政策シンポジウム他

電力自由化:到達点と残された課題

高い品質の均質化が電力自由化の絶対条件

鶴田 俊正 (専修大学名誉教授・総合資源エネルギー調査会電気事業分科会委員)

欧米を中心とする世界中の多くの国・地域において、1990年代から電力自由化が積極的に進められています。わが国においても、2005年4月より小売供給の自由化を全ての高圧需要家に対してまで拡大することが決まっており、2007年4月以降全面的な自由化に関する検討がスタートします。RIETI政策シンポジウム「電力自由化:到達点と残された課題」では、まず欧米における電力市場改革のこれまでの推移・経験とその現時点での評価を試み、そのうえで我が国において電力の自由化を進める制度設計に関する重要課題を体系的に議論します。本コーナーではシンポジウム開催直前企画として、日本の電力市場が抱える課題、めざすべき電力自由化のあるべき姿について、鶴田俊正専修大学名誉教授・総合資源エネルギー調査会電気事業分科会委員にお話を伺いました。(RIETI編集部 谷本桐子)

編集部:
現在、日本では電力小売りの部分自由化が進行し、2007年4月以降全面自由化に向けた検討がスタートします。日本の電力市場は具体的にどのような変化や課題に直面しているのでしょうか?

鶴田:
1)自由化がスタートする以前、日本の電力料金は国際的にかなり割高でした。従って、自由化を推進することにより競争を活発にし、電気料金を引き下げ、日本経済の高コスト構造からの脱却が大きな課題でした。また、電力料金が割高であったことは、それだけ電力産業では「ムダが制度化」されていたことを意味します。競争を促進し、ムダを取り除き、効率的な産業組織を形成することが日本経済の発展にとっても不可欠の課題でした。

2)電力産業は地域独占が形成され、需要家は供給先の電力会社を自由に選択することは不可能でした。独占の存在は自由主義経済の原則に反することは論を待ちません。従って、送配電線のような不可欠施設(エッセンシャルファシリティー)は政府の規制の下で社会的なインフラストラクチャーとして位置づけ、一定のルールの下で希望者に広く開放し、広域的なネットワークの形成を図りながら公正な競争を促進する反面、発電部門・小売り部門は自由な競争の場として参入障壁を除去していくことが自由主義経済体制にとって望ましい仕組みといえます。

3)「ムダの制度化」「独占の存在」は企業の仕組みにも多くの問題が内包されているといえます。さまざまな不祥事は企業のガバナンスに多くの欠陥のあることを示していたといえます。このことは企業が「社会の公器」であるという企業存立の不可欠の前提に対する理念・倫理・経営方針が欠如していたことを意味しています。自由化を推進して21世紀に相応しい、ガバナンスのきっちりした企業を創出していくことが望まれているのです。

編集部:
欧米における電力市場改革をどのように評価なさっていますか?
また、日本が欧米における電力自由化の動向から学べることは何でしょうか?

鶴田:
1)各国における電力供給の仕組みは必ずしも同一ではありません。各国のさまざまな事情によって、実に多様な産業組織が形成されているといえます。イギリスは長年国有化されておりましたし、アメリカ・ドイツでは小規模企業が多数存在しております。日本のように9電力体制(沖縄県を除く)をとっている国は日本以外にはありません。送電線の形成の仕方もさまざまで、日本のように供給地域間の連係線が窮屈な地域もまれですし、一国の中に、60サイクルと50サイクルとが併存している国も日本だけでしょう。したがって、他国との比較に意識過剰になるよりは、日本独自の事情を念頭において自由化を推進することが必要です。

2)学習したことは、カリフォルニアのような混乱や、アメリカ北東部のような大停電は起こしてはならないということです。このことは自由化を推進するに当たって、制度間の整合性を保ちながら、漸進的に改革することが必要だということを示唆するでしょう。また、今後学習する必要があるのは、来年から新しく発足する電力卸取引の仕組みおよび中立機関のあり方など自由化先進国のモデルを学習する余地は決して小さくありません。このような学習を通して日本の取引所の活性化を追求したり、あるいは日本における自由化の仕組みはまだ過渡期であり、自由市場に相応しい本来的な制度を作り上げる課題が残っておりますから、参考にしたらよいと思います。

編集部:
日本の電力は料金が高く、国際競争面で問題があるとの意見がある一方、品質では最高水準を誇っているのも事実です。今後、自由化が進んだ場合、電力会社が独占してきた市場で競争が起こるのかという疑問もありますが、他方で競争が激化すると品質が低下するのではないかという心配もあります。安定供給と競争原理が両立するシステムを日本でどうやって構築していくべきだとお考えでしょうか? めざすべき日本の電力自由化のありかたについてお聞かせ下さい。

鶴田:
1)競争が品質低下と結びつくという発想は私には理解できません。日本の自動車会社は国内外の競争の結果、供給する自動車の品質が劣化したでしょうか。むしろ逆で、消費者の支持を受けるためには品質の向上に努めてきたのではないでしょうか。電気の場合に、自由化し、電力会社間競争を含めて地域間競争が促されることは、送電線をさまざまな企業が同時に活用するわけですから、高い品質の均質化は自由化の絶対条件です。

2)広域的なネットワークの形成が進めば、一方では、1つの事故が多くの地域に波及してしまうという危険性がありますが、もう一方では広域ネットワークの形成はそれ自体、安定供給を可能としていきます。従って、事故を起こさないような系統運用のルールの作成とそのルールの遵守、および適切な監視体制が必要となりますが、なによりも各電力会社の慎重な系統運営が安定供給のために不可欠となります。