政策シンポジウム他

中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化

イベント概要

  • 日時:2005年6月23日(木) 10:00-17:55
  • 会場:経済産業研究所国際セミナー室
  • 開催言語:日本語(同時通訳なし)
  • 経済産業研究所(RIETI)は、2005年6月23日終日、政策シンポジウム「中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化」を開催した。その中で、日本の中小企業のライフサイクル(参入、退出、再生、事業承継)のプロセスごとの現状と課題について、企業レベルのデータを用いた実証研究を基に、体系的な議論が行われた。

    セッション3:「事業承継」

    安田武彦RIETIファカルティフェロー・東洋大学経済学部教授から、「事業承継と承継後の中小企業のパフォーマンス」と題して以下の報告が行われた。

    1. 中小企業が近年直面している課題として、経営者の高齢化が挙げられる。中小企業のパフォーマンスに対する経営者の影響力は大きく、経営者の年齢が高い企業ほど成長率が低いという研究成果もある。したがって、事業承継による経営者の若返りが重要な問題となる。本研究では、事業承継後のパフォーマンスを悪化させるのは如何なる承継者なのか、また、子息等が承継する企業と、第三者が承継する企業の違いはなにか、という点について、独自のデータセットをもとに分析を行う。
    2. 分析にあたり、Storey(1994)の提示した企業パフォーマンスの決定要因に関する分析枠組みを用いる。企業パフォーマンスは、企業家属性、企業属性、企業戦略属性という3つの組み合わせにより決定されるというものである。本研究では、事業承継を取りあげることから、特に企業家要因と企業要因の双方が重要であると考え、この2点に着目する。
    3. データセットは、東京商工リサーチ「後継者教育実態調査」を用いた。本研究のサンプルサイズは1194社である。
    4. 推計結果のうち、企業属性と子息等承継の関係については、企業年齢が高い企業ほど、子息等承継の確率が高まること、企業規模が大きいほど子息等承継の比率が低くなること、先代の他界、高齢化は子息等承継に繋がりやすいこと、建設業、小売業、飲食業では子息等承継が多いことが示された。
    5. 承継後の企業パフォーマンスに関する推計結果のうち、全サンプルによる分析では、(1)承継時企業規模が小さいほど、(2)承継後の経過年数が長いほど、(3)高学歴の承継者ほど、企業パフォーマンスが高くなることが示された。(2)は、世代交代による調整機関の存在を示唆(創業との大きな差)している。また、承継最適年齢は57歳であり、意外と高齢であることが示された。
    6. 子息等承継と第三者承継を分けた推計結果では、(1)子息等承継では承継最適年齢が55歳、(2)第三者承継では学歴が承継後のパフォーマンスにプラスに作用する、子息等承継では企業年齢の要因が承継後のパフォーマンスにマイナスに影響することが示された。
    7. 承継の契機の影響に関する分析結果では、子息等承継においては、先代の他界、高齢化、内外からの経営者交代要請を契機とする承継では、パフォーマンスにマイナスに影響することが示された。このことから、先代の他界等を契機とした承継では、子息が後継者に選任される傾向が強いが、結果として得られるパフォーマンスは低いことが指摘できる。これに関連して、承継時の先代の年齢が65歳以上でも承継準備期間が無い場合が4分の1存在するというデータが存在する。
    8. これらの結果から得られる提案として、子息等に事業承継する場合、経営者は自らの他界による事業承継の混迷は避けるべきであり、準備期間を要することの重要性を指摘したい。また、政策面の課題として、事業承継の円滑化のため、準備期間のある事業承継を促すことが必要である(税制等)。
    9. まとめとして、子息等承継と第三者承継では、承継の対象となる企業の属性、承継後のパフォーマンスの決定要因が大きく異なることから、同じものとして捉えることができない点、子息等承継の対象となる企業は、企業年齢が高く、収支基調が黒字の企業、かつ、先代他界、高齢化により承継に至った企業である点、子息等承継、第三者承継のいずれにおいても承継発生からの経過期間が長いほど、パフォーマンスが好転する点、第三者承継では、高教育がパフォーマンスにプラスの影響を与える点、そして、子息等承継のパフォーマンスは退任理由が他界や高齢化等の場合、悪化する点などを指摘したい。

    この発表に対して、柴山清彦中小企業金融公庫総合研究所所長、平井裕秀中小企業庁事業環境部財務課長から以下のコメントがなされた。

    (1)柴山清彦氏からのコメント

    1. 中小企業の場合、大企業と比較して、事業承継にあたって特有な困難がある。それは次の2点から由来する。1つは、大体が同族経営であり所有と経営が分離されていないということからくる問題である。この面からは相続にまつわる厄介な問題が色々生じてくる。2つ目は、大企業に比べ後継者となる選択肢の範囲が非常に狭いため、適切な後継者が得られないというケースが生じる確率が高いということである。
    2. 事業承継を困難にする要因としては相続税の問題がある。中小企業では事業を承継する人は、ほとんどの場合、相続人でもあるため、相続時に、承継する企業の株を国税庁の規則に従って評価する必要がある。当然のことながら、優良で財務内容がよくて収益性の高い企業ほど株の評価は高くなるため、税金の負担が重くのしかかってくる。上場企業の株ではないので、流動性がなく、その一部を換金して相続税を払うということができにくい。節税対策として、第三者割当増資をして、1株当たりの評価を低めるという方法もないわけではないが、その場合には経営支配権との間のトレードオフという問題が発生する。
    3. 相続に絡む厄介な問題としては、相続する兄弟が必ずしも仲がいいとは限らないという問題がある(いわゆる"若貴問題"が発生する可能性)。その典型的なケースとしては、個人資産が事業用に使用されているというケースであり、工場の建物は会社の所有だが、その底地は個人所有だということは中小企業の場合は幾らでもある。その場合、底地を複数の相続人が相続するとして、事業とあまり関わりのない相続人が持ち分を銀行借入の担保に提供するかどうかは保証の限りではない。直接の相続人の場合だと、調整はできるかもしれないが、子どもの世代ということになってくると、なおさら問題は厄介なことになる。
    4. そういう問題を回避する1つの方法として、分社化をして兄弟ひとりひとりがそれぞれの企業を承継するというケースが稀にある。ただ、規模の利益が発生しないような業種業態だったら可能だろうが、最近では、製造業の場合、中小企業といえども経済的に工場を操業する規模はかなり大きくなっているので、分社化の選択肢を選べない場合も多い。
    5. "若貴問題"を回避する最良の方法は、経営者が後継者をはっきり決めて、それを会社の組織の中、あるいは、取引先や金融機関にはっきりアナウンスするということではないか。長男が事業を承継するという通念があるため、特に、長男以外が承継する場合は事前のアナウンスが非常に大事になってくる。
    6. 後継者の問題に関して、今回の安田先生のご研究から得られる最も重要なメッセージの1つは、事業承継がうまくいくためには、そのための準備が十分になされなければならないということである。後継者としては子息が承継するケースが圧倒的に多く、承継のプロセスとしては、比較的早い時期にその会社に入って、長年、先代の経営者の下で経営者としての修業をして、経営者としての訓練を十分積んだ上で事業承継するというケースがほとんどではないか。そういうプロセスを経た場合は、相続税その他のクリアしなければいけない問題はあるとしても、大体においてそう大きな問題は生ぜずに承継できるという印象を私は持っている。
    7. ただ、先代が非常にカリスマ性の強い創業者の場合だと、創業者が自分のカリスマ的な資質に基づいて獲得してきた従業員からの信頼を、後継者が再構築しなければいけないという問題がある。そういう問題を緩和する1つの方法としては、たとえば後継者に経営計画を作らせるという方法がある。先代のカリスマ的な資質は個人の属性であり、承継は難しい。しかし、経営計画という形でそれを明文化することによって、カリスマ的支配を日常化・制度化するという工夫だと理解できる。あるいは、ISOを取得する場合に、取得のプロジェクトの責任者に後継者を据えたり、将来の企業の礎になるような新製品開発のプロジェクトの責任者に後継者を据えるなどのさまざまな工夫が実際にはなされている。
    8. 今回の計測結果のうち、私にとっての次の2点が特に印象的であった。1つは、子息継承の場合、継承する際の最適な年齢が意外に高いという点。もう1つは第三者継承の場合、学歴がパフォーマンスにプラスの影響を与えているという点である。。これに関していうと、安田先生のモデルの中には明示的に入っていない変数があって、それが推計結果、特に今挙げた2つの推計結果にインプリシットな形で影響を与えているのではないか。その変数とは、承継するプロセスである。後継者として育つためには、企業で一定の期間、しかも、かなり長い期間にわたって経営者としての訓練を積むというプロセスが必要不可欠である。子息承継の場合、最適な承継年齢が意外と高いということの背後には、比較的長い後継者の修業期間という変数がインプリシットな形で作用しているのではないか。あるいは、第三者承継の場合に、学歴がパフォーマンスにプラスの影響を与えているということに関しても、学歴が1つのシグナルとなって、比較的早い時期での後継者の選択ということが可能になって、その結果として承継前に十分な準備期間、修業期間が確保されて、その結果としてパフォーマンスが高まるという効果があるのではないか。そこで、承継準備期間など承継するプロセスを明示的に示すデータが利用可能であれば、それを明示的にモデルに組み込んで計測すると、一層興味深い結果が得られるのではないか。
    9. 最後に、金融機関の立場から事業承継を円滑化するうえで、金融機関としてどういうことができるかということについて簡単に触れたい。特に中小企業の場合、事業承継というのは企業の存続にも関わるような重要なイベントである。したがって、金融機関にとっては、後継者の有無、後継者を育成する体制の有無、後継者の育成状況などは、企業を審査する場合の重要な着眼点になる。そういう側面から、金融機関の存在は、円滑な承継を可能にするような、きちんとした承継の準備を促すという効果がある。関連して、金融機関には非常に多数の企業の情報が蓄積されているので、それらを踏まえて事業承継にまつわるさまざまな側面に関するアドバイスをするというのも、金融機関の機能の1つかもしれない。

    (2)平井氏からのコメント

    1. 財務課では、中小企業関係税制を担当している。中小企業関係の税制要望は、相続税にかかわる事業承継関係税制である。本日は、今年の春までやっていた事業承継関連法制等研究会について、説明したい。
    2. 研究会の背景として、この20年間で子息、親族での承継は8割から4割に下がってきている。したがって、このペースでいくと、親族内での承継は過半数の中小企業では得がたい選択肢になってきている。さらに、この選択肢がとれる会社の中でも、経営権をめぐった争いという問題が増えてくることもあるだろう。中小企業の承継は、色々な問題が複雑に絡み合っている、これを解いていくことは難しいが、税制だけでこの問題を扱ってはいけない。中小企業のアセットの中で、技術にしても経営面にしても最大のアセットは社長である。社長がいなくなるということは、経営にとっては一番のリスクであるというような頭の整理が必要である。もう1つ、相続税のみならず、承継の仕方としての会社の資本政策の問題、さらには民法上の均等相続の中でどのようなやり繰りをしていけばいいのかといったところまで議論が広がっていく。
    3. 事業承継関連法制等研究会の中では、4割に縮まってしまった家庭内の相続にわたるところの問題点、それから、すなわちM&AもしくはMBOといった形での、昔の名前でいう「暖簾分け」、会社を売り払うといった策まで含めた環境整備がどれだけ我々の方で考えられるかということを検討してきた。
    4. 中小企業の中でも優良企業で相続税が発生するのだが、特に優良企業になると家庭内の相続の中でどのように平和裏に経営権を掌握していけるのかが大きな問題である。今回、商法改正で資本政策に若干なりともお役に立てる商法上の改正事項を盛り込むことができた。1つには譲渡制限をかけている株式会社の譲渡制限の効力が相続にも及ぶようになること。もう1つは、無議決権株の発行制限割合を緩めたことである
    5. 中小企業の経営者の方々に事業承継は会社にとって最大のイベントであるということ、10年後を見渡して考えるならば、これを無視した事業計画は「画竜点睛」を欠いているような計画であって、事業計画をきっちりと作っていくという認識をどれだけ普及啓発できるかというところが、すべてにわたって必要になってくる。
    6. それにあたり、税理士、公認会計士、弁護士に加えて、リレーション・バンキングを標榜していかざるを得ない地域中小企業、中小企業のサポーターである金融機関も、この問題に対して一段意識を上げて取り組んで頂くことが必要になってくる。関係者が意見交換をし、情報交換ができて、最終的には中小企業からの経営相談、事業承継相談にも乗っていけるようなネットワークが必要なのではないか
    7. 最後に、政策についてだが、平成15年度から始まった相続時一括精算課税制度は相当数使われている。現在65歳の方しか使えないものを、若干若返らせるといったことはあるのかもしれない。まだ施行されて1年半の制度なので、全体での状況、今後のニーズの調査を踏まえて、この制度改正について検討していきたい。

    会場から以下の質問が寄せられた。

    1. 最適な承継年齢が50代半ば、特に子息継承の場合というのは、高すぎないか。父親の年は80を越えていることになる。そういうタイミングに承継が起きるといいことが多いですよというのは、承継年齢が50の半ばであることがいいのか、父親がそれまで生きるぐらいエネルギーのある人で、いい会社になっているからいいのか。ロジックが色々ありそうである。

    これに対して、安田ファカルティフェローから以下の回答がなされた。

    1. 計量の結果が出てきて意外だなという感じもしたが、50歳すぎで承継しろというふうには私も思っていない。走り出すまでの調整期間みたいなものを考えていくと、40代後半ぐらいが本当のところなのではないかという感じはしている。柴山様からご指摘もあったように、年齢に関するところの裏に、何か別のもの、ここの変数に加わっていないものが入ってきている可能性はあるのかなということで、そのあたりをもう少し掘り下げていければ、年齢が下がるのかなと思う。

    柴山氏からも以下の回答がなされた。

    1. これを統計的に処理するのは難しいと思うが、承継は必ずしも点で発生するわけではない。たとえば、今までの代表取締役社長が代表権を持った会長になって、子息が代表権を持った社長になる場合、その時点でそれは承継なのかどうかというとなかなか難しい面がある。私の幾つか見てきた例では、40代ぐらいから実質的な経営権を持ちつつ、完全に先代が経営から退くというタイミングでいえば50代前半というのもびっくりするほど遅くはないなという印象がある。また、特に創業者は元気である。なかなか完全には退かないということがあり、どのタイミングで承継を図るかということにも依存してくるのかという感じがする。

    会場から、以下の質問が寄せられた。

    1. 「子息等の承継と第三者承継と他社勤務の有無による差はない」という推計結果があるが、何となく違う気がする。細部にわたって調べていくと違う結果になるのではないか。

    これに対して、安田ファカルティフェローから以下の回答がなされた。

    1. 私自身も社長の話を聞く機会があるが、やはり子息に継がせたい場合と、そうでもない場合の2通りがあり、私も確証を持ちにくいところである。ただ、第三者承継といったときに、そこにもまた幾つかのパターンがある。1つは、たたきあげでやってきた人たち、中に入って右腕的な存在になって、社長に「後をやってくれ」と言われるケース。2つ目は、よそから入ってくるケースである。それによってパフォーマンスは違ってくる可能性がある。子息承継でも、子どもが落下傘部隊みたいによその会社から入ってくるケースと、修業を積んでやってきている人たちもいる。したがって、内部昇進型などの要素がその後の経営に何らかの影響を与えていく可能性があるのかもしれない。そうしたところをさらに分析できれば、新しい事実が発見できるのかもしれない。

    会場から、以下の質問が寄せられた。

    1. 子息に継承するときに、長男なのか次男なのか、あるいは、娘婿なのかというようなことに関しては調査されていないのかどうかをお聞きしたい。なぜなら、大阪の船場では娘が生まれたら赤飯を炊く。一番有能な丁稚に嫁がせて後を継がせることができるからである。親としては一番出来のいいのに継がせたいということがあって、子どもがたくさんいるとか、娘婿がいるときはどういう行動をとっているか。もしご存じであれば教えて頂きたい。

    これに対して、安田ファカルティフェローから以下の回答がなされた。

    1. 「子息等承継」の「等」は、子息、兄弟、娘婿、つまり第三者でない人たち、何らかのつながりがある人たちという意味である。その中で、娘婿というのをサンプルの中からとると、全体で20%か30%程度に減ってしまうため、全体の枠組みからすると信頼に至る結果が出にくい。ただ、実態としてそういう話は私もよく聞く。娘婿に期待するケースというのはかなりあるのではないだろうかと思っている。もう少し色々な人から話を聞き、そこからおもしろい結果を、さらに統計的にそこのところと結びつけたい。