コラム

第3回「持ち合い解消、その後」

新田 敬祐
ニッセイ基礎研究所金融研究部門主任研究員

かつて株式持ち合いは、日本の株式市場の際立った特徴といわれていた。市場の時価総額に占める持合株式の割合(持合比率)は、相互保有が確認できるものに限定しても、1980年代後半から1990年代中頃まで18%前後で推移しており、その存在は非常に大きなものであった(ニッセイ基礎研究所「株式持ち合い状況調査」より)。しかし、その後、持ち合いは急速に縮小して行く。持合比率は、2003年度末には7.6%まで落ち込み、その後も試算すると7%程度(未公表の試算値)での推移となっている。市場における持ち合いの重要度は大幅に低下したといえる。株式持ち合いは、既にその役割を終えたのだろうか。

株式持ち合いの縮小と復活

この点を検討するために、株式持ち合いの発展と衰退の過程を振り返ってみよう。持ち合いは、元来、第二次大戦後の財閥解体にともなう株主の分散化で容易になった株式の買い集めに対抗する手段として、金融機関と取引先事業会社との間で形成されていった。持ち合いの最初の役割は、買収防衛だったのである。その後は、終身雇用制や内部昇進者中心の経営組織、長期安定的な金融・営業取引など、日本企業に典型的な諸要素との補完関係を強めて行く。株式持ち合いは、高度成長経済の下で、企業システムの一要素として発展していった。

ところが、経済成長の鈍化とバブルの崩壊により、この特徴的な株式所有構造は大きな転機を迎える。1990年代後半になると、終身雇用制や長期安定的な取引関係といった日本企業の伝統的特徴は、もはや従来の形を維持できなくなっていた。さらに、コーポレートガバナンス論が活発化し、株式持ち合いは積極的な批判にさらされるようになる。経営権を脅かす株主の台頭を防ぎ、企業経営の規律を失わせるからである。持ち合いは、企業システムとの補完性という役割を弱めただけでなく、経営の規律を希薄化させ、株主価値を毀損する要因と位置づけられるようになったのである。

加えて、1990年代後半には株価下落により、銀行の株式保有リスクが急速にクローズアップされることになった。これに、時価会計の導入や銀行の保有株式制限といった制度的な制約が加わり、銀行は大胆な持合解消に踏み切ることになる。1990年代後半から急ピッチで進んだ持合解消は、主に銀行による保有株式の処分によってもたらされたものであった。

このように、持ち合いは、すでに株式市場では目立たない存在になったが、その役割は失われていないと考えられる。減少傾向にはあるものの、上場企業の8割弱もの企業が、依然として何らかの持合関係を維持しているからである。日本企業は、持ち合いの規模こそ縮小させたものの、長期安定的な企業間関係の裏づけとして、そのコア部分の継続保有を選択しているのが現状である。

さらに、敵対的買収の増加や三角合併の解禁に備えて、株式持ち合いを買収防衛策の1つとして復活させる動きもある。持ち合い本来の機能が再び脚光を浴びる形となったが、こうした動きは、買収の脅威にさらされた特定の産業に限定されており、1980年代にみられた広範な株式持ち合いが再現されることはないだろう。買収防衛のための持合強化は、ホワイトナイトの存在を示すシグナルという側面が強いと考えられる。

株式所有構造に見られる新しい動き

以上のように、株式持ち合いは、企業システムの一要素としての役割を失ってはいないものの、その規模は大幅に縮小し、株式市場における存在感も既に小さくなっている。しかし、その一方で、注目すべき動きがある。家族支配型企業の増加である。日本の主要企業では、米英企業と同様に、支配的な大株主が存在せず、高度に分散した株主構成が一般的である。しかし、近年になって、支配的な大株主を持つ企業の増加が顕著になってきた。

家族支配型企業をどのように特定するかの問題はあるが、ここでは、役員保有分に、持株比率が3%以上の資産管理会社や役員以外の個人、国内非上場事業法人の保有分を加えたもので試算してみた。役員でない個人が3%以上もの株式を保有するケースは、創業者一族など当該企業にかなりの影響力を持つ可能性が高い。また、非上場事業法人による株式の大量保有も、間接的な家族支配と考えられるケースが多い。以下では、これらの合計持株比率を「家族保有比率」と呼ぶことにしよう。

東証マザーズや大証ヘラクレスなどの新興市場には、創業後間もない企業が数多く上場しているため、ここではそれらを除いた三市場一部上場企業(東証、大証、名証)について概観してみよう。家族保有比率は、1990年代を通して6%前後で推移していたが、その後は上昇基調となり、2005年度末には11%を超える水準にまで拡大している。三市場一部上場企業のうち家族保有比率が20%以上の企業の割合をみても、1990年代では10%前後で推移していたものが、2005年度末には24%まで上昇している。日本の主要市場においても、家族支配型企業が増加してきたことがうかがえる。

新たなガバナンス問題

この事実は、日本のコーポレートガバナンスに新たな問題を提起する。近年、ガバナンスの改善のために、法制度改革が矢継ぎ早に実施され、企業も大胆な経営組織改革に取り組んできたが、一連の改革は、主に経営者・株主間のエージェンシー問題の緩和を目的としたものであった。これに対して、支配的な大株主の台頭は、大株主と少数株主の間の利害対立という古くて新しい問題を投げかける。

支配的な大株主が存在する企業では、大株主がその影響力を行使して、少数株主の利益を損ね、自らの利益を高めるような取引を行わせる可能性がある。たとえば、自社と大株主の親族が経営する企業との間で営業取引を行わせて、親族企業への利益移転を図ることが考えられる。少数株主が、経営者や支配株主の行動を完全に監視できれば、こうした行動を防げるかもしれないが、一般にそれは不可能であり、たとえ不正に気付いたとしても、その立証は困難である。こうした行動は当該企業の価値を低下させるので、大株主もコストを負担するが、それを上回る利益があれば、大株主には少数株主を搾取するインセンティブが生じる。これは、「プリンシパル(依頼人)=エージェント(代理人)関係」というフレームワークでは、扱えない問題である。

近年、このテーマは、米英など一部の国を除く上場企業、すなわち、世界中のほとんどの上場企業が抱えるガバナンス問題として注目を集めている。しかし、今のところ、その功罪や対処法はよくわかっていない。日本の株式市場でも新興市場が整備され、創業者が支配する上場企業が着実に増加している。また、上述のように、伝統的な主要市場においても家族支配型企業が拡大しつつある。さらに、このテーマは、子会社上場という日本の株式市場にくすぶる、もう1つの問題とも関連している。上場子会社の親会社は、明らかに支配的な大株主であるが、これは家族支配型企業の大株主とは異なるのだろうか。支配株主の功罪をどう考えるのか、企業支配の形態が経営にどのような影響をもたらすのかが、これからのコーポレートガバナンスの大きな課題となろう。

2007年5月9日

著者プロフィール

平成10年4月より現職(ニッセイ基礎研究所金融研究部門) 担当:企業分析

2007年5月9日掲載

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