RIETI政策シンポジウム

メタナショナル経営とグローバルイノベーション-液晶産業の革新戦略-

イベント概要

  • 日時:2007年3月14日(水) 10:00-18:00
  • 会場:パレスホテル ゴールデンルーム (東京都千代田区丸の内1-1-1)
  • 開会挨拶および基調講演・論点整理と問題提起

    [セッションの概要]

    冒頭の開会挨拶では、多くの日本企業が国際化を謳いながら知識創造機能のグローバル化に関しては、多くの国に対し後塵を拝していることが述べられた。また、この原因を認知し問題解決の糸口を探る為には、知識創造、利用の両面における検証が重要であると言及し、当シンポジウムの重要性を示しつつ会の導入とした。

    次に液晶産業におけるメタナショナル経営に関する講演では、下記の内容について論ぜられ、何故メタナショナル経営が注目されるようになったかの概観を示すとともに、今後のグローバル経営のあり方について言及され、その中でメタナショナル的な知的創造機能が重要になることが示唆された。

    1. メタナショナル経営の定義
    2. メタナショナル経営の歴史と現状
    3. メタナショナル経営のドライバーとジレンマ

    基調講演の纏めおよび次セッションへの導入として、メタナショナル経営の概念整理と、今回のシンポジウムで液晶産業を取り上げた理由、シンポジウム全体の論点整理と問題提起について概説された。

    [Murtha氏による基調講演の概要]

    メタナショナルとは新しい競争の見方である。メタナショナル経営においては、顧客、サプライヤー、パートナー、関連会社とのリンクが重要であり、これらの情報ソースからより早く、的確な知識、情報を獲得することが目指されるべきである。また、操業すべき市場は当該市場が最もダイナミックに進展する環境下にあるべきであり、ここで競争し学ぶことは、新しい知識を獲得できるという意味でメタナショナルにおいて競争力獲得のカギとなるであろう。さらにこの競争の中で、国境を越え既存の知識と新しく得た知識をバランスよく融合し、新しい戦略に結びつけることが現代の経営活動に要求されている。

    TFT-LCD産業の市場規模は、ここ16年間の間に30億円から860億円に成長した。この主因は、製造コスト低下による市場価格の低下である。コスト削減に成功した理由として、材料費の削減、製造オペレーションの効率化、新しい生産技術の開発が挙げられる。この産業をメタナショナルの題材とした理由として、この新しい技術創造の背景に、地域や企業を超えた知識創造があったからであり、特に近年この知識創造が活発に行われているからである。液晶パネルの開発は、その世代(液晶パネルの大きさ)が進展する度に、新しい技術や設備が必要となる。この“再発明”を実現する為には、地域を超えパートナー企業、顧客、サプライヤーと自由に情報交換し、新しい発見を既存の知識に融合させ、また、企業内の各部門に分配する必要がある。この意味で、液晶パネルの発展を支えてきたのはメタナショナル的経営であり、今後も重要な戦略であると考える。

    液晶産業における多くの企業が知識獲得のために積極的な人材の獲得を行っていた。これは、各企業が知識は人に属していることを知っており、優れた知識が存在する地域での人材の獲得、若しくは人材が属する企業とのコラボレーションこそが、競争力獲得の強力な手法となりうることを知っていたからである。たとえば、90年代、アプライドマテリアル社が小松とのコラボレーションで最も期待していたのは、小松が有する優秀な人材であり、IBMがシャープや東芝に期待したのは、日本の優秀な科学者の獲得であった。

    現在の液晶市場では、韓国勢、台湾勢の台頭が顕著である。この最大の理由の1つに、他社とのコラボレーションを通じた知識獲得の成果があると考える。1つの例として、サムスンとコーニングのJVを挙げたい。コーニングは大手ガラス製造企業であり、サムスンはガラス基板の生産知識を得る為に、コーニングと手を組んだ。また、サムスンは日本のソニーから技術者を招致し、そのコンサルティングを通じて多くの知識を得た。日本企業が大きな投資に対して抵抗感を持っていた時代に、サムスンはこれらの知識や技術の獲得のために多くの先行投資を行い、その競争優位を築いた。

    このように液晶産業においては、メタナショナル的な知識獲得、融合が重要とされている。これは当産業内のビジネススピードや変化のスピードが早く、常に最新の知識創造が求められているからである。実際、次の世代の生産技術は、現世代の生産技術が充分に理解され浸透する前に、開発が始められている。このような技術革新のスピードが早い産業においては、グローバルツールをいち早く獲得し、導入した韓国企業や、国や企業を超え、さまざまなライセンス協定を保有した台湾企業のように、メタナショナリズム(「競争し新しい知識が生まれる」ことを示す)経営が必要である。

    メタナショナル経営を実現する為に必要な要素は何であろうか。知識は人の頭の中にあるので、人の働く環境が重要となるであろう。環境の変化するスピードが早い中で、どのようにチームワークを醸成し、知識を分かち合い、融合させるべきなのであろうか。重要な点として、人的接触(直接人と人とがやり取りを行う)や地理的な集中(人と人との間の距離が短い)が挙げられる。

    また、メタナショナル経営を行う上で、政府の政策が障害となる場合がある。知識を獲得するために国外の企業と提携を模索する企業に対して、自国企業との提携に対する助成金(研究費)を付与する場合である。近年の米国では、このような動きは見られないが、この助成金が存在した際、助成金を取らず海外企業との積極的なアライアンスを行った企業こそが、現在でも勝ち残っている。

    さらに、メタナショナル経営において、いくつかのジレンマが存在する。Black Box戦略かOpen Innovationか、若しくは、Vertical IntegrationかVertical Networksか、という問題である。たとえば、リーダー企業がサプライヤーと協力しないと、産業全体の技術革新スピードが落ちるであろう。しかしながら、アライアンスを多く行えば、その分情報の漏洩等の問題が生じることになり、競争優位を失う可能性が生まれる。

    メタナショナルドライバーを継続させるための要素はいくつか存在するが、先ず国境を越えた協力体制が重要である。ただし、知識は複雑であり、暗黙であり、競争上センシティブであるため、誰が知的財産権を保有するのか、守秘義務はどうするのか、といった問題が生じる可能性がある。また、一般的な業界のルールや常識、次世代のスペック、需給のコンセンサスはどのように取られるのか、などについても問題になるであろう。さらに、今まではメタナショナル的な環境で発展を遂げてきた当産業が、引き続き同じメタナショナル環境で発展が継続されるのかが懸案事項として挙げられる。将来が明確でない現状において、各企業がどのような戦略をとるべきか、大きな知識の共有が必要なのかについては、依然不明である。

    上記の基調講演に対し、フロアから、以下のような質問が行われた。

    Q. ヨーロッパのテレビ産業の将来はどうなるか。

    A. 価格が下落することによりブランドが低下する可能性がある。生産工場を建設することは容易であるが、一方、中国や台湾企業並みのコスト競争力が保持できるかどうかが問題であると考える。欧州企業がグローバルなツールセットを得るために、またコンサルテーションを受けるために投資を行う勇気があるかが重要である。

    Q. メタ戦略と非メタ戦略とのコンセプトの違いは何か。

    A. アライアンスにはいろいろな目的があり、必ずしも知識獲得の為だけではない。ただ、この知識獲得に際して行われる2 社間のアライアンスにおいて、メタナショナルとの接点がある。

    [浅川氏による論点整理と問題提起の概要]

    メタナショナル経営の概念整理、液晶産業の革新戦略におけるメタナショナル経営の有効性について説明され、シンポジウム全体の論点整理および問題提起がなされた。

    概念整理において、今日の経営環境を的確に捉えるためには、ナレッジマネジメントの観点からグローバル・イノベーションを考察すること、自社の既存拠点をベースとしないこと、アライアンス等の外部連携の役割を積極的に評価すること、さらに類型論でなく動態的プロセスが重視されることが重要であり、これらを総じて「メタナショナル経営論」と考える。

    「メタナショナル」的考え方を取り入れた企業経営とは、世界中で価値創造を行い、世界中で優位性を確保するための戦略を取る経営であり、そのためには世界規模で分散傾向にある重要な知的資源を世界中でアクセスし、社内で融合し、戦略的に活用することが必要となる。この活用を進めるために、対外的・情報ブローカーの存在が重要となり、これは即ち組織能力の重要性を意味する。

    このような活動のフレームワークとして、一連のSENSE(知識認知)、MOBILIZE(採択)、LEVERAGE(活用)をメタナショナル・イノベーションサイクルと呼び、この活動が世界規模でスムーズに運用される経営が現在、今後のグローバル経営では重要である。従来、メタナショナル経営は自国環境劣位の克服策として提唱されていた。ST Microelectronics社やNOKIA社の例からも「間違った場所に生まれた」企業の対応策として注目されていた(Yves Doz)。しかし、最近の研究によってメタナショナル経営の必要性は「間違った場所に生まれた」企業のみならず、たとえば日本の液晶産業やフランスのワイン産業のように、自国環境優位が相対的に低下した場合にも適応すると考えられる。

    では具体的にどのように現象をとらえ分析すべきか。また、どのような具体的方策が考えられるか。今回のシンポジウムでは液晶産業にフォーカスを当て、液晶産業内で起きている現象を分析しつつ、最後のパネルディスカッションで討論を行う。その際の論点として、以下の5つの点を提案する。

    1. メタナショナルか、非メタナショナルか
    2. 川上・川下産業の競争優位性の今後
    3. 垂直統合戦略の動向とその是非
    4. TFT-LCD産業のリスクと不確実性、産業政策の視点
    5. その他産業への示唆

    さらに、企業経営、産業政策に対する問題提起をしたい。企業経営に対しては、自国、自社の競争力が低下している場合、経営者はどのようにメタナショナル的発想に転換しうるか、また、産業政策に対しては、メタナショナル戦略は短期的に主要付加価値の海外流出の可能性を示唆するが、政府はこれに対しどのように考え行動すべきであろうか。これらの点についても、本シンポジウムの重要なテーマとしたい。