コラム

第13回「無議決権株式を規制する必要はあるか?」

加藤 貴仁
神戸大学大学院法学研究科准教授

近年、無議決権株式を発行する企業が見られ、その規制をめぐってさまざまな議論が展開されている。本コラムでは、株主間の議決権配分と会社の支配構造との関係を中心に、この点を検討してみたい。無議決権株式を発行するか否かによって、会社の支配構造はどのような影響を被るのであろうか?

一株一議決権原則とは何か?

株主総会は、取締役の選任や合併契約の承認など、会社経営の重要事項について意思決定を行う。そして、株主総会の意思決定は、原則として、行使された議決権の多数決によって行われる。したがって、株主間で議決権がどのように配分されるかによって、株主総会の意思決定は大きな影響を受けることになる。この点について、会社法はどのような規制を行っているのであろうか?

会社法は、「株主(略)は、株主総会において、その有する株式1株につき1個の議決権を有する」と定めている。学説では、この規定は株主間の議決権配分の基本原則である一株一議決権原則を定めたものと解されている。そして、一株一議決権原則の内容は以下の3点に集約される。第1に、誰でも、株式を取得して株主となれば、株主総会で議決権を行使することができる(原則(1))。第2に、株主が行使することができる議決権の数は持株数に比例する(原則(2))。第3に、原則(1)と原則(2)の背景にある一般原則として、個々の株主が行使可能な議決権の数は、個々の株主が負担する会社の事業活動のリスクに比例させるべきであるという価値判断が存在する(原則(3))。

原則(2)について、会社法は例外を認めていない。すなわち、ある株主が1株につき10個の議決権を行使することはできない。一方、原則(1)については、例外が認められている。すなわち、会社法は行使できる議決権の内容が異なる株式を発行することを認めている。その代表例が、2007年に伊藤園が発行した無議決権優先株式である。伊藤園の無議決権優先株式を取得した投資家は、伊藤園が発行する他の種類の株式を取得する場合よりも多額の配当を得ることができる。しかし、伊藤園の株主ではあるが、配当が支払われている限り、株主総会で議決権を行使することはできないのである(伊藤園「優先株式の無償割当て及び優先株式の内容」)。

なぜ、無議決権株式を発行するのか?

それでは、なぜ、上場会社は無議決権株式を発行するのであろうか。既に無議決権株式を発行している伊藤園や、マスコミ報道において無議決権株式の発行を検討していると報じられた上場会社の多くは、その目的として「資金調達手段の多様化」や「機動的な資金調達」を挙げている(USEN「定款の一部変更に関するお知らせ」[PDF:71KB])。確かに、無議決権株式が優先株式として設計されている場合には、無議決権優先株式には、社債と普通株式と比較して、ミドルリスク・ミドルリターンの投資手段を投資家に提供するという意味がある。しかし、無議決権株式を発行することの最大のメリットは、既存の支配構造に影響を与えることなく、資本市場から資金を調達できる点にある。

たとえば、上場会社であるA会社は100株の議決権付株式を発行しており、Xはそのうち51株を保有しているとする。Xは、総議決権の過半数を保有することによってA会社を支配している。仮に、A会社が50株の議決権付株式を新たにX以外の第三者に発行したとしよう。この場合、総議決権に占めるXの議決権数は51%から34%に低下する。一方、発行する株式が無議決権株式であれば、総議決権数に占めるXの議決権数は変化しない。

A会社が発行する無議決権株式は、既に上場されている議決権付株式と、少なくとも議決権の有無という点で権利内容が異なる。したがって、投資家保護・株主保護の観点から、無議決権株式の発行段階と流通段階で特別な情報開示が必要である。さらに、このようにA会社が無議決権株式を発行することには、Xの支配権が固定化されるという問題がある。なぜなら、Xは、自分の支配権が揺らぐことを心配することなく、無議決権株式を利用して資金調達を行うことが可能だからである。この点で、無議決権株式には敵対的企業買収防衛策という側面があることは否定できない。しかし、支配権の固定という観点からは、Xの議決権・支配権行使のインセンティブに歪みが生じることの方が問題と思われる。

先に挙げた例では、A会社は100株の議決権付株式と50株の無議決権株式を発行していた。議決権の有無以外に双方の株式の内容が同一であるとすると、会社の事業活動から生じるリスクを、X、X以外の議決権付株式の保有者、無議決権株式の保有者が、およそ平等に(51:49:50)負担することになる。そして、無議決権株式の数が増加すればするほど、無議決権株式の保有者が負担するリスクは増加する。しかし、無議決権株式の保有者は、負担するリスクに見合った議決権を行使することはできない。会社を支配するのは、無議決権株式の保有者と比較して少ないリスクしか負担しないXである。

このような場合、Xは株主利益・会社利益の最大化とは別の目的のために、A会社の支配権を行使する可能性がある。たとえば、Xが適切に支配権を行使することで会社利益が100向上するとする。この場合、増配や株価上昇によってXは利益を得る。しかし、他の株主も持株比率に従って、Xと同じ利益を享受することができる。一方、XがA会社に保有財産を有利な条件で売却するなど個別的にA会社と取引をする場合には、取引か生じる利益を他の株主と分かち合う必要はない。確かに、個別的な取引によってA会社の企業価値が減少すれば、Xも株主として損害を受ける。しかし、個別的な取引から独占的に享受できる利益が十分に大きければ、Xは自己利益のために支配権を行使する可能性が高くなる。

しかし理論的に、Xに株主として負担する会社の事業活動のリスクと比較して大きな議決権を付与することが、合理的な場合も想定できる。たとえば、XがA会社の創業者でありA会社の事業活動の発展のために必要不可欠な人材であったり、業績不振に陥ったA会社の再建のためのスポンサーであったりした場合である。この場合、先に述べた議決権・支配権行使のインセンティブの歪みを補正する要素が存在していると評価できるように思われる。筆者は、支配権の固定のメリットとデメリットを考慮する際には、このような、XとA会社の間に存在する「株主―会社関係」以外の関係に着目するべきではないかと考えている。

無議決権株式の発行をどのように規制するべきか?

無議決権株式を発行することによって会社の支配構造が固定化することには、メリットもあればデメリットもある。会社法の役割は、デメリットが大きい支配構造の採用を抑止しつつ、メリットが大きい支配構造が採用されることを促進することである。

会社法は、伊藤園のような上場会社が無議決権株式を発行することについて、直接的には、その発行限度を規制しているに過ぎない。すなわち、上場会社において、議決権行使が制限されている株式の数が発行済株式総数の2分の1を超えることが禁止されている。このような規制は、先に述べたインセンティブの歪みを防止するという点では、一定の意義がある。しかし、議決権以外の株式の内容が多様化し、株主間のリスク負担のあり方が多様化することに対応することは困難である。

現在の日本法において、無議決権株式において重要な役割を担っているのは、東京証券取引所(以下、単に東証という)である。東証は、上場会社が新規に無議決権株式を発行することや、新規に上場を申請する会社が無議決権株式を発行すること自体を禁止しているわけではない。しかし、いずれの場合においても、過少出資による支配構造を解消するスキームの採用を要求するなど手続規制にとどまらない実体的な規制が設けられている(東証「上場審査等に関するガイドライン」II6.(4)・III5.(5)・IIIの2)。過少出資による支配構造の問題は、まさに、先に述べた議決権・支配権行使のインセンティブの歪みに外ならない。また、硬直的になりがちな無議決権株式の発行限度の規制と比べて、東証の規制は個別的な事情を考慮することを可能にするという点で妥当である。

実際に東証の規制が適用された事例が存在しないため、規制の妥当性を判断することは時期尚早ともいえる。ただし、無議決権株式など一株一議決権原則とは異なる株式を発行することを規制する際には、その前提として、議決権・支配権行使のインセンティブの歪みが会社経営に与える影響を実証研究によって明らかにすることが必要であろう。特に、日本法においては、会社法による無議決権株式の発行限度の規制に加えて、追加的な規制を課すことの費用と効果が分析される必要がある。また、規制の必要性の観点からは、投資家や証券会社などの市場仲介機関などが、投資家にデメリットをもたらす無議決権株式を適切に選別できる場合が存在するか否かを分析する必要もある。このように、上場会社が発行する無議決権株式について研究すべき課題は数多く存在する。

2008年12月22日

著者プロフィール

東京大学大学院法学政治学研究科助手、神戸大学大学院法学研究科助教授を経て2007年4月より現職

2008年12月22日掲載

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