RIETI政策シンポジウム

日本の年金制度改革:16年度改正の評価と新たな改革の方向性

イベント概要

  • 日時:2005年12月15日(木) 9:30-17:45
       2005年12月16日(金) 9:15-11:50
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • 開催言語:日本語⇔英語(同時通訳あり)
  • セッション4:「年金制度が及ぼす雇用への影響と高齢者の実像」

    プレゼンテーション

    樋口 美雄ファカルティフェロー、黒澤 昌子ファカルティフェローから「高齢者就業を促進するための年金・雇用制度のあり方」と題した以下のような報告が行われた。

    1. 研究目的は次の2点。
      (1)過去の年金制度改革が高齢者の労働供給行動に与えた影響を分析し、高齢者就業を促進する年金制度のあり方を検討する。
      (2)年金制度改革により増加した高齢者の労働供給を吸収する雇用機会拡大のための雇用制度のあり方を検討する。
    2. 1995年の在職老齢年金制度変更と、2001年の老齢厚生年金制度変更が男性高齢者の労働供給に与えた効果について、1992-2000年『高齢者就業実態調査』個人調査票を用い、ダイナミック・プログラミング・モデルを推計した。
    3. 推計結果を用い、年金の支給や支給開始年齢の変更に関してシミュレーションした。在職老齢年金による減額がゼロになると、高齢者の間で無業者やパートタイム就業者の割合が減少し、フルタイム就業者の割合が増えるという結果が出た。年金の支給開始年齢を65歳まで引き上げた場合も、フルタイム就業者の割合が増加するという結果が得られた。よって高齢者の就業選択は、経済にとってセンシティブであることがわかった。
    4. 2001年老齢厚生年金制度変更と、2002年在職老齢年金制度変更についても、男性高齢者の労働供給行動に与える影響について、2000年および2004年『高年齢者就業実態調査』個人調査票を用い、誘導形の労働供給モデルに基づき分析した。2001年の老齢厚生年金制度改正による特別支給の老齢厚生年金基礎部分の支給開始年齢の引き上げが、60歳付近の高齢者の労働供給を高める効果があることがうかがえた。
    5. 労働力調査による最近の60歳代前半男性の雇用の変化を見ていった。高齢男性(60-64歳)の労働力人口と就業者割合は、バブル期の80年代後半に増加したが、90年代後半に不況に入って減少した。これは早期引退の増加が原因に見えるが、実際は、高齢男性の高い労働力率を支えていた自営業者比率の低下によるところが大きい。高齢男性の就業形態で見ると、90年代後半より男性雇用者(60-64歳)に占める臨時・日雇いの割合が増加している。逆に常用雇用者割合については、不況期より減少傾向にあることがうかがえた。
    6. 高齢者雇用促進のための雇用制度のあり方について、『高年齢者就業実態調査』事業所調査票を用いて分析した結果、定年制度は60歳以上労働者を企業から強制退去させるという性格を持つ反面、60歳までの雇用を保障する機能をもつこと、高齢者の就業は文化や習慣のみならず、雇用制度によっても影響を受けることがわかった。

    コメント

    これに対し、大橋 勇雄氏(一橋大学大学院経済学研究科教授)より次のようなコメントがあった。

    1. 発表は、高齢者の雇用に関し、供給面および需要面から丁寧かつ的確に日本の実情を報告するもの。手法も手堅い。分析内容には貴重な政策的インプリケーションが期待され、特に厚生年金の支給開始年齢引き上げによる効果の確認は、緊急の課題である。
    2. 労働供給面の分析において、日本の年金制度は職域年金なので、民間企業の雇用者と公務員とを区別して分析する必要があるのではないか。
    3. 労働供給のシミュレーションにおいて、在職老齢年金による減額がゼロの場合のフルタイム雇用の推定就業確率が、年金の支給開始年齢を65歳に引き上げたケースのそれよりも大きいのはなぜか。賃金率が同じなら、両者の違いは年金がもらえるかもらえないかの違いであり、所得効果が正なら、後者の就業確率は年金がもらえないだけ高くなるのではないか。
    4. 60歳代後半にも在職老齢年金による減額制度が導入されたが、この減額制度は極めて緩いものであり、制度適用をうける高所得の高齢者はどのくらい存在するのか。
    5. 配偶者が就業しているほど就業確率が高まるという結果は、何を意味しているか。
    6. 労働需要面の分析において、高齢者対策をとっている企業で高齢者の離職に対して予想通りマイナスの効果を示しているのは内生性の問題と思われる。これは2つのルートを通して発生しうる。(1)高齢者を多く雇用しようとする企業ほど、こうした対策をとる傾向がある、(2)教育・訓練などには規模の経済があり、高齢者が多く存在すればその効果が大きい。また、分析において業種をコントロールすべきではないか。
    7. 高齢者の雇用は多くの企業でなされているが、高齢者対策をとっている割合は極めて少ない。高齢者の数が増加し、政策が有効とされているのに、なぜ対策をとる企業が少ないのか。各政策にいかなる限界や問題があるのか。

    以上のコメントに対し、樋口・黒澤両氏から以下の回答があった。

    1. 分析においては、職域年金という日本の年金制度を考慮し、55歳時に民間企業に雇用されていた者に限定し分析を行った。
    2. シミュレーション結果に対する指摘について、フルタイムとパートタイムの就労選択の違いを考慮する必要がある。つまり在職老齢年金による減額をゼロにすることで、パートタイム就労していた者の割合を減らしフルタイム就業者割合を増やすので、フルタイム就労に与えるプラスの影響が大きいだろう。一方、支給開始年齢の引き上げは就業の有無に影響を与えるため、フルタイム就労者とパートタイム就労者の双方を引き上げることになるだろう。
    3. 60歳代後半の在職老齢年金制度による減額に直面する人が何人ぐらいか、確認しておく。
    4. 配偶者が就業しているほど就業確率が高まる点に関しては、世帯所得効果をコントロールした上でも、就業に関して2人で意思決定しているという点が現れていると読み取れるだろう。
    5. 労働需要の分析で業種をコントロールしていないのは、説明変数として投入した賃金カーブを業種ごとにとっていて、推計結果の解釈の困難を避けるためである。
    6. 企業の高齢者対策について、人手不足だった80年代には積極的に採用されていたが、90年代、人手が余ると企業は高齢者雇用促進に対し熱意を失った。雇用制度や年金制度の変更とともに、企業側はどうするかを政策として考える必要がある。

    質疑応答

    問:定年の廃止や定年延長は、若者の就業に影響を及ぼさないか。雇用機会における世代間の公平をどう調整するのか。

    答(樋口氏・黒澤氏):欧州では80年代後半に若者の失業が深刻化し、高齢者に早期退職を促すことで若者の雇用機会確保を狙った政策がとられた。これにより、高齢者の労働供給を減少させるのには成功したが、若者の失業は今も続いている。高齢者と若者では就く業種が異なるので、代替性があるのかは不明。細かく分析するには、ミクロデータによる分析が必要。

    プレゼンテーション

    2つめのプレゼンテーションでは、清水谷 諭ファカルティフェローから「データから見るわが国の高齢者像の実態」と題して以下の発表が行われた。

    1. 日本では現在急速に高齢化が進み、65歳以上の人口は2050年までに36%に到達すると予測される。こうした状況に適応した社会保障政策を作るには、社会状況を分析する必要がある。従来は年金、医療、介護制度を別個に扱い、マクロ的視点から費用・便益に関する分析を中心に行ってきたが、今後はミクロデータを中心とした分析が必要と思われる。日本版HRS(Health and Retirement Study)、ELSA (English Longitudinal on Aging)、SHARE (Survey on Health, Aging and Retirement in Europe)の作成が望まれる。
    2. 現在日本で利用できるデータには制約が多い。たとえば、全国消費実態調査では家計の経済状況や支出関連の項目で豊富なデータがあるが、健康に関する情報がない。国民生活基礎調査では人口動態、健康、経済状況に関する豊富なデータがあるが、各調査は数年おきに行われ、異なった個人からデータを採取する。東京都老人総合研究所が行っている調査はパネルデータだが介護や消費に関する質問項目がない。同様にパネルデータである日本大学の調査では健康に関する変数が多くあるが、所得や貯蓄に関する情報が少ない。2005年11月から行われる予定の厚生労働省のパネルデータ作成は、50代の4万人を対象にした大規模な調査だが、高齢者の行動を理解するための詳細な質問が欠けている。
    3. 以上の調査は高齢者の行動を詳細に解き明かすことが目的だが、社会保障政策を評価するための情報が不足している点と、個票データが公表されないという2つの欠点がある。社会保障政策の評価に必要な情報としては、(1)高齢者に対する公的年金の役割、(2)健康状況を決定する社会経済的要因、(3)公的介護と私的介護の境界、(4)所得及び消費の動向、(5)高齢者の労働供給を刺激する要因、などに関する情報が必要。高齢者に適応した社会保障政策を行うには、これらの情報を含んだデータが必要であり、日本版HRS、ELSA、SHAREが求められる根拠でもある。
    4. RIETIが行っている日本版HRS、ELSA、SHAREともいうべき調査では、現在パイロット調査を実施中。調査に先立ち、市村、清水谷、野口はHRS、SHARE、ELSAの担当者を訪れ、技術的なサポートを提供してもらった結果、調査はSHAREをベースに、日本での実施にあわせて修正することとなった。パイロット調査は大田区の700世帯を対象に2005年12月に行われ、回収率は現在約30%。質問項目は個人属性、就業、健康、記憶および認識能力、医療および介護への支出状況、所得および年金、腕力テスト、仕送り状況、住宅に関する情報、消費・貯蓄と資産状況、社会参加状況、と多岐にわたる。その結果、さまざまな興味深い事実が観察されたが、これらの事実は相関性を示しているだけで因果性を明らかにするものではない。因果性を明確にするため、今後より大きなデータセットが必要となろう。

    コメント

    以上の発表に対し、武石 恵美子氏(ニッセイ基礎研究所上席主任研究員)から以下のコメントがなされた。

    1. 日本ではパネルデータの蓄積が欧米に比べ少ないのが現状。高齢者を対象にしたパネルデータは厚生省の「中高年者縦断調査」とニッセイ基礎研究所の「暮らしと生活設計に関する調査」、「中高年パネル調査」など一部にとどまっており、それも限定的な内容。ニッセイの「暮らしと生活設計に関する調査」では1997~2005年の8年間、同一個人を2年おきに追跡調査し、現在2003年までのデータが利用可能。1997年の第1回調査で回収した1500サンプルのうち、2003年まで残ったのは814。調査では就業、健康、資産および生活意識に関する質問項目を設けた。
    2. 日本の高齢者像には、高い就業率、高い自殺率、および引退後の生活費の使用状況といった疑問点があり、これらに答えるようなRIETIのパネルデータを期待したい。
    3. パネルデータの利用によって政策の影響を動態的に分析できるので、社会保障制度や年金制度の変化をミクロな視点から分析できることになり、極めて有効。パネルデータを利用することで個体間の異質性を除去できるとの利点もあり、高齢者の多様性をコントロールする上で非常に重要になるであろう。
    4. 高齢者の実態把握の上で重要なことは、経歴に関する回顧データ、高齢者の社会ネットワークの量や質である。
    5. データ作成にあたり重要なのは、データの代表性とサンプルの維持、個人情報のきめ細かい取扱い。特に高齢者の場合、病気や施設への移動などの問題のためにサンプル維持には力を入れる必要がある。是非多くの研究者がアクセスできるようデータを公開して欲しい。

    次にオリビア・ミッチェル氏より、「Informing Aging Policy: Microeconomic Panel Data on the Older Population」(高齢化問題政策:高齢者層に関するミクロパネルデータ)として、以下のコメントが報告された。

    • 米国のHRSは1992年から2年おきに50歳代以上を対象としたパネル調査である。サンプル数は2万2000で、夫および妻に対する90分間のインタビュー形式。経済、就業、健康、仕送りなど政策分析に必要な質問項目を多く含むため、社会保障政策、医療、議会、研究者に大きな影響を与える情報源となっている。HRSは高齢者の動向を分析する上で有益な情報を提供してくれる。現在日本で利用できるデータは質問項目の不完全性、少ないサンプル数、パネルになっていないなどの欠点がある。急速に高齢化が進む日本にとって、HRSのような詳細なデータが必要。日本でHRSのような調査を行う場合、調査方法、サンプル数、信頼性および調査の開示時期に注意する必要がある。特にパネル調査はその性質上、データ構築に多くの時間を要すると懸念される。現在このような調査はチリ、豪州、韓国、英国などの国で行われており、日本でも実施されることは非常に喜ばしい。

    これらのコメントに対して市村氏から以下の回答があった。
    武石氏に対し、

    • 勤務最長職に関するデータが必要といわれたが、質問時間の制約上、現在は50歳時点の職に関する情報を採取している。配偶者においても同様。住民票をもとにサンプルを採取しているので、施設に入っている人は抜け落ちてしまう。高齢者についてはサンプルバイアスの問題が厳しいと思われるが、パネルデータを取ることで定常的にはこの問題が少なくなる設計となっている。全体のプラニングとして、現在パイロット調査を3カ所で実施中。最終的なサンプルサイズは1万を取れたらよいと思う。社会保障政策のしくみを揃えるために場所を20カ所に特定し、各500サンプルずつ取っていきたい。

    ミッチェル氏に対し、

    • 回収率は現在30%なので上げていきたい。SHARE各国の回収率は40~60%と聞いているので、50%を目標としたい。HRSの回収率が80%という裏には大変大きな努力があるだろう。HRSの調査で驚くのは、社会保険関連省庁との連携ができていて、その保障があることが大きな助けになっている。これはデータ精度や信頼性を上げる上で非常に有益であり、日本でも可能かどうか考えたい。今回は時間の関係上、紙と鉛筆で実施したが、今後はコンピューターアシステッドの方法で実施したい。

    質疑応答

    問:(市村氏に)85歳までの高齢者に質問を行うにあたり、それらの回答が正しいかについてどうやって確認するのか。

    答:今回は面接調査を行っているので、調査員が書き損じしない限り間違いはないと理解している。

    問:(市村氏に)パネルデータ作成にあたり、省庁間の連携はどうなっているか。

    答:初期段階で厚生省にコンタクトし、一緒にできないか質問したが、別な形でパネルデータを採取する調査が進行中であり、制度の制約があって難しいとの印象を持った。