RIETI政策シンポジウム

日本企業のグローバル経営とイノベーション-グローバル経営の強みと今後の課題-

イベント概要

  • 日時:2006年1月26日(木)9:30-18:15
  • 会場:新生銀行ホール (千代田区内幸町2-1-8 新生銀行本店1階)
  • 開催言語:日本語⇔英語(同時通訳あり)
  • 議事概要

    開会挨拶

    吉冨勝RIETI所長から、本政策シンポジウムの開催に当たり、RIETIの問題意識を含めた開催挨拶があった。

    1. 経済のグローバル化、知識経済化の進展の中で、世界的な競争を勝ち抜くための日本企業のグローバル経営の在り方が問われている。今後、日本企業の業務のグローバル展開に当っては、イノベーションチェーンと供給チェーンの最適地をどこに求め、グローバルな経営プロセス上でこの最適資源をどのように組み合わせ、グローバルにダイナミックな競争力をどのように確保できるかが鍵となる。特に欧米企業がそれぞれの企業戦略・ビジネスモデルでアジアに進出しつつあり、またアジア企業も競争力を高めつつある今日、日本企業はアジアでの優位性を維持・強化できるかが課題である。
    2. 今回のシンポジウムは以上の問題意識を持ちながら、RIETIでの研究成果を踏まえ、グローバル経営論の第一人者であるイブ・ドーズ仏INSEADグローバルテクノロジー&イノベーション教授を迎え、今後の日本企業のグローバル経営とイノベーションの諸課題について議論するものである。
    3. 最近、政府においてもこのテーマに関連する大きな動きがある。内閣府が主催する経済財政諮問会議において、日本の今後の「グローバル戦略」の検討が開始され、経済産業省もこれに連動して「グローバル経済産業戦略」の策定準備に入り、成案を検討していると聞いている。
    4. 本シンポジウムでは、日本企業のグローバル経営の展開の方向性と、それを大きく左右するグローバルイノベーション実現に向けての論点を整理し、企業、政府、関係機関の今後の対応の方向を明らかにしたい。

    主要論点説明

    三本松進RIETIコンサルティングフェロー(CF)/(独)中小企業基盤整備機構シニアリサーチャーが総合司会の立場から本シンポジウムの主要論点として以下5点を説明した。

    1)グローバル経営のフレーム
    2)グローバルに効果的なイノベーションの実現と効率的な既存品の製品供給のあり方
    3)グローバル経営とイノベーションを説明する統合的な全体フレームワークの構築
    4)新しい産業群の中の先進的な企業の事例でこのフレームワークの妥当性を確認
    5)今後の日本企業のグローバル経営、グローバルイノベーションについて、政府の果たすべき役割を念頭に置き、その課題と対応の方向を探る。

    基調講演

    イブ・ドーズ氏より「世界というリソースをグローバルイノベーションに活かすには」と題した基調講演が行われ、“メタナショナルのその後”に焦点があてられた。

    1. メタナショナルの概念として、ナレッジを本国より海外へ向けて発信するだけでなく、ネットワークやクラスタリング・プロセスを通じて世界に点在するナレッジを吸収・融合させ、イノベーションへと繋げることが重要であり、そうすることによりドメスティックにナレッジを得ようとする企業に比べ、より早くより良いイノベーションが実現でき、世界規模での競争優位の構築が可能となる。
    2. 企業にとってのチャレンジは、これをどのように実行するかという“How”の部分である。Intel、ヒューレット・パッカードやマイクロソフトなどのケースでも分かるが、企業にとってリソースの源泉は世界のあらゆる場所に潜んでおり、至る場所に新しい可能性が秘められている。しかし、最大の課題はどうすれば世界に分散した将来性のあるリソースを融合できるか、という点である。また、市場とは顧客から学ぶ場でもあるという事を企業は認識すべきである。
    3. 世界各地のR&Dの役割は、ローカル・マーケットのニーズに対応した商品作りという役割から進化し、世界的に通用する技術源泉となるナレッジのセンシング(感知)能力を持ち始めていると考えられる。ナレッジは場所から場所へと点在しており、それらを得るためには世界各国でセンシングしなければならない。また、ナレッジを移転する際に、重要な意味内容が消失してしまう危険性があるため、適切な媒体に作り変える必要がある。ただナレッジを持ち帰るだけでは意味はなく、センシングしたナレッジをいかにメルディング(融合)させるか、すなわち、持ち帰ったナレッジをいかにイノベーションへ繋げ商品化するかが重要である。それを市場に流通してこそ初めて利益を得るチャンスが生まれる。
    4. その次のプロセスとしてスタビライジング(安定化)が必要である。組織が世界中に拡散し、上手くネットワークで繋がる必要があるので安定性が求められる。この安定性には、各国の文化や企業文化が大きく関わってくる。グローバルにまたがる組織を上手くコントロールしなければチームワークは崩れ、チーム同士のライバル意識が芽生える。それを防ぐためには、国際経験の豊かなマネージャーを育成し、人を本社より海外に派遣する場合は、その国の文化や習慣に精通した人材を選ぶ事が重要である。ローカルのマネージャーに自由度と独立性を与えるのが重要であるが、ネットワークを繋ぎ止める効果のある共通の目的や協力体制も必要である。
    5. また、グローバル規模でネットワークを保持してナレッジを共有し続けるのは労力の他にコストが掛かる事も忘れないように。そのため必要なナレッジは費用に見合ったものであることが望ましい。
    6. マルチナショナル企業の子会社は企業家的であってもよいと考えている。日本のシンガポールのR&Dセンターを例に挙げると、最初は節税目的で始まった施設だが、現地R&Dセンターのマネージャーが企業家的な考えを持っていたため、他企業とアライアンスの指導権を得ることに成功し、その結果、R&Dセンターの組織内での重要性が格段に高まった。
    7. なぜグローバル企業はメタナショナル化が難しいかというと、本社の強力なリーダーシップがその他の地域におけるイノベーションを阻害する要因となりうるためだと思われる。また、本社が社内における中心的地位を譲りたくないがために、現地イノベーションに後ろ向きであることも考えられる。
    8. 私の言う“Think local and act global”とは、ローカルの適用性を見分けてグローバルにネットワークを構築する事をさす。著書でこの事については詳しく触れている。

    プレゼンテーション

    続いて、三本松CFが「日本企業のグローバル経営とイノベーション」について、主に以下の4点に関するプレゼンテーションを行った。

    1. 業種別の企業の行動原理と市場でのパフォーマンスの関係を示す新たな全体フレームの構築。
    2. その中で、企業グループ全体の「経営方式」における考え方でトランスナショナル企業論上の主な企業モデル、最近のメタナショナル企業モデルを説明。
    3. このフレームの妥当性を、自動車、製薬、ソフト、半導体産業等の6業種に属する内外のグローバル経営上の先進企業の事例で確認。
    4. 日本企業のイノベーション主導型のグローバル経営に向けての道筋を提示。

    質疑応答

    以上の議論を踏まえ、質疑応答が行われた。

    Q:現在のように、人のスキルや能力が早く移り変わる時代でも、人的資源に投資し続けて行くべきか。

    A(ドーズ氏):答えはイエス。競争の優位性の自足性は、人のインプットがあってこそ実現できる。イノベーションやR&Dは、企業にとって人からのインプットが特に必要な部門となってきており、人に投資する事は長い目で見て必ず見返りがある。

    Q:メタナショナルのプロセスの中でスタビライジング(安定化)は感情に基づくとあったが、どういう意味か。

    A(ドーズ氏):たとえば、組織がグローバル化しているIBMでは、従業員の4割は自宅や社外を仕事場としている。このような仕事環境では組織は分散しがちだが、従業員にプロとしての役割を求める時、感情に基づいた繋がりが非常に重要となってくるということである。

    Q:グローバル企業にとってメタナショナルは最終的な組織構造か。また、メタナショナルに続く新しい考えはあるのか。メタナショナルは全ての産業に適用できるか。

    A(ドーズ氏):私は数々の企業がネットワークを構成してメタナショナルが実現できると考えている。そのために重要なのは、移り変わるナレッジのネットワークをどう理解するかではないだろうか。また、メタナショナルが全ての産業に適用できるかとの質問については、企業の誕生地に適した産業がある国ならメタナショナルになる必要性は弱いが、これとは逆に、資生堂のように日本で香水産業が発達していなかったのでフランスまで行ってイノベーションを追い求めたのは、メタナショナルのようなアプローチでしか競争優位性を築けなかったためであろう。

    Q:“Think globally, act locally”ではなく“Think local, act global”という風に理解したが、逆転した理由をお知らせ頂きたい。

    A(ドーズ氏):ここでのポイントは、ある意味できわめて単純である。パーシー・バーネヴィック氏がABB会長時代に考案した、あるいは一般に広めた “Think global. Act local” というスローガンは、実行するとなると極めて難しい。多くの企業で私が目にするのは、グローバルに考え過ぎてローカルに行動できないという状況である。それは、グローバルに考え過ぎると本質的にローカルな差異やローカルのコンテクスト、ローカルな文化に対してあまり敏感でなくなるためで、2つは両立しないのである。また、ローカルで何が利用できるのかを学び、それを基に積み上げていこうという姿勢にも結びつかない。むしろ、どこででも適用できる考え方や視点を中央から押し付けようという方向に行ってしまう。
    私がいわば結びの逆説としてこのスローガンを逆転させた理由は、私たちの調査対象企業であり、日本でもよく知られている富士ゼロックスの話にある。30年以上にわたって富士ゼロックスを率いた小林会長と経営陣の大きな強みの1つは、「われわれはローカルに考えなくてはならない。まず日本がゼロックスグループに何をもたらしうるかを考える。その上で、ゼロックスグループ、特に北米やヨーロッパのゼロックスとの関係について、『日本から持ち込むものをゼロックス全体に広げられるような繋がり(linkages)をどうやってマネージするかと考える』という意味でグローバルに行動しなくてはならない」と常に主張してきたことにある。ご存知のように、富士ゼロックスのスキルと能力がこの間に何度もゼロックスグループを救ってきたことを考えれば、この話には頷ける。これはまさに、「最良の知識を得よう。最良の学習機会を得よう」という意味でローカルに考え、「古いグローバルシステムをこれらの能力を利用して改善しよう」という意味でグローバルに行動するという考え方の典型だと思う。

    Q:グローバル、マルチナショナル、トランスナショナルなどに企業を分類する意義は何か。業種によって最適問題があるのか、あるいは、理想形としてトランスナショナル、又はメタナショナルに移行すべきと考えてのことか。

    A(三本松CF):業種の特性により、親会社と子会社の役割の関係が規定されるのが基本である。他方、1989年のトランスナショナル企業論以降の知識経済化した産業構造下では、その後のメタナショナル企業モデルも含めた全体構造を“見える化”する必要性を強く感じたため、多くの先行文献や今回の先進事例などの要素を組み合わせて体系化した。この分類表は、今後のイノベーション主導型のグローバル経営の道標になると考えている。