このところ、「M&A」という言葉が新聞紙面に載らない日はないほどのM&Aブームが起きている。最近では、日興コーディアルグループの不正会計問題を発端として、米国シティグループが同社に対しTOBをかけた他、流通業界では松坂屋と大丸の経営統合交渉も進んでいる。このような中、スティール・パートナーズからサッポロホールディングスに対して買収提案がなされるなど、敵対的企業買収についても、もはや珍しくない状態となった。
公正な買収防衛策の在り方に関する基準の策定
敵対的買収を仕掛けられた場合、経営陣は通常、あらゆる防衛手段を用いて買収を逃れようとする。しかし、敵対的買収であっても、企業価値を向上させる買収については、むしろ成功を促すべきであり、経営陣の保身のためだけに、そのような買収が阻止されることは望ましくない。そこで、経済産業省では、平成17年5月、法務省と共同で「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」[PDF:128KB]を策定した。これは、敵対的買収であっても、「企業価値を高める買収であれば成功し、企業価値を毀損する買収のみが排除されるべき」という考えに基づき、公正な買収防衛策の在り方の基準を提示するためのものである。
この買収防衛策に関する指針では、適法かつ合理的な買収防衛策のための原則として、次の3つの原則を掲げている。
第1に、「企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則」では、買収防衛策は経営者の保身ではなく、企業価値・株主共同の利益の確保・向上が目的であることをコミットすることを求めている。
第2に、「事前開示・株主意思の原則」では、投資家の予測可能性を高めるため、買収防衛策を導入する場合、事前に開示すると同時に、買収防衛策の導入や維持は株主の合理的意思に依拠することを求めている。
第3に、「必要性・相当性確保の原則」では、買収防衛策は企業価値を毀損する買収を防止するために必要かつ相当なものに限るべきとしており、特に企業価値を向上させる買収提案に対していつまでも抵抗し続けないための仕組みの導入を求めている。
この指針の策定により、特にライツプラン(新株予約権を用いた買収防衛策)の適法性・合理性の要件が明確となった。その結果、指針策定当時10社程度でしかなかったライツプラン導入企業は、18年3月末現在で約220社(全上場企業の5%程度)に至るまでになった。これは、序々にライツプランが企業価値を毀損する買収に対する防衛策として認知されつつあることを示していると言えよう。
企業価値向上の道具として、「ライツプラン」をいかに活用するか?
ライツプランとは、もともと1980年代のM&Aブームに沸く米国で開発された買収防衛策である。当時の米国では、大幅なレバレッジを効かせて企業を買収した後に、解体して利鞘を稼ぐタイプの買収や、株主にTOB(株式公開買付)に応じざるを得ない状況を作り出して売り急がせるタイプの買収など、企業価値や株主共同の利益を毀損する買収が横行していた。ライツプランは、主にこのような買収を阻止し、買収条件を改善するために各企業で導入されるようになり、判例でもその適法性が保証されるに至った。
現在、日本において実際に導入されているライツプランには、大きく分けて2つの類型がある。1つは「信託型」、もう1つは「事前警告型」と呼ばれる類型である。両者とも企業価値を毀損する買収者が買収を強行した場合には、買収者以外の株主のみが行使できる新株予約権を全株主に配布することで、買収者の持株比率を希釈化するという点で共通している。一方、「信託型」は、ライツプラン導入時に、予め新株予約権を発行して信託銀行等に信託しておき、有事の際に信託銀行等から全株主に新株予約権が配布されるプランであるのに対し、「事前警告型」は、ライツプラン導入時には、スキームのみを決定・公表しておき、有事に新株予約権を全株主に対して直接発行するプランである、という違いがある。現在、「信託型」を導入しているのは、10社程度であり、ほとんどの企業が事前警告型を導入している。
また、「信託型」・「事前警告型」それぞれの類型の中でも、実際に導入されている具体的プランのスキームは各社各様である。株主意思の問い方、経営陣の保身目的の排除方法等について、さまざまなパターンが見受けられる。たとえば株主意思の問い方としては、導入時に株主総会の決議を得るものや発動時に株主総会の決議を得るもの、また、明示的な株主総会の決議は得ず取締役の選解任を通して株主意思を問うものもある。
このようなスキームのバリエーションは、ライツプランの適法性を高めると同時に株主の納得を得るための各社なりの工夫の痕跡といえる。しかし、このようなスキーム自体もさることながら、ライツプランの導入にあたっては、経営陣がいかに企業価値を高める経営をするか、なぜライツプランが必要なのかといった点について株主の理解を得ることが重要となる。そのためには、実際に企業価値を最大限高める経営がなされると同時に、企業価値やライツプランに関する経営陣と株主の真摯な対話も求められることとなる。経営陣がこれらについて積極的なIR活動を行うのはもちろんのこと、株主側においてもライツプランを真っ向から否定するのではなく、適切なライツプランは企業価値・株主共同の利益の向上に資するものとの認識に立ち、いかにライツプランを企業価値向上の道具として活用するかという方向で経営陣との議論を行うことが望ましいと考えられる。
著者プロフィール
平成18年6月より現職(経済産業省経済産業政策局産業組織課)。
担当は買収防衛策を中心としたM&A制度。