RIETI政策シンポジウム

日本の年金制度改革:16年度改正の評価と新たな改革の方向性

イベント概要

  • 日時:2005年12月15日(木) 9:30-17:45
       2005年12月16日(金) 9:15-11:50
  • 会場:経団連会館 国際会議場 (東京都千代田区大手町1-9-4 経団連会館11階)
  • 開催言語:日本語⇔英語(同時通訳あり)
  • 開会挨拶

    吉冨勝RIETI所長から、本シンポジウムの意義と構成について紹介がなされた。

    1. 2004年年金改正に関しては、学会やメディアで通じて様々な意見が出されたが、04年改正とそれ以前の改正がどのように異なるかの問題意識は希薄だった。年金の持続可能性については理論的にも実証的にもコンセンサスがない。さらに、04年改正は、諸外国の研究者が高く評価する一方、マスメディアは若者の年金不信をあおるなど、評価が二極分離化した。厚生労働省の年金財政再計算によれば、毎年の収支は均衡しており、モデル世帯の内部収益率は見込み賃金上昇率を上回っている。一方で、バランスシート上の年金純債務が570兆円(対GDP比約105%)にも上ることは一部の学者の非難を受けており、世代間不公平や年金崩壊といった言葉もきかれる。
    2. セッション1では、「2004年年金制度改正の評価と残された課題」につき、神代 和俊 氏(横浜国立大学名誉教授/前厚生労働省社会保障審議会年金部会部会長代理)よりうかがう。セッション2では、日本の年金制度は原理原則について明確な説明がないことが年金不信の原因と考えられることから、「さらなる年金制度改正のための原理を探る」と題し、深尾 光洋ファカルティフェロー(慶應義塾大学商学部教授)と金子 能宏コンサルティングフェロー(国立社会保障・人口問題研究所社会保障応用分析研究部長)に、RIETIが提案する2つの年金改革案を提示いただく。セッション3「世界の年金改革」では、スウェーデンのNDCを設計したオレ・セテグレン 氏(スウェーデン社会保険庁年金担当部長)に、なぜ同国では基礎年金を廃止し、年金制度を完全報酬比例型に純化できたかについて発表いただく。セッション4では「年金制度が及ぼす雇用への影響と高齢者の実像」につき、樋口 美雄ファカルティフェロー(慶應義塾大学教授)と黒澤 昌子ファカルティフェロー(政策研究大学院大学教授)に、分析結果をご報告いただく。今後日本では、高齢者1人を現役世代1.5人で支えることになるため、社会保障維持のためには、GDPの成長や海外投資を含めたGNPの高成長が必要であり、そのために高齢者の就労インセンティブを高めることが不可欠。またRIETIでは、年金を含めた高齢者に関する政策決定に資するため、資本や健康を含めた包括的な情報を得ることを目的に、高齢者を対象とするパネルデータ収集を計画している。市村 英彦ファカルティフェロー(東京大学大学院経済学研究科、公共政策大学院教授)、清水谷 諭ファカルティフェロー(一橋大学経済研究所助教授)、野口 晴子ファカルティフェロー(東洋英和女学院大学助教授)に、パイロット調査の結果を報告いただく。16日にはこれらのプレゼンターに橘木 俊詔研究主幹・ファカルティフェロー(京都大学大学院教授)と、麻生 良文氏(慶応義塾大学教授)を加えて討議を行い、全体の総括とする。

    セッション1:「2004年年金制度改正の評価と残された課題」

    プレゼンテーション

    冒頭、神代 和俊氏から、「2004年改正をめぐる大きな論点」と題して以下の発表がなされた。

    1. 2004年改革は、人口減少時代に対応した非常に画期的な改革であり、諸外国の改革に並ぶ。国内での評価は当初低かったが、諸外国での高い評価を受け、国内でも再評価されつつある。
    2. 2004年改革で年金制度の持続可能性はいかに担保されているかにつき、その答えは次の4点。
      (1)保険料率の上限を2017年までに18.30%に引き上げる。
      (2)基礎年金の国庫負担分を2009年度までに2分の1に引き上げる。
      (3)マクロ経済スライド方式(2023年度まで)を導入し、将来の年金給付の改善は、実質賃金上昇率(1.1%)から、労働力人口の減少分(0.6%)および平均余命の伸び(0.3%)に見合う分(計0.9%)を差し引いた分(0.2%)に抑制する。既裁定年金の物価スライドにもマクロ経済スライドを適用し、実質年金額の低下を認める。
      (4)有限均衡方式を取り入れ、積立金を2100年までに1年分程度にまで減らす。なお、出生率が1.39まで回復しないか、経済状況が想定を下回れば、5年ごとに見直す。マクロ経済スライドにより世代間不公平はかなり緩和される。対案として厚生年金保険料を13.58%に固定し、国庫負担3分の1の枠内に給付を抑える案もあるが、その場合、所得代替率は35%になる。政策的としてどちらがよいかは価値判断の問題だが、私は改正法の方が妥当と考える。
    3. 賦課方式を採用した場合、定常人口のもとでも概念上は「年金債務」が発生する。将来の人口減少社会で賦課方式を維持することに批判的な経済学者は、2004年改正を一応「プラスに評価」しながらも、なお「年金純債務」が570兆円に達する点を批判するが、現行制度の下で年金が維持できることに変わりない。
    4. マクロ経済スライドは基礎年金にも適用されるので、基礎年金が生活保護基準を下回るのではないかとの疑念に対し、年金がフルに支給されている限り心配はない。ただし、未納・未加入・免除等によって保険料支払期間が所定の年数に達していない場合は、結果的に基礎年金額が生活保護基準を下回る可能性はあるし、経済状態次第では基礎年金の水準が公的扶助の水準を下回る可能性もある。すぐにこのような状態になることはないが、基本的には生活保護制度で対応すべき問題。
    5. 2004年の改革では、若い世代(モデル世帯)について給付/掛金(労使計)の比率(賃金上昇率を割引率に使った場合)が1を保つようになっている。もっとも、割引率に何を使うかは議論になる。「世代間の公平」を、単に年金の給付負担比率(払った分が戻ってくるかどうか)の世代間格差だけでみるのは、一面的である。制度発足当初は、低い保険料で給付は高水準だったが、当初の被保険者は保険料の支払いとともに自らの親も扶養しており、私的・公的な投資(社会資本形成、育児・教育投資、住宅投資など)をも、あわせ考える必要がある。給付負担比率には格差があるが、不公平とまでいえるかは疑問。
    6. 労働市場への影響について、3号被保険者問題に関しては、「受益者」である3号被保険者が1124万人(配偶者を加えるとその2倍)いて、有権者の3分の1を占めており政治的発言力が強いため、結論は出ていない。各種世論調査でも、
      (1)現状維持
      (2)3号被保険者からも保険料を徴収すべき
      (3)3号被保険者の基礎年金給付を削減すべき
      にわかれる。理論的には、1985年の基礎年金導入時より「応能負担論」が維持されてきたが、近年、経済学者の中には家事労働の「帰属所得」を考慮すれば、3号被保険者も基礎年金保険料を負担すべきとの主張が見られる。パートタイム労働者への年金権拡大は、2004年改正審議の過程で週労働時間20時間以上の者、あるいは年収65万円以上の者にまで適用対象を拡げるべき(約400万人に相当)との案が出された。関連業界・財界の反対で見送られたが、少なくとも週20時間以上就業するパートタイマーには年金権を拡大すべき。在職老齢年金制度が高齢者の就労阻害要因になるとの意見があるが、60-64歳層の就労に対し、従来の一律2割カットを2005年に廃止したことで、就労阻害的要素は一部緩和されたと考えられる。65-69歳への高在老の適用(2002年4月から)は、社会保険制度の建前からいえば矛盾があるが、経営者や高度専門職の中には65歳以降もかなりの就労所得を得ている者があり、世代間扶養の制度を維持するために止むを得ないと判断される。70歳以降の高所得者への給付抑制(2007年4月実施:基礎年金は全額支給)も同様。
    7. 公的年金の一元化に関しては、1984年の閣議決定以来、数次にわたって対策が講じられ、与党による厚生年金・共済年金の一元化は2007年までに実現の方向で議論が進行中。国民年金を含む所得比例年金・保証年金併合方式を主張する民主党との調整が困難だが、同案は実行可能性を考えると理解に苦しむ。基礎年金の国庫負担の2分の1への引き上げは、2009年度までに達成する必要がある。ポイント制の導入は、現行制度が建増しに次ぐ建増しにより算式が極めて判り難くなったため、必要性が高く、事務方は大変だろうが実現を望む。
    8. 日本の公的年金議論の根底には、スウェーデンのNDC方式をなぜ日本でも採用しないのかという疑問が横たわっていると思われる。日本でNDC方式が採用できないのは、出生率の差にもよるが、基本的には年金給付設計の違いによる。(1)スウェーデンではNDCの対象は老齢年金に限定(遺族年金・障害年金は、最低保証年金とともに一般財源による)。(2)スウェーデンには定額年金がない、といった設計の違いがあるため、日本の場合、NDC方式を保険数理的に成り立たせる上で肝心の「回転期間」(受給者と被保険者の平均年齢の差)を定義できない。そこで、2004年改正では、これらを考慮しNDC方式に代わる自動調整メカニズムとしてマクロ経済スライド方式を導入した。
    9. 戦後、大企業に勤める従業員や公務員は、老後の生活保障に対し一貫して退職一時金と企業年金の充実を要求した。加えて、バブル崩壊後の株価暴落や国債、企業の労務費に占める退職一時金と企業年金の割合は12%になっている。一方、公的年金(雇用者負担)の割合は5%に過ぎない。極言すれば、大企業の従業員や公務員は、退職一時金・企業年金と公的年金の「二重払い」を受けており、老後の生活には前者だけで充分。一方、そうした二重払いの恩恵を受けられるのは全労働者の3分の1にすぎず、中小企業の労働者はわずかの退職金しか受け取れない。大企業は、国際化の流れの中で厳しいコスト競争を強いられているのは理解できるが、退職金を削っても厚生年金保険料水準の引き上げは、容認されるべきではないか。

    コメント

    これに対し、オリビア・ミッチェル氏(米ペンシルバニア大学ワートン校教授)のコメントは以下の通り。

    1. 主な年金の不安は、キャッシュフローのショートにある。給付対象者の増加や寿命の延びによる給付額総額の伸びに、保険料の伸びが追いついていない。
    2. 日本で、年金の問題の程度についてかなり意見が分かれている点は興味深い。
    3. もっと、感度分析を取り入れるべき。保険料上昇や増税、給付削減によって人々の行動がどう変わるか、行動学からの分析をする必要もある。
    4. 経済状態が経済想定と乖離した場合、特に運用利回りについて、より詳細に検討すべき。割引率の検討や、無限期間という視点の導入、確率過程を取り入れたシミュレーションも必要。
    5. 適切な年金制度の設計にミクロデータ収集は不可欠。モデル世帯で全体を代表できないし、国庫負担部分の具体的な負担配分を把握する必要がある。
    6. 政府の長期債務が、一般に過小評価されている。たとえば、米国の健康医療保険制度を考慮した長期債務は63兆ドル規模である。ただし、政府がこのような債務をすべて開示すべきかは意見が分かれる。個人的には、無限期間について政府の長期債務を明らかにすべきと考える。日本の場合、マクロ経済スライドによる政府の長期債務削減を始めた点で、米国より改革が早い。
    7. いくら積立金を積んでも、期待した利回りが得られるとは限らない。大幅なマイナス利回りとなることもある。積立金の取り崩しスケジュールについても多様な意見があり、運用方法についても海外に分散投資すべきかなど多様な議論がある。

    次にオレ・セテグレン氏から以下のコメントがなされた。

    1. 2004年改革は人口動態の変化によって強く求められるものだが、このような悲観的な結果になるかどうかはやや懐疑的。ある意味、スウェーデンが過剰に楽観的かもしれない。
    2. 持続可能な年金制度のためには、若年者や高齢者、女性の労働力向上が不可欠。教育年数を短くするか、退職年齢または年金受給開始年齢を引き上げることが必要。
    3. インフレ率が低いと、自動安定化装置(マクロ経済スライド)が機能しない。これは、財政上のリスクを引き上げる可能性。一方、自動安定化装置には平均寿命の延びという推測の要素を入れるべきではない。マクロ経済スライドによって購買力を平均0.9%ずつ減らしていくと、多くの高齢者の所得が生活保護水準以下になってしまうのではないか。自動安定化装置が機能するためには、財政面でのわかりやすい情報を毎年客観的に提供していくことが必要。
    4. 日本の年金制度は複雑すぎるので、もっとシンプルにすべき。

    ジョン・ピゴット氏(豪ニュー・サウス・ウェールズ大学教授)のコメントは以下の通り。

    1. 現行の制度は単身者に不利にできているほか、第3号被保険者が労働市場に参加するのを妨げる要因になっている。持続可能にするため、労働力を高める必要があり、パートタイマーにも保険料を負担させたほうがよい。
    2. 公的年金と公的扶助の関係について、よく検討したほうがよい。

    上のコメントに対し、神代氏から以下の回答がなされた。
    ミッチェル氏に対し、

    1. 感応分析をすべきとの主張に対し、数理レポートにはその結果が盛り込まれている。最も悲観的なケースでは、所得代替率が45%になることが予測されている。
    2. 実質経済成長率と実質賃金上昇率の関係については、人口、労働力人口、被保険者数が減少する経済においてもTFP(全要素生産性)や設備投資の増加によってプラスの経済成長を維持することは可能。人口減少社会でプラスの経済成長を維持できるかに関し、悲観論があるが、年金部会・年金局の判断では『財政再計算結果』第4章第4節「経済前提の設定」で検討しているとおり。
    3. 確かに、積立金があっても期待した給付が受けられるとは限らない。年金資金の適切な運用が必要。利子率についてはTFPをどれだけ高くできるかに依存するだろう。

    セテグレン氏に対し、

    1. 女性と高齢者に関し、それぞれ過去の趨勢よりも労働力率をかなり高めるような政策的前提に基づき高めの予測をしている。女性、高齢者の労働市場参加を促すべきとの考えには全面的に賛成であり、改正法もそうした判断に基づいて策定された。この20年間、女性のM字型の労働力率は米国やスウェーデンのような台形にかなり近づいてきた。
    2. 年金支給開始年齢について、67歳まで引き上げるのは一般論としては適切だが、65歳までの将来的な継続雇用が義務づけられたばかりであり時期尚早。若年者のニートの問題も関連している。
    3. 平均余命に実績値を使うべきというのは正しい。
    4. マクロ経済スライドを基礎年金にも適用すると貧困線以下にまで基礎年金額が低下するのではないかとの批判的見解について、特に、基礎年金を満額受給できない低年金者の生活水準を維持するにはどうすべきか。年金制度、生活保護制度、医療保険制度、介護保険制度等との関係において、総合的に慎重に判断する必要がある。少子化が進み経済が悪化するシナリオになった場合、年金制度全体を見直す中で、特に低年金者の取り扱いを再検討することが必要。

    その他、

    1. 基礎率の設定に関してはセテグレン氏とミッチェル氏がちょうど逆のことを言っているので、両者でぜひ議論してほしい。

    質疑応答

    問:有限均衡方式は、財政再計算ごとに均衡を目標とする年度がずれることになるが、この点についてどう考えるか。

    答(神代氏):有限均衡方式は、再検証ごとに均衡を目標とする年度がずれるが、制度維持のためには財政再検証を適宜行う必要がある。所得代替率維持のためには、有限均衡方式による積立金の取り崩しが必要。

    問:(ミッチェル氏に)米国では1975年の有限均衡方式から無限均衡方式に切り替わったのはなぜか。

    答:無限均衡方式の利点は、年金改革案の影響がより適切に把握できる点にある。経済想定の予想は外れやすいので、年金制度をより長い期間で考えることが必要。無限均衡方式なら、どの期間について均衡させるかによって生じるバイアスを避けられる。

    問:(セテグレン氏に)逆にスウェーデンでは、無限均衡方式から有限均衡方式に変わったが。

    答:タイムホライズンについてスウェーデンは現在75年。スウェーデンのNDCでは、毎年バランスシートを計算して均衡させる。この点、スウェーデンの制度はゼロ・プロジェクションといえるのではないか。スウェーデン方式は透明性が高く理解しやすい。日本でも、うまくいかないと考えるなら導入すべきでない。

    問:国民皆年金以前の年金(恩給)の扱いについて、給付をカットすべきか、保険料によってまかなうべきか。

    答(神代氏):恩給については、共済年金との一元化時に保険料でまかなうしくみにすべきだった。

    問:国民健康保険のしくみをそのまま使って国民年金の報酬比例化を図る構想をどう思うか。

    答(神代氏):興味深い考えだが、国民健康保険は標準報酬月額の階級が少なく、上限も異なるため、問題がある。