政策シンポジウム他

中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化

イベント概要

  • 日時:2005年6月23日(木) 10:00-17:55
  • 会場:経済産業研究所国際セミナー室
  • 開催言語:日本語(同時通訳なし)
  • 経済産業研究所(RIETI)は、2005年6月23日終日、政策シンポジウム「中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化」を開催した。その中で、日本の中小企業のライフサイクル(参入、退出、再生、事業承継)のプロセスごとの現状と課題について、企業レベルのデータを用いた実証研究を基に、体系的な議論が行われた。

    セッション2:「退出と再生」

    まず、原田信行筑波大学大学院システム情報工学研究科講師から、「小規模企業の退出」と題して以下の報告が行われた。

    1. 日本に470万ある企業のうち約90%は小規模企業であり、3分の2は個人企業である。また、ここ10年以上開業は少なく廃業は多い状態が続いているが、数の上ではこの開廃業の大部分は小規模企業である。したがって、開廃業の問題について考えるときにも、小規模企業というボリュームゾーンはかなり重要な位置を占めているといえる。
    2. 今回用いるデータは、「小規模企業経営者の引退に関する実態調査」であり、調査の対象は、小規模企業共済制度の共済金等を、2001-2002年度に「個人事業の廃止」、「法人の解散」により、または2000-2002年度に「個人事業の譲渡」により受け取ったもの1万5000人で、回収率は26%(3958人)である。「個人事業の譲渡」は事業自体は続いているので「個人事業の廃止」と「法人の解散」だけに限定して分析を行う。最終的には1730のデータをもとに小規模企業の退出行動について見ていく。
    3. 小規模企業の退出理由はさまざまで、経済状況の悪化による退出ということ以外に、高齢化や健康問題、さらには数は多くはないが悠々自適な生活を送るため、または新たな仕事や事業を行うためといった理由も見られる(表1「退出理由」と「退出理由(続き)」参照 [PDF:84KB] )。それらは、経済状況の悪化を直接の理由とする「経済的退出」と、それ以外の理由による「非経済的退出」に大きく区分できる。今回のデータでは、「経済的退出」は4割に過ぎず、「非経済的退出」、つまり、経済状況の悪化を直接の理由としない退出が過半の6割を占めている(表2「経済的退出と非経済的退出」参照 [PDF:84KB] )。年齢分布による違いをもう少し詳しくみると、「経済的退出」は相対的により若い方にピークがあり、特に65歳近辺に違いがあることがわかる(表3「退出した経営者の年齢分布」参照 [PDF:84KB] )。
    4. よりフォーマルに、確率モデルの推定を行うと、経済的退出と非経済的退出の性質の違いがいっそうはっきりする(表5「プロビット・モデル推定結果」参照 [PDF:84KB] )。年齢以外にも、金融機関からの借入がある場合に経済的退出が生じている確率が高いなどの結果が得られている。なおこの点に関してさらにいえば、借入がない場合のほうが非経済的退出の確率が高いということでもあり、全体としてお金を借りない方が経営者の自由意思で退出の意志決定ができることを示しているともいえるかもしれない。
    5. 調査時点(退出から1~2年経過時点)の経営者の就労状況については、4割強が退出後になんらかの仕事に就いている(表6「退出後の就労状況」参照 [PDF:84KB] )。仕事の内容は、自営業やパート・アルバイト、それから正社員が多い。年齢による違いもあり、65歳未満のケースでは6割が働いている。65歳以上だと減少するが、65歳以上で退出してもまだ働いている方も24%いて、この割合も十分高いという印象を受けている。いずれにしても、企業を退出しても経営者が仕事をやめるわけではないケースがそれなりに多いことが示されている。
    6. まとめると、本研究の最大のメッセージは退出の多様性を意識することは分析、政策いずれの観点からも重要ではないか、ということである。小規模企業の中に「非経済的退出」はかなりあり、これはたとえば「廃業率」の中身についてもっと見ていく必要があるということでもある。政策に関しても、「経済的退出」の部分については、基本的には従来型の構造調整・構造改革に関する政策と、それでは足りない部分にいわゆるセーフティネット対策をどのように組み合わせるのかという政策のバランスの問題になる。一方「非経済的退出」については、いかに準備を整えるか、あるいは見込みのあるものについては継承可能性を高めるかといった政策が重要になる。

    続いて、橘木俊詔RIETI研究主幹・ファカルティフェロー/京都大学大学院経済学研究科教授から、「中小企業の存続と倒産に関する実証分析」と題して以下の報告が行われた。

    1. 本研究は、「倒産を目前にして経営者はどういう行動をとっているか」、「経営建て直しのためにどういう行動をとっているか」、あるいは、「倒産を目前にして危ないなと思ってどの金融機関に相談に行っているか」ということに注目している。データは、「事業再挑戦に関する実態調査」とか「経営上の困難の克服に関する実態調査」を使用する。
    2. 推定結果について、まず、倒産に直面した企業では年齢が高い、あるいは大きい企業は建て直しが難しいということ、成長している企業は倒産しにくく、財務状態が悪い企業は倒産しやすい、ということがいえる。
    3. 借入先に関しては、都市銀行、信託銀行、地方銀行、信用金庫、政府系、農協、生保、損保、クレジット、信販会社、消費者金融、リース会社、商工ローン等を分析した。政府系中小企業向け金融機関から借りる場合に、将来の倒産確率が高い。民間の銀行は貸してくれず、貸してくれるのは政府系中小企業金融機関と消費者金融とリース会社であるという解釈も可能である。
    4. 経営者の就任経緯に関しては、親族・配偶者、親から、あるいは、夫から承継した方が、自ら創業するより倒産しにくい。下請けの有無に関しては、100%下請けの方が倒産確率は低下する。
    5. 経営困難に直面したときの行動に関しては、商品・サービス開発、流通・販売経路の見直しをすれば、倒産確率は低下する。一方、金融機関や取引先へ出資要請する時、親族知人に資金調達要請をする時に、倒産確率が高まる。
    6. 経営困難に直面したときの相談相手に関しては、取引金融機関ダミー、同業者ダミー、商工会議所への相談ダミーが「負」、出資者・株主相談ダミー、家族相談ダミー、弁護士相談ダミーが「正」となっている。中小企業では同業者のコミュニティが重要であり、お互いに情報交換をしてアドバイスも得られる。家族や出資者・株主、弁護士などに相談するということは、倒産の覚悟を100%決め、事後処理を考える段階においてのものと解釈できる。

    両氏の発表に対して、竹内英二国民生活金融公庫総合研究所主席研究員より以下のコメントがなされた。

    (1)原田氏の報告に対して

    1. 小規模企業に関しては、必ずしもゴーイング・コンサーンである必要はないと経営者自身も考えており、起業家・経営者にとって、役割を終えたと感じれば経済的には儲かっているとしても退出・廃業する例もある。悠々自適の生活を送りたいといった理由は、非経済的な理由の代表といえる。このように、退出イコール失敗ではないということをはっきりさせたという点で、原田先生の報告は小規模企業の現実に即した有意義なものである。
    2. サンプルに偏りがないか疑問である。20代、30代の新規開業も非常に多いと思うし、彼らが廃業するケースもたくさんあると思うが、それが少ないということは、共済制度加入者が高齢化しているためではないか。これは、今回の原田先生の分析に影響を与えている可能性がある。
    3. 「開業は果たしてコストに見合った価値があるのか、トータルな企業の価値がどうだったかは、企業が退出してからでないと分からない」という議論は、大変興味のある視点である。現代の企(起)業家は必ずしも経済的な動機で開業しているわけではないが、経済的な成功は企業家の満足度を高めるし、企業家の社会的ステータスを向上させる。そうなれば、ロールモデルにもなる。
    4. 何らかの形で廃業を円滑に進める仕組みが必要になってくる。1回事業に失敗しても、2度目、3度目の挑戦ということを考えますと、いかにスムーズに円滑に退出するかという仕組みをつくっていくことが重要である。政策的にもそれに力を入れていく必要がある。

    (2)橘木氏の報告に対して

    1. 政府系金融機関ダミーに関しては、コメンテータの職業柄、どうしても関心がある。係数が「正」で、消費者金融には負けるが、民間が敬遠するような信用リスクが高い企業に融資しているという点では、政府系として当然の役割を果たしている。もっとも、政府系からの融資が逆カウベル効果を発揮してしまうようであれば問題である。個別の融資先をモニタリングし、コンサルティングを行う必要があるが、180万近い融資先があって、実現は難しい。
    2. 今回の推計結果では、単に倒産を回避するということだけではなくて、製品開発あるいはサービスの向上といったような不断の経営努力が倒産の確率を下げる、あるいは企業の存続率を高めるということが明らかになった。
    3. 倒産の危機には2種類あるのではないのか。1つは「緩やかな危機」であり、主力製品の売上がじりじり落ちているとか、競争相手がぼちぼち出始めたといった、予測可能な危機である。もう1つは、「突然の危機」、想定外の危機であり、取引先が急に倒産してしまって不渡手形を食らうといった危機である。前者の「緩やかな危機」の場合には、製品開発をするとか、取引先を変更する、あるいは、マーケティングを変えるとかいうことで対応しなければならず、後者のような「想定外の危機」に関しては、資金繰りを確保するしかない。前者の危機の場合に、ビジョンもなく資金調達をしてしまえば倒産確率を上げるのは間違いない。
    4. 下請け取引100%の企業で倒産確率が低いというのは、解釈の問題もあるが違和感がある。倒産しにくい原因の1つとして、自社製品を持つことに関するコストやリスクを負担しないという効果の方が大きい。国民生活金融公庫が親会社と密接な取引を行っている融資先に対して行ったアンケートでは、3カ月先の受注どころか来月の受注さえ見通しが立たないという企業が3割、4割ある。これらの企業にとっては仕事が安定しているといわれると体感と合わない。
    5. われわれが昨年度行った新規開業実態調査でも、同業者にアドバイスを受けた企業家は、失敗の確率が下がるという結果を得ている。同業の経営者にアドバイスを受けるかどうかは、起業家自身の人脈に関わってくる問題であり、アドバイスを受ける機会、接触する機会を政策的に設けてあげることが重要である。たとえば、商工会議所とか中小企業支援センターでセミナーとかコンサルティングの機会を設けるといったことが考えられる。

    さらに、松島茂法政大学大学院経営学研究科教授より、両氏の発表に対して、以下のコメントがなされた。

    (1)原田氏の報告に対して

    1. 退出の意思決定は、実際に退出行動をとる相当前から始まっているのではないか。たとえば、商店街の中の八百屋あるいは魚屋が自分の商売をやめる意思決定は、子どもに商売を継がせるかどうかということを考える時点あたりから始まっているのではないか。
    2. 実際に観察される退出行動には経済的なファクターが多く含まれている。たとえば、町のお菓子屋の小売店であれば、その小売店をやめるという判断においては、納入問屋の力がなくなってきている、あるいは別の流通経路(たとえば、コンビニエンスストアなど)が生まれてきているといったことによって、商売を継がせるのは無理かなと思い始める段階が存在するように思う。そこで、経営者は、子供に「おまえ、いい学校に行けよ」などと言いながら、子どもが継がないように、あるいは、自分の商売は一代で終わるということを前提にした経営行動をとっていくのではないのか。そのような姿を前提にしてみると、このデータセットに基づく分析は、もう1回見直してみる余地がある。

    (2)橘木氏の報告に対して

    1. 御報告を伺っていて、同業者あるいは商工会議所に相談しているということを説明変数として加えていいかどうかという疑問を持った。最初に同業者あるいは商工会議所に相談に行くという行動が、どういう場面でそういうことが行われるかということを考えてみると、切羽詰まって相談に行くということではないのではないか。倒産する可能性がない、あるいは、自分としては打つ手があると思っているときに、同業者に対して「おれはこんな苦労をしているけれども、こんなふうに切り抜けようと思っているんだ」とか、商工会議所に話に行くときもそういうタイプの相談の持ちかけ方をしているのではないか。つまり、行動の前提に状況認識、倒産に近い・遠いという認識が最初にあるのではないか。したがって、それを説明変数として倒産回避行動を説明しようというのは、若干、変数に無理があるのではないか。

    (3)両氏の報告に対して

    1. 私の感じるある種の不満は、分析がデータセットからスタートしている点である。データセットの前に、倒産あるいは企業の経営を継続しないという意思決定の背後にあるリアリティーについての議論が大事であると思う。そこについての目配りがされていれば、統計分析についての解釈も納得的に読めたのではないかと感じる。

    さらに、会場から以下のコメントが寄せられた。

    1. やめた理由で、「非経済的退出」で一括りにしている「悠々自適な生活を送るため」、「新たな仕事や事業を行うため」という2つについては、若干性格が違うのかなという印象がある。最近の研究の流れでは、シリアル・アントレプレナーというような、事業をやめた後に新たな事業を起こすという自発的な行動もある。他のグループと若干理由の性格が異なるので、その辺を考慮した分析をされた方がいいのではないか。

    以上のコメントに対し、原田氏からは次のような回答があった。

    1. 資産を形成してのハッピー・リタイアメントもあるが、一方でやめて継ぐ人もいなかったけれども、しかし借金は残ったということも決して少なくはないだろう。普通のサラリーマンであれば、退職したときに借金があることはあまりなく、むしろ基本的には退職金を多少なりとももらってやめるという形なのに対して、自営業は、やめたときに借金が残っていることも十分あり得る。これは、つきつめればお金だけの話ではなく、最終的には開業というのがトータルでどの程度見合うのかという問題になる。その点についてはまさにいま考えているところである。
    2. モデルとデータに関しては、今回のような質的な問題を一番クリアに分析できるのは2項モデルのロジット・プロビットであり、選択肢が3つ以上のモデルには結果の解釈などかなり複雑な問題があるので、シンプルに分析したということである。最終的にはデータとの兼ね合いということになるが、とにかくモデルに凝るということにした場合にはもう少し考える余地はあるかもしれない。

    また、橘木氏からは次のような回答があった。

    1. 同業者と政府系金融機関をどう評価するかというのは悩んだ。たとえば、同業者というのは言ってみればライバルなわけで、ライバルに相談して本当に教えてくれるか、むしろ退出してもらった方が自分の企業繁栄のためにはいいわけである。実態を自分たちで調べる余裕はないので、実態を報告した文献や論文を読んで、実態からどういうことが言えているかということと、我々の計量分析との整合性を求めて改訂していきたい。

    さらに、会場から次のような質問があった。

    1. 本日のテーマであります中小企業、とりわけ零細企業について信用力の変化を推計するというのはなかなか難しい問題である。国民生活金融公庫のデータとか東京商工リサーチのデータで欠けているものはあるか。どういうデータがあれば、今の分析とか研究がもう少し精度を上げたものにできるのか。現在のデータセットの持つ、いろいろな意味での限界ないしはデータの種類として欠けているものはどういうものがあるのか。

    上記の質問に対して、原田氏から次のような回答があった。

    1. たとえば、東京商工リサーチもすごく小さい会社のカバレッジは必ずしも高くない。また、対照情報として、全くお金を借りていない小さい会社ももっと見直されてもいいと思う。とはいえ、特に小さい企業に関しては、最終的には、信用モデルどうこうというよりも170万小企業に融資している国民生活金融公庫のようなところのノウハウ的な部分のほうが期待できるのではないかと思う。

    また、竹内氏からは次のようなコメントがなされた。

    1. 170万件の5割強は個人企業、個人の自営業であるので財務諸表はない。どうやって貸出判断をしているかというと、もちろん数字は大事にするが、その他に経営者のプライベートな生活、生活ぶりを見る。また、個人の信用情報を非常に大事にする。アメリカのように、日本でも個人の信用情報が流通していれば、それを企業のクレジット・スコアリングモデルに組み込むことができるが、日本の場合はそれが不可能な点が残念。

    上記の質問・回答に関連して橘木氏から次のようなコメントがあった。

    1. 個人情報保護法が入り、利用できるデータの範囲が縮小されるなどネガティブな影響が出ないかと感じている。個人情報を保護しながら、我々の経済実態の分析には使えるような情報は是非とも欲しいと期待する。

    さらに、会場から次のような質問・コメントがあった。

    1. 「経営困難に直面したときの相談相手」として、「同業者に相談するのは理解しがたい」という議論に関連してコメントする。協同組合の仲間、あるいは、商工会の仲間、あるいは、異業種交流会とか志を同じくする仲間に対する相談は結構多く、志を同じくする者であるから、それなりに信頼がおけるということで、同業者というのはそういうグループに所属する方々ではないかと推測できる。
    2. 「経営困難に直面したときの相談相手」というのを経験的に申し上げると、プロとアマに分けられる。金融機関はプロですから、プロというのは危険について中小企業のオーナーの方よりもいろいろなケースを知っていて、かつ倒産してほしくない、不良債権になってほしくないという意味では、同じベクトルを向いていますから、プロとしての可能なアドバイスはできる。同業者も、プロ同士でいろいろな話ができる。商工会議所でも同じである。出資者・株主というのは、基本的にはその経営についてはアマ、ご家族もアマチュア。弁護士の方はプロですけれども、この人たちは倒産にしてお仕事になるという逆ベクトルのプロですから、プロとアマに分けると、正と負の関係が明確になる。
    3. 橘木先生の結果の解釈についてコメントする。企業年齢と親族・配偶者の継承のダミーが逆の数字になっているが、これは統計上有意ではないということで片づくのかもしれない。また、「事業継続意思があるにも関わらず退出せざるを得ない」のところで、たとえば民事再生法の場合は倒産をするわけですが、廃業するわけでも退出するわけではない。

    上記の質問に対し、橘木氏から次のような回答があった。

    1. たとえば、ずっと中小企業でいて成長しているのであれば大企業になる可能性も、成長していれば逆の効果が出てくるというようなこともあるので、そういう点も細かく調べなければいけない。どこの段階で倒産と見なすかというのは非常に重要な問題である。このデータで使った倒産というのはそこまで考慮していない。次の段階では、どの定義、どの段階による倒産を念頭に置いているかということを明確にしてやりたい。