RIETI-CARFプロフェッショナルコンファレンス・政策シンポジウム

イノベーションを促進する企業形態とファイナンシングのメカニズムとは?

イベント概要

  • 日時:2006年2月27日(月) 9:30-17:30
  • 会場:RIETI 国際セミナー室 (東京都千代田区霞ヶ関1-3-1 経済産業省別館11階)
  • 日時:2006年2月28日(火) 13:00-16:50
  • 会場:東京大学 経済学研究科棟第一教室 (東京都文京区本郷7-3-1経済学研究科棟地下1階)
  • 第4セッション「国ごとの制度の相違から学ぶべきもの」

    最終となる本セッションでは、日本の制度の現状について、成蹊大学法学部の田中亘助教授より各国との比較に基づく詳細な説明があった。続いてコロンビア大学のMerritt Fox教授が、公開企業の企業法制とイノベーションに関する発表を行い、ニコンコアテクノロジーセンターの齋藤旬・主幹研究員と、久武昌人・経済産業研究所上席研究員が、全体を通じた問題点の抽出を行った。以上をまとめる報告が、セッションチェアの東京大学大学院経済学研究科の柳川範之助教授より行われ、田中助教授より補足説明があった。

    セッション・テーマは、イノベーションを起こしたり研究開発を活発にすることで、企業を活性化し経済を成長させる上で、いかなる組織形態が適しているのか、また、いかに資金を調達すべきかということである。日本は経済が停滞していたが、その間、制度整備がさまざまな形で進んだ。具体的にはLLP・LLCやVC、非公開化を巡る動きであり、これらを活用していかに発展につなげるかということは、企業がどうすべきか、法制度の適切な運営や、情報公開をいかに活用すべきかという問題でもあるが、これらは論者によってウェイトが異なる。

    IPO、証券市場、株式市場の重要性

    大企業の社員が成長機会やイノベーションのシーズを持っていても、プロジェクトとして実行することが認められず、内部での実現が困難なことがある。その場合、外へ出て資金を調達することによって、ファイナンスが可能になり、技術などのイノベーションが起きる。大企業の中でイノベーションをやろうとすると、プロポーザルが通らなかったり小規模なものにされてしまうが、スピンオフしてファイナンスを得ることで、大きな成果をめざすことができる。

    だが、成功するには、パブリック・エクイティ・マーケットとその規制がうまく機能していることが重要な前提条件である。マーケットでIPOが行われてうまくプライシングされれば資金調達もうまくいき、イノベーションの促進と成長につながる。スピンオフした会社にベンチャーキャピタリストが資金を出す際にも、IPOを予測しながら契約することが重要である。

    従って証券・株式市場がうまく機能していないと、ベンチャーキャピタリストはお金を出しにくい。ただ、パブリック・エクイティ・マーケットにおいては、多額の資金を集めるだけでなく、透明性の高い情報がもたらされる中で適切な価格付けがなされる、という点が重要であり、VCはそうした情報を基に、リターンを求めて企業に投資していくということだ。よって、証券市場の規制、特に情報公開の問題は極めて重要である。また、日本においてVCからなかなか資金が出ない現状の背景には、大企業から資金が流れて投資が行われないというよりも、大企業にキャッシュがたまっているため、生産性のあまり高くないものにまで投資されてしまうという過大投資の可能性もあるのではないか。このように、市場メカニズムが最終的な所で機能するしくみが重要だし、企業の成長段階に応じた組織形態の作り方や、コントロール権の配分のしかたを考えるべきだろう。

    組織形態としてのLLP、LLC

    現在のベンチャービジネスの環境には、変化が速く、投資額が大きく、成功確率が低いという特徴がある。そうした中で、経営権と残余請求権、つまり、利益配分権と誰が主導権を主張できるかをある程度切り離して、自由度を高めた方がよいのではないか。米国でも、ベンチャービジネスのコントロール権の配分と残余請求権の配分を切り離している部分が多い。その点日本では、LLCが組織形態としてかなり有望ではないか。今般できたJ-LLPには幾つかの制約があり(図8 [PDF:88KB] )、この制約について検討の余地があるだろう。

    日本の企業組織に関する法制面でのイノベーション

    日本の企業法制は短期間に大きな変革を遂げた。特に会社法については、最低資本金が廃止され、1円の出資で株式会社を作ることが可能になった。株式会社の中でも、非公開会社(=会社法上では、定款によって株式の譲渡を制限され、譲渡にあたり会社の承認が必要とされる)については、基本的には定款によって、コントロール権、具体的には議決権で、出資比率にかかわらず、利益の分配比率などを自由に決められるようになり、内部組織の自由化が進んだ。

    さらに、新しい事業組織の形態として、合同会社(日本版はJ-LLC)と有限責任事業組合(日本版はJ-LLP)ができたが、LLCのほうは結局会社である。日本では会社は法人なので、特別のルールがない限り法人税法に則って法人課税を受ける。従ってLLCは法人段階で課税され、利益が構成員に分配された段階で再度課税される。ただしJ-LLCは、有限責任を享受し、株式会社よりもフレキシブルなガバナンス構造をとることができるという利点が評価され、組織形態として使われるのではないか。

    これに対しJ-LLPはパススルー課税を受けられるが、それとひきかえにさまざまなハンディを背負うことになった。1つは、法人格が存在しないため、不動産などの財産を登記する際にJ-LLPの名前で直接登記するのではなく、J-LLPの構成員の共有名義で登記しなくてはならない点が不便である。J-LLPから会社に移行することも容易ではない。ガバナンス構造では、すべてのパートナーがパートナーシップの業務執行を行わなくてはいけないが、何が業務執行かという点に不確実性があるため、運営に困難が生じる恐れがある。新規起業も含めた非公開企業については、有限責任を享受しつつ、且つパススルー課税も享受させるのが合理的ではないか。

    J-LLC(法人税)の場合、利益に対し二重に課税される点もさることながら、法人段階で損失が発生しても、負(マイナス)の法人税はないので無視されてしまう。これを税引き後のキャッシュフローで見た時、特にスタートアップビジネスのように、初めに損失が発生すると、将来確実ではないが大きな利益が生じる見込みのあるビジネスの実現を妨げるおそれがある。

    その点J-LLP(パススルー課税)は、損失が発生しても構成員の利益と相殺できるので、全体の税額を減らすことによって、経済活動に対してより中立的な効果をもたらすメリットがある。そうした考え方から、J-LLPについては、構成員全員に対する業務執行への参加義務がパススルー課税を認めるための要件となっているが、これが果たして必然的な要請かどうか、租税法学者が分析を進めており、議論を期待したい。

    一方、有限責任については、そのコストと便益について深く考える必要があるだろう。有限責任とは、契約債権者に対してはそれほどアンフェアなことにはならないはずである。契約によってその事業体と取引関係に至った債権者であれば、有限責任であることを事前に考慮して取引条件を決めたり、担保・保証を要求するだろうし、それができなければ初めから取引しなければよい。

    ただし、不法行為債権者の場合はそれができない。日本では、会社が多額の負債を負って倒産するということがあまり起きないと考えられてきたのかもしれないが、昨今の事件を見ていると、問題が生じていないように見えるのは単に不法行為債権者に対する救済を怠ってきただけなのかもしれない。その点について会社法学では、かなり以前から、有限責任の事業体であっても不法行為債権者に対しては無限責任を負担する、というのが本筋ではないかという議論があり、これは十分に検討する価値があるのではないか。