「失われた10年」の日本経済をめぐる論議では、経営再建の見込みが乏しい、いわゆる「ゾンビ企業」を存続させたことが、経済の回復を遅らせた主要な原因の1つであると指摘されてきた。しかしながら、かつて「ゾンビ企業」と呼ばれた企業で、結果的に破綻や上場廃止に追い込まれた企業はごくわずかである。また、存続した「ゾンビ企業」の大半は、近年業績を大きく改善させている。以下では、東京大学の福田慎一教授と筆者の共同研究成果をもとに、「ゾンビ企業」復活の背景について考えてみたい。
融資取引関係の功罪と「ゾンビ企業」問題
銀行と企業の継続的な融資取引関係は、戦後日本の金融仲介の核を担ってきたシステムであるといえる。このシステムの特徴の1つは、借手企業が一時的な(回復可能な)経営危機に陥った際に、銀行は金利減免や追加融資など当初の契約内容の変更に柔軟に応じることにより、無駄な企業清算を回避できる点にある。しかし、このような継続的取引関係に基づく柔軟性には、いわゆるソフト・バジェット(予算制約の弛緩)問題のように、負の側面もあることが指摘されている。すなわち、借手企業は銀行による救済を見越して経営努力を怠り、銀行は再建の見込みが乏しいことを知りながら追加的支援に応じて清算を先送りするさまざまな誘因を持つ可能性がある。このとき、市場から退出すべき非効率な企業に対する融資の継続・拡大行動を「追い貸し」、銀行によって延命されている非効率な企業を「ゾンビ企業」と呼ぶことが多い。
日本経済が深刻な金融危機に直面した1990年代末から2000年代初頭にかけては、「追い貸し」や「ゾンビ企業」の存在が資源配分を歪め、健全な企業に負の外部性を及ぼして経済全体の回復を遅らせているのではないか、という見方が台頭した。この見方をデータから検証しようとした先行研究では、「追い貸し」もしくは「ゾンビ企業」の定義や発生原因の捉え方に違いが見られるものの、大筋としては仮説を支持する結果を得たものが多い。中でもCaballero, Hoshi, and Kashyap(2006)(以下C-H-K論文と略す)は、上場企業データから「ゾンビ企業」を個別に特定して、負の外部性の存在をより直接的な形で明らかにした。
しかしながら、「ゾンビ企業」が経営再建の見込みが乏しい非効率な企業であったとすると、なぜその大半がその後も存続し、かつ近年その業績を大幅に改善しているのかを説明することが難しい。当時の論調では、事実上の債務超過にある企業を非効率な企業、そうした企業に対する銀行の追加的融資を「追い貸し」と断定する傾向が強かった。また、C-H-K論文も、銀行などから金利減免を受けていることを「ゾンビ企業」の条件としている。しかし、債務超過に陥ったり、約定金利の支払いが困難になっている企業でも、今後清算価値を上回る利益が見込まれるのであれば、存続することが社会的にはむしろ望ましい。このようなフォーワード・ルッキングな基準で企業の将来性を的確に評価することは、少なくとも部外者には極めて困難な仕事であるが(注1)、それができないとすれば、真の意味で融資取引関係の「功」の部分か「罪」の部分かを見極めることもできないはずである。
「ゾンビ企業」の識別
もっとも現在では、「ゾンビ企業」の存在が問題視されてから、少なくとも数年間の実現データを観察することができる。よって、企業の将来性を評価する特別な能力を持っていなくても、ゾンビと見なされた企業の「その後」を追跡することによって、フォーワード・ルッキングな観点から当時の判断を再評価するためのさまざまな材料が得られるであろう。
このような問題意識から、東京大学の福田慎一教授と筆者は、東証一部・二部上場の主要5業種(注2)に属する企業2228社を対象に、「ゾンビ企業」の復活状況とその要因を分析した。2002年までを分析対象としたC-H-K論文では、長短プライムレートなどを用いて、期初の有利子負債残高から「最低限支払うはずの利息(最低支払利息)の理論値」を求め、実際の支払利息がそれを下回った場合、金融支援(金利減免)を受けている「ゾンビ企業」と判定している。しかし、この方式を最近まで適用してみると、2002年以降の経済の回復にもかかわらず「ゾンビ企業」の比率が3割を大きく超えて上昇を続け、優良企業が「ゾンビ」と誤認されるケースも目立ってきた。
そこで、我々の分析にはC-H-K論文の方式を大幅に改良した独自の判定方法を用いることにした。まず、(1)営業損益+受取利息配当金、(2)利払前税引前損益、のいずれかが「最低支払利息」を下回る、という「収益性基準」を追加した。これにより、優良企業がゾンビと誤認される問題は解消された。次に金融支援の基準に、金利減免だけでなく追い貸しの観点も盛り込んだ。つまり、最低支払利息をカバーできない収益状況にある企業が、前期末と今期末の借入金残高の関係から「新規貸出」を受けたと推測できる場合にも、金融支援と見なすことにした。このように「収益性基準」と「金融支援基準」を併用する独自の方法で識別した「ゾンビ企業」比率は、2001年に25%のピークを迎えた後、2003年以降には10%を切るまで急速に減少し、不良債権比率や要注意債権比率の推移とも整合的な結果が得られた。
「ゾンビ企業」の復活要因
そこで、このゾンビ指標を用いて、1995~2004年の10年間を対象とし、前期に「ゾンビ企業」と判定された企業の今期のステータス(「ゾンビ企業」にとどまったか、「非ゾンビ企業」に復活できたか、上場廃止となったか)を質的な被説明変数とする多項ロジット・モデルを推計して、「ゾンビ企業」の復活要因を分析した。説明変数は、外生的なマクロ経済環境の改善、企業自身によるリストラ努力、企業のガバナンス構造、金融機関による支援、という4つの復活要因に焦点を当てて選択した。
すると、売上高の伸びやタイム・ダミーの推計結果からは、マクロ経済環境の改善、とりわけ2002年以降の世界経済の成長を背景とする外需の増加が復活の確率を有意に高めたことが確認された。しかし同時に、従業員数や固定資産の削減も復活に対しプラスの効果をもたらしたこと、金融機関持株比率が大きい企業は復活しやすいことも判明した。また、金融機関による支援も思い切った債務免除を伴う場合には復活の確率を高めていた。すなわち幸運な外的要因だけでなく、企業の経営努力やそれを促す大株主としての金融機関の意志、早期の債務処理を促す経済政策といった要因も「ゾンビ企業」の復活に寄与したと解釈できる。
ただし、企業のリストラや金融機関による支援がもたらした効果は、常にプラスというわけではない。賃下げは復活に必ずしも有効ではなかったし、従業員数や固定資産の削減も、減らし続けている方が良いといった単純な関係ではなかった。特別損失や特別利益の計上と復活との関係からは、損失を確定するタイプのダウンサイジングが復活には効果的であり、優良資産を切り売りするタイプは逆に復活を遅らせるという傾向が見られた。また、小出しの債務免除は逆に復活を妨げる傾向にあり、長い間「ゾンビ企業」にとどまるほど復活する確率は低くなることもわかった。つまり、「ゾンビ企業」の復活には、問題の先送りではない、収益性の向上を見据えたメリハリのついた改革が必要であったといえる。
ハードランディング路線の是非
今回の研究によって明らかになった「ゾンビ企業」の復活理由を一言でまとめれば、「適切なリストラ+追い風」ということになる。融資取引関係が「功」の部分を発揮するには、単なる追い風頼みではなく、必要なものと無駄なものを適切に選別し、前者には十分な対価を支払う一方、後者は積極的に整理することを通じ、資源配分の効率化にも貢献するものでなければならない、といえる。
一方、当時は再生の可能性がないと考えられていた「ゾンビ企業」の多くが復活したことを考えれば、不良債権処理に際してのハードランディング路線(清算主義)の是非は、慎重に問われるべき問題である。この問いに答えるには、「ゾンビ企業」に関する研究の一層の進展が不可欠と考えている。
著者プロフィール
平成18年7月より現職。研究分野は企業金融、企業の設備投資行動など。