近年、日本企業の取締役会は大きく変貌している。伝統的に日本の上場企業の取締役会は内部出身者の取締役のみによって構成されており、また世界的に見ても多人数で構成されていた。しかし90年代後半以降、日本企業に対し、「日本企業の取締役会が内部取締役のみで構成されているために経営に対する監視を行えていない」、「取締役の数が多すぎるために効率的な議論がなされていない」などの批判がおこった。これを受けて、1997年のソニーによる導入以降、多数の企業が執行役員制を導入し、取締役会の規模を大幅に縮小させた。そして2001年の商法改正を契機に社外取締役を任命する企業も増加し始めた。しかし、法改正による社外取締役の責務の軽減、ファンドをはじめとした株主からの要求にも関わらず、社外取締役の普及は期待されたほどには進んでいない。現在でも上場企業の約半分は未だに社外取締役を任命しておらず、内部取締役のみで取締役会を構成している。また、たびたび社外取締役導入の義務化が話し合われるが、経営者側からの強い反対により義務化には至っていない。そこで本稿ではどのような企業が社外取締役を導入し、その結果何が起こったのかを見ることによって、なぜ日本において社外取締役が普及しないのか、という理由を考えてみたい。
社外取締役の役割は?
そもそも社外取締役にはどのような役割が期待されているのだろうか?
所有と経営の分離された大規模な上場株式会社においては、経営者の利害と株主の利害が必ずしも一致しないという問題がある。ゆえに、経営者に経営を委ねた場合、経営者が株主の利害を損なってでも自らの利害を最大にする行動を取るおそれがある。これには豪華なオフィス、コーポレート・ジェットなどのわかりやすい資源の浪費だけでなく、過剰・過小投資なども該当する。取締役会には経営者がこのような行動を取らないように監視することが求められている。しかし、このような取締役会が内部出身の取締役によって占められている場合、取締役会が経営者に対して監視を行うことは事実上不可能である。
なぜなら、ほとんどの内部取締役は部門長などとして実際に経営を行っており、なおかつ経営トップは彼らの上司にあたるため、彼らが株主の利害を代表して行動することが期待できないからである。そこで経営陣を監視する任務を担うことを期待されているのが社外取締役である。
社外取締役は他に主たる職務を持つなど金銭的にも経営者から独立した存在である。そのため、社外取締役は株主の意向に沿った行動を取ることができると考えられている。すなわち社外取締役に期待されている役割は経営者が、経営者自身ではなく株主にとって望ましい経営を行っているかを監視することにあるのである。
どのような企業が社外取締役を導入したのだろうか?
では近年、社外取締役を導入したのは、どのような企業なのだろうか?
筆者は1996年から2006年の間に一度でも日経500に含まれたことのある企業483社をサンプルとした実証研究を行い、どのような要因が導入確率に影響を与えたかを分析した。なおサンプルから他社の子会社・関連会社、金融業に属する企業は除かれている。
その主な結果はR&Dへの投資量が多い企業、株価の分散が大きい企業、フリーキャッシュフローの少ない企業ほど導入確率が高いというものであった。
R&Dへの投資量が多い企業は、たとえば製薬業の様に事業の専門性が高く、外部の人間にはその事業が理解しにくく、社外取締役が有効な監視を行うことは難しいと考えられる。株価の分散が大きいということは、外部の投資家から見て、その企業の事業に不確実性が大きいということを意味しており、やはりそのような企業では社外取締役が有効な監視を行うことは難しいと考えられる。
フリーキャッシュフローが少ないということは自由に事業に使える現金が少ないということを意味しており、経営者が資源を浪費できる可能性は低いと考えられる。
以上をまとめると、日本において社外取締役を導入してきた企業には社外取締役が経営者を効果的に監視するのが難しく、経営者が資源を浪費できる可能性が低い傾向があるということになる。この結果は極めて衝撃的なものである。
なぜなら、社外取締役の導入が効果的と考えられる外部からの監視が容易で、経営者による資源浪費の可能性が高い企業ほど社外取締役を導入していないからである。またこれらの結果は、株主にとって効率的に決定されていると考えられている米国企業の取締役会の構成に関する先行研究の結果と全く逆なものでもある。米国におけるいくつかの研究はR&Dへの投資量が低い、株価の分散が小さい、フリーキャッシュフローの多い企業ほど多くの社外取締役を任命していることを実証的に示している。
社外取締役の導入は企業業績にどのような影響を与えたのだろうか?
では社外取締役の導入は企業の業績にどのような影響を与えたのだろうか?筆者は導入の分析と同じサンプルを用いて、近年に社外取締役を初めて導入した企業144社について、導入のニュースに対する株式市場の反応、導入前後の利益率の変化を計測した。株式市場の反応に関する分析はコーポレート・ファイナンスの分析で頻繁に用いられるCAR(Cumulative Abnormal Return)を用いて行った。株価は外取締役導入のニュースに対して平均で約1.2%、中央値で約1%統計的に有意に上昇していた。
この結果は投資家が社外取締役の導入を好ましいニュースと捉えていることを示している。導入の利益率への効果に関しては、利益率の変化に影響を与えるさまざまな要因をコントロールするために、導入した企業とその企業と同様の特色を持ちながらも導入しなかった企業をマッチングし、両者の利益率の変化の差を比較することによって社外取締役の導入が利益率に与える影響を計測した。結果は社外取締役を導入した企業は同様な特色を持ちながらも導入しなかった企業よりも導入後の利益率が有意に改善していることを示していた。これらの結果は社外取締役の導入が株価においても、利益率においても企業の業績に貢献しており、社外取締役導入が有用であることを示していると考えられる。
以上の分析結果をふまえて、なぜ日本において社外取締役が普及しないのかを考えてみたい。社外取締役の導入と業績への効果の分析結果は、社外取締役が企業業績に対してポジティブな影響を与えているにも関わらず、社外取締役の導入が効果的と考えられる外部からの監視が容易で、経営者による資源浪費の可能性が高い企業の導入確率は低いというものであった。
この結果は日本において社外取締役が普及しない原因は必ずしも効果がないからではなく、経営者、特に導入することによって厳しい監視を受け経営の自由度を封じられる経営者が社外取締役を忌避しているために普及していない可能性があることを示している。社外取締役に関わらず経営者を規律付けるメカニズムは必ずしも経営者にとって望ましい存在ではない。しかし現実的にはその導入の可否は経営者に委ねられている。それゆえに、このような効果があるが導入されないという事態が起こると考えられる。
米国などにおいて一定数の社外取締役が強制されている理由もここにある。ゆえに、日本企業のガバナンスを改善するためには社外取締役の導入を義務化することも1つの有力な手段であると考えられる。しかし、義務化には現在既に、効率的なガバナンス体制を敷いている企業に、追加的なコストを強いることとなり、効率性を損なう可能性があることも忘れてはならず、義務化が最適かどうかを見極めるためにはより慎重な研究を行っていく必要があるだろう。