RIETI-CARFプロフェッショナルコンファレンス・政策シンポジウム

イノベーションを促進する企業形態とファイナンシングのメカニズムとは?

イベント概要

  • 日時:2006年2月27日(月) 9:30-17:30
  • 会場:RIETI 国際セミナー室 (東京都千代田区霞ヶ関1-3-1 経済産業省別館11階)
  • 日時:2006年2月28日(火) 13:00-16:50
  • 会場:東京大学 経済学研究科棟第一教室 (東京都文京区本郷7-3-1経済学研究科棟地下1階)
  • 第1セッション「金融と投資:理論的枠組み」

    本セッションでは、ベンチャーキャピタル(VC)の理論的な側面と日本の現状、特に金融システムと実物投資の連関を理論的にどう考えるか、という枠組みを中心に討議が行われた。チェアをつとめた小林孝雄・東京大学経済学研究科教授が、日本におけるVCの現状についての高橋文郎・青山学院大学大学院教授の発表も含めて全体サマリーを行い、上田正子・ウィスコンシン大学助教授がコメントを補足した。

    金融と実物投資を考える上で、シュンペーターに代表される「金融こそが実物経済の牽引役」という考え方と、ジョーン・ロビンソンに見られるような「金融はあくまで実物経済の反映の結果に過ぎない」という考え方があるが、いずれも極端であり、正解は中間にあるのではないか、金融が実物経済の力以上に加熱すると、日本経済が経験したようなバブルになって実物経済を痛めつけるが、金融システムが単に実物経済の反映の結果ということでもない。植物が芽吹く時、硬い土があると邪魔になって芽を出せない、良い小麦粉や水があってもイースト菌をやらないとパンは膨らまないのと同様に、経済全体においても古い制度やしくみ、物の考え方を取り除くことが必要であり、その役割を果たすのが金融システムではないか。マクロファイナンスの側面(事実関係)、およびミクロファイナンスの側面(コンセプト・理論面)については次の通りである。

    1)マクロファイナンスの側面(事実関係)
    投資の外部資金への依存度は、セクターによって異なる。依存度の高いセクターとは、たとえばハイテク産業である。また、同じセクター内でも、若い企業ほど外部資金への依存度が高く、成熟企業は低い。G7各国と比較してみると、日本は50~56%を外部資金が占め、依存度がG7中、最も高い。一方、米国の外部依存度は20~23%にとどまり、内部資金への依存度が非常に強い。

    Debt-Equity Ratioをこれらの国々で比較すると、米国ではほぼ100%デットファイナンスされているほか、日本もデットへの依存度が80%と米国に次いで高い。これに対し英国は、エクイティへの依存度が最も高く45%である。従って、日本は外部資金への依存度と、デット依存度がともに高い経済だといえる。

    2)ミクロファイナンスの側面(コンセプト・理論面)
    メインストリーム・コーポレート・ファイナンスがイメージする企業像にはAsset Intensive型、つまり経営資源のエッセンスはCapital Goodであるとの考えに基づく企業像があり、その特徴は次の通り。

    • 規模の経済と範囲の経済に見られるように、企業の規模、即ち資本財の規模や生産能力を拡大すると競争力が高まる。
    • 垂直統合がされやすい。
    • ヒューマンリソースのバーゲニング・パワーが非常に弱く、労働者はコントロールされやすい。
    • パブリックな、公開した外部投資家が分散した形で持株を持つと、所有が分散する。

    企業像は、コーポレートファイナンスや企業金融論の観点からすると、「契約の集合体」(Nexus of Contract)とみなすことができる。そう考えると、契約の集合体である企業の価値とは、構成要素である個々のファイナンシャル・クレームの価値を足し上げたものであるという理論になる(=企業価値の加法性)。この性質は、ファイナンスといわれる分野を理論的に支えている前提条件ではないか。一方、企業財務的な選択は、企業価値にほとんど影響を与えない(モジリアーニ=ミラーの定理)。

    コーポレートガバナンスを、外部の資金提供者が自らのリターンを確保するための方法と、それを保証するしくみであると定義した場合、それに対するインプリケーションを考えると、株主の価値を最大化することに政策目標を定めるということになる。なぜなら、企業が行動を起こした場合、その影響を最も大きく受ける主体が株主であり、従って株主は企業にとって最大のステークホルダーである。よって、企業価値の最大化は株主価値の最大化に等しい。

    しかし現実にはエージェンシーの問題が存在する。残余請求権は、契約上は株主にあるが、企業の意思決定は、実際には株主以外の関係者にも影響を与え、ステークホルダー同士の間で利益や利害が相反する。

    一方、Contract Viewに立つと企業のオーソリティーはトップマネジメントにあり、そこに権力を集中した組織が最もAsset Intensiveであるということになるが、その場合トップマネジメントと株主の間の利益相反の解決が焦点になる。ここでのコーポレートガバナンスの目標とは、すべての株主の利益実現に対する障害をできるだけ取り除くことになるが、そこから、透明性の確保や責任説明といった問題や、コーポレート・コントロールのマーケットが競争的に働く条件が存在するか、経営者と株主のインセンティブ構造をどうすりあわせるか、といった問題が出てくる。

    また、Asset Substitution Effectやデット・オーバーハングなど、債務のエージェンシー(代理)コストといわれているものの代表的な議論が2つある。エクイティ・イシューのコストでよく指摘されるのが、アドバンスセレクションから発生する過少投資問題、つまり企業が経済構成上プラスの価値があるような投資をしなくなるという効果である。

    今回の会議では、このようなAsset Intensive Firm(資本集約型企業)の対立概念としての、Human Knowledge Intensive Firm(人的資源・知識集約型企業)という企業イメージを、議論のベースとしたい。その際に重要なことは、ステークホルダーが多数存在し、それぞれが強いバーゲニング・パワーを持ちうるような場面が出てくるということである。

    Asset Intensive Firmをベースにした場合、企業が契約のNexus(集合体)とみなすことは大きな間違いではないが、現実には契約で書けないようなことが多々ある。ここで提示しているVerifiabilityという概念は、契約の当事者同士で確認できればよいという意味ではなく、トラブルが起きて法廷に持ち込んだ場合、第三者である裁判官にもその契約の中身が見えるかどうかを意味する。このように、企業には契約に明示できないことがあり、そこに重要な問題が潜んでいる。財産権の配分問題が重要になる。

    Human Knowledge Intensive Firmの場合、複数のステークホルダーの所有権とは、財産権(=インカムストリームを受ける権利)とコントロール権(=決定権の配分)、更にそうした権利を売る権利の、三つに区分される。これらの所有権を個別に議論しなければいけないというのが、この後のテーマである。

    ベンチャーキャピタルの日米比較

    ベンチャーキャピタル(以下VC)の非重要性という点につき、日米比較を通して説明すると、まず米国では、企業家は事業資金をインフォーマルマネーと呼ばれる資金源、つまり友人(friends)、家族(family)、創業者(founder)と愚か者(fool)といった人々からの資金に頼るケースが多く、VCの割合は小さい(図1 [PDF:108KB] 、米国の起業家の話を聞いているとその事業がとても有望であるかのような幻想を抱いてしまうが、起業家は超楽観主義者が多いので、その起業家に資金提供する者は愚か者とされる)。

    VCが重要視されない理由は2つある。そもそも、VCの戦略とはハイリスク・ハイリターンの事業に投資することなので、たとえば小さなレストランを起業するといったリスクの小さいベンチャーにはVC の資金は投入されない。他方でVCは、投資したベンチャーのマネジメントにも同時に目を光らせなければいけないため、あまり多くのベンチャーには投資できないし、リスクが高すぎるベンチャーにも手が出せない。新しい薬品を開発するのに動物実験を5000回行って初めて臨床に移るといったリスクは負えないのである。米国でこうした開発事業に資金を提供するのは、博愛的な超富裕層か政府資金であり、このステージに資金提供をするVCはいない。

    ベンチャー企業にとって必要なものは、こうした資金のほか、契約を作成する法律家のサポートサービスである。ベンチャーは成功しないことが大半なので、VCとベンチャー企業の関係が険悪になる可能性は高い。そうした状況を想定して契約を書ける弁護士が必要である。また、技術クラスターには規模の経済が存在する。多くのベンチャーは失敗に終わるが、そのベンチャーのあった近辺で別のベンチャーの仕事を探すのは容易であり、これがシリコンバレーの強さの秘密だ。

    米国で、超富裕層が早期のベンチャーをファイナンスした後にVCが入ってくるのは、所得分布が非常に不公平であるということもあり、分布のより公平な日本には当てはまらないかもしれない。米国で有効なシステムであっても日本の実態に合わせる必要があるかもしれないし、VCだけでなく、イノベーションの生態系全体を考慮しないといけない。

    日本のベンチャーキャピタルの現状

    日本のVCによる投資は近年増加傾向にあるものの、欧米の10分の1にも満たず(図2 [PDF:452KB] )、投資先の50%以上がITとバイオ関連である(図3 [PDF:452KB] )(ただし国内企業への投資だけでなく海外への投資も含む)。また、日本のVCの多くは、証券・銀行・保険など既存の金融機関の子会社だが、米国の場合は独立系が多い。

    次に、米国にはハンズオン型のVCが多いが、日本では公正取引の問題や規制があるため、純投資という観点からの投資が多く、どちらかというとアーリーステージよりレイターステージの企業への投資が多かった。だが最近では、日本でもアーリーステージの企業への投資が比率的には増えている。

    ハンズオン、特にアーリーステージの企業への投資を考えた場合、純投資ではなく、企業のハンズオンのキャピタリストとVCが必要になる。つまり、経営をリードできるような人材がVC側にいなければ、正常なVCの投資は起こせないという、ヒューマンリソースの問題だ。アーリーステージにある企業への投資のほうが、人材面でのニーズも高いが、日本の場合は親会社の人事の都合で人が回ってくるといったしくみを変えないと、人材の提供という、ハンズオン型VC本来の責務が果たせない。

    利益の相反に関連し、日本の場合はよい案件は本体投資に回し、よくない案件を組合投資に回しているため、比率的には本体投資が多い。これを、組合投資だけに絞るというように、業界をリードしていくことも必要かもしれない。また、VCの株主とVCへの投資家に対するリターンの相反がある。株主の観点からは、投資規模を拡大することで手数料を増やすといったインセンティブが湧いてくる。しかしこれは、VCインベストメントのリターンを上げるわけではないため、投資家へのリターンにはならない。拡大することとリターンを追求することの間に利益の相反が生じる。以上が日本のVCの組織的な課題だろう。