リレーコラム:『日本の企業統治』をめぐって

第10回「日本の大企業の資金調達:効率か存続か?」

広田 真一
早稲田大学

本稿は、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』第9章「日本の大企業の資金調達」のエッセンスを紹介しています。

コーポレート・ファイナンスの研究分野においては、過去半世紀もの間、企業の投資行動、資金調達、配当政策等に関して、数多くの理論的・実証的な研究が行われてきた。そして、その研究成果から得られた知見は、単にアカデミクスの世界のみならず、ビジネス・スクールでの教育等を通じて実務家の間にもある程度共有されてきた。

ただ、これらのコーポレート・ファイナンスの研究の蓄積は、経済学の他の分野と同様に、そのほとんどが株主主権型モデルに依拠したものであった。そこでは、企業が株主の利益を最大にするように、投資の量やタイプ、資金調達の方法、配当金や自社株買いの金額等を決定すると想定される。企業の目的として「企業価値最大化」が想定されることもあるが、その場合は「企業価値」が株式価値と等しいと定義されるか、あるいは企業価値の最大化が株主の利益の最大化につながることが前提とされている。すなわち、既存のコーポレート・ファイナンス研究においては、株主以外のステークホルダー(従業員・顧客・取引先など)の利益と満足をも含めた広い意味での企業価値の最大化という観点から、分析が行われたことはほとんどなかった。

そこで、『日本の企業統治:その再設計と競争力の回復に向けて』の第9章では、特に企業の資金調達に焦点を当てて、ステークホルダー型モデルの観点から、現代の日本の大企業の金融・財務行動を考察した。

まず、上場企業約500社の資金調達に関するストックとフローのデータを概観した結果、日本の大企業の最近30年の資金調達には「負債依存度の長期的低下」と「銀行・メインバンク借入依存の継続」という一見矛盾した特徴が観察された。そして、この特徴を含めた日本の大企業の資金調達行動は、株主利益の最大化を前提とした既存の最適資本構成の理論(トレードオフ理論、ペッキングオーダー理論)では説明するのが困難であることを示した。

そこで、日本の大企業が株主のみならずさまざまなステークホルダーのために存在していると考え、その経営目標が「企業の存続」であるという仮説を立てた。そして、日本企業の資金調達行動を「(企業の)存続確率最大化モデル」で表現した。約30年間のデータを用いて分析を行った結果、存続確率最大化モデルが実証的に支持されることが明らかにされた。そればかりか、このモデルが上記の日本企業の資金調達の特徴「負債依存度の長期的低下」をうまく説明できることが示された。また「企業の存続確率の最大化」という仮説からは、日本の大企業の資金調達のもう1つの特徴「銀行・メインバンク借入依存の継続」も、企業が資金調達リスクをヘッジする行動として理解できる。

実証分析の結果からすると、日本の大企業の資金調達行動は、株主利益最大化という点からは疑問であったとしても、企業の存続確率最大化という目的からすると極めて合理的な行動であると考えられる。すなわち、日本の大企業の財務政策は、「効率・利益重視」というよりも「安定・存続重視」を目標にしたものとして理解できる。そして、この企業の財務上の目標とその行動は、近年も基本的にも変化がないものと考えられる。

この安定性重視の財務政策は、今回の世界金融危機においては、日本企業の経営の継続性・安定性を確保したという意味で大きなプラスの効果をもったと考えられる。日本の大企業は1990年代以降、企業の資金需要が減少する中で内部留保を蓄積し負債を返済してきた。それによって、金融危機の直前の2000年代の後半には、その負債比率はかなり低下していた。そのため、2008年~2009年に実物経済の大きなショック、企業収益の大幅な減少に見舞われても、財務危機や倒産の危機に陥る企業はほとんど見られなかった。さらには、金融危機では世界の資本市場の機能が麻痺状態に陥ったが、日本の大企業は「いざという時のために」かねてから長期的な関係を築いてきた銀行やメインバンクから円滑に資金を調達できた。このことによって、日本の大企業には資金繰りの問題も目立って生じなかったと考えられる。

日本の大企業の「安定性重視の財務政策」。株主利益最大化という目標から見ると保守的に見えるこの政策も、企業の存続という目標からすると最適な財務政策であると考えられる。

図:日本の大企業の資本構成
図:日本の大企業の資本構成
2012年3月14日

2012年3月14日掲載

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