RIETI政策シンポジウム

メタナショナル経営とグローバルイノベーション-液晶産業の革新戦略-

イベント概要

  • 日時:2007年3月14日(水) 10:00-18:00
  • 会場:パレスホテル ゴールデンルーム (東京都千代田区丸の内1-1-1)
  • パネルディスカッション

    [セッションの概要]

    本セッションでは、まず冒頭にセッションチェアの浅川氏より下記の5つの論点が提示され、それに沿ってパネル討議が行われた。
    論点1.メタナショナルか、非メタナショナルか
    論点2.川上、川下産業の競争優位性と今後
    論点3.垂直統合戦略の統合とその是非
    論点4.TFT-LCD産業のリスクと不確実性、産業政策の視点
    論点5.その他産業への示唆

    それを受けて、セッションの最後に矢作氏より、結論や政策的インプリケーションが示されたと取りまとめられた。

    [論点1の概要]

    まず中田報告では、「メタナショナル経営とコアナショナル経営―ソニーとシャープの液晶TVのグローバル戦略―」をテーマに報告が行われ、以下の点についての指摘がなされた。

    1. 近年製造業の競争分野が液晶テレビにシフトしたことで、グローバルな競争戦略は“暗黙知を自国内に閉じ込める”方向へ進んでいるのではないか。
    2. 液晶テレビのブランド別シェアを見ると、ワールドワイドではソニーが高いシェアを持つが、日本国内だけを見るとシャープが圧倒的なシェアを有する。
    3. ソニーは薄型テレビのキーデバイスを持っていなかったため、サムスンとアライアンスを結んでLCDパネルを入手し、これに独自の差異化技術であるベガエンジン、バックライトを組み合わせることでソニーパネルを生み出した。これがソニーのトップシェアの背景となっている。これに対してシャープは、テストマーケットに最適な日本市場に集中しすぎたあまり、グローバルなシェア獲得に失敗したと考えられる。
    4. コアナレッジの場合、有用な技術を外部から必要な時に適切な価格で獲得できるのかが問題となる。デビット・フォード氏はクリティカルな技術=コアナレッジは、インターナルなR&Dを選択すべきだと述べている。
    5. また藤本隆宏氏は、インテグラル(擦り合わせ)製品の場合、技術はクローズされると述べる。インテグラル型である液晶もこれに該当すると考えられる。このクローズド・インテグラルな技術・製品は移転できない。
    6. 競争力の源泉となる先端製品ほど近距離での擦り合わせが必要となるため、国内回帰が進んでいることが、日経新聞でも指摘されている。シャープは、コアナレッジを日本にとどめ、暗黙知の擦り合わせによって自国の優位性を構築する戦略であった。しかしながら、グローバルな競争力を得るためには、コアナレッジを自国に残すことがベースとなりつつも、必要に応じて外部技術をうまく利用してビジネスの最大化を図ることが重要ではないだろうか。

    中田報告に対し、Murtha氏から以下のような討論が行われた。

    1. シャープは「コストリーダーシップ」と「差異化」という2つの戦略を取っていた。
    2. しかしもう1つの重要な戦略として、「スピード」が挙げられる。スピード戦略にとって必要なのは、パートナーシップと開放性である。
    3. 究極的には、スピード、コストリーダーシップ、差異化のバランスをとることの出来る企業がLCDテレビ産業を動かしていくのではなかろうか。

    また、許斐氏から以下のような討論が行われた。

    1. 日本には有機ELや反射型フィルムの分野などでコアナショナル的優位性が存在すると考えられる。しかしそれらの技術は、事業化したときにマーケットを握れるかが問題である。
    2. テクノロジーアドバンテージばかりを重視するのではなく、国際的な市場ニーズを考慮しながら事業展開を図ることが重要である。

    また、Song氏から以下のような討論が行われた。

    1. サムスンは当初半導体に関する技術を有していなかったため、米国・シリコンバレーに巨大R&D施設を設立し、技術者をスカウトすることで、技術を獲得していった。
    2. LCDビジネスは、半導体ビジネスや装置製造業からの技術移転で発展させていった。
    3. 今後もサムスンはLCDに関する技術は国内で発展させ、半導体や携帯電話分野では海外技術者の獲得を続けていくだろう。また海外ベンダーからの設備購入も続けていくだろう。

    また、矢作氏から以下のような討論が行われた。

    1. メタナショナルの概念というのは、あくまでナレッジマネジメント上の仕組みをさし、組織や戦略などの1つの類型ではない。
    2. メタナショナル的考えは、情報インフラの発達が前提にある。世界中に遍在している情報・知識・知恵をいかに使うか提案することがメタナショナルの理論だと言える。
    3. 戦略的に考えれば、世界中に遍在している情報を自社に偏在させようとすることは、企業が競争優位を築いていく上で必要なことである。よって世界中にくまなく遍在している情報を集めていくというメタナショナルの理論は、コアナショナルという概念のきわめて効率的なアプローチであると考えられるため、そこにまったく矛盾は存在しないだろう。

    上記の討論に対し、フロアから、以下のような質問が行われた。

    Q. 日本企業にとっての液晶産業の革新戦略とはどうあるべきか。

    A. (浅川氏) 国の競争力、あるいは企業の競争力がどれほど絶対的であるかなどの条件によってメタナショナル戦略の有効性は変化する。企業や国の競争力が絶対的かつ持続的であればブラックボックスで技術を囲い込むことも出来るが、技術力が流動的で遍在している場合、自国一辺倒では無理があるだろう。川上、パネル生産、川下、といった段階のどの部分をコアとして国内で行うか考えることが重要ではないか。

    [論点2の概要]

    まず小野里氏から以下のような報告が行われた。

    1. 液晶装置は少ない量を短期間の間にタイムリーに出荷していかなければならないため、スピードが要求される。また非常にアップアンドダウンが激しいことや、さまざまなディスプレイに対応してテクノロジーイノベーションを迅速に行わなければならないことなども特徴として挙げられる。
    2. テクノロジーが急速に発展する中で、コアテクノロジーをいかに早く製品化するかが重要となる。そのためにプロダクトマーケティングと製品の開発部隊との連携を強化している。
    3. 基本的にコア部分は日本に集中させている。日本には造船、自動車産業等で鍛えられた高レベルな中小企業の裾野が大きい。製造装置は擦り合わせ産業であるため、産業の裾野の大きい日本にコアコンピタンスを集中させ、コアでない部分は外に広げていく考えが妥当ではないだろうか。

    小野里報告に対し、田村氏から以下のような討論が行われた。

    1. 液晶パネルの中でも、韓国や台湾では川下の部材から現地生産が始まった。その後徐々に日本が競争力を有する川上の部材にも参入するようになってきた。

    また、王氏から以下のような討論が行われた。

    1. 台湾では個別企業の能力が足りないところは政府の力を借り、国内で全体的に技術協力し合いながら競争力をつけていく傾向にある。

    また、Song氏から以下のような討論が行われた。

    1. 日本は今後も装置産業における貿易黒字を享受し続けるとともに、キーマテリアルにおいてリーダーシップを維持し続けるだろう。
    2. サムスンは国内ベンダーと海外ベンダー両方と取引することで、彼らを競合させている。しかし、とりわけ装置においては日本のベンダーのものを利用し続けるだろう。

    [論点3の概要]

    まず浅川氏から、以下のような質問が行われた。

    1. 装置を内製化する垂直統合戦略によるデメリットとは何か。

    この討論に対し、Song氏から以下のような回答が行われた。

    1. 垂直統合の成功は、ベンダーへの依存、ベンダー間の利益相反(conflict of interest)をいかにして克服するかにかかっている。

    Song氏の回答に対し、浅川氏から以下のような質問が行われた。

    1. 台湾において、材料や部品の内製化による垂直統合戦略のデメリットとは何か。

    この質問に対し、王氏から以下のような回答が行われた。

    1. 製品展開が多様で、量産化しない製品の場合は内製化するよりも外部調達のほうがコストが安く、効率的であろうが、後工程に近い部分は内製化した方が早く納品でき、効率が上がるのではないか。

    また、小野里氏から以下のような討論が行われた。

    1. 液晶産業の中でもテレビに関しては、特定のブランドへの寡占化が進んでいる。将来を見据えると、垂直統合もある程度必要になるのではないか。

    [論点4の概要]

    まず福田報告では、以下の点についての指摘がなされた。

    1. 液晶テレビの市場競争の際、政府としてはホワイトブランド化を最も回避しようとした。ブランディング戦略を長らく維持するために、市場の変化、技術、投資力、部材の価格、税制などを細かく検討していった。
    2. 技術面からいうと、バリューに影響があり、かつ移転速度が遅い技術をコアナショナルとすべきである。マーケット面からいうと、政府は技術流出や垂直統合などといった言葉を流布させ、アナウンスメント効果を発揮することで、企業のトップの決断をコントロールした。
    3. メタナショナルか、コアナショナルかは産業分野、製品分野により異なり、タイムディペンデンスが強いため、1つの考え方ではなかなか整理しづらい。しかし1つの対立概念として色々な分野を検証的に論じることは価値があるだろう。

    福田報告に対し、浅川氏から以下のような質問が行われた。

    1. 企業にとって国家プロジェクトの役割とは何か。

    その質問に対し、中田氏から以下のような回答がなされた。

    1. 技術移転速度が遅いものはコアナショナルとすべきとの福田氏の意見に賛成である。技術開発のスピードが速いものは、3 年ほどクローズすればよく、種々の対策がある。
    2. 国家プロジェクトは企業の技術開発助成に携わる必要があるだろう。ただしその際、民間企業の意図をどれだけくみ上げるかが重要だろう。

    また、Murtha氏から、以下のような討論が行われた。

    1. 米国は常に3~4世代先を見据えていたが、台湾と韓国は過去の技術を学習することで、前進するために必要な専門技術を獲得した。
    2. 政府は企業と他国とを遠ざけず、彼らのベストパートナー、サプライヤー、顧客とのコラボレーションを助成すべきである。
    3. しかしサプライチェーンに国が参入すべきではない。
    4. 効果的なランドユースについては政府が取り組むべき大きな課題である。

    上記の討論に対し、浅川氏から以下のような質問が行われた。

    1. サムスンには、企業レベルの不確実性の低下という意味において、どのようなメカニズムがあるのか。

    その質問に対し、Song氏から以下のような回答が行われた。

    1. サムスン電子の場合、チェアマンであるLee Kun-Hee のカリスマ的リーダーシップとともに、同社が専門的マネジャーを養成する、両者の間に良好なコラボレーションが存在していることが挙げられる。

    上記の回答に対し、浅川氏から以下のような質問が行われた。

    1. 技術的な不確実性として、液晶パネルの大型化はどこまで進むのか。

    その質問に対し、田村氏から以下のような回答が行われた。

    1. 面取り数でいうと、20枚取り以下が効率がよい。G10(生産設備が10世代)となると、需要が少なくなる。これに取り組むのはビックブランドを持つ2、3社のみではないか。

    [論点5の概要]

    まず許斐報告では、「メタナショナル経営の首謀者」をテーマに報告が行われ、以下の点についての指摘がなされた。

    1. 光ディスク産業は現在大変な価格競争の中にあり、台湾・韓国を中心とする東アジアの国家間競争になっている。この背景には、設備を介したナレッジの移転が可能であること、標準化によってテクノロジーのアセンブリーが容易になったことなどが挙げられるだろう。
    2. 日本の戦略を考える際、1985年の米国製造業の再生策を振り返ることが重要だろう。すなわち、競争劣位の産業の保護、競争優位性の強化、プロパテント政策、為替政策の4点が挙げられる。アメリカの戦略は、IT関連デバイスや部品ビジネスの世界的拡散に貢献した。
    3. 日本の国際競争戦略を構築する際には、過去の日本企業、米国型の攻めと守り、欧州型の広域連携、そしてメタナショナル経営について考えていかなければならないだろう。

    [まとめ]

    矢作氏から、全体のまとめとして以下のようなコメントが行われた。

    1. メタナショナルとは、戦略や組織の類型化でなく、あくまで知識をマネージ、あるいはクリエイトするナレッジマネジメント上の仕組み、資産の資源化プロセスについて述べたものだ。
    2. イノベーションは、商品化できなければ意味はない。
    3. メタナショナル概念が可能になる前提には、情報インフラの整備が挙げられる。世界中に偏在している特定の情報源が拠点となって新しい知識を創造していくというのがメタナショナルの基本的な考えである。
    4. 世界中に偏在・遍在している情報を効率よく使うには、「スピード」と「タイミング」を考慮することが必要である。
    5. メタナショナルはどのような戦略ユニットにも応用可能だが、コンフィデンシャリティやインテレクチュアル・プロパティなど、いくつかのリスクが存在する。しかしリスクをあえて負ってでも生き延びるためにメタナショナル概念の実行を真剣に考えなくてはならない。
    6. さらに、企業のトップが自社の進むべきビジョンやグランドデザインを常に見据えていることも経営の基本だろう。
    7. 結論としては、MMM=マネジメント・バイ・メタナショナル・マインドと、MBA=マネジメント・バイ・アーキテクチャーの2 点に集約できるだろう。

    [Q&A]

    これまでの討論に対し、フロアから、以下のような質問が行われた。

    Q. 世界最大のCRT-TV生産国である中国が、世界最大の液晶TV 輸出国になる可能性はあるか。

    A. (田村氏) 薄型TVの場合、大手各社は自社生産に注力している。中国市場の液晶化は進んでいくが、生産面ではまだ当分時間を要するのではないか。

    Q. サムスンの技術流出防止策はどのようなものがあるか。

    A. (Song氏) コアとなる雇用者、技術者には高給を払っている。しかし中国や台湾の企業からの取引は避けられない。

    Q. 一国がコア産業において競争力を持つためのオープンイノベーションのリスクとは何か。

    A. (Murtha 氏) パートナー、サプライヤー、顧客、その他のナレッジリソースにアクセスする時期の見極めを誤ることである。これは産業が進化するスピードにも影響されるだろう。進化が速い産業では、そのスピードに遅れないよう、学習することが重要だ。

    Q. LCD 産業育成に政府が出来ること、民間企業がしなくてはならないこととは何か。

    A. (福田氏) 企業は負けたと思ったらすぐに撤退すること、政府は民間企業の情報交換の触媒的な機能を担うこと。

    Q. ソニーが日本のシャープではなく、海外のメーカーに技術を求めたわけとは何か。

    A. (中田氏) 企業が戦略上コアとしている技術、トラップされた技術は他社に出さないため。

    Q. サムスンは子会社間に垂直的な生産関係があるようだが、いかにしてプライシングアレンジメントを行っているのか。またその際ヘッドクオーターはどのような役割を担っているのか。

    A. (Song氏) 内部取引は市場価格に基づいている。