RIETI政策シンポジウム

日本企業のグローバル経営とイノベーション-グローバル経営の強みと今後の課題-

イベント概要

  • 日時:2006年1月26日(木)9:30-18:15
  • 会場:新生銀行ホール (千代田区内幸町2-1-8 新生銀行本店1階)
  • 開催言語:日本語⇔英語(同時通訳あり)
  • 議事概要

    セッション2:「ASEANにおける日本企業の生産、研究・開発の進化」

    まず、大木博巳日本貿易振興機構経済分析部国際経済研究課長から、「ASEANにおける日本企業の生産、研究・開発の進化(タイの自動車のケース)」と題して、以下の報告が行われた。

    1. タイにおける自動車の生産台数は、2005年に114万台を記録し、世界14位となった。東南アジア地域において自動車生産が100万台を突破したのはこれが初めてである。また、タイは自国ブランドのメーカーがない国であり、そうした国において生産台数が短期間で100万台を超え、輸出も43万台(世界第七位)を達成したことは非常に特徴的な現象である。タイでの自動車生産を支えているのは、昨今回復著しい日系メーカーである。
    2. タイからの輸出の大半はピックアップトラックで占められている。タイでピックアップトラックが生産される理由として、税金が乗用車に比べて安いこと、タイ国内において農村地帯の需要が旺盛ということがあり、これらが製品の競争力強化と輸出拡大につながっている。今後の見通しについては、全体で180万台までいくことが確実視されており、輸出への意欲もますます強まるとされているとともに、このような成長市場を狙って中国やインドのメーカーも加わり競争が激しくなると見られている。
    3. タイの輸出のもう1つの特徴が、世界戦略車という位置づけの製品が出てきたことである。これはトヨタのIMVプロジェクトのことで、これまで世界中に分散して生産を行っていたピックアップトラック(ハイラックスなど)を1つのカテゴリーにまとめ、タイやASEANを拠点として生産を行い、世界中に輸出しようというものである。
    4. 世界戦略車という点では、ルノーはX90(Logan)プロジェクトという、ルーマニアのダチア社を買収してそこでセダン車のノックダウン生産を行い、新興市場向けに輸出しているという事例がある。IMVを比較すると、Loganの方は基本的に現地との合弁ですすめられており、立ち上がりが早く、初期投資が少なく済むという利点がある。
    5. タイが輸出基地になった背景としては、まず国産化義務の撤廃がある。これは90年代末の通貨危機の際の外資の引き留め策に端を発しており、さらにタイ政府の外資規制撤廃とあいまって外資メーカーが自由に活動できるメリットが出来たことが挙げられる。次にAFTAへの参加により域内関税率が段階的に下がってきたことで、域内での相互補完体制ができるようになってきたことがある。そして現在は限定的ではあるが、今後ASEAN以外の国とのFTAが進み、関税率の引き下げなどの各種規制緩和・撤廃に期待が持てるようになってきたことがある。
    6. 通貨危機、AFTA、そしてタイ国内での新モデル(アジアカー)の立ち上げなどにより、地場サプライヤーを巡る環境は激変し、変化についていけないところが多くなってきており、今後拡大する生産の裾野を支えてゆくことができるかどうかの懸念が高まっている。その課題への対応として、日本とタイのFTAの中で人材の育成プロジェクトが立ち上がっている。これは日本人の熟練した技術者をタイに派遣して国内人材を育成し、それらを国家資格などに結びつけるといったもので、日系メーカーがそれぞれの強みが生きる分野で協力を行っている。
    7. もう1つ日系メーカーが取り組んでいる課題は、製品開発である。製品開発のプロセスは、コンセプト創造→製品基本計画→生産エンジニアリング→工程エンジニアリング→大量生産というものが例として挙げられるが、現状タイに求めることが出来るのは大量生産レベルであり、今後は生産エンジニアリングのレベルまで引き上げようとしている。開発をタイに移管するそもそもの狙いは、1)開発のスピードアップ、2)現地化の推進によるコストダウン、3)日本側のエンジニア不足への対応、であり、将来の世界同時開発体制を整えるためである。
    8. 日系アッセンブラーへのヒアリング調査によると、人材面からみた製品開発の課題としては、1)ゼロからのスタート、2)大卒の人材不足(学校が少ないことに起因)、3)人材の質、4)開発要員の研修、が挙げられている。また、サプライヤーの側から見た課題としては、人材確保が最大の課題となっており、時間をかけて育成した人材が他社へ転職してしまうといった問題などに直面している。
    9. 新興市場における製品開発において求められるのは、いかに安く製品を作るかということであり、その点を熟知した人材が必要となっている。タイではそうした製品開発機能の強化に向けて、1)大学レベルでの他地域・国との交流、2)アジア内における高度人材の活用、3)魅力ある職場作りによる人材の引き付け(現地化の努力)、などがある。
    10. 今後、日系メーカーがASEANにおいて強固な生産拠点や能力を構築するためには、人材面でいかに現地の人々を育成するかがカギである。

    次に、椙山泰生京都大学大学院経済学研究科助教授から以下のコメントがあった。

    1. 大木氏のプレゼンテーションについて、より長いスパンで、かつ本日のテーマであるグローバル経営とイノベーションといった観点からコメントを行い、その上で現在の状況と課題を整理し、最後に疑問点のまとめをする。
    2. まずASEANと日本の自動車企業であるが、70年代のそれまでの輸入に代わる保護主義的な政策に対応する形で現地生産が始められた経緯があり、この段階では輸入代替的なやり方であった。90年代前半になって、現地の新興中間層の台頭に合わせて現地適応を考える必要が出てきた。その後、アジアの通貨危機やAFTAの成立・発効を経て、2000年以降はグローバル拠点としての時代を迎えた。世界戦略車的な位置づけをし、世界的な輸出拠点とするような方向に切り替わってきた。
    3. 新興国市場はいろいろなジレンマを抱えている。まず輸入代替の時代における技術移転と国産化のジレンマ、現地適応の時代にはコストと適応のジレンマがある。これらへの解決策として、旧型プラットフォームを簡素化して活用したり、設備投資を出来るだけ抑えて旧技術を流用しつつ現地適応した製品開発を行ったりしてきた。グローバル化の時代になると、そのような策は通用しない。今後は戦略を切り替えることのうまさが課題になってくる。
    4. そういった流れを踏まえて、IMVなどが登場してきた現在のタイの拠点が、今後グローバル化する中で新たに出てくるだろうと思われる問題点としては、第1にワールドカー問題の再燃、つまりASEAN市場をリードマーケットに出来る市場がどれだけあるのかという問題である。これは同時にASEAN以外の国のニーズに合わせることでASEANのニーズと乖離してしまうのではないかという問題も抱えている。さらに、より一般的な問題としては、現地開発拠点でコンピタンスを維持できるのかというものがある。
    5. 本国が外部環境において劣位にあるため海外に出るのではなく、本国が優位な産業にもかかわらず海外に出て行くということは、既存能力を活用するといったタイプの海外R&Dのはずが、新しいコンピタンスを作る必要が出てくるというジレンマを抱えることになる。
    6. 最後に疑問点のまとめだが、まず本当に現地発はグローバルで通用するのか、次にIMVなどはワールドカー問題の再燃につながらないのか、そして最後の人材育成、現地拠点での能力構築はいかにして可能になるのかという3点を指摘したい。

    次にセッションチェアの久武昌人RIETI上席研究員から本セッションの目的について以下の発表があった。

    1. 本セッションは前のメタナショナル経営とは異なり、その前の段階ともいうべき議論ではないか。三本松(2005)の分類によれば、本国の産業・経済集積の利益を活用する段階、次に本国を超えてグローバルに各国の産業・経済集積の利益を活用する段階(その中に3段階)、そしてそれらを超えたメタナショナル経営的モデルがある。そしてここでの問いは、トランスナショナル経営、メタナショナル経営が必要とされる場合を自動車産業で捉えた場合どうなのかということである。
    2. メタナショナル経営においては、次のような特徴がある。まず環境面の前提となる、1)変化が早く、2)投資額が巨大で、3)成功確率は高くない、というものであり、特徴としては、1)知的資産がカギとなり、2)規模の経済がはたらき、3)一人勝ち、をする世界である。そこでは、勝つための必要条件として、1)すばやい経営、2)負担するリスクとその影響の隔離、3)柔軟な企業組織があげられる。
    3. 一方日本の自動車やメカトロニクス産業に関しては、次のような仮説を立てることができる。1)変化が比較的速くない、2)新プロジェクトへの投資も企業規模から見るとマネイジャブル、3)成功確率はある程度ある。この点からするとメタナショナル経営が必要な状況にはない。むしろ課題はタイの例でもあるように、組織文化の限界や人材育成にある。

    これに対する大木氏のコメントは以下の通り。

    • 新興市場での課題は、安くていいもの・新しいものをつくることである。古いものを投入するという考え方はもう通用しなくなってきている。また日本に需要がないものを海外でつくっていくというのは1つの必然である。ある拠点に人材を集めて世界戦略車をつくろうという発想は長期的に見ていい方向であるし、そのために人材を育成しようというのは正しい方向であると考える。

    さらに、イブ・ドーズINSEADグローバルテクノロジー&イノベーション教授から以下のコメントがあった。

    • 多国籍企業がいかに発展途上国と協働していくかについて興味深い議論がなされたが、これはとりもなおさず、多国籍企業の価値創造において、どのように発展途上国を補完関係としてとりこみ進化していくかの議論であると考える。その意味でこのような活動が進んでいくにつれて我々が考えなければならないのは、最終的に本国に何が残るか、残すかということである。

    続いて以下の質疑応答が行われた。

    Q:中国のように50:50の出資形態によるメリット・デメリットは何か。

    A(椙山氏):出資形態についてはガバナンスの観点からの議論もあると思うが、本日のテーマに照らし合わせると、メリットとしては本国とは別の能力を構築できるという点、デメリットとしては移転した能力が流出してしまうという点が考えられるが、出資形態からは一概にいえない議論である。

    Q:60万円位の世界戦略車が出てきた場合の見通しはどうか。

    A(大木氏):ピックアップトラックの需要拡大の先に、乗用小型車が来るというのは非常に有望だと思う。それについても、今取り組んでいる組織作りや人材育成がどの程度まで構築できるかにかかっていると考えている。