Research & Review (2004年9月号)

中小企業金融の実証分析

植杉 威一郎
研究員

1 中小企業金融に対する関心の高さ

中小企業は、雇用、設備投資、技術革新など様々な面で日本経済を支えている。しかしながら、中小企業が必要な資金を調達する際には、大企業にはない様々な問題がある。例えば、株式・社債市場にアクセスできる企業が限られるなど調達手段に制約がある、銀行から借り入れる場合でも、多くの銀行は大企業ほどには中小企業の経営情報を持たないために、中小企業は大企業に比して資金調達に困難を生じることが挙げられる。近年では、貸し渋り・貸し剥がしといった金融機関による貸出態度が厳しくなる一方で、業績が悪化し支払いが滞る企業に対しては、金利減免・支払い猶予といった措置もとられており、社会的な関心も非常に高い。

もちろん、こうした中小企業金融を取り巻く状況に対しては、政府も強い関心を持っており、1998年の特別信用保証制度の導入のように資金繰りに困難をきたした中小企業を救済する施策も実施されてきた。短期市場金利に働きかけることを金融政策上の仕事にしているはずの日本銀行も、中小・中堅企業関係の資産を裏付けとする証券をマーケットオペレーションの対象とするなど、企業金融の目詰まりを取り除くための政策を積極的に行っている。

本稿では、日本における中小企業金融の現状を、経済学の世界では、実証分析の面でどのように把握しようとしてきたか、中小企業庁や経済産業研究所において、その状況を改善するためにどのような取り組みがなされているかを述べたい。

2 データの制約とその克服

日本の中小企業金融については、個別企業データを用いた実証分析は限られていた。国民生活金融公庫が行ったアンケート調査で得られた企業データを利用した鈴木・藪下(2002)、法人企業統計年報の個票データを利用した小川(2003)などは、数少ない例外である。中小企業では、大企業に比して株式公開している場合が少なく、財務データの入手も難しいことが、個別企業のデータを利用した分析が進まなかった大きな理由である。加えて、米国におけるNSSBF(National Survey of Small Business Finances)のように、財務諸表だけでなく企業と金融機関との関係に関する定性的な情報も含めた調査が大規模に行われなかったことも、日本での中小企業金融の実態把握を困難にしていた。なお、NSSBFは、米国中小企業庁とFRBが、1987年以来ほぼ5年に一度共同で実施している。調査結果は企業名を除いてウェブ上で公開されており、研究に自由に利用できるため、この調査に基づく論文数は、彼らが把握しているだけでも80本以上に上っている。

日本におけるデータの制約を克服しようとする動きは、中小企業庁によって始められている。まず、中小企業白書における調査の試みを挙げることができる。中小企業庁調査室では、白書での分析のために、「企業資金調達環境実態調査」(2001年)、「金融環境実態調査」(2002年)、「企業金融環境実態調査」(2003年)を実施した(以下、これらをまとめて金融環境実態調査と呼ぶ)。これは、中小企業を中心とする1万5000社に対して、取引金融機関の数、メインバンクとの関係、担保・保証の提供状況、支払っている短期金利などをアンケートで尋ねたものであり、毎年、7000~9000社が回答している。質問の詳細さでは、200ページ以上に及ぶ電話調査でのマニュアルを完備している米国のNSSBFには敵わない。しかし、NSSBFが5年に一度の調査で対象企業がその都度替わるのに対して、金融環境実態調査では、約3000社が3年間の調査期間中継続して回答している。継続して回答する企業のデータがあれば、個別中小企業が、時間と共に変化する外部環境にどのように対応して資金調達を行っているかを知ることができる。(注)

財務諸表の項目を数多くの中小企業について集めるという点では、ほぼ同時期に中小企業庁金融課が主導して作られたCRD(Credit Risk Database)が存在する。これは、担保依存の中小企業に対する金融を財務重視に転換するための数量データを提供することが目的であり、現在までに140万社近くの財務諸表を蓄積している。本データベースは、対価を払うことで中小企業金融の実態を把握するための研究に利用可能となっている。

3 分析

既に、これらの新たなデータを活用し、いくつかの分析が行われてきている。とりわけ、網羅的な分析を行っているのは、金融環境実態調査を活用した中小企業白書(2002、03、04年版)である。基礎的だが、中小企業金融についてのこれまでなかなか定量的に示されてこなかった事実、例えば、企業規模や自己資本比率に応じて支払う金利がどの程度異なってくるのか、どのような企業が担保や信用保証を提供しているのか、などを明らかにしている。加えて、貸し渋りや金融機関と企業とのリレーションシップが大きな話題になっていた状況を踏まえ、メインバンクがどのような取引先企業に対してどのような貸出態度を取ったのか、具体的には、追加的な貸出を拒否したのか、金利引上げを要請したのか、追加担保を要求したのか、などについて分析を行っている。

ただし、白書では、各調査年毎のクロスセクションでの分析がほとんどであり、毎年の金融環境実態調査をプールする、もしくは、パネルデータとして利用するといったことは行われていない。また、中小企業金融や銀行の行動を明らかにしようとする経済学者達の取り組みにより、日本に限らず諸外国でも膨大な数の仮説の設定とその検定が行われている。こうした仮説検定を行う上でも、研究者にとって、金融環境実態調査のデータは非常に魅力的である。ここでは、本調査を活用して白書以外に行われている研究のうち、細野、渡辺、澤田(2004)、植杉(2004)を紹介する。

細野、澤田、渡辺(2004)では、融資を通じた金融機関と企業との関係に着目し、メインバンクから融資を拒絶されても、肩代わり融資を他から受け事業を継続する企業には、どのような特徴がみられるかを観察している。

金融危機の状況下では、取引先の金融機関が破綻することによる企業への負の影響が懸念される。1997年の北海道拓殖銀行の破綻に伴い、北海道の地場企業への深刻な影響が懸念されたのは記憶に新しいところである。しかし、金融環境実態調査におけるデータでは、1999年から2001年にかけて融資を断られた企業の約20%は、他から融資を受けている。一旦メインバンクから「捨てられた」企業に新たに融資をしてくれるような「拾う神」を見つけるためには何が重要かを、この論文は明らかにしている。

まず強調されるのは、普段から多くの銀行との取引を行うことで、自社の情報を伝え、メインバンクから拒絶された場合の借入先の代替を確保しておこうという「保険」の効果である。日本は、中小企業でも多くの金融機関と取引を行っている点で、一行もしくは二行との取引が主流の米国とは異なると指摘されることが多い。しかし、保険の役割を果たしているということであれば、多数の銀行との取引にもある程度の合理性があるということになろう。

次に指摘されるのは、規模の小さい中小企業では、融資を拒絶するメインバンク、すなわち、「捨てる神」の財務体質が悪いほど、「拾う神」が現れる可能性が高まるという点である。これは、企業Aは資本不足に陥った銀行から融資を拒絶され、企業Bは健全な銀行から融資を拒絶されており、企業A、Bでは経営状態が同じとされる場合、企業Aの方が、より高い確率で他からの融資が受けられるということである。なぜなら、企業Aは企業自身の事情よりもむしろ銀行側の事情によって融資を拒絶された可能性が高いからである。ここでは、銀行の財務体質が企業を評価する上でのシグナルになっていることが示されている。

植杉(2004)は、金融機関からの融資だけではなく、企業間で商品をやり取りする際の企業間信用に着目し、企業間信用と借入金とがどのような関係にあるかを、金融環境実態調査に基づいて調べている。企業間信用を与える企業は、金融機関に比して、与信先の企業に関する信用リスクを日々の取引を通じてより的確に把握できる、与信先の企業の在庫をより的確に評価し処分することができるといった強みを持っている。企業の信用リスクの変化に応じて、こうした企業間信用の特徴がどのように現れてくるかをまとめたものが図である。

企業評点と企業間信用、借入金比率の関係

横軸では、民間信用調査機関が各企業につけている評点の変化を示している。2001年から02年までに変化した幅毎に、4つにサンプルを分割している。左に行くほど評点が低下し、企業の信用リスクが高まっていることを示している。この横軸の上に、総資産に占める企業間信用の比率と借入金の比率をプロットすると、企業の信用リスクの高まりに応じて、企業間信用の比率が低下し、借入金の比率が上昇すること、反対に、企業の信用リスクが改善すると、その逆の動きが起きることが読み取れる。この結果は、企業間信用と借入金という与信手段の違いを考慮する必要があるものの、金融機関に比して企業間信用を与えている企業がより的確に与信先企業の信用リスクを把握し、リスクの高くなっている企業からは素早く与信を引き揚げるという仮説と整合的である。

4 今後の取り組み

以上で紹介したように、金融環境実態調査を用いた分析は、既にいくつか行われているが、中小企業金融の実態については、実証的に示されていない部分がまだまだ多い。そこで、本年度から、経済産業研究所では、大学教授、金融機関や政府の職員など15人程度からなる企業金融研究会(座長:渡辺努一橋大学教授)を設置し、金融環境実態調査だけでなくCRDも用いて、組織的に中小企業金融に関する実証分析を行う予定である。まず、初年度は、追い貸しの対象となっている企業の存在、企業金融と設備投資・企業の退出など実体経済との関係、ミドルリスク・ミドルリターン市場の可能性、信用保証や公的金融の役割といったテーマについて、参加メンバーがそれぞれ分析を行うこととしている。この研究会を通じて、中小企業金融の実像がより明らかになり、政策立案に資することを期待したい。

一方、中小企業庁では、金融面も含んだ実態把握のための更なる調査を実施予定である。これまで実施されてきた金融環境実態調査は、規模の大きな中小企業が主な対象であり、個人企業も含めた零細企業を取り巻く環境については、把握することが難しい。中小企業基本法上にあるように、政府は定期的に中小企業の実態を明らかにするために必要な調査を義務付けられていることもあり、この度、中小企業庁調査室と経済産業省調査統計部が、「中小企業実態基本調査」を設計したところである。法人企業と個人企業併せて10万社程度を調査対象として、本年度中に第1回の調査を行う予定である。中小企業を取り巻く金融環境を把握する上で、金融環境実態調査との補完関係が期待される。
(注)これらは政府統計なので、研究者が利用する際には、統計法上の目的外利用申請が必要である。

文献
  • 植杉威一郎、2004、「日本における企業間信用:金融機関借入との関係」、RIETI Discussion Paper Series 04-J-001
  • 小川一夫、2003、「貸し渋りは存在したのか―企業の設備投資行動と銀行信用」、『大不況の経済分析』第四章、日本経済新聞社
  • 鈴木久美、藪下史郎、2002、「中小企業への貸付金利に関するパネルデータ分析」、日本金融学会2002年春季大会発表論文
  • 細野薫、澤田充、渡辺努、2004「捨てる神あれば拾う神あり|金融危機下における中小企業の資金調達」、未定稿

2004年9月13日掲載