daniel, N., and Naveen, L., 2008, Boards: does one size fit all?, Journal of Financial Economics 87, 329-356.
  • Duchin, R., Matsusaka, J., and Ozbas, O., 2010, When are outside directors effective?, Journal of Financial Economics 96, 195-214.
  • Linck, J., Netter, J., and Yang, T., 2008, The determinants of board structure., Journal of Financial Economics 87, 308-328.
  • Raheja, C., 2005, Determinants of board size and composition: A theory of corporate boards., Journal of Financial and Quantitative Analysis 40, 283-306.
  • Romano, R., 2005, The Sarbanes-Oxley Act and the making of quack corporate governance., Yale Law Review 114, 1521-1611.
  • 内田交謹 (2012)「社外取締役割合の決定要因とパフォーマンス」証券アナリストジャーナル 第50巻、第50号、8-18頁。
  • 齋藤卓爾 (2011)「日本企業による社外取締役の導入の決定要因とその効果」宮島英昭編著『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』東洋経済新報社181-213頁。

2012年8月3日掲載

この著者の記事