日本型コーポレート・ガバナンスはどこへ向かうのか?:「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査から読み解く

第4回「経営者インセンティブと社外取締役の役割の実態」

齋藤 卓爾
慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授

第4回は「経営者インセンティブと社外取締役の役割の実態」と題し、社外からはわかりにくい経営者インセンティブと社外取締役の実態をアンケートから明らかにしていく。

経営者インセンティブ

経営者報酬は株主とは異なる利害を持つ経営者を株主の利害に沿って行動させるための重要なコーポレート・ガバナンスのメカニズムの1つである。日本企業の経営者報酬が米国企業のそれとは大きく異なっていることは広く知られている。日本企業の経営者にどの程度の株主価値を最大化する金銭的インセンティブがあるかを分析したKubo and Saito (2008)によれば、日経225企業の社長が受け取っている1年間の報酬の平均額が約5000万円であるのに対して、S&P500企業のCEOの受け取っている報酬の平均額は14億円となっている。

異なるのは報酬額だけではない。企業業績が変化した際に変化する報酬額も大きく異なっていることが示されている。たとえば、米国で1000ドル株式価値を上昇させた際に経営者が受け取る報酬額などがいくら変化するかを分析したJensen and Murphy (1990)はその額は3.25ドルであるとしている。Hall and Liebman(1998)は株価を15%上昇させた時に米国の経営者が受け取る報酬は約3億円であることを報告している。これらと同様の額を日本で計測したKubo and Saito (2008)は日本企業の経営者が株式価値を1000円あげても0.3円、株価を15%引き上げても約700万円しか受け取れる報酬が増えないことを報告している。経営者のインセンティブを考える上で、役員報酬と企業業績の相関関係の強さは極めて重要である。なぜなら、インセンティブは業績が上がった(下がった)際に、どれだけ報酬が増える(減る)かに依存しているからである。

このようにこれまでの研究は日本企業の経営者報酬が米国と比較して、低額であること、業績への感応度が弱いことを示しているが、経営者報酬が実際にどのように決定されているかについては不明な点が多い。そこで今回の「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査」では経営者報酬がどのように決定されているのか、何を基準に決定されているのかを訊ねている。

下図は「経営者報酬の決定においてどのような基準を重視されていますか」という問いに対する回答をまとめたものである。

図1:経営者報酬の基準
図1:経営者報酬の基準
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※***、**、*は、それぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示している。

最も重視されていたのは「自社の業績」であり52%の企業が非常に重視していると答え、40%の企業がやや重視している、と答えている。これに対して同業他社の経営者報酬、同規模の企業の経営者報酬を基準としていると答えた企業は極めて少なかった。米国では多くの企業が同業や同規模の企業をベンチマークとして経営者報酬を決めていることが知られている。これは米国では経営者の引き抜きなどが頻繁に起こるためである。これに対して日本では経営者が会社を異動することはほとんどなく、そのため経営者報酬において他社を意識する必要がないことを示唆しているのかもしれない。

次に経営者報酬制度の実態に関しても尋ねた。

図2:役員報酬制度
図2:役員報酬制度
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驚くべきは「取締役の報酬額について明文化された規定(支給基準)が存在するか?」という問いに対して、約65%の企業が存在しないと答えている点である。また、ほとんどの企業が報酬委員会を設置しておらず、コンサルタントも利用していないこともアンケートの結果は示している。役員報酬に関して明文化された規定を持たず、報酬委員会も存在せず、外部のコンサルタントも用いていない企業の比率はアンケート回答企業の56%に及んだ。これらの結果は日本企業の経営者報酬が報酬を受け取る側である経営者のみによって決められていることを示していると考えられる。ではなぜ、日本企業の経営者の報酬は米国企業よりも大幅に低いのだろうか? この点に関しては今後も研究を行っていく必要がある。

報酬と並んで経営者のインセンティブに大きな影響を与えるのは経営者人事である。米国などでは社外取締役を中心とした指名委員会が経営者人事において大きな権限を握っていることが知られているが、アンケートの結果からはほとんどの日本企業がそのような機関を持っておらず、現経営者、元経営者である会長、相談役が経営者人事をほぼ独占的に決めている姿が浮かび上がってくる。約87%の企業が、現経営者が後継人事になんらかの影響を及ぼしている、約44%の企業が会長・相談役などの社長経験者がなんらかの影響を及ぼしていると回答している。

取締役会の役割

取締役会は世界的にも株式会社のコーポレート・ガバナンスにおいて最も重要な機関と考えられており、日本においても会社法362条において、取締役会の職務は重要な事項の決定、経営の監視、経営者の評価・選任とされている。日本以外の国の株式会社の取締役会では社外取締役が大きな比率を占めているのに対して、日本の株式会社の取締役会はほぼ社内取締役で占められていることは広く知られている。本アンケートの回答企業で見ても、約46%の企業が社外取締役を導入しておらず、導入している企業の多くも社外取締役の人数は1人か2人と少数であり、過半数を社外取締役としている企業はわずか3%に過ぎなかった。このように日本において社外取締役の導入が進まない理由の1つに監視される側である経営者が社外取締役の導入の決定権を握っていることが指摘されている。このような場合、経営者が社外取締役を導入する理由は主に経営の監視ではなく、助言を得ることにあると考えられる。

果たして実際にそうなのかを見極めるために本アンケートではどのような事案において社外取締役の重要な貢献があったかを問うている。下図はその結果を示している。なお下図の比率は社外取締役導入企業に占める貢献があったと答えた企業の比率である。

図3:社外取締役の貢献
図3:社外取締役の貢献
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最も多かった答えは議案の適法性である。なお、このように答えている企業には弁護士を社外取締役としている企業が多かった。この結果からは企業が取締役会の決定に社外の人物、特に弁護士を関与させることにより決定の適法性、妥当性を確保しようとしている姿を見て取ることができる。3番目に回答が多かった会計の適正さに関しても、公認会計士を社外取締役として迎えている企業が多く、同様のことが言えると考えられる。2番目に社外取締役の貢献があったという答えが多かったのは新規事業であり、社外取締役導入企業の約35%が社外取締役の貢献があったと答えている。これはまさしく経営に関する助言を社外取締役が行っていることを示していると考えられる。これに対して、経営者の監視(経営者の交代(評価))について社外取締役の貢献があったと答えた企業は極めて少なく、社外取締役導入企業の6%のみが貢献があったと答えている。この結果は、日本企業による社外取締役導入の主たる理由は経営者の監視ではないという考えに合致するものと考えられる。このように社外取締役の貢献に関するアンケートの結果からは日本企業の社外取締役導入の主な理由は経営者が歓迎できる経営への助言であり、経営者が歓迎できない監視ではないという事が見て取れる。

では、このような社外取締役はどのように選ばれているのだろうか? アンケートでは社外取締役との事前の関係についても訊ねている。

図4:社外取締役との就任前の関係
図4:社外取締役との就任前の関係
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最も多かった答えは事業上の関係がかつてあったというものであった。アンケートへの回答があった企業の中には多くの上場子会社が含まれており、これは親会社からの社外取締役を指しているものが多いと考えられる。次に多かったのは経営者と個人的な交友関係があったという回答である。このように社外取締役の選任においては事前になんらかの関係があり、自社の事業に関する知識を持った者が選ばれる傾向が見て取れる。しかし、一方で事前に接点はなかったという回答を行った企業も多くあり、独立性を重視して社外取締役を選任している企業が一定数存在していることを示していると考えられる。

ここまでは社外取締役を導入している企業に焦点をあてたアンケート項目を見てきたが、社外取締役を導入していない企業に対してもなぜ導入しないのかを訊ねている。最も多かった答えは社外監査役が十分に機能しているからというものであり、社外取締役を導入していない企業の74%がこのように答えている。また約20%の企業は社外取締役の必要性を認めていないと回答している。導入企業のアンケート結果から見られるように、もし仮に社外取締役に期待する役割が適法性の確保であり、経営に対する助言であるのならば、その役割は社外監査役でも十分にこなすことができると考えられる。非導入企業は社外取締役の役割をこのように考えているため、社外取締役監査役で十分、必要性を認めていないという答えが多かったのかもしれない。

このように取締役会、特に社外取締役に関するアンケートの結果からは日本企業による社外取締役の導入の主な理由は経営に対する助言とコンプライアンスの確保であり、一般に社外取締役の役割と考えられている経営者に対するモニタリングとは異なることを示している。

2013年6月27日
文献
  • Hall, B. and J. Liebman, 1998, "Are CEOs really paid like bureaucrats?" Quarterly Journal of Economics, Vol.111, pp.653-691.
  • Kubo, K. and T. Saito, 2008, "The relationship between financial incentives for company presidents and firm performance in Japan," Japan Economic Review, Vol.59, pp.401-418.
  • Jensen, M. and K. Murphy, 1990, "Performance pay and top-management incentives," Journal of Political Economy, Vol.98, pp.225-262.

2013年6月27日掲載

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