コラム

現代の株式会社のガバナンスを考えるにあたって

広田 真一
早稲田大学

「株式会社の目的は何か?」と問われれば、その伝統的な答えは「株主の利益の最大化」というものであろう。この答えに基づけば、株式会社のパフォーマンスは、株主にどれだけの利益を生み出しているかで測られるべきとなる。その代表的な指標としては、株式投資収益率やROEなどが考えられよう。そして、「企業の経営をいかに規律づけるか」というコーポレート・ガバナンスの問題も、経営者を株主利益の最大化に方向付けるインセンティブの設計やモニタリングの方法が検討されることになる。その具体的な例としては、経営者にストックオプションを付与することや、取締役会が株主の立場から経営を監視することなどがあげられる。

しかし、現代の社会を観察すると、たとえ株式会社といえども株主の利益のみを経営目的にしているようには思えない。筆者は2005年に久保田安彦氏(現大阪大学准教授)とともに、日本の大手上場企業9社の経営者にインタビューを行ったが、そこでは9社全ての経営者から「株主のみならず他のステークホルダー(従業員、顧客、取引先、地域社会等)のことを考えて経営を行っている」との答えが得られた。より具体的に言うと、株主の利益の他に、従業員へのやりがいの場の提供、雇用保障、顧客への高品質の商品の提供、アフターサービスの充実、取引先との取引の継続、地域社会への環境の配慮、などを考慮しているとのことであった。そして、このことは、決して日本特有の現象ではなく、世界各国の株式会社に共通して見られる傾向である。事実、コリンズ・ポラス両氏の著書『ビジョナリーカンパニー』(Collins and Porras 1994)によると、世界で長年にわたって卓越した地位にある企業=ビジョナリーカンパニー(GE、ジョンソン&ジョンソン、3Mなど)では、株主利益は1つの目標にすぎず、株主以外の他のステークホルダーそして社会一般への貢献が、組織の重要な価値観や経営理念となっているという。

それでは、現代の株式会社の経営目的をデータを用いて確かめてみよう。一般に、各企業の目的が最も明示的に述べられているのは、企業の経営理念であると考えられる。そこで、筆者は山野井順一氏(現中央大学准教授)と共同で、日本の上場企業550社、アメリカの上場企業528社の経営理念を調べ、各社の経営理念の中に、株主、従業員、顧客、取引先、地域社会の5つのステークホルダーの利益や満足が企業の目標として言及されているかどうかをみた。その調査の結果が下の表1にまとめられている。

表1 経営理念に各ステークホルダーの利益と満足を含む企業の割合
株主従業員顧客取引先地域社会
日本23.1%41.3%85.6%10.5%15.6%
アメリカ56.6%47.2%84.5%13.1%26.5%
広田 (2012) 第2章 表2-2参照。日本は2004年、アメリカは1998年。

この表1をみると、現代の株式会社が、株主の利益だけでなくさまざまなステークホルダー(従業員、顧客、取引先、地域社会)の利益と満足を目標にしていることがわかる。たとえば、日本においては、経営理念において従業員の利益・満足に言及している企業が全体の半分弱を占める(41.3%)。また、顧客の利益・満足に関しては、全体の85.6%の企業が経営の目標としている。そして、これらの割合は、アメリカの企業を見てもほぼ同様である(従業員47.2%、顧客 84.5%)。

それとともに表1からは、アメリカの株式会社が日本の株式会社に比べて株主の利益を重視する傾向が強いことも見て取れる。経営理念で株主の利益に言及している企業は、日本企業では全体の23.1%であるが、アメリカ企業では全体の56.6%を占める。ただ、この数字をもって、「日本企業は株主を軽視しすぎている」と主張するのは早計であろう。さまざまな文献によれば、世界の株式会社の中では、アメリカ・イギリスの企業が最も株主重視の程度が強く、ドイツ・フランス・オランダ・デンマーク等の大陸ヨーロッパ諸国ならびに中国の企業は、株主以外のステークホルダーの利益と満足を重視して経営を行う傾向が強いことが知られている(広田 2012参照)。

これらのことからして、現代の企業のガバナンスを考える際には、株式会社の目的を単なる「株主利益の最大化」ではなく「さまざまなステークホルダーに利益と満足を生み出すこと」とみなして、その視点からの議論を行うことには大きな意味があると思われる。事実、現時点での世界のコーポレート・ガバナンスの最も標準的なコードとみられる「改訂:OECDコーポレート・ガバナンス原則」(OECD 2004)では、「コーポレートガバナンスの枠組みは、法律または相互の合意により確立されたステークホルダーの権利を認識すべきであり、会社とステークホルダーの積極的な協力関係を促進し、豊かさを生み出し、雇用を創出し、財務的に健全な会社の持続可能性を高めるべきである」と述べられている。このOECDによる記述は、世界の先進国の企業のガバナンスが、株主利益の最大化の観点からだけでなく、株主以外のステークホルダーの利益と満足を生み出しているかという点から検討されるべきであることを示している。

ただそこで問題は、たとえ株主以外のステークホルダーの利益と満足が重要だとしても、それらの大きさをどうやってとらえるかということである。前に述べたように、株主利益の大きさは株式投資収益率やROE等の数値指標で測ることができるが、従業員の仕事のやりがいや雇用保障の価値、顧客への高品質の商品の提供の価値、地域社会の環境保全の価値等を数値化された指標にすることは簡単ではない。そこで、よく行われる議論は、これらの(非金銭的な)価値が容易に数値化できない以上、やはり企業のパフォーマンスは株主の利益指標(株式投資収益率、ROEなど)で測らざるを得ず、企業のガバナンスもそれを基に行うべきだというものである。この主張がまた、ストックオプション等の株主主権型ガバナンスを正当化する理由ともなっている。

しかし、広田 (2012) の第3章の分析では、株式投資収益率、ROE等の株主の利益指標と他のステークホルダーの利益と満足の間には、負の相関があることが示されている。もしそうであるなら、仮に株主主権型ガバナンスによって株主の利益を増加させることに成功したとしても、それは他のステークホルダーの利益と満足を逆に低下させる可能性がある。

したがって、現代の株式会社のガバナンスにおいては、株主の利益指標とともにさまざまなステークホルダーの利益と満足を何らかの方法で評価し、企業のパフォーマンスを総合的に判断しながら経営の規律付けを行う必要がある。そしてその際には、株主以外のステークホルダーの利益と満足の数値化が難しい以上、その評価は結局「人の目」を通じて行うことになろう。人の目による評価、それを基にした総合的な経営の監督、これがまさに取締役会が果たすべき役割であると考える。取締役会は、伝統的には、株主の代表として経営を監督する機関と見なされてきた。しかし、米英以外の世界各国(ドイツ・オーストリア・オランダ・デンマーク・フィンランド・フランス・ルクセンブルクなど)の取締役会の制度や法律を概観すると、取締役会をむしろステークホルダー全体の代表としてとらえる方がより現実的であることがわかる。また、「取締役会=全てのステークホルダーの代表」という見方は、アメリカにおいてもみられ(Blair 1995など)、日本企業の経営者へのインタビュー結果によっても支持される(広田 2012、 第6章参照)。さらに、前述の「改訂:OECDコーポレート・ガバナンス原則」にも、取締役会の責任として「取締役会は、ステークホルダーの利益を考慮にいれるべきである」との記述が含められている。

現代の株式会社は、株主の利益だけを追求するかつての株式会社ではない。株主のみならず従業員・顧客・取引先・地域社会等のステークホルダーにも利益と満足を生み出す組織である。したがって、企業の経営のパフォーマンスに関しても、株主利益の数値指標のみならず、株主以外のステークホルダーの(数値化されない)利益と満足をも「人の目」で評価する必要がある。そして、現代の日本あるいは世界の株式会社のガバナンスを議論する際には、かつての「株主主権型ガバナンス論」から、より現実的な「ステークホルダー型ガバナンス論」へ移行することが求められている。

筆者は、最近の著書(広田 2012)において、「ステークホルダー型ガバナンス論」を展開した。そこでの議論は、株主主権型ガバナンス論とは異なる視点から、現代の株式会社のガバナンスを理解・考察しようとする試みである。興味がおありの方はご一読いただければ幸いである。

2012年9月3日
文献
  • Blair, M. M. (1995), Ownership and Control: Rethinking Corporate Governance for the Twenty-First Century, Brookings Institution Press.
  • Collins, J. C. and J. I. Porras (1994), Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies, HarperCollins Publishers.(山岡洋一訳『ビジョナリーカンパニー:時代を超える生存の原則』日経BP社、1995年).
  • OECD (2004) , Principles of Corporate Governance.(日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム編 『OECDコーポレート・ガバナンス原則:改定OECD原則の分析と評価』明石書店, 2006年).
  • 広田真一 (2012),『株主主権を超えて:ステークホルダー型企業の理論と実証』東洋経済新報社.

2012年9月3日掲載

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