企業統治分析のフロンティア

コラム第8回「事業構造の再編と日本企業の復活」

菊谷 達弥
京都大学大学院経済学研究科准教授

コラム

バブル崩壊後の長い苦境を脱し、日本企業は復活を遂げた。現在懸念すべき重要問題(たとえば、資源・エネルギーの高騰や、住宅・金融問題を発端とする米経済の減速、円高など)はあるものの、大きな困難を乗り越えた企業は、新たな課題への挑戦にひるまないであろう。では、この復活はどのようになされたのだろうか。この問題について、企業が行った事業構造の再編という視点から考察してみたい。

1980年代後半のバブル経済のもとで、多くの事業会社が新規事業に乗り出した。バブル崩壊後の企業の努力は、そうした事業をどのように再編していくかというプロセスであったという見方が成り立つだろう。そこでまず、このプロセスが、単純に、多角化した事業の集約化を目指したものであったのかを見よう。その上で、この時期に標語として多用された「選択と集中」は、事業の集約化と何が違うのかを考えよう。

企業活動基本調査からわかること

手掛かりとするのは、経済産業省が行っている「企業活動基本調査」である。同調査は、一定規模(従業員50人以上または資本金3000万円)以上のすべての企業(金融など一部業種を除く)を対象としている。このため、以下の検証は、上場大企業に限定したものではないことに注意すべきである。これらを対象に、同調査は、3桁業種分類に相当する品目別の売上構成を尋ねている。実際の企業の事業構成は、この3桁分類よりも細かく分類されるべきであろうが、共通の基準によって事業が分類されており、事業構造を企業間で比較することができるという利点がある。たとえば、公開された財務諸表のセグメント情報では、上場企業に限定されるばかりか、品目の分類が企業独自になされるために、企業間で事業構造を比較することは難しい。

この3桁分類の売上構成を用いて、企業が行う事業構造の再編を、「既存事業からの撤退」と「新規事業への進出」という視点から捉えよう。ある一定の期間に、既存の品目の売上が消滅した場合を「撤退」、新規の品目に売上が報告された場合を「進出」とみなすのである。一般的には、集約化あるいは多角化を表す指標として、ハーフィンダール指数(売上構成がどれくらい1つの品目に集中しているか、あるいは多くの品目に分散しているかを表す)というアナログ的な指数の変化を用いる。しかしここでは、撤退と進出という2面でのデジタル的な変化に注目するのである。たとえば、企業がある事業から撤退して、同一の売上規模の新規事業に進出したとしよう。このとき、先のハーフィンダール指数では何の変化もないことになるが、撤退と進出という形での事業構造の再編は着実に行われているのである。この見方に立てば、事業の集約化とは、撤退件数が進出件数よりも多い場合として捉えることができる。

バブル崩壊以降の事業構造再編の驚くべき結果

1995~99年を第1期、99~2003年を第2期とし、各期初と期末に多角化していた企業7000社余りについて分析した。第1期に事業撤退を行った企業の割合は全体の46%と多く、事業の集約化に向う傾向が認められそうである。しかし新規事業への進出を行った企業も全体の39%と多い。バブル崩壊後に、新たな事業に進出した企業が広範に見られることは驚くべきことである。なぜこうしたことが可能だったのだろうか。

実は、新規事業への進出を行った企業の65%が、「同時に」事業撤退も行っているのである。逆に、事業撤退を行った企業についてみれば、その55%が進出も行っている。すなわち、進出のみ(全体の14%)、または撤退のみ(全体の21%)を行う企業はむしろ少数派で、両方を同時に行う企業が多い(全体の25%)のである。この一見矛盾とも考えられる行動は何を意味するのだろうか。これに答えるのは後回しにして、ここでは、こうした行動は企業に蓄積された経営資源の活用につながること、実際、両方を同時に行う企業は、どちらか一方しか行わない企業に比べて、期末の企業業績が高いことが確かめられることを述べておきたい。

以上の傾向は、第2期になっても大きくは変わらないが、事業撤退をした企業が全体の46%から60%へと増加する。そして撤退のみを行った企業が全体の31%を占めるようになる(両方を行った企業は全体の29%、進出のみは全体の10%)。この意味では、第2期の方が、集約化が進んだことになる。

さらに、企業の規模別に調べても、こうした傾向は大きくは違わない。規模の最小クラスと最大クラスの間には、資本金規模で平均300倍弱の開きがあるが、同じような企業行動が見られることは、こうした事業再編パターンが、広く日本企業全体に共通する傾向であったことを示している。

事業再編の要因と傾向は何か?

次に、どのような要因が、撤退あるいは進出を促すのかを調べよう。多くの要因が考えられるが、ここでは多角化企業を対象としているので、企業の事業群の中で、最大の売上を占める事業(これを本業と呼ぶことにする)との関係から考察しよう。すると、期間中の本業の売上成長率について、その「平均」値が高いほど、撤退が多くなされ、進出が少なくなることがわかる。また、その「分散」値が大きいほど、逆に、撤退が抑制され、進出が多くなされるようになる(事業ごとの情報として知ることができるのは毎年の売上高だけである)。すなわち、本業が順調に売上を伸ばしていれば、他事業からの撤退が促されるが、本業に頼るリスクが大きくなれば、新規事業への進出が促されることがわかる。

では、撤退の対象となる事業とはどのようなものであり、新規進出の対象となる事業とはどのようなものなのであろうか。これを、本業業種との「近さ」という観点から調べよう。そのために、本業との「投入関連性」と「販路関連性」という2種類の指標を用いる。投入関連性とは、2つの製品の作られ方(生産に投入される財の組み合わせ)が技術的にどのように似ているかを示すものであり、販路関連性とは、2つの製品の販路がどのように似ているかを示すものである。すると、どちらの指標であれ、撤退は本業と「遠い」事業からなされる傾向にあること、そして進出は本業と「近い」事業になされる傾向があることがわかった。

日本企業復活の真実

先に、同一の企業が、撤退と進出を同時に行うことは一見矛盾している、と述べた。しかし、本業から離れた事業から撤退し、同時に、本業に近い事業に進出することは、この時期の事業再編のあり方として極めて合理的である。単なる集約化ではなく、本業周辺に事業群を強化するという、いわば攻防一体の再編が多く行われたのである。これが、最初に触れた「選択と集中」の真の実態であったということができる。実際のところ、こうしたパターンの事業再編を行う企業は、期末の企業パフォーマンス(ROE、ROA)を高めることが確かめられた。しかもこうした傾向は規模を問わず広く認められ、日本企業の全体的復活を用意したのではないかと強く推察されるのである。

ただし最後に触れておかなければならず、しかも決して重要性の点で劣らないことは、(進出を伴わない)撤退に伴う人員整理、非正規労働の雇用問題、海外への工場移転など、負の側面にも目を配る必要があることである。上で見出した傾向は、あくまでこの期間に存続した企業についてのものである。この意味で、広い意味でのM&Aとの関係、たとえば撤退に伴う他社への事業(営業)譲渡、子会社売却なども重要な問題である。

2008年6月18日

著者プロフィール

1987年3月京都大学大学院経済学研究科博士課程(単位取得退学)、1987年4月京都産業大学経営学部講師、1998年4月京都大学大学院経済学研究科助教授を経て、現在に至る。

2008年6月18日掲載

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