コラム

第12回「取締役会改革:権限と独立性」

河村 耕平
英国エディンバラ大学経済学部専任講師

コーポレートガバナンスについての議論において、常に一定の重きをなしている課題の1つに、取締役会改革があることに疑いの余地はない。1990年代後半には取締役会のスリム化と執行役員制の導入が大きな話題となり、続いて社外取締役の積極的な採用、そして近年ではその流れをさらに押し進めた委員会設置会社が法制化された。ガバナンスの制度設計という観点から、目に見える形で数多くの変化が生じ、また活発に検討が行われている分野であるといえる。

ところが「取締役会の望ましい形とは?」という肝心の問いになると、実務家の間にも、研究者の間にも、実はこれといった同意が存在しないのが現状である。このコラムでは、取締役会に関するこれまでの研究成果を概観しながら、特に取締役会の権限と独立性に焦点を絞って、新たな視点と今後の課題を呈示したい。

取締役会と企業業績

コーポレートガバナンスの研究者にとって、取締役会を分析する上での大きな困難であり、かつ重要な出発点となるのは、米国、英国、日本、いずれの実証研究においても「取締役会の性質(全体の人数、社外取締役の比率、独立性など)が企業業績に与える影響」が明確には観察されないということである。つまり、「取締役会の構成をこうするのが望ましい」といった処方箋が、現実のデータからのみでは導き出せないのである。

実証分析において明快な結論が得られない理由の一部は、ある程度簡単に説明することができる。一例として、社外取締役の導入と企業業績との関係を考えよう。近年の新聞や経済誌における論調に従えば、両者には強い正の相関(社外取締役の導入企業ほど企業業績が良好)が予想される。しかしながら、多くの実証研究はこうした単純な仮説を裏付けることができない。その大きな要因の1つに「好調な企業ほど社外取締役導入に消極的である」という事実が挙げられる。このこと自体は至極当然と感じられるかもしれない。しかし、翻ってもし社外取締役を導入していない企業が好調なのであれば、社外取締役が業績にとってプラスの効果があるのかには、やはり根本的な疑問が生じる。

取締役会の機能と独立性

こうした実証分析の成果を受けて、最近の理論研究は取締役会およびそれを構成する取締役の役割について、より実態に即した見方をするようになった。そこで中心になるのは、そもそも「取締役会とは何をする主体なのか」という視点である。

法制上の取締役会の役割は、主として業務意思決定、経営陣の監督、代表取締役の選任および解任であり、そして特に日本においては重要業務の執行が加わる。ところが、意思決定や経営の監督といった、一見自明な職務を例に取ってみても、取締役会が積極的に意思決定を行っているのか、最終意思決定者である代表取締役に助言しているのかでは、果たす役割や望ましい独立性の程度は大きく異なる。

意思決定者なのか、助言者なのか

たとえば、取締役会において、社外取締役たちが社長(代表取締役)の決定を覆すことができるほどの強い権限を持っているとしよう。その場合には両者の利害が一致しないこと、すなわち社外取締役が社長から高度に独立していることが決定的に重要になる。なぜなら、もし社外取締役の利害と社長の利害が一致しているのであれば、社長の意思決定を覆すことはありえず、彼らが強い権限を持つこと自体に意味が無くなってしまうからである。

強い権限を付与された独立社外取締役は、まさに「意思決定」や「経営の監督」という取締役の法制上の役割を体現した主体であるといえる。しかし、社長をはじめとした経営陣による判断の是非を見極めるためには、豊富な経験、優れた能力、そして多大な時間を要するのみならず、社内の実態にも精通している必要がある。それでいて経営陣とは独立して株主利益を代表できる人材を社外から探し出すのは、現実には極めて困難であろう。

次に、社外取締役による「意思決定」や「経営の監督」を、社長に対する助言、として捉えよう。最終的な意思決定者は社長であるが、社外取締役はいわば「ご意見番」や「もの申す」存在として、社長に経営上の新たな情報をもたらす。現在の多くの日本企業において、社外取締役の妥当な役割といえるだろう。では助言者としての社外取締役の独立性は、どうあるべきだろうか。

興味深いことに、理論研究によれば、助言者としての社外取締役は社長と独立した利害を持つ必要はない。むしろ、先述した強い権限を持った社外取締役の場合とは逆に、社外取締役と社長はある程度近い関係にあることが望ましい。なぜなら、もし社長が最終的な決定を下すのであれば、社長はいつでも助言を無視することができるため、利害が鋭く対立した社外取締役からの助言には、初めから社長が耳を傾けないからである。すなわち「独立したご意見番」の効果は、実は極めて限られている可能性が高い。

とはいえ、助言者としての社外取締役の独立性が低い場合には、助言自体が社長にとって有用であっても株主にとって有益なものとは限らない。したがって、そのような社外取締役が果たして企業の業績にどこまで効果があるかについては、疑問が残る。

以上の理論的考察は、現実の多くの要素を捨象し単純化された議論ではあるが、社外取締役やその独立性が容易ならざる問題であることを、端的に示している。ともあれ「果たすべき役割によって取締役の望ましい属性が著しく異なる」という重要な視点は、実務や政策上の議論においてしばしば抜け落ちる傾向があり、十分留意に値する。

株主総会と取締役会

最後に、取締役会改革と、株主の権限について触れておきたい。日本では、一見すると株主の力が極めて弱い印象を受けるが、法制上は米英と比べてかなり強い権限を有していることが知られている。たとえば、配当の決定権は米英においては取締役会にあるが、日本では株主総会にある。また、株主の提案権や総会招集権は日本での方がより広く認められている。

日本において、執行とは分離した強力な意思決定権を持ち、社外取締役が中心的な役割を果たす米英型の取締役会や委員会は、米英に比して法的に大きな権限を持つ株主総会と、どのような権力関係に位置するのだろうか。株主総会に大きな権限を付与する日本の現行法制は、米英型取締役会の職務遂行とは矛盾する恐れがある。たとえば、もし取締役会の決定が株主総会によって容易に覆される可能性があれば、そもそも取締役会が適切な決定をするための努力を怠る誘因が生じ得る。

取締役会の米英化を進める企業群は、概して株式持ち合いの解消や外国人保有が特に進んでおり、株主の権利行使がより現実的になっていると考えられる。株主総会と取締役会の権限分担は、理論、実証ともにまだ検討が進んでおらず、今後特に注目すべき課題の1つである。

2008年11月20日

著者プロフィール

2007年8月より現職。早稲田大学商学部、同商学研究科修士課程を経て、英国オックスフォード大学経済学博士課程修了(DPhil)。専門は応用ミクロ経済理論。

2008年11月20日掲載

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