Research & Review (2008年6月号)

産学公連携は万能薬か

玉田 俊平太
ファカルティフェロー/関西学院大学経営戦略研究科准教授

*1…本稿を作成するにあたっては、井上寛康氏(大阪産業大学)との共著論文(大学もしくは公的研究機関と民間企業との共同出願特許の分析、RIETI Discussion Paper 08-J-003,2008年2月)をベースとした。また、内藤祐介氏(人工生命研究所)、相馬亘氏(NiCT/ATR)から多くの協力とコメントをいただいた。本稿の内容や意見は著者らに属し、独立行政法人経済産業研究所の公式見解を示すものではない。

本研究の背景

日本経済が低迷しています。今年の2月には、英エコノミスト誌がJAPAiN(苦痛に満ちた日本)と題し、経済の低迷に苦しむ日本についての特集記事を掲載しています。

それでは、日本経済が低迷を脱し、成長を回復するには、どうしたらよいのでしょうか。経済成長には、イノベーションが不可欠です。ノーベル経済学賞受賞者のソローは、経済成長の多くの部分は技術変化(technical change)からなると述べています。ソローのいう技術変化とは、例えばピンを生産するときに、そのやり方を工夫して生産性を改善するといった、今の言葉で言えばプロセスイノベーションに当たります。また、新しい需要を促進し、国内消費主導の経済成長のためには、これまでになかった新しい製品や、これまでにはない品質を備えた改良された製品を創り出すプロダクトイノベーションも重要な役割を果たすでしょう。

そうしたイノベーションを促進するためにはいくつかの方策が考えられますが、その1つに、民間企業が単独ではなく、大学や公的研究機関と連携して研究開発を行う産学公連携の促進が挙げられます。マンスフィールドの研究によれば、産業におけるイノベーションの10%は学術研究がなければ実現しなかったか、あるいは、実現したとしても大きく遅れただろうという結果が出ています。逆に言えば、イノベーションのうち少なくとも1割は、大学や公的研究機関の研究成果がその実現のために不可欠であったわけです。

さて、日本経済の停滞を解決するためにはイノベーションが重要で、イノベーション促進のための手段として産学公連携があることはわかりました。では、どんな分野でも産学公連携さえすれば、産業上の問題はたちどころに解決するのでしょうか。確かに、1つの製品に用いられる技術の多様化と高度化により企業がイノベーションに必要な技術や科学的知見をすべて自社内でまかなうことが困難になってきています。一方で、複数の組織が連携するためにはコーディネーションのためのコストがかかります。産学公連携によるベネフィットがコストを上回るのはどのような分野なのでしょうか。こうした疑問に答えるために、産学公が連携して産み出された特許を調査しました。

産学公連携特許の定義

本調査では後藤らによる整理標準化データ(IIPパテントDB)を用いました。1972年から2002年までに公開された特許約800万件を対象に、特許の権利を持つ「出願人」を「民間企業」、「大学」、「公的研究機関」の3つに分類しました。そして、「民間企業」と「大学もしくは公的研究機関」とが共同で特許出願している特許を「産学公連携特許」と定義しました。特許の中には、大学の教員が発明したものの、その権利を民間企業に譲り渡して事業化してもらうようなものがありますが、本調査ではそうした技術移転は対象としていないため、本調査における産学公連携特許の数字は実際より少なめになっている可能性があります。

特許件数の推移

日本特許庁に出願される特許申請の件数は、年々増加しています。1970年代は年間約15万件から、1980年代末には年間約35万件まで増加し、1990年代はやや増加のペースが鈍り、年間35万件から40万件弱で推移しています。

これに対し、産学公連携特許の件数は、全体の特許件数が876万件なのに対して6988件であり、全体の0.8%です。全体から見ると、産学公連携によって生み出された発明は少数派であることがわかります。

しかし、産学公連携特許の数は年々増加しています。1970年代末には年間50件にも満たなかったのが、1980年代末には年間200件を超え、1995年には年間約300件、2000年には年間約800件と急増しています。この原因としては、1998年に成立した大学等技術移転促進法の影響などが考えられます。

産学公連携特許を大学の側から見てみましょう。1972年ごろには大学の特許はほとんどが大学単独での出願であったのに対して、現在ではその半分弱が他の組織との共同となってきています。大学の側から見ても、産業界などの他の組織との連携が活発になってきていることがうかがえます。

産学公連携が活発な技術分野

次に、どのような技術分野で産学公連携が活発か見てみましょう。表は、産学公連携特許を、国際特許分類のサブクラスと呼ばれる分類レベル(798分類)ごとに区分し、どのサブクラスに属する特許が多いかを調べて多い順に並べたものです。順位の右の「全体順位」とは、すべての特許を国際特許分類のサブクラスに区分したときに、その技術分類が何番目に来るかを調査したものです。産学公連携特許の順位を全体順位と比べると、だいぶ様子が異なっていることがわかります。全体順位ではベスト50位にも入らない「C12N微生物または酵素…伝子工学」や「B01J化学的または物理的方法;それらの関連装置」、「C02F水、廃水、下水または汚泥の処理」や「E02D基礎、根切り;築堤;地下または水中の構造物」などの技術分類がベスト10に入っています。一方、全体順位で上位5位以内に来る「G06F電気的デジタルデータ処理」や「G11B情報記録」、「H04N画像通信」や「G03G電子写真」などの分野はランクインしていません。これらの産学公連携特許の技術分類別特許数を、民間企業の特許、大学の特許、公的研究機関の特許それぞれの技術分野ごとの数と積率相関係数を求めると、産の側ではなく、学の側と分野において一致する傾向があることがわかりました。また、特に公的研究機関の影響のほうが大学の影響よりも大きいことがわかりました。

産学公連携特許数上位10分野

結論

調査の結果、産学公連携特許は1996年以降顕著に増加していることがわかりました。また、産学公連携が行われている技術分野には偏りがあり、公的研究機関や大学が得意とする分野で産学公連携が活発に行われていました。ここから示唆されることは、民間企業が産学公連携を考える際に、自らの不得意分野だからといって闇雲に産学公連携を模索するのではなく、大学や公的研究機関の得意分野を見極め、互恵的に連携を図るべきではないか、ということです。

なお、本調査では、民間企業と大学や公的研究機関が共同で出願した特許を手がかりに、産学公連携について示唆を得ることができました。しかし、産学公連携の手段としては、大学における人材の教育や、研究成果の論文としての公開、研究員の受入や、研究成果の特許を受ける権利段階での移転など、多様なものがあります。今後は、こうした産学公連携の多様性を踏まえた研究の一層の充実が望まれます。

2008年6月20日掲載