新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

人間社会を豊かにするデジタルトランスフォーメーション(DX)

松本 秀之
コンサルティングフェロー

グローバルレベルにおける情報システム学研究の推進

1993年に発足したクリントン政権は情報スーパーハイウェイ構想を提唱する副大統領アル・ゴア氏とゴールドマン・サックスの元会長であった財務長官ルービン氏を軸としたグローバル金融Information Technology (IT)革命を推進した(注1)。このクリントン政権発足の翌1994年、情報システム学研究 (Information Systems research)を国際的に推進するAssociation for Information Systems (AIS)が発足。2023年に設立29周年を迎えるAISは毎年各地域で国際学会を開催し人間社会に対するITの影響に関わる研究成果をグローバルレベルで共有するとともに次世代のInformation Systems (IS)研究者の育成に取り組んでいる(注2)。日本における情報システム学研究はハードウェア、ネットワークおよびプログラミングなどコンピューティングテクノロジーを中心とした研究が多いのに対して、グローバルにおけるIS researchはITによって人間社会がどのように変化しているのかを研究する社会学、社会心理学、心理学、文化人類学、民俗学、経営学および経済学などに近い研究領域となっている。

デジタルトランスフォーメーションの哲学〜豊かな人間社会を目指して

IT革命によって人間社会が大きく変化していた2004年、当時スウェーデンのウメオ大学教授であったIS研究者のエリック・ストルターマン博士が初めてデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉を提唱した(注3)。DXとは紙の上に記載された情報をデジタルデータ化すること、古いバージョンのシステムを最新型のシステムに切り替えること、AI、IoTおよびMetaverseなどの最先端の技術を活用することなどあらゆる分野のデジタル化により人間社会と人々の生活が変化することの総称であるが、ストルターマン博士はDXによって人間社会がより豊かになったのか、人々がより幸福な人生を送ることができるようになったのか、人々がより良い生活を送ることができるようになったのかという視座で情報システム学研究を進めることが重要であり、その点を洗い出すために情報システム学研究者は研究の目的、研究テーマそして研究手法を適切に選択することを提唱している。2022年にストルターマン博士は、DXの再定義として、社会のDX、公共のDXそして民間のDXと分類をしている(注4)。

(1) 社会のDX
DXはテクノロジー開発の分野のみに限定して考えるのではなく複雑で激しく変化する人間社会に広く深くあらゆる分野に影響を与えるものである。DXを活用することによって人々は幸せな人生を送り持続可能な文化的な生活を送る豊かな社会を作ることができる。

(2) 公共のDX
公共サービス部門はDXを推進することにより安心安全で暮らしやすく持続可能な環境を提供することが可能である。そしてそれによりその地域に住む人々は幸福になり裕福になり豊かな生活を送ることができる。この公共部門のDXはその国や地域のトップマネジメントによってリードされる。

(3) 民間のDX
各企業のビジネスビジョンと目標を基に、民間のDXは製品やサービスを作りそれを消費者に届ける領域に活力を与えることが可能である。民間企業がDXを推進する過程で経営戦略、組織行動、組織構造、組織文化、社員教育そして企業統治など全ての側面における企業デザインの再構築を行う必要がありトップマネジメントの指示の下全社員の参加が求められる。

日本全体が豊かになるDX

総務省の情報通信白書(注5)によれば日本企業は1990年代からデジタル部門に継続的に投資しているものの、スイスIMD(注6)によればデジタル競争力ランキングは2021年の28位から2022年29位にランクダウンしている。この日本におけるDXに対する取り組みが他の先進国と比較し遅延していることと、政治、経済、社会、文化の側面から分析する長期的の国別総合競争力ランキングも2021年の31位から2022年34位にランクダウンしていること、そして1990年から現在に至る約30年間、日本の1人あたりGDPが約USD30,000から約USD35,000のレンジ内にとどまり(注7)、他の先進国と比較してその増加率が低迷していることは明らかに相関している。

(1) 日本社会全般におけるDX
総務省情報通信白書(注5)によれば2010年から2015年までに広く普及したスマートフォンの世帯保有率は2021年に約88%まで到達している。加えて2021年の時点でインターネットの個人の利用率は約82%まで到達。これを年齢階層別で分析してみると13歳から59歳までの全ての世代で95%を超える利用率となっている。このことから日本社会全般として豊かな人間社会をもたらすDXを推進する通信プラットフォームはすでに構築されていると考えられる。

(2) 日本の公共部門におけるDX
同じく総務省情報通信白書(注5)によれば2021年の時点で20歳から59歳までの全ての世代ですでに約60%の人々が電子行政サービスを利用している。加えて地方公共団体では、例えば東京都はデジタルガバメントの実現を目指して2021年に都政におけるDX推進をリードするデジタルサービス局(注8)を設置した。また長野県茅野市は若者に選ばれるまちプロジェクト研究(注9)の中で公共DXの取り組みを開始した。国家レベルではデジタル庁が推進しているマイナンバーカード取得数が約6,000万人を突破。このペースで普及が進めば、近い将来、例えばコロナ禍対応として持続化給付金支給手続きがスムーズに行われるなど、他の先進国と同レベルの豊かな公共サービス提供が可能となると考えられる。

(3) 日本の民間企業におけるDX
2018年に経済産業省が公表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」(注10)によれば、ビジネスを推進する経営層の多くが将来の価値創造を目指して、最先端テクノロジーを活用したDXの重要性を理解しているものの、部門ごとに独立した形で開発されてきたことによるデータベースの分断や過剰カスタマイズによる既存システムの複雑化ブラックボックス化を抱え思うようにDXが進まない場合には、2025年以降に最大12兆円の経済的損失を生む結果となると警鐘を鳴らしている。この民間企業におけるDXは、ストルターマン博士が指摘するように、企業価値の増加を目指した組織全体の取り組みが求められる。

新たなDXの地平を目指して〜解釈学的分析手法の導入を

政府のデジタル化推進の司令塔として2021年9月1日に発足したデジタル庁が掲げる「誰一人取り残されない人に優しいデジタル化」(注11)という目標と、人間社会の豊かさと人々の生活の幸福度からDXをとらえるとしたストルターマン博士の定義は、その根本の哲学で一致している。今後、日本社会全体がDXを推進していく過程で、従来の効率性、利便性および生産性を中心とした経済合理性のみの視座から脱却して、文化の香りを感じ叡智の光を浴び学びの城を作り(注12)、地域社会文化興隆や美しい自然環境維持など人間社会をいかに豊かにするのかという視座から、情報社会の解釈学的研究手法グラウンデッドセオリー(注13)などを活用し分析する新たなDXアセスメントポリシー導入政策を期待する。

参考文献

2022年12月22日掲載

この著者の記事