コラム

第10回「日本のファミリー企業は、成功しているのか?」

Yupana WIWATTANAKANTANG
一橋大学経済研究所准教授

本コラムでは、2008年3月にRIETI「コーポレートガバナンス研究会」で行った報告"Adoptive Expectations: Rising Son Tournaments in Japanese Family Firms"に基づき、「日本のファミリー企業は、成功しているか」というテーマについて検討してみよう。

ファミリー企業が抱えるジレンマ

ファミリー企業というのは多くの国において支配的な組織形態である。まず、ここでのファミリー企業の定義を述べよう。創業者一族は大規模な持株比率を確保しなくても、重要な権限を有する役員に就任することなどにより、企業内で影響力を維持することが可能である、と先行研究において論じられている。そのため、ここではファミリー企業を可能な限り広く定義し、創業者またはその子孫が十大株主に名を連ねるか、執行役員に就任している企業としている。

ファミリー企業の米国の例ではヒルトンやウォルマートなどがあり、日本にもトヨタ、スズキ、キッコーマン、武田薬品など多くの例がある。ファミリー企業の利点としては、株主と経営者の利害のずれの軽減や長期的視点に立った投資行動の促進などがある。欠点としては、縁故主義により後継者の選択肢が限られ、最適な後継者を選べない可能性などがある。そのような状況になればファミリー企業は短命で終わるであろう。

つまりファミリー企業は、同族内での経営に固執すると経営者の能力が低くなる可能性があり、専門経営者に任せれば一族の影響力が損なわれる、というジレンマを抱えている。

養子や婿を迎えると業績が上がる?:ファミリー企業の実証分析

これまでのファミリー企業の研究では、創業者の経営するファミリー企業は非ファミリー企業より業績がよいが、後継者の経営するファミリー企業は非ファミリー企業に比べ劣っているという傾向が示されている。しかし、日本のファミリー企業には、男性の後継者を養子や婿として同族外から招き入れるという日本固有の慣習がある(ここではそのような後継者を非血縁後継者と呼ぶ)。そのような例として岩崎家(三菱)や豊田家(トヨタ)などが挙げられる。

このような慣習が、先に述べたようなファミリー企業におけるジレンマを解決する手段足りえるか、という問題について、我々は"Adoptive Expectations: Rising Son Tournaments in Japanese Family Firms"という論文で戦後日本の上場企業の実証分析により検証した。

具体的には、戦後、日本で証券取引所が再開された1949年から1970年の間に東京、名古屋、福岡および大阪の証券取引所に上場した非金融企業を対象に研究を行った。これらの企業を1962年から2000年、または上場廃止となった年のいずれか早い方の年までのデータによって調査した。サンプルには1949年から1970年に新規上場した1435社のうち1355社が含まれ、5万674のデータで構成されている。

その結果、後継者経営のファミリー企業は、非ファミリー企業に比べて、他の条件が一定の場合、業績が上回っていることが示された。これは他の先進国におけるファミリー企業の分析結果とは反対の結果になっている。後継者経営のファミリー企業の内で、非血縁後継者経営の企業と直系子息経営のファミリー企業を比較すると、前者が後者を上回る業績を上げている、ということがわかった。ちなみに系列に属する非ファミリー企業は、企業タイプ別の比較(創業者によるファミリー企業、直系の後継者によるファミリー企業、非血縁後継者によるファミリー企業、専門経営者の経営するファミリー企業、非同族非系列企業、非同族系列企業を比較した)では業績、企業価値共に最下位となっていることが明らかになった。

優秀な養子や婿を迎える日本のファミリー企業

次にそれぞれのタイプの経営者の特徴を比較してみた。

ファミリー企業において非血縁後継者は直系の後継者に比べより高い能力を持っていると推測される。そのため能力の1つの指標として考えられる学歴を、それぞれのタイプの経営者の最終学歴や出身大学の割合を見ることで比較した。非血縁後継者は直系の後継者よりも高い学歴を持っている場合が多いことがわかった。なお、直系の後継者も創業者より高い学歴を有していることが多かった。在任期間に関しては、非血縁後継者の平均在任期間は20年であり、直系の後継者の在任期間と非常に近いものになっていた。これは、平均6年の専門経営者よりも長いものとなっていた。

日本のファミリー企業は、同族外から有能な後継者を招き入れることで有益なスキルや能力を企業内に取り込んでいる。養子縁組や婚姻は同族外の人間を一族に組み込むことで、それら外部出身の人間と創業者一族の利害を一致させるように働く。その結果、創業者一族にとって、非血縁後継者を取り入れることは、専門経営者に経営を任せるより、望ましい選択となる。また、業績の芳しくないファミリー企業ほど自らの資産を守るため養子や婿を迎え入れると考えられる。そしてそのような企業の経営改善により、ファミリー企業の平均的な業績は向上するであろう。さらに同族外から後継者を招き入れる可能性があるということは、直系の行動を引き締めるという効果もあると推測される。

2008年8月14日

編集協力:
河西卓弥(RIETIリサーチアシスタント/カリフォルニア大学サンタバーバラ校Ph.D. Candidate)

著者プロフィール

経済学博士(2000年3月一橋大学)、2000年6月一橋大学経済研究所附属経済制度研究センター客員助教授、2003年6月同センター助教授、2007年4月より現職

2008年8月14日掲載

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