コラム

第15回「持株会社化に適した会社、適さない会社」

川村 倫大
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 革新支援室長

「持株会社化」の成功とは?

グループ経営のあり方についてさまざまな企業からのご相談に対応していると、必ずいただく質問がある。それは、「どのような企業が持株会社に向いているのか?」、「持株会社化して成功しているのはどのような企業か?」というものである。これは、簡単なようでいて実はなかなか難しい問いである。なぜならば、この問いに対する答えは、「成功の主体(誰にとっての成功か?)」と「成功の基準(何をもって成功とするか?)」によって大きく左右されるからだ。

「成功の主体」については、本来は株主・顧客・社員といった幅広いステークホルダーがその対象であるべきであろう。しかし、持株会社化はまず第一義的には経営陣によって発起されるものであるから、ここでは経営者が期待する目的を「持株会社化」という手段が充足したか否か、ということこそが成功の基準であると考えるのが妥当であろう。

実は、持株会社化に際して、「業績の向上」が直接の目的としてあげられることはほとんどない。これは、考えてみれば当たり前のことだ。持株会社化とはあくまでも組織の改編であり、組織改編を行ったからといって業績が向上するわけではない。

持株会社化の背景にある12の理由

では実際に掲げられる目的とは何か。各社が持株会社化の理由としてあげる項目はさまざまであるが、「グループ価値の向上のために」といった形で曖昧にされることも多く、その実情はなかなか分かりにくい。筆者がこれまで相談を受けた背景としては、代表的なものだけをあげても以下のように多種多様である。

(1)経営統合の手段として
異なる企業グループ間の統合に際しては、近年では合併よりも持株会社を通じた統合の方が一般的となった観がある。設立までのスピードが早いこと、知らぬ仲同士で本格的な融合を図るまでの時間を確保できること、などが主な背景にあり、一度、持株会社の下で両社を並存させた後、第二次・第三次の再編へと向かうわけである。

(2)多角化事業の自立性を高める手段として
これは、事業部制やカンパニー制から事業分社を進めて持株会社体制に移行する際に、しばしば「自主自立経営の実現」といった表現でうたわれるテーマである。社内組織であっても事業採算については当然に明確化している訳であるが、それを部門トップ以下の社員により一層リアルに感じてもらうための手段と捉えられ、導入企業においても「よりC/Fを意識するようになった」「経営意識が高まった」といった効果が聞かれる。

(3)経営のスピードアップのために
組織が大きくなるとどうしても階層が増え、いわゆる「ハンコの数」が増えることになる。それをあらためて小組織にくくりなおし、より市場に近いところへと権限をおろすことで意思決定のスピードアップを図ろうというものだ。ただし、持株会社と事業会社との責任・権限の範囲をうまく設計しないと、屋上屋を重ねてかえって経営スピードが鈍ることにもなりかねないので注意が必要である。

(4)M&Aを通じた成長のために
「売り」にせよ「買い」にせよ、持株会社はM&Aが進めやすい体制であることはよく知られている。保有株式の売却だけで済むので事業撤退もやりやすいが、相手先が傘下入りするに際しても心理的なハードルが低い。持株会社体制への移行とは、極論すれば「ポートフォリオ組み替え専業会社」となることであり、それは対外的にも「M&Aに積極的」というメッセージを発信することにつながる。

(5)複雑な資本関係の整理のために
オーナー色の強い企業が大きな節目(事業再生や事業承継)を迎えた際に、グループ内の複雑な資本関係を整理する必要に迫られるケースがある。そのような場合、グループ各社をいったん持株会社の100%子会社とすることで資本関係をすっきりさせた上で、次の一手に臨むといったステップがしばしば試みられる。

(6)事業領域の見直しのために
従来の伝統的本業ビジネスが成熟しつつあり、事業領域の転換を図る必要性がある場合、本体事業を分社して多角化事業におけるone of themとする方法がしばしば採られる。伝統事業に対する刺激効果と成長事業に対するモチベートの一挙両得をねらった再編といえるだろう。

(7)グループ本社機能を強化するために
従来、主に親会社を対象に提供されていた企画・管理・支援といった本社機能を、広くグループ会社(海外含む)全体を対象に再定義しようというものである。多角化が進んだグループのみならず、単一ドメインでありながら市場やチャネルが多様化しているグループにおいてもこの選択がなされることがある。

(8)後継者対策として
オーナー企業の場合、現トップが持株会社トップとなってグループ全般を統括し、後継者候補である子息を子会社トップに据えて事業経営の経験を積ませる、という選択はしばしば見られる。加えて、その子息に事業の才覚が乏しく管理部門向きである場合には、グループの象徴として持株会社のトップに据えて、各事業は生え抜きプロパー幹部で遂行する、という形も選択しうる。

(9)敵対的買収への備えとして
これは、強力なブランドを社内に抱えている上場企業が非友好的な買収者に狙われた際に、当該事業を分社することを通じて、いざとなった場合にはその会社単独で外部と資本提携する手段をもって買収者を牽制する目的で行われるものである。単に当該事業のみを分社するのはやや露骨であるため、複数事業を同時に分社して持株会社化する、といった「隠れ蓑」的な使い方がされる訳である。

(10)人材登用・モチベート策として
企業の人員構成との兼ね合いにおいて、特定の階層・年代に人材の層が厚く、そこが組織構造との兼ね合いでプロモーションが頭打ちにならざるを得ない場合、それに対するモチベート策として分社型の持株会社化を進めてポストをあてがい、中堅幹部のやる気・やりがいを高めるという方策がありうる。

(11)事業特性に応じた経営を行うために
典型的であるのが業種業態に応じた人事制度の構築である。同一社内であっても事業別処遇は可能であるが、別会社とした方がより行いやすいのは自明である。

(12)組織的経営への移行のために
トップダウンのオーナー経営から次世代経営へと移行する場合、多くの場合、経営スタイルの変更を伴う必要があり、より組織的な経営を指向せざるを得ない。そして持株会社体制を通じて意思決定を行う場合、別法人に関する判断と決断を行うことになるため、それにあわせて意思決定プロセスを整備せざるを得ないわけである。

紙面の都合でこのあたりに留めるが、筆者がこれまで相談を受けたケースだけでも上記のように様々である。持株会社体制への移行に際しては、経営や組織に関する知識のみならず、法務・会計・税務・労務などの幅広い実務知識が必要とされ、加えて相応の労力を要するわけであるが、それだけの労力・コストと、前述の期待メリットを天秤にかけ、後者の方が明確に強いと言える会社こそが持株会社化に適した会社であるといえるだろう。

2009年5月18日

2009年5月18日掲載

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